第31話 年上美人と年下美人
──いくら歳を重ねても、高校の頃に大好きだった
仕事の休憩時間でもデスクに座ったままで、神田先輩のことが頭から離れなかった。
横隣のデスクにいた同僚の
「そーか。あんなモデルみたいな美人と
「その言い方はちょっと酷くないか?」
悪ふざけな笑みをし、眼鏡を指で支えながら
例え、何でも話せる仲の良い同僚だとしてもだ。
「喧嘩でもして別れたのかい?」
「いや、彼女が卒業してから交際どころか会うことも連絡もなくなり、俺が高校三年を前にして自然消滅さ」
「あー、高校生ならよくあるパターンだなぁ」
「ムッ……」
俺は不機嫌さを装いつつも、マグカップに淹れた熱いコーヒーをすする。
高校を卒業しても彼女と交際していくつもりでセッ○スまでしたんだ。
結局は本気の恋であるという想いは彼女には届かなかったが……。
「……こんな苦々しい過去の失恋話とか訊いても面白みもないだろ。そんなことより、橋本、この前の商談を纏めた書類、こっちに送れるか?」
「えっ?
橋本が山のように積んでいた書類の束を俺に手渡してくる。
「吉田も思いっきり話題を逸してさあ。この期に及んで逃げの一手かい?」
「まあな。お前の恋する
「おいおい、僕は乙女じゃなくて執事だよ」
「あー、はいはい」
俺は橋本を適当にあしらい、再度コーヒーを口に含んで一息つく。
さあ、気合いを入れ直し、いざ前を向いて仕事を再開しようとした時、背中に悪寒が走った。
デスクトップPCのモニターからひょこっと顔を出した
俺を通じて幽霊か、守護霊か、何かを見透かしてるような気が……。
そのまま俺から目を背け、顔を引っ込める三島。
向こうからこちらに話しかける様子もなく、何が気に入らないんだ。
女って生き物はよく分かんねえな。
さらに奥のデスクでは
俺を虫けら扱いするような感情のない表情はディスプレイにより、影に隠れた。
ガーン、後藤さんとの信頼度ダウンか。
ショックが大きすぎた俺は椅子の背もたれに体重を預ける。
朝礼の際に目立ちすぎたばかりに……。
──そう、ここに就職して後藤さんと出会って、俺は二度目の本気の恋をした。
就職して5年が経ち、お付き合いはしていないが神田先輩より、長期間の恋でもある。
一度だけの本気の恋というものに蓋をするように俺は後藤さんだけに夢中だった。
もし人生に一度きりの本気の恋だとしたら、俺はその本気のエネルギーとやらを既に使い切ってしまったのだろうか。
高校生の時や後藤さんとの恋愛によって───。
****
──これで何度目だろう。
食事中にまた動きが止まってる。
「ねえ、吉田さん」
「おう?」
私は箸を止めて、ボーとしてる吉田さんに声をかける。
「豚キムチ、いい感じにできたんだけど、もしかしてキムチ苦手だった?」
「いや、普通に美味いよ。これ……」
吉田さんが何を考えてるのか分からないけど、食事中にまでこんなに考え事をするとは、
「ねえねえ、吉田さん」
「んあ?」
「今日、会社で何かあったの?」
「ええっ? お前エスパーか!?」
吉田さんが動揺して、ご飯茶碗をテーブルの上に滑らす。
エスパーだったら、もっと別なことを考えてるよ。
「というか帰って来てから、ずっと心あらずな表情なんだもん。私で良かったら相談に乗るよ?」
私が軽く胸を叩くと、吉田さんがそれもそうだなと秘めていた想いを喋り出す。
「ああ……。実は今日、ウチの会社から他の支社から異動してきた社員が来てな」
「その人って女の人?」
「まあな。しかもその人が高校時代に交際してた元カノだったんだよ」
「……そ、それって」
「神田先輩っていう人なんだが……」
顔を真っ赤にして言い出す吉田さんのことだ。
恋愛には不器用な吉田さんだけど、その表情からして、本当にその先輩が好きだったことがよく分かるね。
あれ、一方通行の片想いじゃなく、
元カノって?
「吉田さん、彼女さんがいた時期があったんだね」
「うるせえな。俺だって好きな女の一人くらい……」
吉田さんが照れながら答えてくる。
子供の無邪気な反応のような、その姿が何だか可愛く見えた。
「えっ、えっと……。押入れに可愛らしいアイロンとかあったし、やっぱそうなんだなと思っても、吉田さんから元カノのこととか聞いたこともないし」
そうだよ。
吉田さんは真面目で誠実だし、過去に恋人がいない方が不自然なんだよ。
でも心の奥から、吉田さんにはそんな交際経験など一切ないと思い込んでいた……私も嫌な性格してるよね。
「そうなんだ。偶然って怖いね」
「だな。同じ会社に入社していたところもな」
怖いどころか、運命の赤い糸だよと言いかけて口を閉ざす。
今の吉田さんにとっては邪魔な感情だったから。
「……ねえ、その神田さんって可愛いの?」
「うーん、可愛いとかより、どっちかと言えば美人系だろうな」
私の率直な質問に吉田さんが腕を組んで、真剣に言葉を並べてくる。
「ふ、ふーん。ご、後藤さんもだけど、神田さんといい……、年上の美人さんがタイプなんだね」
私は心の奥底にある好きな気持ちを押し殺しながら、思ってもないことを呟いた。
これ以上、吉田さんの恋のライバルが増えることに困りつつも……。
「……うっせえな。一言多いぞ」
「アハハッ。柄にもなく照れちゃてさ」
「ガキがなに悟ってんだよ」
「だね。ごめん」
私はそのテーブルからスッと立ち上がると、吉田さんが不思議そうに私の顔色を伺う。
「ちょっとお手洗い行ってくる」
「おう。大丈夫か?」
「うん、ありがと……。
あのね、吉田さん。私もね……」
私もこう見えて、色んな人から美人系ってよく言われるんだよ。
……と言う度胸もないので、心の声で叫んでみる……。
「何だ?」
「いや、やっぱ何でもないよ」
「……自分から話しかけておいて、変なやつだな」
私はトイレに駆け込んで、目の前の視界を遮る。
相談に乗ると言って、逆に茶化されても反論もできないんだ。
こんな私が嫌になってくるよ……。
****
──何でこんなに心を乱されるのか。
昔の恋人に後藤さん。
どんな人と巡り合いがあっても、私の好きという感情は変わらないままなのに。
だけどどうして、こんなにも彼を独占したいと思うんだろう。
トイレに籠もりながらも、自分自身の考えてることが一番の謎だった……。
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