第15話 未成年の立場と大人の対応

吉田よしだ君、それってどういう意味か分かってる?」

「はい。未成年誘拐で犯罪ということですよね」


 後藤ごとうさんが俺が犯すはずがない誘拐という発言に驚き、瞳を丸くする。

 実家に住んでた幼馴染みの女の子がワケありで家出し、俺と同じ部屋で同居していると……。


「それもだけど、その女の子を抱いたりしてないわよね?」

「はい。未成年なんかにときめく趣味はないです」


 俺は酒を飲んでいた手を休め、女子高生にまったく関心がないことを言葉に強調させる。


「そうじゃないの。同じ部屋に若い男女が二人っきりなのよ。何かあってからじゃ遅いのよ」


 女子高生にも色っぽい人もいるし、その子から好意を懐かれて好きになり、性的な行為を求めるようになるとか……と様々な男としての確信をついてくる後藤さん。

 俺はその質問の度に否定をし、あくまでも女子高生は恋愛対象にならないと後藤さんに何度も言い聞かす。


「大丈夫です。俺は今後も後藤さんだけが好きですから」


 不安そうな後藤さんを一押しする俺。

 学生時代に体験した甘酸っぱい初恋のように、好きな相手にこんな辛い表情をさせるのは二度とごめんだ。


「はあ……。吉田君は本当に分かってないわね。私なんて年増のおばさんなんだし、いつ若い女の子に心変わりしてもおかしくないって……」

「そんなことは断じてありません。俺はこれからも後藤さん一筋です。五年もの間ずっと好きだったあなたへの想いをナメないで下さい」


 俺は後藤さんの手をとり、自分の決意が揺るがないことを伝える。

『何なら指切りでもします?』と口にしたら、そんな子供っぽいことしなくても私は大丈夫だと。


「あー、分かったわよ。目も泳いでないし、嘘をついてるようにも見えないし」

「はい。すみません」


 後藤さんが人さし指をほっぺに当てて、何か考え事をし始める。

 その際にカランと焼酎の水割りに入ってた氷が溶ける音がした。


「じゃあ、今からその子に会わせてもらえるかしら?」

「えっ、今からですか!?」

「何かしら。ひょっとしてやましいことでも?」

「だから高校生には手を出しませんって!」

「だったら長居は無用ね。さっさと出ましょうか」


 後藤さんが会計の札を取り、そそくさとレジの方へ向かう。

 俺のことが好きなわりには、『ここは男の俺がお金を払うよ』というわずかな隙すらも見せない。


 常に自分の地位は保ちつつ、男を尻に敷くプライドが高いタイプ。

 おまけに泣きぼくろのついた目尻で色目を使い、今日のように食事に誘って来るさま。

 俺はそんなデキるキャリアウーマンにマジで惚れていた。


「分かりましたよ。まったくもう……って、えっ?」


 席を立ち、ちょうど目線の先のカウンターに見慣れた女の子と会社の後輩がいて……。

 俺は何かの冗談だろと少しばかり歩みを止めた……。


****


「──沙優さゆ、どうしてこんな所に!? それに三島みしまも?」

「えっ、吉田さん……えっ、三島さん!?」


──しまった、後藤さんの動きを目で追っていたら、偶然にも吉田さんと目が合ってしまい、条件反射で声までかけて……。


「はあー……お前ら人の話を盗み聞きしてたのか」

「アハハ、ごめん。ちょっとコンビニ寄ってたら吉田センパイと後藤さんの後ろ姿が見えてですね。これはスクープかと」

「スクープじゃなくて、立派なストーカーだろ……」


 三島さんも私が吉田さんの知り合いと分かった途端、鬼のように顔色を変えた。


「あの、これってどういうことですか? 吉田センパイ?」


 三島さんが吉田さんの目前まで迫り、強気で私との繋がりを探っている。

 普通ならそうなるよね。

 しかもまだ高校生なら当然だ。


「センパイの子供じゃありませんよね?」

「おいっ、俺は性行為には慎重派だし、勝手にデキ婚設定すなっ!」

「アハハ、ですよね、もしそうなら年齢詐称ですし。でも時と場合によっては警察に通報しますよ?」


 三島さんがスマホを手提げバッグから出して、耳に当てようとする。


 吉田さんに好意があるゆえに積極的な接し方。

 本気で三島さんが警察を呼ぶことはないだろう。  

 恐らく吉田さんのむやみに女子高生を襲うことのない人間性を試してるんだ。


「まあ、落ち着け。幼馴染みって言っても、田舎から帰ってきた義理の妹だよ。共同生活ということで俺の家で家事をやらせてる」

「そうかあ。後藤さんもだけど、可愛くて胸が大きかったら高校生でもいいのか。ポチポチと」

「だから通報はやめろって」

「ハハッ、冗談ですよって……」


 ケラケラと笑い、調子よく話を合わせる三島さん。

 まるでコント芸人のように二人の息はピッタリだった。


「……おい」


 そして三島さんが鬼の裏に秘めたドス黒い本性をさらけ出し、吉田さんのネクタイをグイッと掴んだ。


「今日はもう夜遅いから帰るけど、苦し紛れな妹設定じゃなく、きちんと納得のいく説明はあるんだろうな?」

「ああ。後日きちんと説明するから。駅前で売ってるイチゴのパフェ付きで」

「分かった、極上のデカイやつを頼むわよ。バイバイ、吉田パパ」

「沙優ちゃんもね♪」

「うん」


 パフェと聞いて、一点の曇りもない笑顔になった三島さんがそのまま会計を済ます。

 それから私と吉田さんに大きく手を振り、外の路地裏へと姿を消した。


「だからパパじゃないって」


 吉田さんが複雑そうな顔で頭をかき、私の制服に着ていた黒いジャンパーを着せる。

 この寒い季節に制服だけで、外との気温差に気を遣ってだろうか。

 店内は暑くも寒くもない適度な温度だけに……。


 そして三島さんと入れ違うように後藤さんが店内に戻ってくる。


「吉田君、さっきから何してるの。ずっとタクシーで待ってたのに?」

「あっ、すみません。後藤さん、もう一人乗客の追加ということでお願いできますか?」

「ええ。この子が例の沙優ちゃんかしら?」


 後藤さんが特に質問もせずに、駐車場に停まってるタクシーへと誘導し、優先的に座席を勧めてくる。

 私は下手に後藤さんを刺激しないよう、静かに白いシートに座った。


「はい。偶然にも知り合いと食事に来てまして。よろしくお願いします」

「はい。こちらこそよろしくね。沙優ちゃん」


 暗闇の繁華街を走る一台の車。

 私たちはタクシーで吉田さんの自宅へと帰った──。

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