第23話 冗談のような話と現実味のある話
◇◆◇◆
──
俺は今日の勤務を終え、
なぜファミレスかというと、後輩の
じゃあ、私は後藤さんとの恋バナ楽しみしてますと俺を見ながら笑いかけ、終いには……、
「──勢いに任せてヤッちゃった時は言って下さいよ。式場の予約しますので」
「あのなあ、三島。俺はサカッた猿じゃないんだから」
「何言ってるんですか。女の子はいくつになっても白馬の王子様を思い描くロマンチストさんなんですよ。それに人生最初の初めてを奪うんですから、これくらいの気持ちは持たないと」
「あー、処女って色々と面倒くさいな……」
……ということで三島が後押ししてくれてありがたいけど、異性と二人だけの食事で緊張するな。
しかも相手は俺の好きな女性、後藤さんとだ。
箸使いのフォームは崩れてないか、スーツの上着にソースなどがついてないだろうか。
俺の顔をマジマジと見つめて笑いかけ、こちらの様子をじっと観察している後藤さん。
箸を持つ手が震え、和食定食の肉じゃがの人参をツルリと滑らす。
「あの……そうまで見られると食べにくいんですが……」
「ウフフ。この前の寿司屋でのお返しよ。
「あああー、その節はすみませんでした!」
俺は箸を茶碗に置き、テーブルに顔を伏せて、自分が行ったほんの少しの出来心を悔やむ。
あのおっとりとしたイメージの後藤さんでさえ、怒ってるのか。
こうなればやれることはひたすら謝罪の嵐だ。
何とか謝り倒して誤解を解かないと……。
「吉田君のムッツリスケベ」
「はい。返す言葉もありません……」
後藤さんが熱々のチーズハンバーグステーキを食す手を休めて、赤ワインを含み、思っていたことを口に出す。
野郎の俺は頭を下げるしかない。
──女の人はどんな性格であろうと、基本傷つきやすい繊細なハートの持ち主だ。
男だからと力任せに怒鳴り、下手に反論したら、弱い立場となる女性を泣かせ、さらなる悪循環になってしまう。
それだけならまだ良いものの、後藤さんとは同じ会社に勤める相手でもある。
会社内で後藤さんとの不穏な空気が流れたまま、気まずい雰囲気で作業をこなす。
正直やりにくいし、周りの同僚から色々と訊かれるだろう。
ああ、恋愛するのは楽しいが、それに反する我慢も必要で、さらに処女は初めての行為をとても怖がると聞く。
はあ、面倒だな。何であっちも未経験なんだよ。
何もかもパーフェクトな後藤さんと違い、冴えない俺でも学生時代にスポーティだった同じ学生の元カノと経験済みだし……アイツ今頃、元気にしてるかな──。
「──で、吉田君。ここからは真面目な話なんだけど、ちゃんと聞いてる?」
「へっ、聞いてますとど!?」
「もう……。やっぱり上の空で聞いてないわね。興味がない話でも受け答えするのは社会人のマナーとして常識よ」
「はい。すみません。とんだ失態を!」
俺は頭を何度も下げて、必死に謝る。
首振り人形になった気分だが、空っぽな人形と違って、脳みそが揺れる感覚もあった。
「吉田君、急に大声上げないでよ。これじゃあ、離婚で揉めてる夫婦みたいでしょ」
「はい。すみませんでした。それで話と言うのは?」
「ええ。場所が場所だけに単刀直入に言うわね」
離婚と耳にして、後藤さんとの新婚生活が
人生の墓場と言われる冒とくか……。
「……吉田君は過去を行き来できるタイムリープって知ってる?」
「はい。最近流行ってる異世界ファンタジーものですよね。確か死んでも人生やり直せるというゲームのような物語が中心ですよね」
「そう。それであなたが家で保護してる沙優ちゃんが、実はタイムリーパーだったりするのよ」
「は?」
酔った勢いとはいえ、いきなり真顔で何を言い出すんだ、この人は?
流行に敏感なのはいいが、こちらの意見を無視し、強引に趣向の押し付けをするのか?
「あはははっ! 後藤さん飲み過ぎですよ。あれは空想の世界なんですから、リアルとごちゃまぜにしないで下さいよ!」
「吉田君、だから──」
「後藤さん見た目が大人びていても、意外と子供っぽい一面もあるんですねw」
「──だから話を最後まで聞いて」
「あっ、はい?」
あまりにも真面目に突いてくるので、すっかり酔いが覚めてしまう。
後藤さんが真剣になって語る、沙優を取り巻く環境と対象となる自分自身。
冗談にしては話が緻密でよく練られていて、俺はただ頷くことしかできなかった。
「……なるほど。沙優がこの世界で死ぬ直前に過去へと転生を繰り返してると。思い返せばそんな発言もしてたなあ」
「それでね、私もタイムリーパーなのよ」
「えっ、それマジですか?」
「大マジよ。まあ、私の発動する条件は沙優ちゃんの生徒手帳からなんだけどね」
そういえば沙優自身が生徒手帳を持っている様子が無かった。
後藤さんが回収ついでに抜き取っていたのか。
「……で、俺にできることは何かありますか?」
「できることといえば単純かも知れないけど、沙優ちゃんが転生しても、あなたは自分の記憶を繋ぎ止めてほしいの。沙優ちゃんは転生後の記憶が欠如してる部分があるから」
もしや沙優自身、生徒手帳を持ってるという記憶さえ消されていたとすれば……そんな都合の良い漫画みたいなことがあるのか?
「ふーん。じゃあノートなどに状況を記すため、今の記憶を書き留めて置くのはどうですか。この方法なら転生後でも思い出せるかと」
「それには私も勘付いていたわ。
俺はノートやペンなどを買うためにスーパーの文房具コーナーに立ち寄る決意を固めた。
「さあ、こうしちゃいられないですね。すぐに帰って沙優と作戦を考えないと」
「吉田君、私も同行するわ。二人より三人の方が知恵が回るでしょ」
「はい。了解です。よろしくお願いします」
まずは筆記用具の確保だな。
俺と後藤さんは詳しく計画を塗り固めながら、きらびやかなネオン街に溶け込んでいった……。
****
「──どうやら今回も遅すぎたようね」
「沙優。ど……どうしてこんな最悪な結果に……」
──死因は男と揉めて首をナイフで切って自殺ときたか……。
表面的には俺も知らない愛情関係のもつれからか……。
血塗れとなった玄関にて、特に争った抵抗もなく、お互いに知り合いだった男女のような感じに捉えることもできる。
「沙優。今まで辛い想いに気付けなくてごめん。今度こそ君を救ってみせるから」
俺は生気の失った紗優の指を握り、軽く指切りをする。
そんな俺に一礼し、後藤さんは沙優の胸のポケットから金色に輝く生徒手帳を引っこ抜く。
「吉田君、じゃあ私も行くから」
「はい。後藤さん、沙優を頼みます」
「フフッ。もうすっかり保護者面ね。そんなに大事な相手になったのかしら?」
後藤さんの持っている生徒手帳がこれでもかと言うくらい眩しく光る。
「後藤さんって、たまにちょっと意地悪ですよね」
「私のこと嫌いになった?」
「ご冗談を。そんくらいで嫌いになったら、マトモな恋愛なんてできないですよ」
「フフフッ。本当、紳士的な対応力よね」
生徒手帳の光に包まれ、後藤さんの体が薄くなり、足先から段々と消えていく。
「じゃあね」
「はい。ご武運を」
後藤さんと生徒手帳が完全にこの世から消滅し、それを見届けた俺は動き出した。
こんな無能な俺にでも書き記すことはできるから──。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます