第32話 辺鄙な場所と北海道からの相手
「これは恐るべき事態だ。仮眠が無事にとれてびっくりしている」
「まだ頭ん中、寝てんのか。コイツ」
シャキっとしたイケてるモードでバイト先の店内に顔を出す
「あんのキザ男、何をボソボソ呟いてんだか」
「まあまあ、あさみ。矢口さんにも色々あるんだよ」
矢口さんに冷たい視線を送るあさみ。
彼女の言い分は置いといて、僕にときめく準備はいいかなとか呟いてて。
私、頭は悪いけど、聴覚はわりと良い方なんだよね。
「休憩、交代してもオケ?」
「うん、ごゆっくり〜」
矢口さんに変わって、仕事上、愛想のいい顔をしたあさみが休憩所に繋がる扉を通ろうとする。
「それじゃ、ウチ休憩時間だからヨロー」
「はい。お疲れ様です」
そのまま行けばいいのに、あさみは律儀に私に向かってお礼をして、扉の奥へと姿を消した。
****
──午前11時過ぎ、コンビニにて。
今は店員でもある私は、同じく店員の矢口さんと一緒にレジがあるカウンターに並ぶ。
「今日は特にピークもなく暇だよね」
「ですよね。嵐でも来そうな雰囲気ですね」
こんな暇な日には必ずっていうほど、お昼辺りから、お客さんが殺到するんだ。
同じ暇な一時間と思えないほどに忙しい、地獄の昼ピークが……。
「ところでさ、何か品出しとかある?」
「いえ、ある程度のことは終わらせましたので」
「はあ……。二人とも真面目に働くねえ」
棚やラックに丁寧に整理されたパンやカップ麺のコーナーを見ながら矢口さんがぼやく。
おまけに掃除まで行き届いてるから、お客さんが来るまで出番なしときたものだ。
「ねえ、沙優ちゃんはさ、お腹いっぱいになったら眠くならないの?」
「えっ、炭水化物の摂りすぎかと?」
「だよね。やっぱカレーばかりじゃ駄目かあ」
いつもカレーだけじゃなく、おにぎり数個にしろ、この人の乱れたライフスタイルが見えてきそうだ。
「まあ、ぐっすりと眠れたし、今日はヘタらないで頑張れそう」
「ん?」
鼻歌を歌っていた矢口さんが私の肩を指先でつつく。
「何ですか?」
「また例の高級車が来たみたいだね」
何の意図もなく、店の前に黒い車が停まる。
こんな辺鄙なコンビニとは釣り合わないほど、場違いな車でもあった。
「本当ですね。こうして初めて見ると風格があるというか」
「アハハ。運転席にタイムリープした戦国武将でも乗ってるみたいな」
そのタイムリープの冗談、実際に私と
戦国時代からとなると、日本領土の支配を考えてるのかな。
名の知れた武士でも北方領土だけじゃ不満なの?
「……あれ?」
「今日は買い物に来る様子だね」
運転席のドアを開けて、黒いスーツを着た男性が出てくる。
どんな人が乗ってるのだろうと好奇心から相手を眺め、その顔を見た瞬間、ふと思考が止まった。
「えっ、どうしたんだい。いきなりしゃがみこんで?」
気付かれずに、私は無言で床に腰を下ろす。
スラリとした姿勢で好青年な相手は、私が身近に知ってるあの人だった……。
「もしや知り合いか、何か?」
嘘だよね。
兄さんが何でここに……。
「むしろ、崖っぷちでも会いたくない系?」
矢口さんが心配そうに尋ねてくる。
でも恐怖で声も出せず、彼の問いに頷くだけで精一杯だった。
「じゃあ、ここは僕に任せて。君は休憩室にいなよ」
「は、はい」
矢口さんがあさみにしたように、レジから店内に行くために仕切りされた扉を開く。
私は逃げるように早足で店内に出て、その先にある休憩室へ向かった。
「──なん、どうしたん?」
「ちょ、ちょっと体調が悪くて……」
──あさみが何事かと目を見開き、驚いて訊いてくるけど、私は何も答えられず、胸の高鳴りが止まらない。
な、何で、北海道にいる兄さんがこんな場所に……。
****
『ピロピローンー♪』
「いらっしゃいませー」
──沙優ちゃんを隠れ蓑に通した僕は来たるべき客にごく自然な接客をする。
床に乾いた靴音を立て、黒のスーツを着た、黒いウルフカットのイケメンが迷わずに僕が立つレジ前にやって来た。
うげっ……何も買わないで、一目散に寄ってくるなんて。
おいおい、急に僕に惚れたとか言い出して、野郎がタイプとか言うんじゃないだろうな。
でも相手は客だし、露骨な態度をとるわけにはいかないか……。
「いらっしゃいませ」
「お仕事中に申し訳ありません」
相手は自身にとって大事なお客様。
一度気分を害せば、信用問題にも繋がる。
そうやってお互いに腹の探り合いでもある、僕とスーツ男とのニコニコな笑顔は絶えることはなかった。
「
「はあ、どういたしまして」
スーツ男が背広のポケットから一枚の名刺を僕に手渡す。
そんな社交辞令な態度からして、どうやら因縁をつけるようなたちが悪い客ではないらしい。
どれどれ……、
カスハラな客ではないと警戒心を解いた僕は、男から受け取った名刺に目を通す。
株式会社おぎわらフーズ
代表取締役 社長
あの有名で名高い冷食メーカー、おぎわらフーズか。
わざわざ会社の社長がこんなコンビニに何の用だ……。
……いや、待てよ?
確か
「とある事情のため、
やっぱり、沙優ちゃんの家族の一人か。
僕には関係ないんだけど。
可愛い女の子を守るのは僕の義務でもあるし……。
──シワのないスーツにピシッとした姿勢。
強気な言い分で余裕に満ちた笑顔。
遠慮気味で控えめに接してくるけど、
100%確実に勝てると思わせた自慢げな対応。
正直、気に食わない男だ。
僕は男には関心がないけど、この男は最も嫌いな相手だ。
「……うーん。誠にすみませんが、知らない名前ですね。別のコンビニじゃないでしょうか」
上手いようにはぐらかす僕。
どんな理由であれ、あれだけ気の強い女の子が怖がってたんだ。
今ここで沙優ちゃんに会わせるわけにはいかない。
「いえ、調べたところでは、ここで雇用されたというデータがありましたもので」
「見間違えじゃないでしょうか」
「では店長にお会いしたいのですが?」
駄目だ、この男に理屈は通用しない。
そんな僕にも信用がなく、ただ店長に会わせろときたものだ。
「店長は今日は非番です。伝言ならお伝えできますが……」
「ハァ……」
男が困ったようにため息を吐いて、ウルフカットの髪に手を当てる。
「それならまた後日に出直します。店長によろしくお願いしますとお伝えください」
「そんなこと言っても、うちにはそんな子はいませんよ」
「いえいえ、その件は店長にお尋ねいたしますので」
おまけに話が通じないだけじゃなく、とんでもなく頑固ときたもんだ。
「それではこの辺にて失礼いたします」
くるりと僕に背を向けて、自動ドアへと足早に去る男。
「……おいおい、言うだけ言って何も買わないのかよ」
それにしても、おぎわらフーズの社長が沙優ちゃんと血の繋がりがあったなんて。
沙優ちゃんが可愛いからって、下手に深追いしないで良かったな。
「ああー、やだな。僕、ひねくれてるから、あんな勝ち組な人間を見たら、何もかも邪魔して地獄に引きずりたくなるんだよね」
しかし、捜された上に居場所まで特定されて……。
家出中の沙優ちゃんも、もうここには居られなくなるだろうな。
あの吉田って男も運が悪ければ、警察に通報されて、最悪、罰されて……。
「まあ、今の僕には関係ない話だな」
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