クールビューティー花村さん

「オレ、花村のこと好きなんだ。付き合ってください」


 部活帰りの花村を待ち伏せて、誰も居ない場所に呼び出して告白をした。


 準備のために学校内で放課後に人が来ない場所を調べるのに1週間かかった。


 意を決して口にしたオレの告白は、予想もしなかった一言で返された。



「何それ。解釈違いだわ」


 アーモンド型のアーチを描いた二重。小さくて最低限の主張だけで抑えられた鼻。リスも顔負けなくらい小さく尖った顎。


 うねりなんて知らない真っ直ぐな長い黒髪が揺れて、花村の眉が訝しそうに動いた。


 俺は確かに告白をしたはずなのに、花村の表情は険しいまま、全く甘い雰囲気には染まる気配がない。


「か……解釈違い?」

「どうして私なのかしら? 岩瀬には市川君が居るででしょう?」

「市川? ただの友達だけど……」

「本気なの? あれで?」

「あれって、どれ?」

「毎朝毎朝、挨拶と一緒に市川君が後ろから抱き着いたり、お弁当のおかずも仲良く交換しあったりしてるじゃない。この前は市川君が寒がってたらジャージまで貸してたわ」

「別に普通だろ」

「普通じゃないわよ。よくじゃれあってるし、2人ってちょっと距離が近いわよね?」

「近かったらなんだよ? 市川は関係ない」

「関係があるのよ」

「なんで」

「私達、絶対そうだと思ってるもの」

「そうって……?」

 

 次の瞬間、クールビューティーを絵に描いたような花村の口からとんでもない答えが返ってきた。


「絶対二人は想い合ってると思ってたの」


 恥じる様子もなく、堂々と言ってのけた。


「はあー?? そんなわけない。なんでそうなるんだよ」

「市川君はあなたのことだけ下の名前で呼んでるわ」

「それくらい他の奴だって居るだろ」

「居るかもしれないけれど、二人は明らかに別格よ。皆言ってるわ」

「皆? ……皆って誰」


 ゆっくりと長い髪を指に巻き付けて少し弄んでからオレの問いに答えた。


「……クラスの女子全員?」

「いや……嘘だろ?」

「本当よ」


  衝撃で目の前が真っ暗になるかと思った。オレは毎日女子達からそんな目で見られていたなんて知らなかった。オレと市川がデキてる? こんなに女子好きなオレが??


「ありえない……」

「あ、ちなみに全員って言ってもアカリちょっと別よ」

「別?」

「ええ」


アカリっていうのは確か、花村と仲が良くていつも一緒に行動してる竹下のことだ。


 今回だって花村が竹下と離れている瞬間を狙うのに苦労したくらい2人は常に一緒に居る。


 それほど近くに居るのに、花村の妙な思い込みに染まらないで居てくれたらしい。今度竹下にお礼を言いたいと思ったのと同時に花村は言葉を続けた。


「アカリ、市岩派なの。他は皆は岩市派」

「……は?」

「私達派閥が違うの。それで今ちょっと微妙な関係なのよね」


 考え事をする時の花村がよくやるように、片頬に手を当てて悩ましげに小首をかしげた。頭の動きに合わせて黒髪が流れていく。

 

 いつもなら絹のように流れるその髪に気を取られてしまう場面だけど、今はそうはいかない。


「勝手に人で派閥争いすんなよ」

「仕方ないじゃない、お互い理念があって譲らないんだもん。こういうの、本人に聞いて答え合わせするのはネタバレみたいでタブーな気がするけど……。いい機会だから教えてくれない? 市岩と岩市、どっちがいい?」

「どっちも嫌だよ」

「どちらかと言えばでいいの」

「知らないよそんなの……。なんでオレが市川に攻められるなきゃいけないんだ」


 なんであのクールビューティー花村とこんな会話をしなくちゃいけないのか。


 半分ヤケクソで答えたそれが、花村の表情をパッと明るく変えさせた。


「だったら、やっぱり市川君が攻めはナシってことね? うんうん、だと思った。ありがとう、参考になったわ」


 そう言うと、オレを置き去りにしたまま踵を返してどこかに行ってしまおうとした。


「ちょ、どこ行くんだよ! また返事貰ってないんだけど」

「返事?」


 振り返った花村は疑問符を浮かべている。


「オレたった今、告白しただろ」

「ああ、そうね。……1週間、時間をくれないかしら」

「1週間も?」

「正直、今まで岩瀬のことそういう風に見たことないの。これを機に一から検討するわ」

「その間にストレスで胃に穴が開いちゃう」

「待てないならこの話はなしね」


 強気な花村の言い分に、オレは従うしかなかった。きっとこれが、惚れた弱味だ。


「……分かったよ。1週間な」

「どうもありがとう。じゃあ、また1週間後にここで」


 そのままリズムよく髪を揺らして花村は去って行った。


 そこからの毎日どうなるのかと思えば、花村は前にも増してオレとの接触を避けてるように見えた。


 教室では目も合わないし、廊下ですれ違いそうになろうものなら、物凄い直角に方向転換して別の方向に行ってしまう。


 オレとのことを考えるって言っていたわりに普段の様子を見られている感じもしない。むしろ告白してからは市川と喋っているのをよく見かけるようになった。


 なんの話をしてるのか市川は時々、オレも見たことがないようなはにかんだ笑顔を見せているし、花村の方から市川の肩に手を置いて励ましているようなやり取りもみ何度か見かけた。


 花村の長い指が気軽に市川に触れてるのを見るたび、胸の内が苦くザラつくのを感じながら、できるだけ2人を見ないようにして約束の1週間が過ぎまでひたすら耐えていた。


 そして1週間が経って今度はオレが花村から呼び出された。たった一言「今日放課後時間あるかしら」と言われただけだったけど、それだけで全てが分かった。


 どんな答えが返って来ても受け止める。何があっても泣いたり情けない姿は見せない。自分にそう言い聞かせながらこの前と同じ待ち合わせ場所に向かった。


 校舎裏の角を曲がった場所で、花村は背中を向けて立っていた。足音が聞こえたのか、声をかける前に黒髪を揺らして振り向いた。



「ああ、来たのね」

「ごめん、待たせたかな」

「いいえ。私も今来た所だから」

「良かった」


 いかにも『待ち合わせ』をしたカップルっぽい会話を花村としていることに少しドキドキする。


「早速だけど、呼び出した用件を話してもいいかしら」

「もちろん」

「この前の告白の返事なんだけれど。やっぱり私は岩瀬とは付き合えない」

「そんな……。どうしても、ダメ?」

「そうね」

「ちなみにさ、お試し期間もないの?」

「残念だけど。私には本当にその気はないの。岩瀬の時間を無駄にするだけだわ」

「そう……。うん……分かったよ」


 内心全く『分かって』なんていないけど、それ以上食い下がるのはやめた。花村が出した答えならそれを受け入れるしかない。


「ごめんなさい。気持ちに応えられなくて」

「いや、いいよ。きっと、こういう可能性もあると思ってた」

「分かってくれて嬉しいわ」

「一応、理由を訊いてもいいかな」

「ちゃんと真面目に考えたのよ。私と岩瀬が付き合うことについて。一緒に帰ったり、手を繋いでみたり、休日二人でどこかに出かけてみたり。そういった恋人らしい一連のあれこれを私と岩瀬がしているところを想像してみたわ」

「ちゃんと考えてくれてたんだな」

「当たり前でしょ? こう見えて約束は守るの」

「いやうん、そうなんだけど……。なんか最近市川と仲良かったからさ。避けられてるかなって」

「あら、意外とスルドイのね」

「え?」

「市川君と仲良くしてたのは本当。岩瀬と話さないようにしてたのも事実よ」

「なんでだよ、ちゃんと考えるって言ってただろ?」

「考えたわよ。割とすぐに答えは出たわ]

「そんな悲しいお知らせは聞きたくないな」

「答えを出したうえで、市川君にちょっと聞き込み的なことをしてたのよ」

「聞き込み?」

「そう。あと、告白は断るつもりだったし、変に期待をさせるのも可哀想かと思って岩瀬とは喋らないようにしてたの」

「それならそうと、先に言ってくれよな」


 ここで花村が軽くパンッと手を打った。


「ところで、市川君ってとってもいい人ね」

「何急に」

「この1週間話をしてみて、そう思っただけ。人当たりがいいし、きっと誰とでも仲良くなれるタイプよね」

「まあ、そうだな」

「それによく見たら顔も綺麗だし」

「まあ、悪くはないよな」


 実際市川の顔は整っているほうだと思う。性格上目立つタイプじゃないから注目されないけど、全体的に線が細くて儚い美少年の面影がある。


「肯定するってことは岩瀬もそう思ってるってことよね」

「え?」

「市川君の外見に関して、少なくとも不快には思ってないってことよね?」

「別に不快も何もないだろ。あいつの顔はあいつの顔でしかないんだから」

「そうね。人の外見に関してあれこれ言うのはよくないわ。ごめんなさい」

「いいけど……」

「私ね、この1週間市川君とお話してみて、改めて思ったことがあるの。聞き込みしてたのはこのこと」

「何?」

「市川君は、やっぱり岩瀬のことが好きなのよ」花村の瞳が爛々と輝いている。

「またそれか。有り得ないって。友達だって言ってるだろ」


 何を言い出すのかと思えば、前にも聞いた意味不明な話だった。大体、市川がオレのことを好きなら、一番近くに居るオレが気が付かないわけがないじゃないか。


「岩瀬がそう言う気持ちも分かるわ。まさか身近な友達が、なんて思わないわよね」

「思うも何も、俺と市川はそんなのじゃないって何回言わせるんだ」

「……ねえ本当に違うの?」

「そうだよ」

「本当に?」

「本当だってばっ」


 何度も同じことを聞かされてつい大きな声が出てしまった。しまったと思ったけど、花村は気にしていない様子でそばにある物置に向かって声をかけた。


「だそうよ、市川君」

「え……?」


 花村が話しかけ方を見ると、物置用に置かれた古い倉庫の陰からゆっくりと市川が姿を現した。


「市川……? なんで居るんだ」

「ここは学校の敷地内よ。市川君が居ても不思議じゃないでしょ」

「そういうことじゃないだろ」

「ご、ごめん。2人の大事な話の時に」

「いいのよ、私が誘ったんだから」

 

 花村に手招きをされて、少しバツが悪そうにしながら市川は花村の横に並んだ。


「どういうことだよ」

「チャンスは誰にでも平等に与えられるべきだもの」

「チャンス?」

「そうよ。どんなに無謀だとしてもチャレンジは大切よ」


こともなさげに花村は言い切った。


「意味が分からない……」

「本人から聞くのが一番いいわ。ほら、市川君」


 花村が市川を促した。

 またしても花村の手が市川に伸びて、優しく背中を支えている。花村の方から触ってもらえるなんてなんて羨ましい奴だ。そのありがたみを知ってか知らずか、市川は頼りない足取りでオレの前に一歩踏み出した。


 気のせいか、市川の頬と耳がいつもより赤く染まっているように見える。

 なんだかすごく嫌な予感がした。


「……何だよ」

「は、花村さんに告白……したんだってね」

「それがどうした」

「ふられたんだよね?」

「今そこで、盗み聞きしてたんだろ」

「市川君は悪くないわ。私がそうしてって言ったの」

「だとしても趣味悪いだろ」

「うん……それは本当にごめん。花村さんが告白を断るところ、ちゃんと確認したくて」

「なんのために」

「つ、つまり、ユウキは今フリー……なんだよね?」

「……」

「俺、ずっと言えなくて勇気なかったんだけど。花村さんが応援してくれたんだ。私は断るから、折角ならチャンスじゃないかって。俺一人だったらいつまでも言えないだろうから、背中押してくれるって」


「……やめてくれ」


  口にしなくても、これから市川が言う言葉が分かってしまった。


「応援してもらったんだし、俺も覚悟決めないといけないんだ、いつまでもモヤモヤした関係なままなのも辛いから……」

「やめろ」

「言うよ。俺、ユウキのことが好きなんだ。よかったら俺じゃダメかな……?」


 放たれた言葉は静かな空気に消えた。

 あまりの衝撃に、脳が理解の拒否をしているのが分かる。


 助けを求めて花村に視線を移した。


 真剣な目で必死にオレの返事を待つ市川の後ろで興奮に目を輝かせる花村の姿は、オレの知っているクールビューティーな花村とは全くの別人に見えた。

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