第5話


「ごめんなさい。さっきも言ったように、私、以前いた場所で意識を失ってしまって・・・で、目が覚めたら・・・」


「ここに来てたってか。いまいちピンとこねぇ話だなぁ、おい」


「この服も、ここに来る以前のもので――だからキースさんが珍しがるのも無理はありません」


「おうよ。見たこともねぇもんが、そこかしこにくっ付いてらぁ。お前さん、動きにくくないのかよ?」


 キースさんは顎に生えた無精ひげをこすりながら言う。彼の立場からすれば、衣服の動きやすさ——いわゆる使われる生地の伸縮性は極めて重要なのだろう。


「慣れていますので。それより、私は『お前さん』ではありません。スピン、です」


「おっと、これは失礼した」


「話を戻しましょう。キースさん、単刀直入に聞きます。私の着ている服——欲しいですか?」


 ピクッと、キースさんのこめかみ付近が動いたのが分かった。心なしか、私を見る目線にも変化が見られたような気がする。『旅人』としての目から『商人』の目、だ。キースさんは「ふーむ」と、今度は口をへの字に曲げて、唸り声を出す。続けて腕を組んで目を閉じ、熟考の姿勢に入った。


 存外、キースさんの考える時間は長期化し、その間私は燃える松明の火をじっと見つめ、ただただ大人しく彼の決断を待つことに徹する。


「欲しい」


 閉じていた目を開け、最後は一文字ずつはっきりと口にした。


「分かりました。では――といきましょう」


 最凶最悪と罵られようとも、一応は一国の令嬢を務めていた身。交渉の類はそれなりに経験してきている。駆け引きにおける言葉選びは、極めて重要だ。


「ほう。条件はなんでぃ」


「私のこの服を提供する代わりに、案内してほしいのです。キースさんがこれから向かう土地へと」


 彼が商売人ならば、必然的に様々な街、あるいは村や集落を訪れる。加えて、各方面を渡り歩いてきたというのなら、地理にも長けているはずだ。

 続けて私は提案する。


「私としては、訪れる地で見聞を深めていきたい思いです。それに――そうしていくうちに、何か思い出してくることがあるかもしれません」


 素直に、ここは正直な気持ちをぶつける。繰り返すが、状況を把握しないことには始まらない。

 強調したい部分は、相手の目を見てじっくりと。教訓に関する本をいつだったか読んだ際に、そう書かれていた気がする。


「お前さ・・・いや、スピンっていったか。服がっつう保証はあんのかい」


 声をいっそう低くして、キースさんは言った。こちらを試しているような雰囲気がなんとなく感じられた。

 売れる保証、か・・・確かに肝であり、譲れない点だ。


「分かりません・・・必ずしもできる、とは言いかねます」


「なんだと?」


「ですが・・・自信のほどはあります」


「言ってくれるじゃねぇか」


 ふん、と鼻を鳴らしたキースさんは大きな手で、自らの膝を叩く。バシンと気持ちいいくらいの音が響いた。


「スピンの嬢ちゃんよぉ」


「は、はいっ」


「その取り引き、乗ったぜ」


「ほ、本当ですかっ?」


 ある程度の覚悟はしていたものの、こうもあっさり受け入れてくれるとは。半ば信じられなくて、つい本当かと聞いてしまう。


「もちろんだ。商売人に嘘はなしってもんよ」


「ありがとうございます!では――」


「だが」


「え?」


 キースさんはにんまりと笑い、私の話を阻止してみせたのだった。

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