第11話 デキる先輩とポンコツな後輩

 ──何か気持ちがすっきりしない曇り空が窓に映る大手IT企業。

 12月もあと数日で終わる現状にも関わらず、職場は人の群れでごった返していた。


吉田よしだセンパイ。今度、一緒に初詣に行きませんか?」


 昼休憩を飯だけで終わらせ、パソコンで書類整理を製作中の俺に、脳天気な三島みしまが声をかけてくる。

 俺はオフィスチェアの背もたれに体重を倒し、こちらにニコッと微笑んでくる相手にブチギレた。


「三島あああー!!」


 周りの従業員がキーボードを動かす手を止め、俺の怒鳴り声に少なからず動揺している。

 気のせいか、後藤さんの視線もこっちを見てるような気が……って自意識過剰かよ。


「行きませんかじゃねえよ。何だこのミスしまくりのデータは!」


 俺はクリップでとめた書類を三島に突きつけて、地獄から引っ越してきた鬼のように叱る。


「提出前にちゃんと見直せって言っただろ!? ここや、あれ、この尊敬語も改行も何もかも不自然だろ。今からやり直せ!」

「えー? きちんと見直しましたけど?」


 人がミスを指摘してるのに、三島は軽い感じですみませんねーと謝るどころか、私は何も間違ってないと自分の言い分を強調させるんだよな……厄介な女だぜ。


「だからできてないだろ……! 納期は大晦日までなんだから残業してでも直せ」

「えー、今日中は無茶ですよ。年末くらい早く帰らせて下さいよぉー」


 頬に指を当てて、ぶりっ子モードで駄々をこねる三島。

 誰のせいで作業が遅れてるんだと思うんだ。

 男に色目を遣い、恋の生地をこねる暇があったら、正しい記事を入力する手を動かせ。


 俺は三島に椅子ごと急接近し、自分に置かれた立場を三分足らずの総集編として分かりやすく教える。


「はぁー……俺はお前の教育担当なんだぞ。いざという時に納品できないとこっちも困るんだよ……」

「顔が近いですよぉ、センパイ。だから私はいざという時に頼りになるという後輩を目指してですね……はっ!?」

「何だよ?」


 三島の動きが中世ヨーロッパな蝋人形のように固まる。


「まさかセンパイ、この案件が上手く通らなかったらクビになったりしますか……?」

「いや、この国の労働基準法はしっかりしてるから、雇用側から切られることはまずねえよ……」

「でも俺はこの業務から外され、お前の担当係は変わるだろうな。俗に言う左遷ってヤツだ」

「はっ?」


 ア○リカなどでは高時給、高月給で雇うケースがあるが、その分、仕事ができないとなると雇用主によって即座にお払い箱だ。

 それに反し、日本はコツコツと人員を育成して、人件費は関係なく、より良く伸ばそうという点がある。

 日本の給料が少ないのはそこからだったりするのだ。


「それじゃあ今すぐ直してきます。サーセンでした……」

「あっ、ちょっと待て」

「失礼いたします」


 三島が俺が持っていた書類を奪い取り、丁寧に謝罪して、早足で自分のデスクに戻る。


「はあ……ホント何考えてんのか、よく分からん女だな……」

「なになに、今日はどんなミスしたの?」


 そこへ椅子の車輪を軽快に滑らせて、俺の隣に寄ってくる同僚の橋本はしもと

 何度注意しても同じような馬鹿みたいに使えない後輩を思うと、大きな溜め息が漏れてくる。


「俺が作った顧客管理のデータが始末書に書き換えられてだな……」

「アハハ。そりゃ別の意味で凄い才能だね。三島ちゃんマジックだね」


 橋本が俺のブルーな気持ちをよそに一人で面白そうに笑う。


「あんなポンコツの指導なんかしたくねえよ。お前引き受けてくんね……?」

「お気持ちだけで結構だよ。僕も別のプロジェクトで忙しい日々だからね」


 気がどうにかなりそうで押しつけたくなるが、すでに橋本も別のバトンを握らされているし……。

 学生という年齢じゃねえし、与えられた仕事から逃げても何も解決しないしな……。


「はあ……今日はもう年末の28日だぜ。入社したての新人だからって、笑って許してニコッじゃすまねえんだぞ」

「だけど急にやる気出したみたいだよ。あのペースだと夜には終わるかもよ」

「そだな……」


 急に真剣になってモニターを睨み、指を滑らすように文字入力する三島が別人のように見えた……。


****


 ──数時間後。

 俺はそのポンコツ女と老舗のラーメン店にいた。


「えへへ、お疲れ様でーす」

「どうも」


 三島が世間話をしながらだと、ラーメンはのびますからねー……とおでんをチョイスしたのだが、これがまた焼酎と合っていて実に美味い。


「いやー、無事に納品できて一安心ですね」

「おう……ありがとな」


 残業にもならずに数時間後に綺麗に整ったデータを見せられ、頭使いすぎてラーメン食べたい気分ですねー♪ と誘われたのがここのお店だったのだ。


「お前なあ、日頃からあの調子で作業をこなしてくれよな……はー……」

「ふぁいふぁへん、よひたへぇんはぁい」

「あー、お前行儀悪いぞ。ちゃんと飲みこんでから話せって」

「ごくん」


 おでんを喉に通らせた三島が俺の顔に指を突きつける。


「吉田センパイ、最近ヒゲも剃ってますし、見た目も小綺麗にして出勤してきて、もしかして彼女でもできたんですか?」

「何だ、お前そんなに俺の身なりを見てたのか。妙にストーカー気質あるよな」


 俺の言葉に何をどう捉えたのか、三島の顔がみるみる赤くなっていく。


「ちっ、違いますっ! いつも間近で怒鳴るからちょっとした変化にも気付いたんですよ!」

「何だよ、隠れストーカーかよ」


 俺はさほど気にしてない素振りで煮卵にかじりつく。 


「彼女なんていねえし。ずっと好きだった後藤ごとうさんにもフラれたし……」

「ごっ、後藤さんですかあああー!?」


 味がよく染みた煮卵を堪能する中、突然、動転した三島が大声を出して立ち上がる。


「でもフラれたんですよね。おでんのはんぺんあげます」

「いらねえよ。安易な同情もな」


 コホンと咳払いをして素に戻る三島。

 それから自分の体をジロジロと見て……後藤さんのダイナマイトバディとは程遠いけどな。


「いえいえ! それはそれでラッキーですよ。女は星の数ほどいますからね!」

「は? そこ喜ぶところか?」


 三島が酒の入ったグラス片手に心の底から笑ってみせる。


 じぃぃー。

 俺はそんな三島を野鳥のように観察していた。


「何ですか、さっきから人のことガン見して」


 見られて意識したのか、三島の落ち着きがなくなり、髪先を指で回しながら、そわそわとした態度となる。


「いんや、お前……もっと仕事がやりくりできたらモテるだろうなって思ってさ」

「いえいえ。私思うんですよ」


 俺の率直な感想を思いっきり否定したな。

 何の原動力がコイツのやる気を突き動かしてるんだよ?


「吉田さんは仕事を頑張りすぎなんですよ。そんな風だといつか倒れてしまいますよ。下手すれば過労で死んじゃいますってば」

「あのなあ、会社から給料を貰ってる以上は頑張るしか選択肢はないだろ」


 俺は対価を頂いて、会社に貢献するために働いてるんだ。

 金を貰う以上、アマチュアじゃ済ませられないし、求められるのはプロとしての成果。  

 そこに面倒だから、無駄なことは頑張らないという甘えは捨ててるしな。


「そうでしょうか? 吉田さんがいなくても仕事って円滑に回っていくんだと思うんです」

「な、何だって……?」

「だから頑張ってる吉田さんをフォローするために私みたいにスタンバイできる人材が必要だと思うんです」

「あー……」


 不意の返しに言葉を詰まらせた俺の前に指先を向ける三島。


「……確かに上司からの目線じゃあは多い反面、お前はよく頑張ってくれてるけどな」

「でしょ。今日は出来てたでしょ?」

「ははは……全くだ」


 ピースサインをして牛すじの串をくわえたニッコリ笑顔の三島相手に俺は無気力に笑う。


「それにわっ……私は……」

「……吉田センパイが教育してくれないとやる気出ないタイプなので」


 グラスを置いた三島は頬を赤らめながら、テーブル下に目線をやる。

 そこで何で照れるのかが謎だが……。


「それと、ま、マジになって怒ってくれるのは吉田センパイだけですからね!」

「お前の覚えが極端に遅すぎるからな」

「覚えが遅くてもです!」

「自分の行いを理解してるのかよ……」


 まあ悪気がない分だけマシな方か。

 仕事ができない分はやる気でカバーしてるようだしな……。


「そういうことなのでセンパイ」

「これからも三島をよろしくお願いしますね」


 自己アピールが終わったのか、いよいよメインディッシュと言いながら、メニュー表を片手に色々と目を輝かす三島。


「大将、大盛りチャーシューメン、全部具のせ、チャーシューはマシマシで!」

「……お前あんだけ食って、まだ食えるのかよ……」

「はいっ。ラーメンは別腹ですので」

「……そうか。俺は普通の味噌ラーメンで」


 ああ、最近忙しいせいか外食続きだよな。

 家で留守番をしてる紗優さゆは今日の晩飯、何を食ってんだろうな──。

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