第3章 サラリーマンの決意と真実を知るJK(転生三回目)

第14話 初めての感想と二人での盗み聞き

「──もしそうだとしたら後藤ごとうさんは俺とヤれますか」


 頭の中から吉田よしださんらしき声がする。

 言葉の内容からして、我慢してた欲求が爆発したのかは理解できなかったけど……。


「おおっ、ドキドキの急展開だね」

「えっ、何で私、こんなところに?」

沙優さゆちゃん、そんなに頭を抱えなくてもいいじゃん。安心して、今日は私のおごりだから」


 気が付くと制服姿の私こと、沙優は回転寿司のレーンが流れるカウンターテーブルに座っていた。

 すぐ横にはサングラスをかけた茶系のカジュアルスーツの柚葉ゆずはさんがいて、私の唇に軽く人さし指を当てる。


 そう、私は吉田さんの家の玄関先で男の人の侵入を許してしまい、自ら命を絶ったはず。

 なのに今は柚葉さんと同じカウンター席にいて、さらに私たちから少し離れた奥のテーブル席には吉田さんが綺麗な女の人と食事を摂っているというさまだ。


「しっ、沙優ちゃん黙ってて。、同僚の吉田さんと後藤さんがいいとこなんだから」

「はあ?」


 どうやら相席にいる女の人が吉田さんが好きな後藤さんという人らしい。


 ──小言で耳元で語る柚葉さんの話によると、後藤さんに彼氏がいるのは嘘で、本人は今の吉田さんと付き合っても流れ的に良くないだろうという気分で、クリスマスデートでの吉田さんの告白を断ったらしい。


 そんな後藤さんの煮えきらない態度にしびれを切らした吉田さんが二人だけで二度に渡り、食事に行くことを不思議に思い、こうやって誘ってきた後藤さんを問い詰めたということらしく……。


「……でも、わ、私。処女だけどいいの?」

「ぶぶぶっっー!?」


 吉田さんが処女というキラーワードを耳にして、中ジョッキのビールを勢いよく吹き出した。


「ちょっと、吉田君大丈夫!?」

「ゴホゴホ……す、すみません。ちょっと意外だったので」

「そう、やっぱり処女って面倒くさいわよね」


 汚れたテーブルを店員さんから貰った新たなおしぼりで拭きつつ、さっきから吉田さんは上の空だけど。

 早くも大人の女の色香に惑わされ、酔いが回ってきたのかな。


「いや、そんだけ色気がある女性が28にもなって経験がないなんて……」

「何よ、今までそんな機会がなかっただけよ」

「すみませんでした。軽率な発言をして」


 紫のブラウスのボタンが外れそうな大きさの胸に、キュッとしまった黒いミニスカートでおまけに整った顔の美人。

 今まで誰も手を出してない未開の地の相手に吉田さんは尻込みしていた。


「何よ。一度言ったことは訂正にならないわよ」

「私、あなたのことが好きで今日も食事に誘ったのよ。だから……」


 後藤さんが恥ずかしそうに俯き、吉田さんから目を逸らした。

 あっ、これ本気で好きな相手に見せる行動だね。


「よし、やったれ後藤さん」

「……柚葉さん楽しそうですね」

「まあ、私は彼の恋を応援することにしたからね。どうしようもないくらいに鈍感なんだけどさ」


 記憶の片隅から掘り起こさせる深夜の公園での二人の情景。 

 もしや、あの時、柚葉さんが言ってた会社での好きな人って、同僚でもある吉田さんのことかな。

 二人して同じ想い人のことを語っていたんだね。


「だったら今度は俺の方が後藤さんの告白を待ちます。今後は俺からはあなたに告白しません」

「えっ、それって?」


 いかにも誠実な吉田さんらしい答えだなと思いながら、寿司屋とは場違いなチョコレートパフェを食べる私。

 刻んだ板チョコと濃厚なバニラアイスのコンビが絶妙でこれまた美味しいね。


「後藤さんは何でもかんでも人に言わせすぎなんですよ。いつまでもそんなセコいな手には引っかかりません」

「別に悪気はあったわけじゃ……」

「自覚がないのなら尚更なおさらですよ!」


 とうとう我慢の限界か。

 吉田さんがこれまで溜め込んでいた怒りの感情を後藤さんにぶつける。

 後藤さんはひねくれて『そんなに怒らないでよ……』と呟くが、吉田さんは怒って当たり前の言葉を放つ。


「後藤さん、俺のことが本気で好きなら後藤さんも俺に振り回されないと。俺だけが後藤さん相手にドキドキされっぱなしも疲れるっす」

「ウフフ。吉田君は本当に私のことが好きなんだね」

「だから入社当初からあなたのことが好きだって……」

「フフッ。ほんと真っ直ぐよね」


 そう、吉田さんはこれでもかと好きな女の人に想いを寄せ、その恋愛対象が変わることはなかった。

 私みたいな女子高生と暮らしても保護者扱いで恋に芽生えることはなかった。


 恋愛にひたむきで一人の女性を生涯愛するという一途な考え。

 吉田さんはそんなつもりで遊びではなく、後藤さんと真剣なお付き合いを望んでるのだろう。


「分かったわ。いつになるかは分からないけど、私が告白するの……待っててくれる?」

「うーん。後藤さんよりもいい人が現れなかったらの前提ですけどね」

「酷いわ、吉田君、それじゃあ私が一番じゃないってこと?」

「いや、何でそこで卑屈になるんですか……」


 こうして柚葉さんと耳を澄ましてると夫婦漫才のようで面白く、中々気の合うカップルになるんじゃないかな。

 今じゃ駄目な理由がまだ子供な私には分からないけど、こんな形の恋愛もあっていいと思う。


「握り寿司も放置しすぎると傷んで食べれなくなるということですよ」

「ふふっ。これからは新鮮なうちにいただくことにしました」

「ほっ……」


 吉田さんが一息をつき、残りのジョッキのビールをあおる。


「さあ、今度は私の番よ。質問してもいいかしら?」

「はい、何なりと」

「彼女がいるわけでもないのに立て続けに出張を断ってるのはどうしてなの?」


 これまた鋭い質問が来たね。

 まあ、吉田さんと一緒に暮らしてる以上、避けては通れない道だけど。


「えっとですね。ややこしい話になりますが落ち着いて訊いて下さい」

「何か重い話になりそう?」

「はい。実は俺の家に未成年の女子高生を住ませているんです」


 吉田さんの真面目な答えに後藤さんもだけど、私の横にいる柚葉さんも息を飲んでいる。

 私も不穏な空気を感じ取るが、まだ食事の途中だし、柚葉さんのおごりに対しても失礼だ。


 私は手を組んで目を瞑り、次に出てくる発言を黙って待ち続けた……。

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