第18話 寝起きの社会人と女子高生のバイト
「──ださん、
「おっ、おう。その声は
「よ、良かったあー!」
目を開けると制服の上に青いジャンパーを着た沙優が間近に顔を寄せて、心配そうに俺の顔色を覗いていた。
こうして近くで見ると抜群に可愛いが、俺の興味はそこではない。
何でこんな道路脇で小綺麗な茶色のブランケットをかけられて寝ていたのか。
まずは置かれた状況を整理しないとな。
「そうだよ。こんな寒い路上に寝っ転がって。
「ないと言ったら嘘になるな。
「うん。気分が重たいし、後始末面倒だから、お年玉プレゼントのブランケットと一緒に任せたって」
「どういう屁理屈だよ……」
そうか、俺は三島からのバッグの攻撃で気絶したんだった。
肝心の本人はもういないが、意識のない人間って意外と重たいからな。
か弱い女の力じゃ運ぶどころか、持ち上げることすらも難しいだろう。
「
「うん。年が明けるし、用が済んだから帰るって」
「あの女め……。今日出会ったばかりの女子高生に対して何用だよ」
俺の鋭い意見に驚きながらも、するすると言葉に出す彼女に、嘘も偽りもないようだ。
「はあ……。俺に関わってくる女ってみんな自由人で気ままだよな……」
「そうかな、みんな吉田さんの優しさに惹かれてるのかもよ」
「そういうお前は能天気だけどな」
「何それ、親父ギャグ?」
「こんだけ冷えるんだ。ギャグも言いたくなるぜ」
年末の寒波に身を震わせ、お天気お嬢さん曰く、能天気な女子高生でツッコんでみた。
この高度なシャレに対応する沙優も中々の逸材だよな。
「そんなことより吉田さん、一つお願い事があるんだけど……」
「何だ、言ってみろ?」
「あの……。
私、バイトがしたいです」
沙優が俺の前に躍り出て、真剣な顔で思っていたことを口にする。
不意に愛の告白ならどうしようと身構えたが、やっぱ女の子らしく自由に使えるお金が必要らしい。
いつまでも俺から小遣いを出すわけにはいかねえし……。
「何だよ、その程度のことで腰を低くして。俺的には家事くらいで満足する女なんて出世欲がねえとは思っていたけどな」
「でも私がバイト始めたら、今までの家事が
「心配すんな。二人で家事を分担すればいい」
「だけど吉田さんに負担が……」
「それでも一人でやるよりかはマシだろ。あまり一人暮らしの俺をナメるなよ」
高校生とはいえ、一人の人間でもあるんだ。
ここは沙優が遠慮せず、女の子として過ごしてもいい場所。
できるだけなら沙優の意見を尊重したい。
「それじゃあ……」
「ああ、お前の好きにしろ」
「ありがとうございます!」
俺は嬉し顔の沙優が持ってきた黒いジャンパーを羽織りながら、夜空を見上げる。
生きるのにカネがいることが当たり前だと思いつつ、星一つ見えない雲空の固まりに、俺の心も密かに曇っていた──。
****
吉田さんと家で過ごした三が日が過ぎ、正月明けの1月4日の朝。
私はコンビニ『ファミソンマート』の制服を着て、ガチガチに緊張したまま、休憩所に居た。
「今日からこの職場でアルバイトをすることになった
「ウチは
店長が一人で仕事を切り盛りする中、長テーブルと椅子だけのシンプルな部屋に居たのは私を含めて二人だけだった。
金髪で肩で切り揃えたミディアムボブにいかにもギャルらしい褐色の肌。
おまけに耳には金のピアス、爪にはデコったマニキュア。
どこをとっても典型的なギャルだ。
後、ヨロって何だろう。
ちょっと変わった雰囲気の先輩さんだね……。
「沙優チャソ、ウチと同じ17歳なんだって? まさかのタメじゃん。イケイケじゃーん」
沙優チャソ?
イケイケ?
何か良く分からない感じの人だよね。
言葉だけじゃなく、性格も底抜けに明るいし……。
「じゃあ、ウチが商品の品出し教えるからついてきてな」
「あっ、はいっ!」
「だからタメなんだから敬語はいいって」
「う、うん……」
私はタイムカードを打って、あさみと店内へ出た。
****
「いい? こうやって期限が近い食品を前に出して、新しいのを奥に入れる。ここまではオケ?」
「オケ?」
「もー、沙優チャソってばノリ悪いんだから」
廃棄するサンドイッチやおにぎりを手際よくレジカゴに入れながら、私と他愛もない世間話を交えるあさみ。
「しかし中卒とかすんごいパネエわ。マジ神やわ。でも何で高校行かんやったの?」
「えっと、勉強が苦手で……」
「ふーん。真面目そうに見えて意外と不良やな」
この人は不思議な接し方をしてくる。
私に干渉しながらも、常に一歩引いた質問をし、深くまでは追求してこない。
「じゃあさ、家はどの辺なん?」
「ええっと、ここから駅側に歩いて5分かな」
「えっ、マジ? ウチの家とあまり距離ないやん。方向は逆方向やけど」
「偶然とはいえ、マジウケるっしょ」
「へえー、ウケるねえ……」
あさみに教わり、フードコンテナに入ったおにぎりを並べながら、笑えない冗談についていく私。
「じゃあさ、沙優チャソの家に今日寄ってもいい?」
「うーん、家の人にも色々と事情があるし、急に押しかけても困るかな」
吉田さんの了承も得ないといけないし、勝手に家に女の子を上げるのもどうかと思う。
「沙優チャソの家族なら問題ないっしょ」
「いや、家族じゃなくて血の繋がらないお兄さんなんだけど……」
「はあ? 男と一緒に住んでんのかー!?」
「こ、声が大きいって」
どうしよう、あさみの性格上、一度決めたことは曲げない主義だろう。
お客さんの白い視線を背中で浴びながら、私は一人で策を練っていた……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます