31話 : 目指す場所

 オシュテンから統一祭の話を聞いて、ラメッタはディーレの部屋に向かった。

 クレーエンも付いていく。


「うわっ!」


 部屋の中から悲鳴が聞こえる。

 ディーレの声に間違いないだろうが、悲鳴の後にガタッと物が崩れて床に落ちるような音がしたのが気がかりだ。


 ラメッタは急いで中へ入る。

 そこにある光景とは……っ!

 

「チルカ!」

「怒っているの? チルカね、あそこにあるお人形さんが欲しかったの」


 どうやら本を読んでいたディーレの頭に物が落下したようだった。

 チルカが棚を足場にして、その不安定さから取ろうとした人形や小道具が手から零れてしまったようだ。

 ディーレは頭にこぶを作ってしまったのか、手を頭に添えている。


「痛い。……って。ラメッタ様、クレーエン様」

「うむ。チルカ姫は元気じゃな」

「相変わらず。そういうところに救われもしますが」

「急いで成長しなくてもよい。時間を掛けて成長する。それはディーレ姫もじゃぞ?」

「そうですね。焦っているのは分かっています。お父様がいれば部屋で食事が出てくるのをじっと待てばいいのでしょうが」


 チルカがディーレを抱き締めた。

 ただディーレの背に乗るものだから重そうに顔を歪める。


 それから、チルカのせいで怪我した頭を撫でる。


「チルカ、お姫様で嬉しい。あとね、お姉ちゃんがお姉ちゃんで嬉しい」

「私もチルカが妹で嬉しいわ。私今も何すればいいか分からないけど、人に迷惑かけてばかりじゃ、姫の器では」

「それがの、残念じゃったな。もうすべきことは全部決まった。

 姫のおぬしは自分がいないところで決まってしまうことを嫌がるだろうが、ここにいる誰もがおぬしの良さを知っておる」

「すること?」

「オシュテンが情報を聞き出してくれた。あいつに任せればもっと情報を手に入れてくれるじゃろう。


 前線にいるのは魔王軍四天王で、その幹部が複数のスパイを抱えてバオム国に潜伏しておる。


 わしらは誘い出して倒す。

 祭りをして、歌って踊って誘い出す。というのはオシュテンが考えた駄作じゃが、ようは祭りの参加者を魔族かどうか見分ければ良い」

「そういうことか。オシュテンのよく分からない、歌って煽ったら魔族が出てくる馬鹿みたいな作戦で行くと思っていた」

「わしは魔道具職人じゃ。魔族と人間を効率よく見分ける道具を作る、それも魔族を捉えていて実験台にしてもよい。余裕じゃ。だからその一日ですべては決する。終わったら王様を迎えに行こう」

「全部ラメッタ様任せで」

「駄目か?」

「でも」


 一度ラメッタの人望や優秀さに嫉妬したクレーエンは、ラメッタの言葉がいかに残酷化分かっていた。

 既にやっておいたというのは、相手に無能だと言っているようなものだ。

 責任感が強いディーレならなおさら。

 そんなこともラメッタは分からないのか?

 過大評価をしていたのか?

 クレーエンは呆れてしまう、一番は自分の軽率さだ。


「おぬしはここぞというときに英断を下せる。エアデ王国から援軍が来た。わしが来た。


 それに、王様を救ってほしいと国をまとめたいと言い続けたから、オシュテン派もトゥーゲント連合もテロ組織を歌いながら比較的大人しかった。


 王族に直接手を下さなかった。わしもクレーエンもいないなら容易に制圧できたんだ。

 それをしなかったのは、おぬしの能力が認めざるを得ないものだったからじゃ」

「でも憶測じゃ」

「オシュテンも言っておった。王族で唯一ましだと。あいつは一人で城に乗り込んで、ただクレーエンだけを警戒していた。合理的だ、オシュテンの強さならクレーエンさえいなければ束になっても勝てない」

「私がいたから制圧しないと?」

「そうじゃ。ディーレ姫、どうして土地が死に、何も育たないバオム国で飢え死が少ないのか。


 王様が前線に出ても食料が残っていたのか。エアデ王国やその周辺に食料を恵んでもらっていた。

 エアデ王国は分かるが、他の国からはどうやって? 


 これは非公式なルートからじゃろうが。ディーレ姫、おぬしの仕業じゃろ? 城に入って分かった。


 ディーレ姫を除いて誰一人外部とのやり取りをしている様子がない。テロ組織には無理がある」

「商人がこの国に食料を売るにはリスクが大きすぎる。それはエアデ王国の方であっても。


 だからバオム国として国として取引している。そのときに、私以外誰も決定権がない。


 私だけで飢え死にが続出しない程度には食料を入手できていた。そういうことですか?」


 ディーレは背負っていたチルカの腕を外して、そのまま回って膝の上にチルカを座らせる。

 ディーレはラメッタたちに背を向けたままだ。


「ああ」

「商人たちはお父様と取引していたときの惰性だと思います。それにみなさん賢いので商人はできるだけ襲わなかったのかもしれません。


 ラメッタ様はエアデ王国の要人だとして襲われたと思いますが。テロ組織といってもバオム国で生きるための方法で、決して心からの悪人ではない。

 

 でもそういう人ですらテロ組織にしてしまう。この国は、」


 ディーレは泣いていた。

 チルカが小さな手でディーレの涙を拭う。


「変わる」


 ラメッタは即答した。


「それは私の力では、」

「ディーレ姫がわしを呼んだ」

「でも傭兵の方は魔族に殺されてしまった」

「そうだ。だからわしらは復讐をする。魔王軍を痛い目に遭わせる。オシュテンもな、愛国心があるんだ。気に入らなくても心のどこかでは誰もが愛したい国だ。その国を守ったのはおぬしじゃ」

「ラメッタ様はめちゃくちゃです」

「そうじゃな。七十八年も生きたくせにいつ落ち着くのか分からない。でもわしの知るところではないが」

「祭りやりましょう。ラメッタ様、魔族を見つけてください。私はこの国も、自分自身ももっと愛したい」

「ああ。歌って踊って成敗じゃ」


 ラメッタの言葉を聞いてディーレは固まった。


「歌って踊るってなんですか?」

「うーむ、分からないな。オシュテンが言っておったが魔道具を作るなら要らぬし」

「分かりました、踊りましょう」

「よく分からないがな」

「よく分からなくてもですッ!」


 ディーレは陰りのない笑顔を見せた。

 それを見たクレーエンはホッと安堵して、ラメッタの優しさを見て嬉しくなってしまう。

 チルカも嬉しそうに笑う。


 この国は、バオム国はきっと大丈夫だ。


 クレーエンはそんな気がした。

 これからどんな困難があるのかは分からない。

 でもすべて上手くいく気がするのだ。


 


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