第21話 仕事人と遊び人
──あさみのことだから
一見ギャル系で遊んでるような見た目だけど、仕事は何でもテキパキできるし、おまけに勘も冴えてるし……。
あの会話から多くのことを知った上にあんな優しい気遣いをしてくれて、ありがたい反面、余計に苦しみを抱えてしまう。
家出してから、愚痴でも何でも気軽に話せる仲の良い友達ができたのに、この件で壁を作られてしまうのかと……何もかも行く末は不安しかない……。
──壁時計の針は8時10分に指しかかる。
始業時間はとうに過ぎ、今は給料を貰ってる時間帯だ。
私はパイプ椅子から立ち上がり、頬を叩いて気分を切り替える。
「……よし。ウジウジしないでいくよ、
世の中には色んなタイプの人がいて、どれだけ気を遣っても生理的に合わない人もいて、時に衝突は避けられない。
どれだけ気持ちを示しても、相手の思いは変えられない。
好きで選んだバイトにもトラブルは付き物なんだ。
私自身がこの程度でめげてどうする。
痛みで刺激された頬を触りながら思う。
もっとしっかりしないと──。
****
「──おっ、来たか。沙優チャソ」
あさみが商品を伝票でチェックしながら、私に自然体で笑いかける。
「今はレジはいいから、この前教えた品出しを片付けちゃって。まずは
「うん、分かった。ほんと凄い量だね」
「そだね。煙草税は日本の経済の大半を支えてるもんだかんね」
「案外、日本もヤバい国だね」
「そだねえ、ヤバいというか、ニコ中で吸ったら中々止められんらしいしな」
手が空いたあさみが空いてるレジ裏の棚に均等に煙草のカートンを並べていく。
私はカートンを破いて煙草を出し、あさみと少し離れたお客さんの目に届くレジ前で補充を始めた。
「あっとこれは何番かな?」
「ああ、キャ○ルメンソールは12番だよ。クラフトにも色んな種類があるから、吸わないとよく分からないよね」
私の持っていた緑の煙草の箱をひょいと取って目的の場所に揃える矢口さん。
クラフトって何だろう、工作の部類なの?
「……あ、ありがとうございます」
「いえいえ、困った時はお互い様だよ」
矢口さんが段ボールを抱えながら親切に応対してくれた。
そのせいか、彼に対する拒絶は無くなっていた。
それにあさみも矢口さんもさっきの出来事について何も訊いてこない。
いつも通りの光景だ。
「ヤベえな。急いでパン入れ替えんと」
私があれだけパニクって涙まで流したのにそんなことは気にせず、あさみは普段通りに接してくれる。
「あー、ここいらの大盛りカップ麺、賞味期限近いな。この濃厚味噌味とかめっちゃ美味しいのにな」
「すみません、この冬季限定のお菓子ありますか?」
「はい、それはですね、こっちの角を曲がった先にー」
矢口さんもあさみに厳重に注意されたのか、休憩所の時とは全くの別人で人当たりのいい好青年という感じだ。
そう、私が知ってる矢口さんは家でのプライベートの空間だけだった。
こんな風に適度な距離感で仕事をしていれば、過去に感化されずに普通に接してくれる温かな性格の人かも知れない。
「すみません、この牛スジ欲しいんですけど、レジいいですか〜」
「あっ、はい。お待たせしてすみません!」
私はおでんを注文したお客さんの元に駆けつけて、丸いお椀の容器に出し汁と具材を入れる。
そうだ、今はくだらないことで悩まず、仕事をしないと。
ここには稼ぎに来たわけで遊びに来たわけじゃないんだから……。
****
「それじゃお先に失礼します。お疲れ様でした〜」
「お疲れさん、沙優チャソ〜。もう暗いし、寒いから気をつけて帰りなよ〜」
「はい。ありがとうございます」
「さて、ピンチヒッターもおらんくなるし、夕方の品出し張り切ってくか〜」
あさみがコンビニの黒い制服を腕まくりしながら、おっしゃー! と気合いを入れている。
あさみ、それじゃあオジサンだよと私は含み笑いをしたけど、当の本人は気付かず、忙しそうに店の奥へと姿を消した。
「あー、疲れたなー……」
私は肌色のダッフルコートを着込みながら、灯りが照らされた通学路を徒歩で帰った。
背後からの怪しい人影にも気付かないまま……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます