第22話 一人ぼっちの戦いと計画的犯行

「──ただいま」


 大切な人がいる私の住処。

 吉田よしださんの家が当たり前の存在になりそうな今日この頃。

 だけど肝心の相手はいなく、私の一方的な挨拶で会話は途切れる。


「……そうか、今日、吉田さん帰りが遅くなるって言ってたね」


 LINAでのメッセージのやり取りで思い出す。

 今日は会社の飲み会で遅くなると──。


****


『──ピンポーンー♪』


 目覚まし時計の針は夕方の7時半を指していた。    

 何だろう、一般の家庭なら夕食の時間なのに、こんな時間に宅配便かな?


『ピンポーンー、ピンポーンー♪』


 もう聞き分けの悪い子供じゃあるまいし、そんなに呼び鈴を鳴らさなくてもいいじゃん。

 案外、音も大きいから、近所迷惑にもなるし……。


「はいはい、今出ます!」


 私は急ぎ足で玄関に向かい、とりあえず呼び鈴を鳴らすのを止めさせる。

 そしてインターホン越しに応答する。


「あのちょっとお伺いしますが、どちら様でしょうか?」

「あっ、これはすみませんね。シロネコ宅急便です。お預かりしていたお荷物を持ってきました」


 相手は宅配業者でビンゴだった。

 吉田さん、私が居なかったらどうするつもりだったんだろう……。


「ご家族の方でしょうか。よろしければお荷物のお受け取りとサインをお願い致します」

「はい。ちょっと待って下さいね」


 私は玄関のドアノブを握って、ふと思う。

 何か変な既視感というか、以前にも似たような経験があったからだ。


 私はこの体験を過去のタイムリープで知っていて、今回で二度目になるの?

 そう感じた瞬間、ひらめきのようにイメージが思い起こされる。


 そうだ、私は確か、玄関先で通り魔にあって……。

 恐る恐る扉の覗き穴で見てみると、その相手が作業服を着た矢口やぐちさんだったことに……。


 ここで逃げてもドアを破られて私は襲われるだろう。

 諦めの悪い矢口さんのことだ。

 ドアが駄目なら窓を石で割って侵入するパターンもあり得る。


 じゃあどう動いてもゲームオーバーなのは避けられないのか。

 まあ人生は一度きりだし、何度もやり直せるゲームじゃないけれど。

 私の想いは絶望の縁に立たされていた……。


「あの……居るんでしたら、扉を開けてもらえませんか? 荷物で両手が塞がってますし、ご都合上、こちらから開けるわけにもいかないですので」

「はい」


 ここで悩んだってしょうがない。

 私はドアを開けることに決めた。


「やあ、待ってたんだよ。みゆきちゃん」


 予想通り、グレーの作業服を着た矢口さんが玄関に入ってくる。


「今回はこの男のとこでお泊りなの? みゆきちゃんって清楚なフリして実はビッチなんだね」

「正直、がっかりかな。まあ悪い子にはお仕置きともいうし。僕の犠牲者第一号になってくれない?」


 はっ、アレが来るよ!


 向こうが動いたと同時に私は体を捻って、鋭く光る切っ先の一撃を避けて、矢口さんの持っていた武器を手で打ち払う。


「なっ、みゆきちゃん!?」


 驚いて言葉に詰まる矢口さん。

 私はカランと乾いた音を立てたナイフを拾って、奥に繋がる居間の方へ投げ捨てた。

 念のため、吉田さんから簡単な護身術を学んでいて良かった。


「ちょっと何するんだよ。前のアウトドア好きな彼女が買ってくれたものなのに!」

「そのナイフで私を刺そうとしましたよね?」

「そうじゃなかったらどうすんの?」


 矢口さんがポケットからもう一本のナイフを出し、刃の先を指で出し入れする。


「えっ、最初からおもちゃだったんですか?」

「そうそう。5歳になる弟のお気に入りのおもちゃでさ、たまに店で点検しないと刃が出なくなって壊れるんだよ」


 あれ、私の想像してたのと違う未来になってしまった。

 本来なら奥深くまで刃物が刺さるはずなんだけど偽物とか聞いてないよ。

 まだ小さい弟が居るというのも初耳だし……。


「弟がなけなしのお小遣いで買ったものなんだ。悪いけどさ、僕に返してもらえないかな」

「はい、ちょっと待って下さいね」


 私は急いでナイフの回収により、足早に去る。

 何にせよ、矢口さんの弟に罪はないからだ。


「ねえ、みゆきちゃん、漏れそうなんだけどトイレはどこかな?」

「はい、お手洗いならそこの通路の左に」


 玄関先で漏らしてしまったら、肩身が狭い思いもするし、ここは吉田さんの家でもあるけど。

 別にトイレの貸し借りくらい良いよね。


「ありがとう。お邪魔するね」

「はい、ごゆっくりどうぞ……うぐっ!?」


 背中から熱い感触が伝わってくる。

 すぐ後ろに矢口さんが吐息を弾ませながら、その熱いものを押し当てる。


 私はナイフで背中を刺されたのか。

 おもちゃのナイフとか言いながら、本物も忍ばせていたなんて最悪のパターンだ。


「駄目だよ、みゆきちゃん。男に背後を取られちゃあ」

「い、痛い……こっ、この人殺し」

「失礼な。まだ死んでないのに殺人鬼呼ばりかい? どうせならいいタイミングで有名人にしてほしいくらいだよ」


 そんな有名人なんて単なるエゴだ。

 人を傷付けておいて、その発言自体も最低だ。


「じゃあ、このまま永久に地獄に落ちようか」

「裏切り者に制裁をぉぉぉー!」


 矢口さんがナイフを引き抜き、傷を受けた私の背中に再び切っ先でちょんちょんと触れ、ちょっとずつ力を入れてくる。

 この際、痛みなんて気にしてられない。

 次に熱くて深い攻撃が来たとき、反撃しないと逆にやられる!


「でやあ!」

「なっ!?」


 私は矢口さんと向かい合わせになり、思いっきり彼を突き飛ばす。


『ゴツン!!!!』

「ぐわっ!?」


 そのまま矢口さんは近くにあった下駄箱の角に後頭部をぶつけ、鈍い音を立てた。

 幸い、ナイフで刺された傷口は二回とも急所を外れ、浅かったようだ。

 単なる脅しだったのか、ハッタリだったのか……今はどうでもいい。


「どうよ。私だってやるときはやるんだから。これに懲りたら、人の命を平気にもてあばないでよね」

「……」

「ちょっと何の冗談のつもり? もう勝敗はついたのよ」

「……」

「ま、まさか……」


 声を荒げても反応がない矢口さん。

 私はナイフの柄を取って、正気に戻り、急に大人しくなった彼の首筋を触ってみる。 

 でも脈拍が全然感じられず、段々と冷たくなっていってるよ……。


「……し、死んでる」


 不慮の事故とはいえ、私は矢口さんを殺めてしまったのだ。


『ガチャガチャ』


 そんな動揺を誘うかのように玄関の鍵が鳴り響く。

 何でこんな時に帰ってくるのよ!?


沙優さゆ、今帰ったぞ。今日は旨い焼肉弁当と後藤さんも一緒だぞ」

「こんばんは。以前頼まれたメイク道具持ってきたわよ。沙優ちゃん素材がいいから、今から楽しみでしょうがないわ」


 神様のズルいイタズラか、しかも後藤さんも一緒ときたものだ。


「おーい、沙優。もう寝てるのか?」


 吉田さんが鍵を開けて入ってくる。

 こうなればやることは一つしかない。

 私は落ちていたナイフを拾い、覚悟を決めた。


「くっ!」


 壁に飛び散る赤い証。

 私は首からの流血にまみれながら、呆然とした吉田さんに笑いかけた。


「さ、さっー!」


 大声で私を抱き寄せ、何かを喋ってくる吉田さん。

 でも意識がもうろうとして、声すらも耳に届かない。

 吉田さん、こんな馬鹿な女でごめんなさい──。

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