第29話 駐車禁止と停車の駆け引き
「──さて、品出し終わり。次は飲み物の補充をと……」
「ちょい、
──フードコンテナのおにぎりやお弁当を並び終えた私は立ち上がり、大型冷蔵庫裏の補充コーナーに入ろうとしたところで呼び止められる。
「
今では飼い主の家畜と化した矢口さんが震えた声で窓の外を指さす。
この平和ボケした人でも怖いものがあるんだね。
どれどれ、どんな小動物が苦手なのかな。
一瞬、小動物と似たような昆虫を想像したけど、真冬だから虫はいないし……。
「すぐ外に黒い高級車が停まってるの分かる?」
「うーん」
どの辺が高級車なんだろう、塗装に金箔でも混ぜ込んでるの? と考えながら、その車を見つめてみる。
誰の言葉か知らないけど、見るだけならタダだしね。
「はい、停まってますね。友人との待ち合わせかも知れませんし、別に普通じゃないですか」
「でも最近になって、毎日ここに決まった位置に停車だよ。この店で買い物もしないし」
矢口さんの話では駐車禁止の場所に停まっていても車内に人が乗っていれば、停車になるという規則とか。
何なの、交通ルールでは歩行者が優先なのに、そんなのズルくない?
「こっちから見ているとサングラスをかけた運転手が睨んでる気がして、えらく怖いんだよ」
私の瞳にも映るスキンヘッドの運転手。
でも短気な素振りもないし、そんな暴力で訴えるような様子でもないし、何もしなければ手は出さないって感じだけど……。
「運転手さんがサングラスだったら、ここのコンビニを見てるとは限りませんよ」
「そうなんだけど見てるように感じてさ、僕のライフケージがガンガン削られるんだよ」
削られるのは運転手が悪いのか、矢口さんの思い違いか。
ライフなら体力だし、メンタルを削られるなら精神攻撃じゃないかな?
「もしや覆面警察かも知れませんよ」
「警察? この店に来る凄腕の万引き犯をとっ捕まえるために?」
「いや、心当たりあるんでしょ。女の子を手当たり次第にかき集めて遊びまくって」
この日本では一夫一妻制が基本で一夫多妻制度は禁止されている。
だけど手当たり次第に身体を重ねている矢口さんのことだ、騙して弄ぶの行為だろう。
女として、一人の人間として許されることじゃない。
「ええっー? 僕が指名手配犯にされてんの?」
矢口さんが懸賞金がどうのこうのと心の声を漏らしながら腕を組んでいる。
「うむむ……」
何やら深く悩んでるみたいだけど、初めから浮気をせず、一人の相手を生涯愛したらいいんじゃないの?
「僕は彼女らの同意を得てヤったんだ。それに盗んだのは女の子のハートだったし」
「はぁ……。その絶対的な自信はどこから来るんですか……」
私はタブレットで納品されたジュースのダンボール箱をチェックしながら、矢口さんに向かってため息を出す。
ああ、私に危害を加えなくなっても女癖の悪い性格は治りそうにないね。
そんな簡単に性格が変わったら苦労しないか。
「それにさ、クラウンかレガシィとかが覆面パトカーの車種でしょ。あの車は外車だよ」
「そうですか? 私には車種には詳しくないので、よく磨かれた黒い車にしか見えないですけど」
どうして男の人はああまでしてお金をかけた自分の車を自慢したがるのか。
確かに磨きのテクニックだけなら、他の車に負けることはなさそうだけど。
ほんとマウント好きだね。
「別に違反駐車はしてないし、運転手は車内だし、店側には影響ないけど、ちょっと気になる相手でもあるよね」
「おっと、からあげ少ないから揚げないと」
一方的に語り出し、ネタの引き出しが無くなったところで別の仕事を始める矢口さん。
『ブォォン!』
『ブロロロロ……』
──車が重たい空ぶかしをし、勢いよくバックして、私たちの視界から見えなくなった。
自慢げなのはいいけど、空ぶかしは燃料の無駄遣いと聞いたことがあるし……。
「行ってしまいましたね」
「ああ、本当だね」
矢口さんが雑誌コーナーのホコリをハタキで払き終えて、安心したように胸を撫で下ろす。
「明日もここに来るのかなあ」
「何も買わないなら来る必要なんてないですよね」
「それ言えてるね」
冬空とは思えない晴天に目を細めながら、ダンボールの箱を開ける。
スタッフルームから漂う香ばしいからあげの匂いにジュワジュワと揚がる音。
朝は軽めの食事だったせいか、お腹空いたね。
──今日も私は自分の生活のために働く。
それが大好きな吉田さんへの恩返しでもあったから……。
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