第4話


 モチベーションは維持できていたが、歩けば歩くほど体力は奪われていった。ベトベトして嫌な汗もかくから、喉も渇く。水分を摂ろうにも、水たまりすら見かけない。


「前に、行かなきゃ・・・」


 実際に声に出すことで、挫けそうな心を何度も励まし続ける。

 しかし次第に私の疲れがピークに達したのか、それともさらに湿度が上がったのか、目の前がかすんできた。視界全体がボヤーっとして、焦点があっちこっちにと彷徨う。


 いよいよ、ヤバイ、かも・・・。


 咄嗟にそう悟った。

 気持ちだけで乗り切るなんて、やっぱり無茶だったんだ・・・。

 私の意思とは無関係に、体は倒れることを選択していた。進むべきはずの道を、地べたに這いつくばって見る形になる。


 死んだと思いきや、今度は飛ばされた見知らぬ地で、またしても死にかけている。


 不様だなぁ――私。


 結局、何がしたかったんだろ。

 アテもなく歩いて、疲れて、倒れただけじゃん。


 あぁ。もうダメっぽい・・・。


 絶望したところで、私の意識は途絶えた。




 次に目が覚めた時、私はどこかの寝床に寝かされていた。松明の灯りがあるらしい。パチパチと火の粉があがっていて、温かみのある雰囲気を演出している。


「お。やっとこさ、お目覚めか」


 低く、しわがれた声が聞こえた。視線の先には初老の男がひとり座っており、やさしい笑みを浮かべている。


「あの・・・あなたは・・・?」


 私がおそるおそる尋ねると、男は体を反転させたかと思いきや、ぐっと顔をこちらに向かって近づけてきた。年齢こそ感じさせるが、目鼻立ちがはっきりとしている。野性味あふれると表現したらいいのか、少なくとも何か悪いことを企んでいるとか、そういうのはなさそうだ。


「俺か、おりゃあ・・・キースってもんだ。お前さんこそ、どこから来たんだい。ここらじゃ見かけねぇ変わった格好してるけどよぉ」


「私は——名を、スピン、といいます。あの・・・もしかして、キースさんが私を助けてくださったのですか・・・?」


「おうよ。珍しく何かが落ちていると思ったら、まさかの人じゃねえかってな。お前さん、俺がたまたま通り過ぎたから良かったものの、あのまま倒れてたら確実に野垂れ死ぬ運命だったぞ。恵まれたもんだ。感謝しろよ」


「あ、ありがとう、ございます・・・その、なんとお礼を言ったらいいのか・・・」


 腰を低くして私が何度も頭を下げていると、キースと名乗った男は急に大口を開いて「がっはっは」と笑いはじめた。


「冗談だ、冗談。なぁに。気にすんな。人を見殺しにするほど俺も腐っちゃいねぇ」


 ありがとうございます、ともう一度言ってから私は再度彼に尋ねた。


「キースさんは――普段何をされているのですか?差し支えなければ教えてほしいです。私、気づいたらこの辺りに迷い込んでいて・・・はっきり言って右も左も分からないのです」


「俺はただの、しがない商売人さ。各地をほうぼう歩き回っては売り買いをする毎日だ。まぁ自分の勘を頼りに行動してるって言っちまえばそれまでだな」


 なるほど。どうりで、がっしりとした屈強な体つきをしているわけだ。いかにも旅人然としている。傍らには大きなリュックが置かれている。長距離の移動も慣行しているのだろうと、想像できる。


「さ。俺のことは話した。次はお前さんの番だぜ。結局まだ何様なのか聞けてねぇしな。それに物珍しそうなもんを目にしたら、商売人としての腕が鳴るってやつよ」


 キースさんの言う、物珍しいもんとは、きっと私の着ている服だ。


 この時。

 私の頭に、とある考えが降って湧いてきた。


 キースさんが商売人なら・・・かな?


 逆に、私は令嬢としての腕が鳴る思いだった。

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