6章 魔王軍の話を
27話 : 魔族のスパイ
オシュテンが単騎で城に乗り込んできて数日後、再びやって来た。
ラメッタよりも十分に大きい荷物を部下二人がかりで運ばせている。
布で包まれていて中身はよく分からないが、
「ふごお、うご、うおお」
声が聞こえる、中身はよく分からないが、
それは身体を激しく動かしながらジタバタと暴れている。
生き物らしい、一体なぜオシュテンはそれを運んでいるのか。
広間に集まる。
従者も、執事も、三姫(長女ディーレ、次女ベリッヒ、三女チルカ)も、ラメッタとクレーエンも集まっている。収穫した野菜や果物を運んできたトゥーゲント連合のブラオンも同席する。
それをテーブルに置く。
「よし、そこに置いてもらおうかな。暇なら僕の隣で話しを聞いてもいいけど、つまらないと感じたなら帰ってしまって。この大きなものはねえ、中身は分からなくても悪寒はすると思うんだ。答えはね?」
布を剥がす。
それは顔を縛る紐を咥えて上手く話せないでいる。
ラメッタとクレーエンはその顔を見て言葉を失った。
「魔族のスパイ。エアデ王国から来ていたルートも考えていたけど、僕の調査ではバオムに着いてから殺されてなり替わっていたのかな。つまりこの国には穢れた魔王軍のスパイが既にいたってこと。ここまで似ていると魔族が使う不思議な力についても興味が沸く。それとね、」
オシュテンは傘を開いて、ベリッヒに向けた。
ベリッヒはひいっと怖がって咄嗟にテーブルの下に隠れる。
オシュテンは愉快そうだ。
「君は相変わらず想像を超える臆病だね。つまり置き換わっていない。本物だ」
「オシュテン怖がらせるのは。おぬしはただでさえ要注意人物なんじゃぞ! この、この」
「ラメッタちゃん、今のはほんの少しの冗談だよ。言いたいのは、本当に隣にいるやつは人間かってこと。魔族に殺されて入れ替わっている、そんな人間が、あ、人間じゃないか」
オシュテンは傘を閉じる。
従者の一人がベリッヒに歩み寄って手を伸ばす。
ベリッヒは席に戻った。
「魔族が混ざっていたら僕たちはどこまで不利だと思うかい? 思うに、クレーエン兄さんのような強者でなければ城に入るだけでバオムは落ちる。この場にクレーエン兄さんがいなければ、ラメッタちゃんも他の人も僕なら殺せてしまうよ」
オシュテンがクレーエンに兄さんと呼ぶのは惚れたラメッタと結婚するといつも一緒にいるクレーエンは(オシュテン的には)兄になるかららしい。
「ふえ? オシュテンってわしの味方?」
脅すようなオシュテンの気迫に、ラメッタはつい聞いてしまう。
円らな瞳で上目遣いであったために、オシュテンは鼻血を出しながら駆け寄り、頬ずりをしながらラメッタの薄赤色のショートカットを撫でる。
「心配しちゃったのかい? かわいいな、全く。僕がラメッタちゃんを傷つけるわけないだろ、全く」
「おぬし意外と胸ある?」
「揉むかい?」
「暑苦しい、離れよ。いや、思っただけじゃ。着痩せするタイプなんじゃな」
「ラメッタちゃんになら僕のあらゆる秘密の園も見せていいけど?」
「断るわいッ!」
ラメッタはオシュテンを突き飛ばして離れた。
ラメッタは抵抗して疲れてしまった。暑くて汗が出る。
拒絶されたオシュテンはというと、トボトボと残念そうに席へ、という人間ではなく、ラメッタとクレーエンの席の隙間を見つけるとテーブルに尻を置いて座った。ラメッタとクレーエンはオシュテンと向かい合う形になる。
「策を講じないとだ。それを決めるのは僕かい? ディーレ姫? それとも、僕の愛しのラメッタちゃんか」
「わしはディーレ姫に頼みたい。王の素質もあって根性もあるからの」
「ディーレ姫は王族の中で最もましだからね。僕もいいよ」
「オシュテン、私の大事な人たちを悪く言わないで」
「言い合いする気はないな。謝ろう」
「素直じゃな」
「僕は好きな人の前では素を出せないタイプなんだ。いい子ちゃんしちゃってる」
「嘘じゃろッ! テーブルに乗って、ベリッヒ姫も怖がらせて」
「てへ」
「わし、苦手じゃ、こいつ……」
でも巨大な組織の総帥であって、頭も切れるし強いし有能である。
オシュテンはラメッタに惚れていると言っているが飄々としている人間をどこまで信用できるのか。
頼るしかないが警戒を怠ることはない。
機嫌を損ねてしまえば無事では済まないだろう。
「ディーレ姫、頼めるか? 俺はオシュテンやラメッタが合うとは思えない」
クレーエンの声がオシュテンを黙らせる。
ディーレは頷く。
「策を考えます。国にいる魔族を炙り出して捕えたいです。私の国なので」
「同感だ。僕もやられっぱなしは気分が悪い、ここは人の国だ。スパイなんぞ馬鹿にされているようで苛立つ。見つけ次第始末すればいいが問題はどうやって見つけるか。僕はもっと情報を聞き出さなくてはならないね。魔王軍の情報も、流れてしまった情報も。戦闘関連はクレーエン兄さんに任せるのがいい、まだまだ力こそルールだと思っている人間は少なくないからね」
「オシュテンよ、まだ生きておるのか? それ。意識はどこまである?」
「ふむ。まだまだ元気そうだ。殺すか?」
「わしは、魔族がしているからってできる限り残忍なことはしたくない。殺すべき相手ってのもこの先きっと出てくるが今はどうじゃろ」
「傭兵は殺された。僕は残忍な方法だと思うけどね、なり替わるなんてゾッとする。甘い正義で死傷者を出す人間を許すつもりはない。大好きなラメッタちゃんでもいろいろ考えてしまうよ」
オシュテンはテーブルから降りる。
余裕そうな表情のわりにはまくしたてるように話していた。
「その魔族をわしは調べたい。だから殺されたくなくての。魔法薬、魔道具の研究開発にも使えそうじゃから……」
ラメッタはオシュテンの期待を裏切っていないか心配そうな目で確認しながら唇を震わせる。そのとき、オシュテンは吹き出した。
「ハハハハハ、面白い。好奇心か、狂乱科学者だ。分かった、ラメッタちゃんの分はしっかり残しておくよ。僕はまだまだラメッタちゃんを分かっていなかった。僕はやっぱり君が好きだ」
上機嫌になって、オシュテンは部下と共にテーブルの上のそれを布で包み運び出す。
「ディーレ姫、策は任せる。僕もラメッタちゃんも好奇心で動く質だからね。適任だ」
「言われなくとも。王の代理をしますよ」
「本命はラメッタちゃんだけど、君への未練もゼロではないね」
オシュテンが去る。
ラメッタは大きく溜息をつく。
「はあー、疲れたの。ディーレ姫、タルト食べるか?」
「作戦は?」
「今日中に決めればよい。美味しいもの食べて疲れを飛ばさないとじゃよ」
「それもそうですね!」
ラメッタは台所へディーレを誘う。
ディーレの表情が曇っていた。タルトを食べよう、それを喜んでいるようには見えない。疲れている表情でもない。オシュテンのせいか? 全くないわけではにが。
ラメッタはディーレを撫でた。
小さなラメッタは必死につま先立ちをする。
「ああ見えてオシュテンもこの国が大好きじゃ。じゃから手伝ってくれる。この国は大丈夫、……にする」
「そうですね」
ディーレは納得できていないようだった。
しかしラメッタはそれ以上慰めることができない。
ラメッタが言って解決してしまうなら、ディーレに王の素質はないのだ。
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