異世界転生講座
「はい、静かに。全員揃っていますね?
それでは講座を始めます。
皆さんは今、元いた世界からいきなり異世界に飛ばされてここに居ることと思います。
突然のことで混乱しているでしょうし、こうして私が皆さんの前に立っている理由も分かっていないでしょう。
今から私が皆さんに講座を開きます。所謂『異世界転生者』の皆さんのためにこの世界の基本的なことをお教えします。しっかり聞いてください。
まず初めに『異世界転生』という言葉を知っている人は? ……はい、ありがとうございます。手を下ろして下さい。
沢山の方がご存じのようですね。それではもう1つ。そこのあなた、どこでその言葉を知りましたか?」
「……ラノベ」
「ありがとうございます。そうですね。ライトノベルという、あなた方の世界で流行している小説については我々も認識しています。
主人公が異世界に転生して活躍する物語が多数存在しているようですね。ここに居る多くの方が読まれたことがあるのではないでしょうか。
ライトノベルでは異世界について色々と書かれているようですが、そこで表現されている異世界とこの世界には違いがあります。異世界について偏った知識を持っている人も多いんです。今日はその辺りについてお話しします。
この世界にたどり着いた際に皆さんは細かく身体検査を受けましたね?
異世界に来て体に支障をきたしていないか確認するための検査です。ですが、あの検査のなかで皆さんの能力についても大まかなところが分かっています。
ライトノベルが好きならば、異世界に来たと分かった時に自分自身の能力変化に期待した人も居るのではないでしょうか。『もしかしたらとんでもないチートスキルに目覚めているんじゃないか』と。
ここでハッキリとお伝えしておきますが、残念ながら今回転生されて来た皆さんの中に特殊なスキルを持っている人は居ませんでした。もちろん『無能だと思われた俺が実は最強の魔術師でした』的なこともありません。ライトノベルでそう言った類の主人公が量産されているようですね。
皆さんいたって普通の健康体で、その点では異世界に住む我々の多くと変わりありません。おや……何人かの人はがっかりされた顔をしていますね」
「はい先生」
「はいどうぞ。眼鏡のあなた」
「なんでそんなの勝手に調べるんですか」
「これにも訳があります。先程も出てきたライトノベルの中では異世界に来た主人公は何かの能力に目覚めることが多いようですね。
そういった作品に数多く触れて信じこんでいるケースがあります。転生して早々に、自分も特殊なスキルに目覚めたのではないかと期待して手近なモンスターに挑んでいく者が後を絶えないのです。
その結果モンスターに攻撃されて怪我をしたり、逃げる途中で行方不明になる方も居ます。ですので一番最初のこの段階で皆さんの体や能力について見極め、必要に応じて忠告をしています。
いいですか?
この世界はライトノベルの物語のように都合よくはありません。モンスターにそんな簡単には勝てると思わないでください。
皆さんや私のように、戦闘の心得も特殊なスキルもない状態で挑めば命の保証はできません。
そうやって怪我をされた方にお話しを聞くと決まって、ライトノベルみたいにチートスキルが備わってないか試したかったと言うのです。ほぼ全員ですよ? 不思議ですよね?
実物を見たことはありませんが、ライトノベルというのはそんなにチートスキルで溢れているのかと我々は首を捻るばかりです。
類稀な才能を持ってこの世界にいらっしゃる方も居ますけど、そういった方は元の世界でも何かしらの才能を発揮されていますし、最初のこの検査の時点で明らかに突出した数値が出たりします。
今回の皆さんの中には、そういった方は居らっしゃらなかったということです。もし途中でモンスターに出くわした場合は、余計なことをせずに逃げて下さい」
「僕魔法使いに転生したっぽいんですけど、なれないってことですか?」
「いい質問ですね。魔法の適正があるかどうかは今回の検査では確認していません。
魔法の素養があれば、魔法使いになることは不可能ではないでしょう。もし素養がなかったとしても、きちんと学べば魔術にはなれますよ。
どちらにせよ、一人前になるには最低5年は修行をすることになりますが」
「ええ〜、そんなに時間かかるんですか?」
「はい。難しくない魔法や魔術ならもっと早く習得できるかも知れませんが、それで生計を立てていくことは簡単ではありませんよ。繰り返しますが、ここは物語の中の世界とは違うのです」
「はいはーい、私せっかく異世界来たんだから冒険者になりたい。冒険者は?」
「ああ冒険者ですね。そのことも話しておく必要がありますね。
この世界で冒険者になることをご希望の皆さん。まず、いきなり冒険者ギルドに行って登録しようとするのは辞めて下さい。
これもライトノベルでは常識なんでしょうか。
異世界転生者で冒険者を希望する人の8割以上が、ギルドにすぐ登録ができると勘違いして、何の準備もせずにギルド受付にやって来るという話があがっています。
この世界について全く知識のない異世界転生者達にイチから登録の説明をしていると時間がかかると苦情があり、初回のこの講座で説明をすることになりました。
ライトノベルでは冒険者はモンスターを倒したり困難を乗り越えていくようですが、実際は皆さんが把握しているであろうものよりも、もっと危険が多くハードな職業です。
現職のベテラン冒険者の方でさえ命を落とす可能性だってあります。
そのため、ギルド登録には厳しい審査があるのです。野宿やモンスターに関わる知識を問う筆記試験と、戦闘能力や体力を測る実技試験です。
ギルド受付に行く前に試験を受けてパスする必要があります。そうして初めて、ギルドへの登録が可能となります。個人で登録してもいいですし、仲間とパーティーを組むこともできます。
また、聖女職の方はヒーラーとしてギルドに登録ができ、試験の内容が他と異なります。個人でギルドに登録した方でも、できるだけヒーラーの方と一緒に冒険をすることをお勧めします」
「聖女職って、男でもなれるんですか?」
「いいえ。身の清い女性で、魔力が備わっている者のみです。
男性の場合は聖職者となり、悪魔属性のモンスターを払ったり、聖女達の修行のための施設を運営したりします。
……ああ、女性限定の職で言えばもう1つ話しておくべきことがありますね。
皆さんの中で令嬢の立場となった方は居ますか? 居ますね。ありがとうございます。
令嬢の皆さんは、決められたお相手以外とあまり親密にならないようくれぐれも気をつけて下さい。
没落令嬢や悪役令嬢に転生された方には、ある程度決められた役割とストーリーが存在します。
本来ストーリーに沿っていればなんの問題もないはずなのですが、何故か従来のお相手を差し置いてメインキャラの冷酷陛下や皇帝の方々と親密になってしまう方が増加しています。
特にここ最近の傾向としては『政略結婚のはずなのに』系の主人公令嬢になりたがる人が多いですね。
最初は愛情のなかった相手に徐々に好意を持たれるというものらしいですが。
その主人公に自分をなぞらえて、どんなに相手に冷たくされてもいずれ好意を持ってくれると信じてるみたいです。
相手の男性は疲弊して避けているのも構わずにつき纏って、その結果本当に婚約破棄をされて関係を解消しているようです。
同じような失敗をして泣いている女性達を見ていると、いかにあなた方の世界でそういった内容が流通しているかが伺えます。
何にせよ、あまり自由過ぎる行動をするとシナリオの進行に影響が出ると多方面から苦情が届いています。
皆さんも人ですから恋心を制御することは難しいことは承知ですが。是非決められた方とお付き合いをお願いします。ちなみに、悪役令嬢と言ってもストーリーの中での話ですので、本筋に関わらない所であれば無理に悪役らしく振舞わなくても結構です」
「……あのー」
「はい、どうぞ」
「自分は別になりたいものとかなくて。普通にのんびり過ごせればいいんですけど……。住む場所とかどうすればいいですか」
「そうですね。それも大切なことですね。
この講座が終了した後、異世界転生者の申請をしていただければ仮の住まいが当てがわれます。豪邸とまではいきませんが、充分暮らしていただけます。
くれぐれも親切な一般の方のお宅でお世話になろうとしないで下さいね。よほどのことがない限り歓迎されませんので。
あ、もともとそのご家庭の子どもとして転生された方は別です。転生者だと気付かれないよう頑張って下さい。物語と違って、気を抜くとすぐにバレますからね。さて、ここまででなにか質問のある人?」
「先生はなんでそんなにラノベに詳しいんですか?」
「講義を受ける異世界転生者の皆さんが同じような勘違いをされていることがあまりにも多くて、訪ねてみたんです。何処でそのような知識を得ているんですか、と。
そうしたら、皆さん口を揃えて『ラノベ』と仰るのでどんなものか調査をしました」
「へぇー。何か分かったんですか?」
「そうですね……色んな異世界転生者から聞いた話を纏めてライトノベルというものの傾向は分かりました。あくまで私が個人的に纏めた結果ですが。
話しの内容が大きく分けて何種類かのタイプに分けられることと総じてタイトルが長いことは共通点ですね。皆さんから聞く限り、どんな内容の話かはタイトルを読めば大体分かるんですよね?
作品数も無数にあるようですね。皆さんがそれを読んで異世界のことを勘違いするのも無理ないかもしれません」
「オレ、ラノベ好きです。先生もラノベ好きー?」
「そうですね……読んだことはないので答えにくいですが……。どうせなら『無能スキルだと追放された俺が実は』みたいな作品を読んでみたいですね。
この世界で存在しているスキルにはそんなに無能なものはありませんし。それがどう役に立つのかは気になるところです」
「あ、そういうのならボク持ってますよ。家にあるから今度貸して……って、無理か。ここ異世界だし」
「え、てか。俺らって帰れるんですよね?」
「……現状ではこの世界に転生してくる方々がいる理由も、元の世界へ帰る方法もはっきりと分かっていません」
「えぇえ? そうなのぉ? ウチ帰れると思って余裕ぶっこいてたんだけど?!」
「それこそ、皆さんがよく知るライトノベルでは元の世界へ帰る方法は載っていないのですか」
「そういえば……見たことないかも」
「だな。だいたい転生したらそこで暮らしていくことになるし」
「えー、やだぁ。なんかラッキーで令嬢になってるしあんま考えてなかったけど、帰れないのはムリ。ママが心配する」
「先生! 本当に帰る方法ないんですか?」
「私達もそれを探しているのです」
「っざけんなよ。こんなわけわかんない世界にいきなり飛ばされてやってられっか!」
「こら、君。椅子を蹴ってはいけません。
……皆さんやはり、ことの重大さがあまり理解できていなかったようですね。
ここは、あなた達が暮らしていた世界とは全くの別です。そして、ライトノベルのような楽しい物語の世界なんかでもありません。先程もそうお伝えしたはずです。ようやく実感できましたか?」
「だってよ……。そんなん急に言われても分かんねぇし。来れたんだから帰れると思ってたんだよ……」
「なら認識を改めて下さい。私達としても、できれば安全にあなた方をお帰ししたいのです。ですが今はそれができない。
ですからこうして皆さんの意識を目覚めさせるため、異世界転生者の方を対象にこの講座を開いています。
この世界でライトノベルのような『主人公補正』なんてものはかかりませんからね。一歩間違えれば身の危険に繋がります。
分かりましたか? 皆さんは今ここで覚悟をしなくてはいけません。ここで生きていく覚悟を」
「そんなあ……」
「……では今日はここまで。続きはまた明日。さようなら」
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