第8話 リーンの家

 俺が案内され辿り着いたのはお城のような建物だった。

 てっきり、彼女の家に案内されると思っていたのだが。

 でも、もしかしてもしかすると、これが……?


「……ここが君の家、なのか?」

「はい。少し、一般的な家の造りではないと思いますが」


 しっかりした造りの石造の壁と重厚な造りの大きな城門。

 左右に門番が槍を持って立ち、油断なく警備をしている。

 家というより、まるで御伽噺に出てくる王様のお城のようだと思った。


「中へどうぞ」


 彼女はことも無げに門番たちの脇をすり抜けていく。

 だが門番たちは俺たちのことを見ようともしない。

 彼女が【隠蔽】とかいうスキルを使っているせいだろう。


「このまま行ってもいいのか?」

「はい、少々急いでいるので。それに、彼らの仕事を邪魔してはいけませんから」


 どちらかといえば誰か不審な者が入ってこないかを見張るのが彼らの仕事だろうと思うのだが。

 疑問に思いつつ、俺は少女に連れられやはりお城だとしか思えない邸宅の中に入っていく。


「そういえば、まだ名前もお伺いしていませんでしたね。よろしければ教えていただいても……?」

「俺か? ノールだ」

「ノール様ですね」

「そういえば、君の名前は……?」


 自分の名前を呼ばれ、ふと彼女の名前も知らないのを思い出す。


「あっ……! し、失礼しました、こちらが名乗るのをすっかり忘れていました」


 彼女は慌てて足を止め、すっと俺の方に向き直ると右手を胸に当てて軽く礼をした。


「リンネブルグ・クレイスと申します。世間的には少し長い名前なので今はリーンという名前で通しております。お気軽にリーンと呼んでくだされば嬉しいです」

「そうか、リーンだな。わかった」


 確かに、リンネ……なんとかは少し長くて覚え辛い。

 リーンの方が都合がいいだろう。

 短くて覚えやすい、いい名前だ。


「ここからは【隠蔽】を解きましょう。もう安全な場所まで来ましたし、ここではかえって不審に思われてしまいますから」

「分かった」


 そうして、俺たちは更に奥へと歩いていく。

 本当に広い家だ三人。

 随分歩いた気がするのにまだまだ奥がある。

 見たところ彼女の家は相当の裕福な家なのだろう。

 いわゆる貴族とか資産家という奴なのだろうか。

 冒険者ギルドのおじさんが「粗相のないように」と言っていたのはつまり、そういうことなのだろう。

 とはいえ、だからといって、こういう場所で何をどうすれば良いのかなんて俺にはわからない。

 貴族や富豪相手の作法なんて、俺には全く縁のないものだったしな。


「あれは……ちょうどいいですね。彼女にお父様の居場所を聞きましょう」


 しばらく、とても長くて広い通路を歩いていくと、金色の長い髪を揺らした女性が現れた。

 メイド服のようなスカートを履いているが、その上には重そうな銀色の鎧を着込んでいる。


「おかえりなさいませ、リンネブルグ様」

「イネス。ご苦労様です。お父様にお会いしたいのですが今の時間なら謁見の間ですか?」

「そちらの男性は?」


 銀色の鎧を着込んだ女性はリーンの質問に答える前に目を細め、俺を見た。

 何だか、俺が何者かを確かめるような感じだ。

 まあ無理もない。

 こんな豪華で召使いも何人もいるような家に場違いな奴が来たと思われているのだろう。

 俺だって、そう思っているのだから。


「イネス。こちらの方は私のお客人です。失礼のないように」

「お客人、と言われますと」

「例の襲撃から身を呈して私を救ってくれた方です」

「……! 承知しました。私が先導しご案内します」


 この人は、この家のお手伝いメイドさんなのだろうか。

 随分と重そうな鎧を着込んでいるところを見ると掃除や洗濯などはやりにくそうに思えるが……。

 俺が彼女のことが気になって眺めていると目が合ってしまい、鋭い目で睨まれた。

 どうやら彼女にはあまり歓迎はされていない雰囲気というか、少々警戒されているらしい。


「どうぞ。この扉の先です」


 イネスと呼ばれた鎧の女性は、そう言って長い廊下の奥の重そうな金属製の扉を開いた。

 扉の先には美しい装飾のなされた金色の槍を持った男が佇んでいた。


「お、イネスじゃないか。リンネ様も。こんな時間にどうした? ……そっちの男は?」


 男は剣呑な雰囲気で俺を見据え、槍を構えた。

 どこか軽い口調で矢継ぎ早に質問してくる男だが、その視線は鋭い。

 そして、槍の先はまっすぐに俺を向いている。

 まるで、いつでも突き殺せるようにしておこう、という感じだった。

 ……なんだか物騒な家だな。

 リーンの家は。


「ギルバート。そこを通しなさい。こちらの御方はリンネブルグ様の大切なお客人、失礼な物言いはよしなさい。あと、お前も謁見に同行しなさい」

「へえ、客人? じゃあ、お前がそうなのか……? 分かったよ」


 一瞬、男の眼光が鋭くなった気がした。

 が、またすぐに曖昧さのある剣呑な雰囲気に戻った。

 俺たちはイネスの後に続き、扉の奥を進んでいくと、すぐに「謁見の間」に辿り着いた。

 またしても重そうな扉を開けると、若い男が一人、壇上の初老の男性と何やら話しているのが見えた。


「お兄様」

「リーンか」


 若い男性の方はどうやらリーンのお兄さんらしい。

 歳は20歳前後と、いったところだろうか。

 そんなに年齢は離れていないようだが、落ち着いた雰囲気の人物だ。


「そのローブは、【隠者のローブ】……? まさか、お前、外に出ていたのか? 当分の外出は禁じたはずだろう……!」

「……ごめんなさい。でも、どうしても恩ある方は自力で探したかったものですから」

「そちらの男性は?」

「この御方が、私を救ってくれた方です」

「……! この人物が……?」


 リーンのお兄さんは俺を見て、驚いている様子だ。

 まあ、無理もないだろう。

 色々あって、俺はかなり汚い格好をしている。

 朝早くから「ドブさらい」をして、夕方頃まで「土運び」の仕事をして、その後に「牛」を倒し、冒険者ギルドに行くまでに奇妙なローブ姿の人々と追いかけっこをした。

 時間があれば公衆の浴場にでも行って綺麗にはしてこれたのだが、まさかその日のうちに、こんな豪華な家に案内されるなんて思ってもいなかったのだ。


「こんな格好ですまない。リーンが急ぎたいというものでな」


 俺はひとまず、彼に謝っておいた。

 リーンのお兄さんは俺を見つめながら無言で微笑み返してくれたが、イネスは俺の顔をきつく睨みつけ、今にも飛びかかってきそうだった。

 ……もしかして、今、何かまずいことをしたのだろうか。


「格好など構わんよ。むしろ、急いで会いたいと言ったのはこちらの方だ。わざわざ足労を掛けてすまなかった」


 広い部屋の中に低い声が響く。

 すると、イネスとギル……なんとかとかいう槍の男はその場に片膝をつき、頭を下げた。

 どこかの国の王様だと言われても納得できるぐらい、威厳のある話し方。

 なんだか自然と背筋が伸びるような心地良いような声。


「お父様」


 リーンがそう言って笑顔を向ける。

 となると、この人が家主。

 つまり、リーンのお父さんということになるのだろう。

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