第19話 紳士的と野蛮的

「その男、ゼッテー、沙優さゆチャソを襲おうとか思ってんよ。今まで何もされてない?」

「うん、いたって紳士的で」


 二人してお昼の休憩中でも彼の話で持ち切りだった。  

 今日は初出勤だから二人で食事した方がいいだろうと店長からの計らいでもある。


「いや、男ってもんはどんだけ紳士でもエロいことしか頭にないんよ。そんな男でも急にムラっときて、あぶねー目に合うかも知れんやん」

「あははっ。だからそんな人じゃないって」


 私はお弁当の玉子焼きを箸で軽くつつきながら、あさみに義理のお兄さんな設定である吉田さんの印象を伝える。

 でも一つ屋根の下で若い男女が何もしないのはあさみ的には、ちょっとおかしい反応らしくて。

 別に世の中、色んな男の人いるし、珍しいパターンでもないよね。


「よし、決めた。その男とやらをウチ自らが見定めするわ」

「ちょっとあさみ!」

「いんや、ウチは止まらんで。暴走機関車レッツゴーやで」


 あさみがメロンパンをかじりながら、私にゴーサインをする。

 押しが強いというか、もうこうなったら後には引けない。


「分かった。吉田よしださんに連絡するね」

「何、社会人なん?」

「大手IT企業の社員だけど今は正月休みだよ」


 私はLINAで吉田さんにメッセージを飛ばす。

 今からバイト先の女子高生を家に連れてくると──。


****


『ピーンポーンー♪』


 居間で黒いノートパソコンにて、顧客データの整理をしてた俺は作業を中断し、玄関ドアを開ける。


「はいはい。開いてるよー!」

「失礼しますたー」


 俺の目の前に現れたガン黒の女の子。

 後ろでスマホをいじる沙優のような色白な肌はさておき、今どきのギャルにもこんな褐色なタイプがいるんだな。


「おう、君が沙優が話してたバイト仲間か。俺は吉田だ」

「あさみって言いますた……」

「何だよ、人の顔をじっと見て?」


 沙優が無言で俺たちのやり取りを眺める中、あさみが俺の姿を足先までじっくりと観察する。

 吊り目がちの鋭い瞳には人を疑うような感情が含まれていた。


「アハハ。どこから見てもオッサンオーラが漂ってんなー。マジウケるw」

「うん。そだよ」


 沙優がものの数秒で返答し、あさみがケラケラと小馬鹿にしたように笑う。


 初めて交わした会話がオッサン呼ばれ。  

 男は誰しも歳を重ねればオッサンになるのに、そこまで言われると、何か無性に腹が立ってしょうがない。


「でも、そこはかとなくイケメンでもあるな」

「……さっきから失礼なやつだな」


 あさみに厳しい審査を通され、取ってつけたようにイケメン認定されてもちっとも嬉しくない。


『ピロピロリーンー♪』

「おわっ、びっくりした!?」


 三人して部屋に上がったと同時に突然響く、沙優の持っていたスマホの着信音。 

 その音が静かだった部屋で鳴り響き、俺に絡んでいたあさみが驚く。


「ごめん、吉田さん、柚葉ゆずはさんから電話が」

「ああ、悪いがブランケットちゃんと洗って返すって伝えてくれ」

「分かった。少し席を外すね」

「ああ」

「いってらー」


 沙優が玄関の方から外に出て、楽しそうに話し始める。

 詳しい内容は聞こえないが、一人ぼっちだった彼女にも色んな友達が出来つつある。

 そう思うと親心からか、何か安心してくるよな。


「ふぃー。吉田っち。良い人みたいで良かったわ。ウチてっきり沙優チャソにエロいエプロン着せて、こき使ってるんかと思ったわ」

「お前の中の俺のイメージ最悪な」

「アハハッ。吉田っちの妹でもないのによくやるわ。なん、この家ではプチ演劇ごっこでも流行ってんの?」


 あさみがテーブルに座り、沙優が朝に作り置きしたタッパーに入った生野菜を見つめる。

 どうしても空腹を満たす前に訊いてみたいことがあるらしい。


「お、お前いつから知ってて!?」

「吉田っちの態度が下手すぎなんよ。嘘ついてる時、目が泳いでるべ」

「マジかよ……」


 そういえば沙優や後藤さんとかも同じ指摘をしていたな。

 俺ってば顔に出やすいタイプなのか。

 あさみの肌の色にツッコむどころじゃないだろ。


「お姉さんにはショージキに話していいんだぞ。吉田水泳選手?」

「いや、沙優が秘密にしてることを俺が話すのは得策じゃない。詳しい話は本人に直接聞けよな」

「なるー。スイマーなのにそういう時は目が泳がんのやな」


 別に意識してない時は泳いでないと知り、正直、心がホッとする。


「でも関わる人は選べても、出会う人は選べないから、そういう面で沙優チャソはラッキーだったと思う」

「お前、そういう真面目な話の時はギャル語じゃないんだな。まあ、そっちの方が親しみやすくていいぞ」

「ああーん?」


 余裕ぶってたあさみの表情が急に不機嫌になる。


「何なん、このオッサン、沙優チャソに続いてウチまで恋の罠に陥れるつもり? とんだ軽薄ナンパ野郎やわ!」

「いやな、自然体で話せるんだったら別に無理に作らなくてもな」


 真面目な答えを教えてるのに当の本人には通じないときたもんだ。

 何だ、そうまでして無理してギャル語を使う理由でもあるのか?


「キィー! ガチでトサカきた。ちょっと外までツラかしな」

「嫌だぜ、こんな寒い夜中に出たら風邪引くのがオチだぜ」

「ちっ、こう言えばああ言う。クソ生意気なオッサンやわー!」

「おう、俺で良かったらいつでも相手になるぞ」

「誤解するようなこと言うな!」


 あさみが傍にあったクッションを俺の顔面にぶち当てる。

 テレワークで疲れていたのだろうか。

 その瞬間、俺の中の我慢の糸がプツンと切れた。


「ごめん。思った以上に話が弾んで……あれ?」

「聞いてよ、沙優チャソ。このオッサン、ウチに調子乗って、セクハラ発言してくるんよ。どうかしてな!」

「なっ、俺は正論を言ってるまでだろー!」


 紗優が三島みしまとの通話を終えて戻った中、俺とあさみはクッションや枕を投げ合いながら、すっかりヒートアップしていた。


「あははっ。二人ともすっかり仲良しだね」

「これのどこがだよ!」

「断じて違うし!」


 沙優がニコニコと俺たちを見つめ、タッパーを運んでキッチンで調理をする中、俺とあさみの天下分け目の戦いは続いた……。

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