第2話 再会とオムライス

「うーん……」


 私、沙優さゆは暗がりの床で目を覚ます。

 疲れていて無意識だったのか、体には黄色いタオルケットを被っていた。

 床は暖房が効いて暖かく、外での冬のような寒さはない。


 そうか、私、男の人の部屋に泊まったんだった。

 目の前に脱ぎ散らかしたブレザーと黒の靴下を見ながら、ふと思い出してみる。

 今回の人は私がヤッてもいいよと誘ったのにも関わらず、性的な接触は一切してこなかった。

 まあ、いつもの彼らしいけど……。


 体を触ってみても何も違和感もないし、寝てる間に襲われた感覚もない。

 少し離れたベッドで寝ている顔を見るからに私の知ってる彼そのものだった。


「……吉田よしださん、また逢えて嬉しいな」

「ご、後藤ごとうさん、好きです」

「へっ?」

「何で俺をフッたりするんですかあ……」

「……ビックリしたあ。ただの寝言か」


 ははーん、さてはその女にフラレた勢いで深酒か。


 後藤さんねえ?

 何となく心に引っかかる名前だけど、思い出せないってことは大した女じゃないんだろうね。

 この私がいるのに、夢の中で堂々と浮気とは!


「俺はその大きな胸に挟まれてみたかった……だからあ……うごっ!?」

「はいはい。安らかに眠れ」

「くかぁーzzz……」


 私は吉田さんの頭に腕を回して黙らせる。

 少々荒療治だが、大きな胸が好きな星人にはこれが一番最適だ。


「……ああ、女が作ったオムライスが食べたい」

「あははっ、どんな夢見てんだかw」


 よし、明日は早起きして久々に朝ご飯でも作ってあげよう。

 吉田さんの胃袋をゲットするためにね。


****


『コトコト……』


 何かの音がする。

 定期的なのにリズミカルな音。

 俺はこの音に親しみを抱いている。

 アイツは料理下手だったのにも関わらずにだ。


「あううっー!」


 アルコールの飲み過ぎか、単なる寝起きだったのか、声が枯れてうまく言葉を発せない。

 俺はベッドから体を起こし、とりあえず、枕元にある水のペットボトルに口をつけた。


「あっ、吉田さん。おはよう」

「あああ? 何で家に女子高生がいんだ!?」

「あれ? 昨日のこと忘れたの?」

「さては座敷童子かあああー!?」

「もう、きちんと日本語話してよねw」


 酔っていたせいか断片的にしか思い出せないが家の近くで座っていた子だよな。

 それがどうして家の厨房に立ってるんだ?


 いやそんなことはいいか。

 今日は会社で大事なプレゼンがあるんだ。  

 遅刻は許されない。


「って、朝っていうか……昼過ぎじゃないか!?」

「うん、そだよ。吉田さん、酔いつぶれてぐっすり寝てたね。大丈夫、電話があったさんには事情はちゃんと説明したから」

「おいおい、勘弁してくれよ……」


 アイツは口が堅い同僚だけど、明日からの冷やかしがまぶたの裏に浮かぶ。

 これまた橋本に借りを作ってしまったな。


 それよりも気になるのが、フローリングに無雑作に置かれたブレザーと靴下なんだが、嫌な予感しかしねえ。


「なあ、俺、お前のこと押し倒したりしてないよな?」

「さあ? どうだか?」


 俺は至って真顔でフライ返しを持った、肌色のニットカーディガンに緑のチェックのプリーツスカートを着た女の子に尋ねてみる。


「まあ、初めは熱い口づけからだったよね」


 俺の瞳を真っ直ぐに捉えて無表情に答える女の子。

 俺の額から冷や汗が流れる。


「それで髪をなでて抱き締めてきて」


 おい、抱き締めるとかヤバいだろ。


「挙げ句の果てには気持ちよく仰け反ってジャンプしてさ」


 しかも最後までヤッたのか。

 どうすんだよ、俺の人生お先真っ暗じゃないか。

 俺の額から冷や汗がダラダラ垂れる。


「なーんてね。私の家で飼ってた猫の話だよw」


 アハハと俺を指さして笑う女に腹が立ってくる。 


「というかお前、人様のキッチンで何してんだ。冷蔵庫の食材はタダじゃないんだぞ」

「え? タダで泊めてくれるって言ったじゃん」

「俺の家は会員制のホテルじゃないぞ」


 起き上がった俺は冷蔵庫を開けて、女の子に厳重注意する。

 年下のガキになめられっぱなしも癪に触るからな。


「まあまあ。お昼になったことだし、お腹空いたよね。お好みのメッセージも添えてみたし」


 上手く誤魔化した女の子がキッチンから、黄色い楕円形の料理を持ってくる。


「……オムライスか」


 玉子の表面には『LOVE』とケチャップで書かれていて、この女は何を企んでるんだ。

 美人局だったとしてもそんな大金、家にはないぞ。


「昨日、熱い想いのオムライスが毎日食べたいって言ってたよね」

「ああん!? 女子高生にプロポーズかよ!?」

「アハハ。まあ食べてみてよ」


 俺は木製のテーブルの席に座り、言われるがままにオムライスの端をすくって口に運ぶ。


「おおん?」


 これは美味い。

 玉子がトロトロでご飯の味付けもしっかりしてて、家庭料理じゃ中々できない作りだ。

 でも本音は後藤さんが作ってくれたのが食べたかったな、グスン……。


「どう、沙優スペシャル特製オムライス美味しい?」


 テーブルの向かい側で微笑ましく俺の食べる様子を伺う女の子。

 俺と同じく腰を下ろし、テーブルに両ひじをつけて頬に手を添えている。

 カーディガンはやや大きめで手の甲が隠れるくらいに……。


「ああ、まあ……不味くもなく、まあまあかな」

「どっちだし。ケラケラw」

「まあそれなりに美味しいよ。お前、料理得意なんだな」

「アハハ。ウケる。料理上手でそれなりねぇ〜」


 すると何を感じ取ったのか、『にっ』と女の子が口元を弧の字に曲げる。


「本当は後藤さんの手作りの方がいいんでしょ」

「ゴブ!? ゴホゴホッ!?」


 俺は口に含んでいたケチャップの米粒を喉に詰まらす。


「おっ……お前、どうして後藤さんのこと知ってんだよ!?」

「えっ? だって寝言で『俺は五年間もあなたが好きだ』って」

「ぐわっ、俺のプライバシーが侵害されるうぅぅー……」

「あと、その大きな胸に挟んでどうのこうのとか。クスクス」


 ああ、最低だ。

 こんな女の子に俺の性癖を暴露されるなんて。

 もう恥ずかし過ぎて死にたい。


「どうせフラれたんでしょ〜。むっつりさん」

「むっつりは余計だろ……」


 女の子がトントンと軽い足音を立てながら、俺のすぐ隣に腰かける。


「ねえ、吉田さん」


 そして女の子座りとなって俺の方に体勢を崩し、胸元のリボンを外して、豊かな谷間を強調させる。


「私で良かったら慰めてあげようか」


 長い髪を耳にすくい、色っぽいうなじを見せる姿にも関わらず、俺は理性を保ったままだった……。

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