ひげを剃る。そして記憶喪失の女子高生を拾う……。―Dark Side Traveler Story―

ぴこたんすたー

第1章 サラリーマンと家出JK(転生一回目)

第1話 あなたとキミ

「──どうしてこうなったんだろうね……」


 誰もいない廃ビルの屋上で、私、荻原沙優おぎわらさゆは、虚空に星空を眺め、黒いカラスのようなブレザーの制服を強く抱きしめる。


 冷たい雨に濡れた細い腕は、寒さのせいか、大きく震えていた。

 私の大好きな、あの人はもういない。

 私の罪を被り、先に命を散らしたから……。


「ねえ、吉田よしださんは、私と出会えて幸せだった? 私は幸せだったよ……」

「だから、今度生まれ変わった時も私を見つけてね」


「さよなら──」


 私は、夜空の美しい宙に身を投げる。

 吉田さん、もし生まれ変わっても、あなたのことは忘れないから──。


◇◆◇◆


「──あー、あのクソ女め……」

「普通、彼氏がいるんなら、初めからデートに来るか……頭の中、煮えてんのか……」


 深夜10時過ぎ、黒いトレンチコートの俺は、同じく黒い色の指輪ケースを握り締めながら、千鳥足で自宅に向かっていた。


 今日はクリスマスイブ。

 俺は五年間思い続けていた二つ年上の美人な女上司、後藤ごとうさんに告白しようと、クリスマスデートに誘った。

 最終的に、大人のムードたっぷりの夜景が見えるフレンチレストランで、後藤さんと甘いお酒を交わし、いざ告白、結婚を前提にと、言葉を出そうとした時……。


『……ごめんなさい。お気持ちは嬉しいけど、私には彼氏がいるから……』


 そう言って後藤さんは、大人しく席を立ったんだ。

 それから俺はやけになり、後藤さんと飲む予定だった、上質のヴィンテージワインのボトルを丸々一本開けたんだが……この通り、見事に悪酔いしてしまい──。


「──あのアマ、男の純情をもて遊びやがって。明日から、どんな顔して会えばいいんだよ」


 これだから、社内恋愛は嫌なんだ。

 後藤さんに告白しない方が良かった。

 ああ、憂鬱ゆううつだ。

 後腐れになるのも嫌だし、さっさと、今の会社辞めようかな……。

 ……って、今の職場、結構気にいってるし、転職する気力すらも起きないしな……。


「この角を曲がれば、俺の家だったな。もう何もかも忘れて、さっさと寝たい気分だぜ……」


「あん?」


 電柱の灯りに照らされたあの制服、女子高生か。

 体育座りをしてるせいか、ふと、イチゴ柄のパンツが目に入る。


 髪は綺麗に整ったミディアムヘアで、顔は目鼻が整って、可愛いタイプだな、まるでアイドルみたいで……。

 おい、馬鹿を言うな、いくら酔ってるとはいえ、26にもなるサラリーマンが、未成年の女の子に手を出すほど、落ちぶれた男じゃない。


 いくら今日は暖かい方だと言っても、この寒空だ。

 このままだと凍死にもなりかねない。

 とりあえず面倒だけど、無視するのもなんだし、コミュニケーションでもとってみるか。


「おい、女子高生が、こんな夜更けの時間に何やってんだ。親と喧嘩をするのは勝手だが、さっさと仲直りして、家に帰りやがれ」

「えっと……帰る家がなくて」


 あくまでも、家出少女を貫く気か。

 後藤さんのフリ方といい、男だったら、喧嘩上等だな。


「家がないならネットカフェとか、安く泊まれるカプセルホテルとかあんだろ。あまり大人を困らせるなよな」

「うーん、私ね、お金持ってないの」

「はあ? 何の冗談だよ。だったらここで、段ボールハウスにでも潜って、朝まで過ごす気か?」

「えっと、それは無謀というか……」


 無謀ねえ、ホームレスみたいでダサいし、色々とヤバいときたか。

 薄っぺらい段ボールじゃ、この夜の厳しさは過ごせそうにないしな。


「だったら友達の家に泊めてもらえばいいだろ」

「残念ながら、この近所には居ないんだよね」


 何だ、そんな美少女で陽キャな性格して、ボッチなのか。

 人は見かけによらないな……。


「ねえ、おじさん」


 女の子が『にへら』と笑いかけて、俺と目を合わす。

 何だろ、この展開……嫌な予感しかしねえ。


「私とエッチなことしてもいいから、家に泊めてよ」

「はあっ、お前正気かっ!?」


 おいおい、TVとかではよく報道されてるけど、女子高生ってヤツは、こんなおかしなのばかりなのか?

 ああ、俺には起こりそうにない売春が、この身に降りかかるとは……。

 考えるほどに、頭痛が激しくなってきた……。


「お前なあ、もっと自分の体を大切にしてだな……」

「えっ、お互い、結果オーライでよくない?    

 私は全然構わないよ?」

「ああん、未成熟な女のどこに魅力があんだよ」

「へえー、おじさんって、紳士だね」


 紳士というか、下手すれば、犯罪で監獄行きだぞ。

 この女の子は、自分の置かれた状況を理解してないのか?


「うーん。だったらさ、タダで泊めてよ」


 はあー、何なんだこの子は……。

 タダという響きに、俺はおでこに利き手を当てる。


「ねっ、吉田さん?」

「お? お前、何で俺の名前を?」

「えっへん。何でかな。こう見えて、エスパーだからね」

「……もう、頭いてえ」


 笑えない冗談に、脳みそがついていかない。

 おまけに考えようにも、頭痛が止まらないから、目の前の女子高生との受け答えも嫌になってくるし……。


「私の名前は沙優だよ。よろしくね」

「あー、もう好きにしろ……」

「ありがとーw」


 目眩はするし、吐き気もするし、おまけに気分は最悪だ。

 こんなわけの分からん女子高生に絡まれて、起きて寝るだけの事務的な寝床で、宿泊を共にするなんてな……。

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