第27話 応援の設計と設計を守る側

『ピロピローン♪』

「お疲れ様でした」


 店長に挨拶を終え、今日のバイトは終わり。

 すっかり暗くなった夜空を見上げながら、紙カップに入った温かいコーヒーを片手にホッと息を吐く私。


「はあー、今日はお客さんが多くて残業になっちゃったな」

「早く帰って、吉田よしださんにご飯作らないと」


 コーヒーがこぼれないよう、早足で自宅へ戻る。

 思い浮かべる冷蔵庫の具材から、卵にベーコン、ミックスベジタブルというアイテムが揃う。

 これはまた吉田さんが好物な食べ物で決まりだね。


「──ただいま。遅くなってごめん」

「おう、お疲れ様。沙優さゆ

「あれ、厨房で何してるの?」

「ああ、料理だよ。いつも作ってもらってばかりだからさ、たまには俺が……」


 ──家に帰り着くと、髭を剃ってない顔面でキッチンに一人で立ち、何かのご飯を作ってる吉田さん。

 すると、フライパンから炎の竜が上がり!?


「ちょっと、よ、吉田さん! フライパンから火の手が!」

「うわっ、さっきから何なんだよ!?」

「驚くのはいいから早く火を止めてよ!」

「どうやってだ?」

「もういい。私がやる!」


 どうやらフライパンに油を入れすぎて、そこから引火したみたい。

 私は慌てて水で湿らせたタオルでフライパンを覆い、立ち上る火を防ぐ。

 消火器だと逆に危険だし、二次災害の恐れがあるからね。


 ──吉田さん、日頃から料理は積極的にやらないし、このおかしな言動は何なのだろう。

 とにかく答えがでるまで彼を問い詰めることにした。


「──それで昨日帰れなかったお詫びとして手料理を振る舞おうと……」

「ごもっともでございます」

「何を作ろうとしてたの?」

「ああ。沙優がよく作ってくれるオムライスをな」

「お気持ちはありがたいんだけどね……」


 それが原因で火事になったらと考えると寒気が走る。

 冬で空気も乾燥してるから尚更なおさらだよ。


「吉田さん、料理の経験はあるの?」

「ねえな。いつもスーパーのお惣菜か、コンビニ弁当だ」

「何それ。それでいきなりオムライスなんてハードルが高すぎだよ。オムライスは卵料理の中でダントツに難しいんだよ」


 卵でケチャップライスを包むには、卵とご飯の割合を計算しないと上手に作れないので、近年はケチャップライスの上に半熟のオムレツをのせるのが主流だよ。


「ちなみに卵関連で一番簡単なのはなんだ?」

「卵焼きかな。型に入れて焼くだけだし、失敗しても、アルミホイルで包んで修正できるし」

「なるほどな……」


 例え、歪な形となった卵焼きでも熱いうちにアルミホイルで四角に包むと、熱の反応で綺麗にくっつくという上級テクニック。

 でも一手間がかかるし、アルミホイルも熱くなるし、なるべくなら、綺麗に焼いてほしいのが本音。


「それよりも昨日は帰って来れなくてすまなかったな。一人じゃ心細かっただろ……」

「ううん。あさみが一緒だったから大丈夫だったよ」

「そうだったな」


 吉田さんが無精ひげをポリポリと掻きながら、私の前で頭を下げる。


「沙優、怖い目に遭わせてごめんな」

「別にいいよ。もう済んだ話だし。今回は私も悪かったし、顔を上げてよ」

「でも今回もお前を守れなかった……」


 私の言うことに首を横に振り、頭を下げたまま、申し訳なさそうに謝ってくる吉田さん。


「ちゃんと守ってくれたじゃん!!」

「だけど沙優の心は傷付いただろ」

「平気だよ。今まで歩んできた道を思い出しただけだから」


 私は吉田さんの手を握って安心させる。

 何か見えないものに狙われているような怯えが含まれていたから……。


「……でも俺は」

「吉田さん、私の話を最後まで聞いて」


 私は吉田さんの手を握ったまま、真っ向から見据える。

 こうして見ると、吉田さんって女の子みたいにまつ毛長いんだね。

 女からしてみれば、羨ましいかな。


 いや、今はそんな容姿を確認してる場合じゃないね。


「ここに来る前は私なんかに手助けしてくれる人なんていないと当たり前に感じてた。でも体を差し出せば、それを上手いこと理由できると、おかしな発想ばかりだったの」

「だけどね……」


 私は吉田さんと目を合わせ、嘘偽りもなく、でっちあげの話じゃないことを身に持って証明する。


「吉田さんと出会ってね、あなたが私を守ってれた。私にとっての初めては吉田さんなんだよ」

「あさみにも話したら。あさみも私を守ってくれるようになったの」


 辛いことが多くて逃げ出して、でもどこに逃げても辛いことばかり。

 こんな社会から見放された私はどこに行っても傷付くだけなんだと思っても、逃げ道を転々と移動して……。

 ずっと私の心は逃げの一択で苦しかった……。


「でもね、吉田さんとこの家で同居生活を始めて」

「私、未来……将来のことを考える余裕ができてきたの」


 未来という言葉に吉田さんが多少ながらも、肩をビクリと揺らして動揺する。


「──そうか、将来のことか……」

「うん。逃げても物事は解決しないからね」


 ──考えもしないで逃げるんじゃなくて、どこに行って落ち着くのか。

 これからはただ生きるだけでなく、人間らしいきちんとした目標を立てる。

 台本はなかったが、いかにも沙優らしい台詞だった。


「沙優、お前……」

「自分の本当にしたいことは何なのか、どういう人生設計で行きたいのか……じっくりと考えて決めるよ」


 そうか、沙優もここで様々な人と出会い、考え方やポリシーが変わりつつあるんだな。

 今は高校生、ちょうど子供と大人の中間地点から……。


「──私も一歩を踏み出して、ちっぽけな勇気を出すからさ……吉田さん」


 ──今度は吉田さんが私の手をそっと握る。

 その想いに答えるべく、無言で笑いかけて……。


「もうちょっとだけ……私と一緒に過ごす時間をくれませんか」

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