第6話 依頼の完了報告

「おお、ノールか!? いつまでも帰ってこねえから心配したんだぜ……大丈夫だったか?」


 ギルドの中に入ると、おじさんが声をかけてきた。

 俺は今日の依頼完了の報告をするため、冒険者ギルドに来ていた。

 途中、奇妙な動きをするフード付きローブ姿の集団が追いかけてきたが、気味が悪いので撒いてきた。

 おかげで少し時間がかかってしまった。

 辺りはもうすっかり暗くなっている。


「何かあったのか?」

「おいおい、お前……街が騒ぎになってたのに気がつかなかったのか? 迷宮の入り口の近くで深層の魔物が湧いたらしい。ここいらじゃそうそう見かけねえバケモノだ。大変な騒ぎになってるぞ。お前が派遣された工事現場の近くだったらしいから、心配してたんだが……見たんじゃねえのか?」

「魔物? いや、それらしき奴はいなかったが」


 魔物というのはよく知らないが、俺が出会ったのは牛だけだった。

 牛と言っても恐ろしく凶暴な牛だったし、あんなものが街中にいるとは思いもしなかったが。


「そうか。そりゃあ、運が良かったな。その深層の魔物『ミノタウロス』は正体不明の何者かに倒されたって話だが、S級冒険者のパーティでも手こずるような化け物だ」

「そんな恐ろしい怪物が街中に……?」

「幸運だったな。街ごと壊滅していてもおかしくねえ事態だった。その通りすがりの男に感謝しなきゃな」

「……ああ、世の中にはすごい人間がいるんだな」


 俺が牛一頭と死闘を演じている間にそんなことがあったとは。

 ────やはり、俺はまだまだ弱い。

 それをよくよく自覚しなければならないと思った。


「それにしても、S級冒険者のパーティでも苦戦する化け物をたった一人で……か。何者なんだ、その人物は?」

「さあな……それだけの実力が有れば名も通ってそうなもんだが、俺にも分からん。まあ、衛兵隊が総力を挙げて調べてるらしいから、いずれ分かるだろう」

「そうか」


 おじさんはそんな風に俺と雑談しながら手早く依頼完了の処理を済ませ、俺に依頼料の入った革袋を手渡してきた。


「ほらよ、受け取れ。お前さんの働き分だ。結構稼いだじゃねえか」

「ああ、そうだな。ありがとう」

「──で、ノール。そろそろまともな仕事に就く気にはなったのか?」


 おじさんは小さくため息をつきながら俺を見る。


「なんだ、まともな仕事というのは? 俺はもう冒険者として働いているだろう」

「はぁ〜、前にも言ったけどな。お前、ウチに手数料マージン取られてるんだぞ? 今日の働きにしたって、ギルドが噛まなきゃ三割増しぐらいで稼げてる筈だ」

「それはまあ、知っているが」


「現場監督の親父も言ってたぞ。あいつは是非とも自分とこに欲しいって。他からも何件もお声がかかってる。お前、引っ張りだこじゃねえか? だがこんな幸せな状況、いつまでも続くと思うなよ? 今のうちにいいところ見繕って、安定した所帯持つ準備をだな────」


 おじさんのいつもの長話が始まった。

 もう、この状況は何度目かわからない。

 最近はわざわざ良い求人があった、と就職先の紹介までしてくれる。

 俺はそんなのはいらない、と何度も断っているのだが……。

 おじさんと俺の意見は全く合わないが、不思議と悪い気はしない。

 俺のことを思って言ってくれているのが、少しわかるからだ。

 まあ、俺は冒険者の道を諦めるつもりは無いし、最後にはすべて断るのだが。


 俺がいつものようにおじさんの言葉を笑顔で聞き流していると、ふと、背後から声が聞こえた。


「やっと……見つけました」


 振り返ると小柄な女性らしきローブの人物がそこにいた。

 彼女がローブのフードを外すと、見覚えがある少女の顔が出てきた。

 彼女は確か──。


「君は、あの時の……まさか、つけて来たのか?」

「はい。失礼かとは思ったのですが、どうしてもお会いしたくて」


 この子は牛に襲われていた女の子だ。


 でも、なぜ俺の居場所がわかったのだろう?

 つけてきた不審な男たちはちゃんと撒いたつもりだったが。

 この子の気配には全く気がつかなかった。

 山の森に生息する野ウサギや狼程度の野生動物になら一切気づかれずに狩りをする程度には俺の【しのびあし】スキルも上達したと思っていたのに、こんな子供に気がつかないなんて、俺もまだまだ……。


 いや、違うか。

 この子はきっと、スキルを持っているのだろう。


「そうか、【スキル】か。それでわかったんだな?」

「はい。私も一応、養成所で【盗賊シーフ】系の訓練は受けましたから。失礼ながら、遠隔探知系のスキルで貴方を探させて頂きました。その方が早かったものですから……」

「ということは、君は【盗賊シーフ】系の職業なのか?」

「いえ、得意とするのは本来、【魔術師マジシャン】系で、他は一通り六系統のスキルを満遍なく、といったところでしょうか」

「……そんなに、か? すごいな」


 見た目からすると彼女は俺が山を降りた時とさほど年齢は違わないはずだが。

 この歳でそんなに有用スキルを身につけているとはすごいものだ。


「我が家の方針で、伝統のようなものです。身に付けられるものは全て身に付けよ、と……でも、どれも余技のようなものです。あなたのような方を前にお恥ずかしい限りなのですが」

「いやいや、十分に凄いと思う」

「あの……人目もありますから、外でお話をしませんか?」


 今更ながら劣等感を感じずにはいられない俺を前に少女を周囲の視線を窺うようにギルドの中を見回す。

 俺は少女の誘いにどう反応していいか分からず、彼女の知り合いらしいギルドのおじさんに目配せをするが、何やら渋い顔をするばかりだった。


「……おい、ノール。お前、一体何やらかした……?」

「いや、俺は責められるようなことは何もしていないぞ。多分」

「大丈夫です。今なら周囲に人はいませんし、【遮音】と【隠蔽】で外にお話は漏れないようにしますから」

「行ってこい、ノール。だが、粗相のないようにな」

「……? ああ、わかった」


 俺は状況がよく分からないまま、少女と一緒にギルドの外に出た。

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