第2問


たしか小学3年生の時だったと思う。


当時の俺はぼんやりとした子どもでいつも自分の足元以外の景色がぼやけていて、勉強もあまり得意じゃなかったし友達の顔や名前がなかなか覚えられなくて、1人で遊んでいるのが好きな方だった。


ある日、自分の名前に込められた意味を親に聞いてそれを作文に書き、翌日クラス全員の前で発表してもらいます。という宿題を担任の先生が出したので自分の名前の意味とかそんなこと今まで1度も考えたことがなかった幼い俺はその日わくわくしながら下校したのを覚えている。


家に帰ってから早速『カイケイシやってるカシコな人やからあんたも勉強教えてもらい。』と母から紹介された、記憶の中では2番目の父親に自分の名前の意味を聞いてみたところ、あの人は困ったような悩むような、微妙な顔をしながら


「…お母さんに聞いてみな?」


と言ってきたので当時の俺は何故あの人がそんなに困っていたのかがよく分からないまま今度は母親に自分の名前の意味を尋ねると、


「さぁ?なんか難しい感じの意味だったのは覚えてるけど…とりあえずいい意味だったんじゃない?それよかアンタ、そこの皿全部布巾で拭いて片しといてね。」


と、ぶっきらぼうに言いながらキッチンで肉をどかどかとハンマーで叩きミンチにしていた。


誰も分からないんじゃどうしようもないので、作文には“”一応あるそうですがお父さんもお母さんも誰もよく分からないそうです“”と書いて授業で発表したところ、クラスの皆はその間抜けな内容を聞いて一様に笑いだし、僕もおかしなことだと思っていたから一緒に笑っているといつも優しいアナグマの担任の先生が「書き直し!」とその空間を切り裂くように大きな声を出したのをよく覚えている。


そして授業の後に先生が僕を呼び出して放課後に居残りさせたので、ちゃんと書かなかったから怒られるのかな、と身構えて座っていると足早に教室へ入ってきた先生が僕に何枚かのプリントを渡して見せてきた。


プリントの内容は何が書いてあるのかいまいちよく分からない科学雑誌の記事の切り抜きで、蛍光イメージ?とか難しい単語ばかりだったけど、授業中大きな声を上げた時とは打って変わって、先生は俺に優しく噛み砕いて教えてくれた。


俺の名前の意味について先生は、


「フリム君に色んな輝き方をして欲しいっていう、そういう意味なんだと先生思うよ。」


そう言って俺の頭を撫でながら


「お父さんとお母さんはやさしいか」


とか、


「ご飯はちゃんと食べているか」



なんてことを聞いてきて最後に、


「ごめんね。先生、もうちょっとちゃんと考えて宿題出せばよかったね。」


そう、とても寂しそうに言った。


なんで先生が謝るのか当時の俺にはまるで分からなかったけど夕日の射す教室で先生に頭を撫でられながら自分の名前を大事にしなさい、そして、何かあったらすぐ先生に相談しなさいと優しい顔で言ってもらったのを今でも鮮明に覚えている。


だから俺の名付け親は先生で、俺はあそこで、あの時から始まったんだ。


その日以降、ぼやけていたはずの世界はハッキリと見えるようになっていた。


##########


『公開直前!CLEAN ORDER最新作、蜃気楼の密林主演の謎に包まれた俳優がついにヴェールを脱ぐ!ハンス役のフリムさんへスペシャルインタビュー!質問はまだまだ始まったばかり!この秘密が全て明かされた時、果たしてインタビュアーのハナちゃんは無事にこのミッションを終えることができるのでしょうか~!?』


なんてアナウンスがCMを終えた後に入ったりするのだろうか?


「フリムさん、ちょっとよろしいですか?」


1問目の分の収録を終えてインターバルに入り水を口に含んでいると、演出担当の大柄なハクチョウの男性が語りかけてくる。


ウチのチームのスタッフもそうだけど、美術系とか美的感覚を求められる仕事のスタッフに鳥類は付き物だよな。


「はい。」


「次の第2問からなんですけどやはり、役柄に合わせてミステリアスな部分を強調していきたいのでフリムさんには顔の前でこういう風に口元で両手の指の腹を合わせるようにしてですね…」


「あぁ、『探偵のポーズ』ですね。こんな感じで?少し前傾くらいで。」


草食への配慮が不可欠の現代で肉食獣人が影から覗いたり足音を消したり、何かを隠す振る舞いをするのは捕食するぞというサインに捉えられかねないのでコンプライアンス的に実は結構ギリギリのポーズなのだが。


「あぁ~!いいですね!いい!はい!ちょっとハナちゃんの方に流し目送るくらいのイメージで。ついでに前髪少し整えますね~。」


「はい。」


目線が自分に送られていることを知らされたハナ氏が台本を下ろしこちらと目を合わせると、口元を抑えて照れた顔をうかべた。


「ちょっと…鼻血出ちゃいそうです…。」


笑みを浮かべ、耳を赤くしながら顔を逸らす彼女の愛嬌で場が和やかになったところでインターバルを終え、各々が配置に着く。


調息、目を閉じる。


吸って、少し吐いて、溜めて、全部吐き出す。


彼女も同時に深呼吸していたようで息を吐き出すリズムが重なっていたのに気付き、自然とお互いに笑みを交わしていた。


「それでは2問目から入りますー!準備よろしいですか!」


お願いします、という叫びがそこかしこで起こり、照明が当たってカメラが向けられた。


まずは1問目で初めて陽のあたる場所へ出た俳優、フリムに触れる観客がとっつきやすいように親近感を出して軽い口調で1問目を受けた俺が、次のシーンの始まりでは口元を隠し思慮深そうな目をして沈黙から開始する。


そのギャップを見せるだけで、何も喋らなくともカメラの向こうにいる人達は次に俺が何を言うのか知りたくてたまらなくなるのだ。


役から離れた俺の中身の部分を知りたいと思うと同時にエージェント、ハンスの像も期待する。


『目を引くだけなら街灯にだってできる____。惹き付けて、離さないのがスターってものさ。』


現役の俳優だった頃にハイドランジア監督が残した言葉を反芻しながら、ハンス・マクガヴァンをインストールするかのように一定のリズムで調息を繰り返す。


スポットライトを当てられた者とはつまるところ黄金比の渦の中心だ。


誰よりも美しくはっきりと存在してみせる。


見せて、魅せる仕事の始まりだ。


##########


『それでは!ミステリアス俳優、フリムさんに聞きたい5つのマル秘○×クエスチョン、続いて第2問なのですが準備よろしいでしょうか!』


「よろしくお願いします。」


口元は隠したまま姿勢も表情もブラすことなく、静かながらもほんの少しだけ笑みを含ませた声で目線を真っ直ぐと飛ばす。


「経歴がほとんど不明、未だ多くの謎に包まれているフリムさんに聞きたい2つ目のクエスチョンは、こちら!」


フリップがめくられそこには、


『フリムという名前は本名なのか芸名なのか!?』


という内容。


「……こちらもファンの間では長らく議論されてきましたが実際のところどうなのでしょうか!?」


「〇‪✕‬‪‪じゃないようですが…?」


「あ、本当ですね!?ですのでこの場合だと、本名なら〇、芸名でしたら‪‪‪‬‪‪‪‪‪‪‪‪✕‬でおねがいします!」


もちろん事前に織り込み済みである。


「…そう来ましたか。ちなみにハナさんはどのようにお考えですか?」


「私ですか!?」


「僕のこと、どのように見えていますか?」


「わたし、は、ですね。まだフリムさんがエージェントの線、捨て去っていませんので!芸名ともちょっと違うような…コードネームの様なものなのではないかと!」


「コードネームですか…。」


「なので、もし私が正解だった場合は作中に出てきた組織ツリーハウスの、あのジェスチャーをお願いします!」


「あはは、了解しました。」


「それにその、フリムという単語の意味ってあまり良くない意味というか…イカサマとかそういう意味ですよね。え、なんかごめんなさい!」


「いえいえ全然。単語の意味合ってますので…

でも、もし本当だったらハナさん名探偵ですよ。」


「私もエージェントになれるかもしれないということですか!?それでは、私はエージェントであってほしい!気になる回答フリムさん、よろしくお願いします!」



申し訳ないが俺は君を殺さなくてはいけない。



カメラが寄りになったのを確認してエージェント、死神ハンス・マクガヴァンががターゲットの後ろから現れ銃口をゆっくりと頭に向けるあの表情を意識しながら。


貴女が何も知らず、怯えず、憎まず逝けるよう。


俺は彼女の目をじっと覗きながら両手の指を絡めて目の前に持って行き_____かけたところで。


「…組織のジェスチャーをしたいところですがこれは~、〇です。私フリムは役者としての活動、しっかり本名でやらせてもらってます。」


そして、緊張の緩和。


表情だけでガッチリ心を掴めたという確信があったのであとは本筋に入る。


「えぇ~!!…本名なんですね!てっきり私…」


「まぁまぁまぁ、僕と知り合った方は大体みなさん芸名なんでしょ?って聞いてくるんですよね。こんな名前ですから。」


「珍しい…名前ですよね?」


「まぁ、そうですね。フリムって要はペテンとかインチキを差す言葉ですから、演技をすることを生業にする俳優がそんな名前使ってるっていうのは芸名にしか思えないですよね。」


「やっぱりそういう意味なんですか…?」


「実は、フリムって全然違う意味の言葉がもう1つあるんです。科学実験に詳しい方ならわかると思うんですけど、蛍光物質に光を当てた時ってゆっくりと消えていくじゃないですか。」


「う~ん、私は…高校大学と完全に文系だったので化学の難しい話はちょっとぉ…」


「えー、簡単に説明すると、光って当てたものの色ごとに消えていく時間がそれぞれ違うので1つのものでも別の光を当てることで色んなコントラストが生まれる、みたいな感じのことを利用した顕微鏡の実験があるんですね。それを略してFLIMと言うんです。」


「へぇ~、でも、今のお話聞くとすごく役者向きなお名前の気もしますね!そんな実験があること自体初めて知りましたけど…。」


「うちの“母親が教えてくれたんですけど”、僕が物心つく前に父と母は離婚してて、命名した父親が大学の研究室で働いていたそうなんで…って言っても普通はそっちの悪い意味の英単語の方だと捉えますから昔なんかす~ごいイジられましたけどね!」


「あ~、それは、お辛い!本名なのにあだ名みたいな感じになってたということでしょうか?」


「そんな感じですね。3年前も、さっきヘリのライセンス取らされたって話したと思うんですけど、これなんですけどね。」


あらかじめ胸ポケットに入れていた英語表記のパイロットライセンスを彼女に手渡すとハナ氏は免許の写真と目の前の俺とを交互に見比べる。


「うわ、パイロットライセンスって初めて見ました…。フリムさん、見た目とか3年前と今とで全然変わりませんね!?」


「そりゃあもう真っ黒なクロヒョウですからね。名前のところにもしっかりフリムって書いてあるでしょう?」


「本当ですね~!しっかり登録されてある。」


「だから、ライセンスを海外で取得しようとして書類にサインとかしてる時に怪獣みたくガタイのいいサイの教官からすごいおっかない声で『フザケてんのか?』って言われたりしましたよ。」


「うふふふふ。あ、ごめんなさい笑っちゃって。」


「いえいえもう慣れてますので。やっぱ嫌なこととか結構多かったですけど、でもそういう考察も含めて前作がすごく盛り上がりましたし、主人公のハンスという人物が持つミステリアスな部分に一役買えてたんだとしたら、なんか報われたなって。」


「そうですね!何かこう、すごく運命的なものを感じちゃいますね。でも、もちろんフリムさんのこともすごく知りたかったんですけど先ほどおっしゃられたミステリアスな部分、っていうのがどんどん明るみに出てきているわけですがその点はハイドランジア監督の意向もあるのでしょうか?」


「それに関しては僕も一応聞いたんですよね。大丈夫なんですか、これって。ちょっとだけ次の内容を明かすんですけど、2作目にはハンスと、ファンデルというコードネームの女性エージェントの間でロマンスシーンがあったりするので少しくらい親近感があった方がいいだろうという風に言われましたね。」


「わ!今、急にものすごい情報がフリムさんの口から聞き出せちゃいましたね…!」


「それに伴って新しくてカッコいいアクションシーンも前作よりすごく増えてますので!ぜひ見てくれる皆さんには楽しんで欲しいですね!」


「それでは!実は本当に本名で、意外だけどとても素敵な意味が込められていたフリムさんにはぜひもっと色んな作品に出演して頂いて、色んな輝き方を私を含めたファンの皆様に見せて欲しい!ということで2問目でした~!」


「緩いホームドラマなんか出てみたいですね~。」


「続きまして第3問_______。」

















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