第7話 王都中央広場にて

 俺たちは歩いて王都の中央広場まで辿り着いた。

 辺りに人の気配は無い。

 時折、何かを探しているような衛兵の姿を見かけるが、こちらに気がつく様子は全くない。


(これがこの子のスキルの力か。すごいものだな)


 衛兵が立ち去り、二人だけになったことを確認すると彼女は深く頭を下げた。


「……まず、最初にお詫びをさせてください。恩人の後をつけるような真似をして、本当にすみませんでした。でも、もう一度、是非ともお会いしたかったのです」



「それに、ギルド内でのこともお詫びしなければなりません。ギルドマスターとお話をしていたところに、急に外に出ろなどと。本当に無礼な発言をお許しください。しかしながら、私も立場上、市民の面前でこのような姿を見せることは好ましくなく──貴方様にも何か事情がおありのようでしたから」


「いや、別にそれは気にしていない」


 というか、事情というほどのものも、ない。


「……それで、俺なんかに何の用だ?」


 そもそも、彼女はなんで、わざわざ俺を追いかけてきたのだろう。

 わからない。

 ギルドのおじさんの態度もあり、知らず知らずのうちに何か不味いことをしでかしたのだろうかという気分になってくる。


「私の用件は一つです。ちゃんと、お礼を言わせてください。私の命を救ってくださり、本当にありがとうございました」


 長い髪の少女はそう言って再び深々と頭を下げた。


「まさか、そんなことで? さっき、もう礼は言われたと思うが」

「いいえ、あれではお礼をしたことにはなりません。貴方は私の命のみならず、多くの王国民の命を救ってくださったも同然なのですから」


 ……そんな、暴れ牛を抑えたぐらいで大げさな。

 確かに、あの衛兵たちは可哀相な事になったが俺も一歩間違ったらああなっていたのだろう。

 今考えると実力も伴わないのに無謀だった。


 それに、彼女は優秀な【スキル】持ちなのだ。俺などが出しゃばらなくても、彼女なら一人でなんとかできた可能性もある。


 ────そうだ。

 何故気が付かなかったのだろう。

 彼女がいつまでも地面に座り込んでいるのがおかしいとは思っていた。

 あれは逃げなかったんじゃない。

 逃げる必要がなかったのだろう。


「いや、気を遣ってそんな風に言うには及ばない。俺はまったく余計なことをしたかもしれない。こちらこそ差し出がましいことをして済まなかった」

「そ、そんなことはありません! 本当に感謝しかありません。貴方が駆けつけてくれなければ、私など、どうなっていたことか……!」


 どうも、義理堅い子らしい。

 この歳で気遣いができるなど、中々だ。


「そうか。それなら気持ちだけ受け取っておく」

「私としては今回の件に関して、私にでき得る限りの謝礼をお渡ししたいと思っています……何なりとおっしゃってください。父も、貴方様には大変に感謝しています。家財を動員しての心からの謝礼をさせて頂きたいと」

「家財を動員?」


 いったい、何を言っているのだろうか?


「いやいや、さっきの言葉だけで十分だ。本当に、それ以上はいらないぞ」

「いえ、ちゃんとしたお礼をさせてください。私の父も兄も──貴方に是非ともちゃんとお会いして、お礼が言いたいと申しております」

「いや、礼などいらない。本当に気持ちだけで十分だ」

「そ、そんなわけにはいきません! 私はこれでも立場ある人間。命を救って下さった恩人に対し、何もせずにいるなど……!」

「いや、いらない」


 彼女にどんな立場があるのかは知らないが、俺の立場としては必要のないものを貰っても困るのだ。


「……いえ、それでは私としても面目が立ちません! 是非とも家を挙げての謝礼を……!」

「いらない」


「で、では何かお困りの事はないですか? 当家を挙げて何でもサポートを……何なら、お父様が領地などの相談にも乗ってくださると思います」

「それもいらん」


 何だ?

 領地だとか、何故そんな話になる?

 大体、俺は山に行けば家も畑もあるのだ。

 いらない。


「で、でも……!!」


 気づけば、彼女は泣きそうな顔になっていた。

 なぜだ。

 別に言葉だけで十分だと言っているのに。


「すまないが、本当に礼などいらないんだ」

「……いけません。貴方にはお礼を受け取る義務があるのです……!!」


 ……義務?

 お礼にそのようなものが付いてくる筈はないと思うのだが……。


「……何と言っても、いらないものはいらないぞ?」

「……では、お礼を受け取るお返事をいただくまで、私はここを動きません」


 どう言っても引き下がらない。

 本気のようだ。

 もう、半泣きになっている。


 子供だな……。

 いや、子供か。

 この子も頑固なところがあるな。

 昔の自分を思い出してしまう。

 十数年前、【僧侶】の訓練所を訪れ、門前払いされても「訓練を受けさせて貰えるまでここを動かない」と意地を張った俺は、教官の目から見るとあんな感じだったのかもしれない。


 彼女も本気のようだ。

 俺のように三日三晩飲まず食わずで待たれても困る。


 ──仕方ないな。

 気持ちぐらいなら受け取っておくべきか。


「……わかった。君のお父さんとお兄さんに会うだけなら」

「……ほ、本当ですか!?」


 大げさな礼など別にいらない。

 街中の暴れ牛を撃退しただけなのだし。

 まさか、都会の牛があんなに凶暴だとは思わなかったが。

 魔物の話ばかりで、あまり話題になっていないような気もするし、案外、王都ここではこういうことがよくあるのかもしれないな。

 俺はこの王都の文化には詳しくはないが、もしかしたら「牛に襲われて助けられたら全力でもてなせ」なんていう風習があるのかも知れない。


 仕方ない。

 郷に入っては郷に従え、というやつだろう。


「だが、本当にそんな大げさな礼など必要ないからな」

「はい! では、早速参りましょう。私のすぐ後ろをついて来ていただけますか。あまり人目につきたくありませんので、【隠蔽】や【探知遮断】など色々多重掛けして身を隠しますので」


 そう言うと、彼女は足早に歩き始めた。

 あれ程泣きそうだった顔は、澄ました笑顔に変わっている。

 まさか、嘘泣きだったのだろうか。

 子供ながら、案外策士なのかもしれない。


 俺は仕方なく、足取り軽く進んでいく少女の後を追い、夜の街を歩いて行った。

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