12話 : これからの話(2)

 ラメッタは顔を手で隠したまま、テロ組織のアジトで仰向けになっていた。

 耳が仄かに赤らんでいる。

 それもそのはず。

 クレーエンがラメッタをお姫様だっこしたまま駆けてきたのだ。


「ラメッタ様? これは一体」

「むう。もー知らんッ!」


 広間にはブラオンと長であるシュヴァルツだけがいた。

 ラメッタは体中から湯気を漏らす。


「俺はお前らトゥーゲント連合にはバオム国の傘下に下ってもらう」

「おい、小僧。本気で言ってるのか?」

「ただの国民ではなく、一定の地位を保証された正当な集団となるわけだ。つまり、エアデ王国とも取引できる」

「クレーエン?」


 ラメッタはようやく落ち着いたらしい。

 絨毯の上に正座していた。


「どうした」

「おぬしにそういう権限はあるのか?」

「バオムに関してはある程度好きにしていい。魔王軍を退けるための手段であれば許可も必要ないとのことだ」

「バオム国の再統治となれば重要度は高いわけか」

「ああ。早く話をまとめさせろ。催促だ」

「分かっておるが。シュヴァルツ、傘下に下れ。そうすれば周辺国とも繋がれる。そして、これからはわしとも正式な関係が築けるのじゃ」

「言いたいことは分かった。だが、俺が下る理由はない」

「力がすべてなら俺の方が偉いが?」


 クレーエンは前に乗り出してシュヴァルツに迫った。


「いいだろう。力を見せろ」

「ルールは?」

「なんでもありだ」

「まともな武器を持ってきていないな」

「素人か? 持ってきてないのは仕方ない。有事に備えないことが悪だ。素手でやれ」

「分かった。一対一か?」

「そこまでずるくない」

「なら俺の方が強いな」


 広場に出た。

 シュヴァルツは腰に銃や弓、背中に剣を持っている。

 一方、クレーエンは丸腰だ。


「ブラオンと言ったか? 合図を出せ。シュヴァルツ、楽しませろよ」

「ああ。死んでも文句は言うな」


 向かい合う。

 ブラオンはシュヴァルツの深呼吸を観察し、吐いて数秒後に手を叩いた。

 長が最も集中している時間、クレーエンは構えが遅れる瞬間である。


「仲間であるラメッタ特製の魔道具だ。斬撃だって飛ばせる」

「そうか。ラメッタは裏切り者ってことか」


 クレーエンは踊るように舞うように斬撃を避ける。

 砂埃が飛ぶと、クレーエンはそっと目を閉じた。

 ラメッタは声を張り上げる。


「ち、違うわい! それは信頼を勝ち取るためじゃ」


 クレーエンがラメッタの声を聞いて視線がシュヴァルツからずれた。

 すると、シュヴァルツは斬撃の数を増やす。

 クレーエンは避けるばかりだった。


「ってクレーエン負けそうじゃな。ぷぷぷ」

「ラメッタの魔道具と俺の強さの比較にもなるな。いいだろう、本気で行く」


 斬撃が迫る。


 腹部に当たる寸前。

 クレーエンは蹴りで打ち消した。


「ん? なんだ今のは」

「力がルールだって言っただろ、シュヴァルツよ!」


 今度は砂がシュヴァルツの視界を奪う。

 冷静に跳んで距離を作る。

 が。


「まずは一発」


 シュヴァルツは左足首に違和感を覚える。

 視界が晴れた。

 血が滲んでいる。


「小石を投げたのか。馬鹿力だ」

「武器はそこら辺のやつで十分だからな」

「そうかもな。でもガキだ、まだ慣れていない。攻めに転ずるということは決して無敵ではない。守りが雑だ」

「守り?」


 クレーエンの周りに無数の矢が浮いて止まっている。

 囲まれていた。


「ここで弓を矯めて離せば一斉に飛ぶらしい」


 シュヴァルツは弓を引いて、じっとクレーエンを見る。


「そうかよ。これで勝ったつもりか?」


 クレーエンは矢に構わず向かっていく。

 そのとき無数の矢が同時に襲った。

 シュヴァルツは弓を地面へ投げると銃に持ち替える。

 クレーエンは体中に刺さった矢から血を流す。


「一回きりか」

「そうだな。だから銃に持ち替えた」

「魔道具ってここまですごいんだな。ラメッタ、でもまだ本気じゃないんだろ?」


 クレーエンが言う。

 ラメッタは笑った。


「わしの本命は銃と剣じゃ」

「さっきのほんの挨拶ってことか」

「そうじゃな」

「なら悪手だ」


 クレーエンが刺さっている矢を抜いた。

 そして、血が滴る矢先をシュヴァルツに向けた。


「俺が武器を持った」

「こっちは銃だが?」

「しかも魔道具だ」


 クレーエンは躊躇なく矢を抜いていく。

 シュヴァルツに向けて投げた。


「だからどうした?」


 銃をクレーエンに向けると、赤色、緑色、青色の魔法陣が煌めく。

 炎、風、氷が錬成され、ついに放たれた。


「もう遅い」


 矢はシュヴァルツの周りで固定される。


「囲ってどうする?」


 シュヴァルツはさらに銃で魔法陣を作っていく。


「俺にとっての足場になる」


 クレーエンは空中で停止する矢を足場にしたり手で掴んだりする。

 炎で焼失し、風で向きを変え、氷で滑るようになる。


 ただクレーエンにとっては大したことがないらしく、全属性の攻撃を澄ました表情で避ける。


「お返しだ」


 クレーエンは途中で一本の矢を握ると、矢を足場にして駆けてシュヴァルツの目の前に迫った。シュヴァルツは銃を鳴らして魔法陣を三重に展開する。


 左手で魔法陣を殴る。

 僅かに魔法陣が揺らいだ。

 その隙に右手の矢を突き出す。

 シュヴァルツの眼前に。


「ここまで違うものか」


 シュヴァルツは目を閉じて両手を上げる。

 矢は止まった。


「クレーエン。君は息も切らしていないとは」

「それはお互い様だろ。血が出てるし、今日はもう休みたいくらいだ」

「俺の場合は疲れる前に勝負が決しただけだ。そうだな、俺のトゥーゲント連合は傘下になる。末永く頼んだ」

「ああ。共に慣れた戦い方でもう一戦したいくらいだ」

「クレーエン殿には叶わないな」

「かもな」


 握手をする二人。

 こうして。

 二大テロ組織の一つはバオムの一員となったのだ。


「わし、聞き逃しておらんぞ! 慣れない武器みたいな言い方許さん」

「ラメッタ、お前の武器は特殊すぎるだろ」

「格好いいじゃろ!」

「弓と矢で別の力を付与してたしな」

「一瞬で見抜けるものか?」

「俺は魔剣士だ。魔力の流れが分かる」

「そうか。意外とやるな」

「ラメッタこそ」

「クレーエン、なんか照れるぞ。くそ、これが恋」


 ラメッタは頬に手を当てる。

 クレーエンは死んだ目でその様子を見ていた。


「魔道具のことも、二大組織の一つと組めたことも、バオムのために行動してくれたことも。全部見直したってことだ」

「ふむふむ」


 ラメッタは頷く。

 が。


「どういうことじゃ? もう一度聞きたい」

「は?」

「ほれほれ。わしがなんじゃ?」

「分かってるじゃないか。ガキが」


 クレーエンが矢を拾う。

 ラメッタを捕まえて、瞳に矢先を近づける。


「ごめんなのじゃ。嫌じゃ、痛いの嫌じゃ」


 結局、ラメッタは泣きながら懺悔した。


 





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