第28話 ただいまとおかえり

 ──もうちょっとだけ。


「やっぱり迷惑ですよね……」

「いや、そんなことは……」


 ──もうちょっとだけ。

 あの過去から逃げてきた沙優さゆの前向きな言葉だ。

 俺も沙優も気にしないでいた、目的が定まってなく不安定なこの状況。

 そこで彼女はと俺から自立して生きるという意見を主張したのだ。


 沙優は俺との生活に期限を決めて、思っていた言葉を通した。

 俺と沙優との関係に対して、一番の考えでもあり、そして……。


「……お前、ほんとに凄いな」

「わっ!?」


 沙優の頭を撫でながら、高校生のガキとは思えない大人な発言を褒める。

 普通なら家賃や食費などを払わずに住める暮らしの方を選ぶと思っていただけに……。


「ちょっと、髪がボサボサに!?」


 本音を言えば、俺は沙優がほとぼりが冷めるまで、この家に住むことも悪くはないと思っていた。

 沙優を傷付いた矢口やぐちの言葉の通り、俺は沙優がいる生活を目一杯楽しんでいた

 名目上、沙優を救ったようで、俺も彼女に救われていたんだな……。


 きっと心の中では、そのわだかまりの気持ちも分かっていた。

 でもその理由がすぐに口に出せなくて、色々な矛盾点ばかりであやふやだった……。


 沙優とは恋人同士ではなく、家に住まわせてるだけのただの居候。

 いつまでもこの関係を引き伸ばすわけにはいかない。


 そうだ、沙優がこうまでして前向きな話を持ちかけてきたんだ。

 俺もそろそろ、このあやふやな生活に終わりをつけないとな……。


「俺もなんだけどさ」

「お前が前向きに元の暮らしに馴染めるよう、精一杯手伝うから」


 こんなことしかできないけど、俺なりのフォローをしたい。

 沙優には生きる支えだけじゃなく、家事の面でもお世話になっていたから。


「だから……」


 俺は沙優と目線を合わせ、これまで言えず仕舞いだった言葉をはっきりと伝える。


「これからも頑張れよ」


 両手を胸の上で握りしめながら、沙優に励ましのエールを送る。


「うんっ、ありがとう」


 沙優が涙を流し、手の甲でそれを拭う。

 それから両腕を背中に組んで、とびっきりの笑顔で俺の返事に元気よく答えてくれた。


 俺の方も沙優の表情につられ、自然と微笑んでしまう。

 やっぱり、どんなに辛くて苦しい時でも女の子は笑ってないとな。

 沙優の無邪気な笑顔に何度救われたか。


「……じゃあ、明るく締めたし、腹も減ったから飯にするぞ。さっさと着替えてこい」

「はーい♪」


 沙優がぱたぱたとスリッパの軽い音を立てながら、奥のスペースへと着替えに向かった。

 保護者的な立ち位置でもある俺は背後からの布の擦れる音にも気にせず、キッチンに戻って、再び作りかけの料理に取りかかった。


****


「──うーん。少しケチャップライスが焦げたけど、ダシは効いてるし、味付けはしっかりできてるな。流石さすが、ネットキッチン、クックパッドン」


 クックパットンとは料理系のネットからのホームページであり、使う食材を検索するだけでお手軽簡単で色んな料理が作れるシステムとなっている。


吉田よしださーん、ちょっとー」

「何だ、こちとら忙しいんだぞ?」


 俺はフライパンを熱していた火を止め、赤く染まった焼き飯にケチャップの入れる加減を調整し、塩コショウを振っていた。


 そんな作業に集中してたせいか、沙優の呼びかけに反応が遅れる。

 今度は何だ、背中を向けてブラのホックをとめてとか、とんでもないこと言うんじゃないだろうな?


「おわっ!?」


 まあ、急用ならしょうがないなと後ろを振り向くと、黒いブラジャー姿の沙優に気が動転する。


「おい、お前、何考えてんだよ。服を着てから呼べよな!?」

「吉田さんのえっちーw」

「お前が勝手に呼んだんだろ! ふざけんなよ」


 俺はガスコンロ側に素早く顔を戻してブツブツと文句を呟く。

 お前な、あれほど男を誘惑するなって言ったよな。

 自覚あるか知らないが、相変わらずスタイルがエロすぎるって。


「はあー、最近の若い子の考えは分からん……」

「ふふふw」


 ──吉田さんの家に住むようになって、私もすっかり自分の家のように感じてる。

 でもずっとここで暮らすと思うこともない。

 親に育てられた子供はいずれ、親元から巣立たないといけないから……。


 ただ……。


****


 ──きっとの会話は、沙優なりに考えた別れの言葉なんだろう。

 それを理解している沙優はこれからはきちんとした人生を歩み出すんだ。


「吉田さん!」

「おう、今度は服を着たか?」

「うん。ちゃんと着た!」


「でね」


 青いジーパンに白いニットトレーナーに紫のカーディガンを羽織り、意味深な笑み浮べる沙優。

 小遣いの管理くらい一人でできるよなと言いかけて、そういえば、貯金してた金で家出し、色々とやりくりしてきたんだよな……と思い、だんまりを決めこむ。


「今度はなんだよ?」


 だとすると別の話題か。

 例えば好きな男ができたとか。

 まあ、前世から俺に色恋がどうとか言ってたし、そんな一途な女には有り得ねえか。


「ただいま」

「は? お、おかえり」

「ふふふ」


 ──予想外の糸口から始まる、ただいまとおかえりのキーワード。


 二人で暮らす家で、こんな言葉を交わすとはいつまで一緒なんだろうか。


 そうやって考えてみると、私の胸が少し切なくなる。


 それでも、もう沙優の本心は聞いたから。


 私は吉田さんと終わりのある幸せな生活を噛み締めながら……。


 今日も……、


 沙優と。


 吉田さんと。


 他愛もない一日を過ごしていく。


 ──女子高生とオッサンによる不思議な共同生活は、もうちょっとだけ続くみたいだ……。

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