シュークリームトーク
「ねえ、シュークリーム食るとこ見せてよ」
学校の昼休み。
お昼ご飯のデザート用に買って来たシュークリームを前にしてキコが言った。二つ並んだ袋を人差し指で軽く突いてる。
「食べるとこ? なんで?」
「なんとなく。単に見たいから」少し狐っぽい目をからかうように細めた。
キコは私の周りに居る他の女の子とはちょっと違ってる。
昔は長くて綺麗だった髪をある時から男の子みたいに短くして、『私』だった一人称もいつの間にか『ウチ』に変わった。それと一緒に「スカート履くの気持ち悪い」って言って、体育がなくてもずっとジャージを着るようになった。
そのせいで学年主任の先生から呼び出される回数もうんと増えたけど、それでもキコは全く気にしてない。呼び出されるたびに「またぁ?」なんて笑ってる。
キコは心が男の子なんだとか、仲良しの私のことが本当は好きなんだとか、そんな噂をされててもお構いなしみたい。私は怖くてそんなこと絶対できないから、本当はちょっとだけ羨ましい。
私は手元にあるシュークリームに視線を落とした。
「でも、食べてるだけだよ?」
「アキはウチなんかよりずっとカワイイし女の子らしいじゃん。きっとシュークリームも綺麗に食べるんだろうなと思って」
「そう? 普通だと思うんだけど」
「そんなことないって。ほら、早く」
「キコも一緒に食べよ?」
「だめ、アキが先に食べて」
「だってえ……」
「大丈夫だから、ほら」
私の苺のシュークリームの袋を開けて渡してくれた。そうされるとなんだか断りづらくて、私は大人しく差し出されたシュークリームを受け取った。
「……期待期待外れでもガッカリしない?」
「するわけない」
「本当に、普通だよ?」
「うん、分かった」
受け取った袋からシュークリームを半分出して茶色い柔らかい皮に歯を立てた。
ゆっくり沈み込むようにシュークリームは形を変えていく。すぐに皮は破けて今度は滑らかなクリームが流れ込んできた。ピンク色の甘いクリームには少しだけ苺のつぶつぶした食感が残っている。
机の向かい側でキコに見られていることに緊張しながら、クリームが溢れないようにいつもより丁寧にゆっくり食べた。
途中までは上手く食べられたけど、最後の最後で端っこからクリームがはみ出て口元についてしまった。なんだかちょっと恥ずかしい。
そばにティッシュもないしどうしようか迷ったけど、指で掬ってなるべく隠れて舌先で舐めとってみた。
私が食べてる一部始終を見ていたキコは手で顔を隠して項垂れた。
「……うん。かなりよかったよ」
隠れた顔の隙間から見える耳の端がちょっと赤くなっている。
「こんなの見て楽しいの?」
「いや、もちろん。ありがとう」
「じゃあ次はキコの番ね。はい、どうぞ」
今度は私がシュークリームの袋を開けてあげた。キコのはカスタードクリーム入りだ。
「それはちょっと……」
「だめ。私だけじゃ不公平だもん」
「ええ……」
短い髪を軽く触ってシュークリームに手を伸ばした。袋から全部取り出して、クルクルとシュークリームを回して何かを探している。
「何してるの?」
「クリームを入れた穴探してる。そこから食べれば溢れないじゃん」
そう言って、見つけた穴に狙いを定めて大きくかぶりついた。ふわふわのシュークリームは一気に萎んで半分近くがキコの口の中に収まってしまった。
「ふふ、豪快だね」
「思いっきりクリーム頬張るのが好きなんだ」喋りながらモゴモゴと口を動かす。
「キコが食べるとすごく美味しそう」
「そう?」
「うん。ねぇ、一口交換しよ?」
私は手にした苺のシュークリームをキコの口元に近づけた。キコは一瞬驚いて固まってから、少し迷って、ぎこちなく私の食べかけたシュークリームを齧ってくれた。
「……うまいけど」
「キコのもちょうだい」
小さく口を開けて食べさせてくれるのを待った。
「あーんするの?」
「うん」
「子供みたいだ」
少し笑って、私にクリームを付けないように気を付けながら自分のシュークリームを食べさせてくれた。卵の濃い味がする。
「美味しいね」私の声かけにキコも頷く。
「コンビニのスイーツもけっこう好き。毎週なんかしら買ってるかも」
「今度色んな種類の新作買ってきて二人でシェアしよ?」
「いいけどさ……」
「なあに?」
「アキはクリーム系のやつ辞たほうがいい」
「どうして?」
「だってなんか、いやらしいんだもん」
「え? そんなことないよ?」
「そんなことあるよ。クリーム舐めるのとか特に。絶対ワザとでしょ」
「ワザとじゃないよ。ティッシュとかなかったから仕方なかったんだもん」
「それであんなにいやらしく舐めるの?」
「そんなに変だった?」
「変じゃないけどこっちはヒヤヒヤする」
「ヒヤヒヤするの?」
「いや、ハラハラ? ……ドキドキ? モヤモヤ?」
「何それ、変なの」
声立てて私が笑っている間にキコはシュークリームを食べ終わった。
「とくかく、クリー禁止。食べるなら二人だけの時にして。分かった?」
「――分かった。じゃあ代わりに、その時はまた今日みたいにあーんして」
私の一言にキコが顔を赤くした。
「な、なんでっ?」
「キコに食べさせてもらうともっと美味しい気がするの」
「でも、だからって……」
「二人の時ならいいでしょ?」
「そういうことじゃないのっ」
食べ終わったにシュークリームの袋を乱暴にクシャクシャにして丸めた。
「ごめーん。怒らないで?」
「怒ってはない」
「うん、知ってるけど」
「食べさせるとかしないから。今日は特別」
「ええ、ざーんねーん」
両手を広げて分かり易くおどけて見せた。キコはそんな私の様子を刺すように観察した。
「……アキ、なんか変わった?」
「そう?」
「なんか最近急に距離が近くなった気がする。前はこんな風に自分から距離詰めてくることなんてなかったのに」
「なんか最近急に距離が近くなった気がする。前はこんな風に自分から距離詰めてくることなんてなかったのに」
「そうかな」
「なんかあった?」
「何もないよ?」
私も食べ終わったシュークリームの袋を綺麗に畳んだ。つい目を逸らしてしまったのをキコは見逃さなかった。
「嘘ついてるでしょ」
「変わったのはキコのほうじゃない? 髪短くしてジャージくようになってさ」
「それは……」
「なんで?」
「別に、意味なんかないよ。ただこのほうが自分らしいって思っただけで」
「みんな噂してる。キコは本当は男の子なんじゃないかって」
「男なんかじゃないよ。―-女ってわけでもないけど」
「なにそれ?」
「分からない。自分でもハッキリしなくて……。ただ、周りから女だと思われてることが嫌になってきたの。髪が長いだけで、スカートを履いてるだけで勝手に周りは女性として見て来る。それが意味わかんないし、気持ち悪い……。でも、じゃあ男になりたいのかって言われたら、そうでもない。性別なんて、なくなればいいのに」
「ふうん。じゃあ、キコが私のこと好きなんじゃないかって噂は?」
「え、何それ知らない。そんなこと言われてるの?」
「だってキコ、私には甘いところあるから。他のとはあまり話さないのにさ。私も、ひょっとしたらそうなのかもって思ってた。だからわざと近寄ったりとかしてたんだけど」
「それはだって……しょうがないじゃん」
「なんで? 好きだから?」
「--よく分かんない。もちろん嫌いじゃないよ。正直、今シュークリーム食べてるのもエロいと思った。できるだけ嫌われたくないし、他の人と仲良くなって離れて行かれるのも寂しい。それでも、好きとは違うと思う」
「じゃあ嫌いってこと?」
「……なんでそんなこと聞くの。ウチに好きだって言われたって、困るだけでしょ」
「少し驚くけど、嫌いとかじゃないよ?」
「そうなの?」キコの目がまあるく開いた。
「うん。私そういう人わりと好きなの」
「そういう人って――?」
「なんか悩んでるっていうか、闇があるっていうか? 普通になりたくてもなれない変わった人?」
「ふははっ、ひっどい言い草だな」
今日見たなかで一番明るい表情でキコが笑った。
「ごめん、嫌いになった?」
「ううん。全然」キコの顔は明るい。
「よかった」
「はあ、笑った。全然遠慮ないんだもん」
「でも、私のこと嫌いじゃないんでしょ?」
「うん。嫌いじゃない」
「私も。嫌いじゃない」
「--また今度シュークリーム買いに行こうか。お互い”嫌いじゃない”って分かった記念に」
「うん約束ね。今度は私がカスタードにする」
「ウチは何にしようかなー」
男髪でいつもジャージのキコと額を合わせて次の予定について話した。
今度はどこのシュークリームがいいか二人で話してるうちに休み時間が終わるチャイムが鳴った。
またキコとシュークリームを食べる日が待ち遠しい。
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