ビタービターハニートラップ
世の中には本当にどうしようもないほど狂った女ってのも居るもんだ。盲目的であまり物事を深く考えないくせに、金だけは持ってる女。そういう奴はオレみたいな男にとっては都合がいい。
そういう奴は大体自分が特別な存在だと思いたい人間ばかりだ。ちょっと優しくしてやればすぐ自分に酔ってオレにハマっていく。いい感じに浸かってきたところでちょっと弱った姿でも見せてやれば、後は何も言わなくても勝手に金を出して世話を焼きたがるようになってくる。オレはそんな女達にあやかって生きている、所謂ヒモってヤツだ。
女の家に転がり込んで家賃も払わず、真面目に働くなんてこともしない。相手が仕事で出かけてる間は女の金でゲームに課金したりブランド物の服をを買いに出かけたり、気ままに過ごしている。 出かける気分じゃない時はセフレか風俗嬢を相手に思う存分性欲を発散させる。場所はもちろん女の家。ホテル代の節約にもなる。
たまには家事を手伝ったり女の悩み相談に乗ったりするとより効果的だ。ここで重要なのは気の利いたアドバイスじゃない。とにかく、そんな悩みなんて取るに足らないことだと思わせることだ。一時的でも前向きになることができれば、そのうちオレと居ると楽だということを覚えてしまう。 ここまでくるともうオレが金をせびっても何も言わないし、むしろ向こうから金を出して世話を焼いてくるようになる。見事な人間ATMの出来上がりだ。
「お前そのうち女に呪い殺されるぞ」
周りのヤローはバカにして笑うけど、連中だって同じようなもんだ。 何人もの『ママ』を骨抜きにして金をもらう奴。ホストくずれを集めてぼったくりバーをやってる奴。人の女を寝取って別れさせた後、その女を捨てて泣かすのが趣味の奴。気が付けばオレの周りにはそういうクズしか居なくなった。お陰で目ぼしい女の情報交換だってスムーズだ。
オレはそんな自分を悪いだなんて微塵も思ってないし、馬鹿にしたきゃすればいい。だってラクして賢く生きたやつの勝ちだろう? オレはその最高峰のビジネスモデルを確率させてるだけだ。
「ねえ、わたる君。明日なんの日か知ってる?」
ほら、今だって。都合のいいカモが構って欲しそうに布団のなかで脚を絡めてきた。 二か月前くらいにオレの行きつけのバーで一人で飲んでた女で、大きなブランドバックを持っていたから声をかけたら大当たりだった。 彼氏に振られたと言うから優しくフリで話を聞いてちょっと慰めればすぐオレに心も財布も開くようにやった。 金が欲しいと言えば躊躇いもなく財布を取り出して扱い易いけど、金を出すことにやけに積極的な雰囲気があるちょっと変な女だ。
基本的にオレの言うことはなんでも聞くけど、脚を絡めるのだけは辞めろと言ってるのに聞きやしない。 絡みつかれた状態から逃れようとそれとなく体制を直した。
「……んー? なんだっけ」聞いてるフリをしながらスマホで漫画を開く。
「わたる君がうちに来てから明日で一か月だよ」
「え、まじ? そーだっけ。もうそんな経つ?」
「そうだよ。ほんと早いよね。一緒に居るの楽しすぎてあっという間だったな」
「まあオレ、楽しませるの得意だし」
「そういうの自分で言えちゃうところ羨ましいな。ねえ、一ヶ月記念でお祝いでもする? ご飯食べに行こうか」
「えー、やだ」
「お金なら出すよ? 気にしなくていいのに」
「じゃなくて、祝うなら一年記念の時でいいじゃん。その分派手にしてさ」
「何それ。もしかして一年後も一緒に居ようってこと」
「居る居る。ぜんぜん居るよ」
「きゃー。嬉しい!」パタパタと足を動かして顔を赤らめた。
危ないところだった。 たかが一ヶ月でお祝いとか冗談じゃない。こっちは金を出せなくなったらいつだって終わらせる気満々なんだ。記念日なんて祝ってる余裕があるなら少しでも多く貢いでオレを繋ぎとめておくことを考えて欲しい。
「私、わたる君と出会えて本当に良かった」深いため息をつく。
「俺も。マジでラッキーだった」
「ほんと?」
「ホント、ホント。会えてなかったらヤバかった。俺ら運命だよ」
カモとカモる側の運命の出会い。これは神様が決めたことだから仕方がない。
「嬉しい。わたる君みたいな人なかな居ないよね」
「まぁ、な」そりゃオレほどの極まった男はそうそういないだろ。色んな意味で。
「ちゃんと名前呼んでくれるだけで安心する」
そう言って俺の腕に絡みついて来た。
「なんだそれ。名前くらい呼ぶだろ」
「そんなことないよ。前の彼氏にはだいたい『おい』とか『バカ女』だったよ」
「マジ? ひでーなそいつ」
口では適当に合わせつつ、心の中では全力でその彼氏とやらに同意した。コイツは歴代の女の中でもチョロすぎる。まさにバカと呼ぶに相応しい。
「ねー。今はわたる君のお陰で私もそう思うけど、その時は気が付かなかったんだよ。彼のこと好きだったしさー。テイシュカンパク? て感じで男らしいと思ってなんだけどお……」
「だけど?」
「なんかそのうち叩かれるようになったの。ちょっとしたことで」
「へー、どんな」
「私のため息が気に障ったとか、料理の味付けがいつもの彼好みとちょっと違ったとか? 彼が来てく予定だった服のアイロンがけ忘れたとか」
「なんだよそれ。DVヤローじゃん」 今度はちょっとだけ、本当に驚いた。
オレの周りは女に寄生している奴ばかりだが、直接暴力を働く奴は居なかった。女はオレ達からすれば餌場だ。傷つけてもいいことはない。
「でも彼ホストだったし。見た目には気を使ってたから、食べ物とかは服装とかにはこだわってるんだって言ってて。私もそうなんだぁ、大変だから協力しなくちゃって思っちゃってさあ」
「あぁ……優しいからな」
深く考えず適当な言葉をかけた。けどそれがお気に召したらしく、腕にひっついてもっと喋り出した。
「最初のうちは怒られて頭叩かれるだけだったんだけどね、どんどんエスカレートしたの。私が口答えすると暴れて手当たり次第に色々投げたり、殴ってきたり。結構危なかったんだよ? 押し入れの中の物も全部放り投げてさ」
「よく怪我しなかったな」
「怪我はしたよ? 彼の好きな銘柄のタバコが売ってなくて、違うやつ買った時はマジヤバかった。『こんなこともできないのかクズ』って罵られてさ。私が悪いって言って火のついたタバコを腕に押し付けられた」
「は? いやいや、それはネタだろ」
「本当だよ、ほら」
そう言って彼女は左腕の内側の柔らかい部分を見せてきた。白い肌にくっきり、明らかに茶色いシミのような後が残っている。他の肌が傷もなく綺麗なのに、そこだけ明らかに何かがあった跡がある。 そういえば最初にエッチをした時も、この跡はなんだろうと思っていたのを思い出した。その時は別のことに集中していたしそれほど大きなものでもなかったからすぐ忘れてしまった。
「本当だ。マジでありえねぇ……」
流石のオレでもわずかに同情の気持が声に出でしまった。
「でもお、その時は彼悪くないと思ってたの。ちゃんと買ってこれなかったのわたしだしい、厳しく叱るのはそれだけ私に自分のことを分かって欲しいからなんだって言われてて。怒ってない時は優しいし楽しかったからさ。私がドジなのがいけないんだなぁって」
「にしても、タバコはねぇよ」
「あの時はとにかく、彼が居なくなったら生きていけないと思ってたしぃ。今思うとウケる」 クスクスと堪えるように笑った。
「ソイツはなんで別れたの」
「えぇー、分かんない。逃げた」
「逃げた?」
「一緒に住み始めてすぐの時に、ここだけは触らないでって言われてた引き出しがあってね。何が入ってるかは教えて貰えなかったんだけど、いつも鍵がかかってて。ある日帰ったらその引き出しが空きっぱなしになてて、急に彼も帰って来なくなっちゃった」
「へえー……で?」
「どれだけメッセージ送っても電話しても反応なくて。そしたら三日後くらいに男の人が二人来て、彼を探してるって言うのね。どこに居るんだって怒鳴られて、私も探してるって言ったんだけどなかなか信じてくれなくて。匿ってんだろって髪の毛掴まれたりして。後から分かったんだけど彼、クスリやってたみたいなの。クスリ持ち逃げしちゃったみたいでさ。何度も男の人達来てたくさん怒鳴られた。あの時はマジで怖かった……、彼に殴られるよりずっと怖かったよ」
そういって強く俺の腕にしがみついて来た。今も記憶に残ってるのか、少し震えている。そんなクズ男から解放されて次に出会ったのがオレなんだから、この女の男運のなさが不憫に思えてきた。
「なんか……お前も苦労したんだな」
「だからもう変な人とは付き合わないって決めたの」
「ふーん」
「ほんとに、わたる君に会えて幸せ」
少し涙目になって笑うその女が、ほんの一種だけ、本当にちょっとだけ、可愛く思た。
「オレは……変な男じゃない?」
「うん。だってキレないし、暴力もしないし、クスリもやってないでしょ?」
「やってないけど。でもオレ金せびってるし……」
「私も好きで出してるんだもん。問題ないよ」
「自分で言うのもなんだけど、男らしくないとなクズだとか思わないのか」
「全然? 私の話ちゃんと聞いてくれるし、いい人だよ」
上半身だけ持ち上げて、オレに被さるようにキスをしてきた。柔らかい顔が髪にかかって良い匂いと湿った唇の感触が降り注いだ。軽くキスをしてすぐ体は離れてしまった。
「……お前、やっぱり男運ないよ」
「なんで?」
「本当のこと言うとオレ、別にお前のこと好きでもなんでもない」
「そうなの?」
「金目当てで一緒に居ただけだ。うまくやればタダで金くれると思って……ごめん」
こんなに健気で真っすぐな子をオレはずっと騙していたこと、今頃になって後悔し始めた。
「謝ることじゃないじゃん」
「いや、謝ることだろ。さっきだって、記念日なんか祝うのメンドクセェって思ったんだ。テキトーにかわしとけって」
「いいんだよ。私のワガママだし」
オレは体を起こして寝てる彼女を抱き寄せた。当たり前だけどオレよりずっと細くて弱い体だ。こんな体でどれだけ大変な思いをしてきたことか。
「……祝ってもいいよ、記念日」
「え、いいの? 私のこと好きじゃないんでしょ?」
「でもやる。やろう。金もオレが半分出す」
彼女が体を離してオレの目を覗き込んだ。
「……わたる君お金持ってるの?」
「いや、基本は貰った金しかない。……でも少しはとっといてあるし、メシ代くらいは出せると思う」
「無理しなくていいんだよ。私が出すし、ね?」
「それじゃオレがなんいか嫌だ」
「どうしたの? 今までそんなこと言わなかったのに」
「なんか……自分でもよく分からない。オレ少しまともになってみるよ」
「何? 急に」
「なんとなく、お前にラクさせてやりたくなって。なんか、今まで申し訳なかったなって」
「まともになるって、どういうこと?」
「えー? なんだろ。とりあえず、コンビニでバイトでもしてみようかな。オレわりと人には好かれやすいほうだし、向いてると思わね?」
照れ隠しで半笑いをしていたら、彼女の目が見る見るうちに、一気に冷めていった。 さっきまで潤んだ目でオレを見あげていたのに、今は完全に使い終わったティッシュを見る目つきをしてる。
「は? 何それ。そんなの求めてないんだけど」
「え?」
「働かなくていいじゃん」
「な、なんだよ。どうした?」
「わたる君のいいところは私がお金払ってるから裏切らないところでしょ。働くとか無理なんだけど」
「……はあ?」
「私、別にわたる君に好きになって欲しいとか思ってないし。お金の関係で繋がってたから楽でよかったのに……。最悪! もういい!」
突然彼女はベットから抜けだして脱ぎっぱなしだった服を着始めた。
「ちょ、おい待てよ! だから、これからはちゃんとしようとしてんだろ?」
慌てて止めようとしたけど、あと少しで届かずに指先が服をかする。
「やめて、面倒なのはやなの!幸せにしてやるとかそういうの要らない。私達、もっと気楽な関係でしょ?!」
「なんだよ気楽って、やっと少しは本気でお前の彼氏になろうって思ったのに」
「はあ? 彼氏?」
部屋のドアノブに手を掛けて、彼女は振り向いて行った。
「私、本命の彼氏居るけど。わたる君はただの穴埋め用のペットみたいなもんだもん。私が居ないとろくにお金もないくせに彼氏とか笑わせないでよ」
「お、お前彼氏いんの?!」
「わたる君とはもう終わりにする。会わない。今日中に部屋から出てってね。じゃ」
大きな音を立てて部屋のドアが閉まってしまった。何かの間違だと信じて戻って来るのを待ってみたけど、十分経っても戻って来る様子はない。
「嘘だろ……」
ベットに取り残されたオレはただただ呆然とするばかりだ。何が起こったかよく分からないけど、とにかくオレは捨てられたことは確実らしい。
どうしようもないからとりあえずスマホを開き、今日泊めてくれる女を探す旅に出た。
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