第3話 イチイの戦士


 見渡せばどこまでも深緑。緑に覆われたヤナギやカシの木、ナラやブナが辺り一面に立ち並び、時折吹き抜けるぬるい風が木の葉をゆらゆらと揺らしている。揺れた枝葉の合間を縫うように細やかな陽の光がやっとの思いで僕らに届く。

 森の中というのはまさに平和そのものだ。小枝を折る足音がするや否や木陰に隠れる小動物達。夕刻のヨタカやシマフクロウの鳴き声。朝露と混じり合う小鳥の囀り。情景への想いは愛おしいものだ。

 そんな自然に囲まれながら何日も過ごせば、世界中で起きている争い事や、これから起こるであろう厄災などもはや戯言である。

 誰が言い出した。そんな事があるものか、あってたまるか。

 現実逃避したっていいじゃないか。大自然をただただ享受していたい。あぁ、そうだ。していたかった。

 

 風でゆらゆら枝葉が揺れる。

 

 そう、揺れる枝葉だ。足元に生い茂る雑草を踏みわけ、眼前のエルフの少女は少しだけ腰を落とし、さらにゆっくりと両手を前に構えた。


 風が吹き抜ける。ゆらゆらとした葉の動きに合わせ、彼女はその短剣を腰から抜き去り、目視できない程の速さで飛び上がる。木の枝の先、葉っぱを切りつけた。着地する間もなく右に左に、上に、斜めに飛び跳ねては縦横無尽に木々の合間を飛び回る。両手の短剣を逆手に持ち変え、木にぶつかりそうになるとヒョイと両足を揃えて踏み込んではまた飛び跳ねた。まさに宙を舞うとはこの事だ。正味、人間技では無い。

 そんなこの世のものとは思えない芸当に舌づつみしてしまうこの光景が、最近は3日、4日と続いている。僕らはいったい何を見せつけられているのか。


 いや、でも。うん。わかる。わかるよ。でもね、分からないんだ。これはいったい、本当に、ねぇ。

 

 ……フィオンちゃん。

 

「いったいまじで!!どういう原理!?凄すぎない?なんでそんな世界の理を根底から覆すアクロバティックな事できんのさ!?重力なんてもの、ガン無視してるじゃん!こんなの見せられたらドラゴンも腰抜かすよ!?僕はもう抜かしてるからね!?」ヘスムス王国の貴族、ヤネストライネン・ホリボック(通称ヤン)は目を丸くして驚愕する。

「ガッハッハ!!ヤン!ぃぃじゃねぇかぁ!嬢ちゃんのやってみるって1週間、鍛錬のたまものだぜ?なぁ?最初はただ走ってたら木にぶつかってたんだ。ガッハッハ!やるときゃやる嬢ちゃんが俺は好きだぜぇ?!」

 背の小さなドワーフ、“赤髭”のゴルディ・ダンクはヤンの横に並び一緒にフィオンの“訓練”の様子を眺めていた。

「いや、だからたった1週間やそこらでここまでになるの意味が分からないから!……どうなってんのよ。一体。」

 

 ヤンの話し声に気がついたフィオンは宙に浮きながらひょい、とバク転しながら上手に着地する。「あーあ、聞こえてるってば。よっしょっと。」ひとしきり動き回ったせいかフィオンの額は大粒の汗を流していた。

「いやぁ!何でって言われても私も分かんないんだもん。でもこの剣を使ってると凄いんだよ?身体から体重が無くなるっていうか、風みたいにふわふわ流れるって感じなんだよね!!でもまだまだスタミナが足りないしイメージ通りにならないの。出来ても10分くらいなんだ。ヤン、あなたもやってみない?」

「いや、僕に扱えるものではないよ。古代聖遺物は選ばれるから意味がある。けど正直ね。君がティルフィングをもらっていろいろ試したいし嬉しいのは分かる。それは誰だってそうさ。古代聖遺物だもの。でもフィオンちゃん……。後ろ。」

 ヤンは後ろを振り向き、焚き火の側でその様子をじっと眺めているハルにチラッと視線を向けた。

「ん?」フィオンもハルをチラッと見る。

 

「···············。」不機嫌な顔でムスッと見ていた。

 

「ここんとこずーっとムスッとしてるからね彼!?フィオンちゃんが構ってあげないから訓練始めてからずーっとずーっとムスッとしてるからね!?!?」

「ガッハッハ!!若いっていいじゃねぇか!!ハル!イライラしてる時はイノシシ肉だ!俺といっちょ狩りにでも行くか?それともやるか?訓練。」

「·····もういいよ。ダンク、ありがとう。フィンがティルフィングを持ってから、少し遠くに行ってしまったみたいで、僕なんか……。」

 ハルはずっとこの調子だ。そしてそんなハルの弱腰に今度はフィオンの顔が赤くなる。明らかに怒りが込み上げているのが分かった。

「あー……。これは、ヤバいやつだ。」

 ヤンとダンクはそっとその場を離れた。

 

「ねぇ、ハル。··········ばっかじゃないの!!!?いい加減にして!!私はハルにばっかり守られてちゃダメだからこうやって戦えるように練習してんの!ハルが落ち込むなら勝手にしてよ!!」

「……。」ハルは何も言わず、目線を外した。

 ヤンとダンクは後ろ向きになって聞いてないふりをしている。まぁ、なんとなくだがハルの気持ちは分からなくもない。

「ハルのバカ!私だって戦えるんだからね!」

「そっか、そうだよね。フィン。僕が君を守るって約束したから、強くなっていくフィンを見るのがちょっと複雑だったんだ。不機嫌でごめん。けどフィンはもう、とんでもなく強いよ。さすが古代聖遺物。その力があればきっとドラゴンとも戦えるはずだ。」

「いやいや!それでも私はハルに勝てないよ。だってハルには勇気がある。私にはないから。それに、自然の中にいるハルはなんていうか、”気配”がしなくなるんだもん。昔っからだよね。エルフ狩りから逃げてこれたのだってハルのおかげ。だから凄いのはハルだよ。私は凄くない。凄いのはティルフィングなだけ。私は何も変わってないんだ。昔から、弱虫なままなんだよ?」

 

 ダンクはフィオンの言葉の意味を理解した。 

 バコスデとの戦いの中で彼は2度も魔術師の認知外から矢を放ち当てるという芸当を見せたからだ。そこに居ながら“気配を完全に消す”という極めて難しい事をやってのけた。殺意を無くす、が正しい表現なのか。だから魔術師を撃退出来たと言っていい。フィオンがアルヴの神々からティルフィングを授かった事は不思議な巡り合わせで摩訶不思議な奇跡とも言うべきだが、ハルもまた不思議な力を宿している。この小さなエルフの少年少女には驚かされるばかりだ。親父が託したのも頷ける。

「ガッハッハ!ハル!結局は褒めてんじゃねぇか!嬢ちゃんには適わねぇなあ!尻に敷かれてんぞ?いい嫁さんになるんじゃねぇか?ガッハッハ!」


「こらー!ダンク!茶化さないで!·····///。これだからあんた達ドワーフは!」フィオンが顔を赤くしながら、赤髭をたっぷり蓄えた陽気なドワーフ、ダンクをたしなめた。

「あはは。フィンは幼なじみだからね。昔からこんな風にいつも怒られるんだよね。フィンごめん。大丈夫だ!」ダンクの言葉で気が晴れたのか、ハルの表情も明るくなった。

 

「幼なじみ……ハルのばか……。」

 

「はぁ〜〜。やれやれ。」

 ヤンの耳にはフィオンの小さな呟きが聞こえていた。もう一緒になっちまえよ!と言わんばかりの盛大なため息と共に、今の自分達の向き合わなければならない問題について語り始めた。

 

 実の所、こんな森の奥地で仲間同士じゃれあっている余裕は僕らには無かった。


「ともかくだ。ハルもフィオンちゃんもダンクも聞いてくれ。これからどうするかって話。正直、こんな森の中をいつまでも徒歩で進んでたら“エルフ狩り”にあっという間に追いつかれるし、もう追い越されてるかもしれないよ?ヤバいんじゃない?街道はもっとヤバいだろうけどさ。それにしたってだね。馬がいないんじゃどうしようもないでしょ。馬だ。馬なんだ。そう、馬が必要だ。わかる?徒歩は遅い。遅くちゃ間に合わない。そしてこれが1番重要。·····ほんと疲れる。毎日毎日焚き火を囲んで、歩いて、狩りをして、採集して、これじゃ旧イスラン王朝時代に戻っちゃうじゃないの。だからね、さぁ!ハル!君が決めろ!危険を犯して街道から街を目指すか。それとも時間がかかってもあそこに見える鉱山を歩いて越えるかだ!」

 3人がハルを見つめる。

 

 ヤンは大陸南方ヘスムス王国の貴族。ヘスムス王エンリル・デルフィニウムの命を受けアングリア地方最大のアン・イグというエルフの都市を目指して旅をしている。アズムン王への極めて重要な伝令の為だ。ヤンにとってはハル達は護衛の役割を果たしているのだが、何日も野宿しながら徒歩で進んでいてはいくら森が近道だとしても1人で進んだ方が早い。一刻も早く馬を手に入れ、旅を加速させる必要がある。


「ん?ヤン、今何て言った?」

「だから街道で馬を奪うか、鉱山か、だよ。それがどうしたんだ?」

「鉱山ってなんでわかったんだ?この匂いか?」

 ヤンは木々の隙間から遠くに微かに見える山を指さした。

「あの山をよく見なよ。岩肌が削られてるし、煙みたいな匂いが微かに風に乗ってきてる気がしたんだ。確か君は鼻がいいんだっけ?」

「鼻は良く効く。硫黄みたいな。」

「なら間違いない。あの山は鉱山だ。あの規模の鉱山なら鉱山労働者が沢山いる。麓にキャンプか村があるかも。で?」

「荷馬車があるだろう?」

「で?……。奪っちゃうのか?」

「雇えばいい。」

「雇う?金は?」

「ある。」ハルは懐の巾着袋から2枚のガレー硬貨をヤンに見せた。

 

 ガレー硬貨は一部のエルフ族に流通する1枚当たり1000ガル程の値が付く貴重な硬貨だ。大都市のレートでは1200ガルにもなる。分かりやすく言えばパンが1ガル、エールは2ガル程、鎧と武具であれば1セット500ガルで揃う。

 

「はああああ?!いや、ちょ、待って!?!?こいつめちゃくちゃ金持ちじゃないの!」

「ガッハッハ!こいつは驚いたぜ!ハル!!ガレー2枚か!なんでそんなの持ってやがる。」

「アラカムが血の鷲団に襲われた時に村の倉庫に一旦身を隠したんだ。その時に、まぁ、なんていうか、くすねた。」

「ハルってそういうとこあるよね。それ重罪だし。盗賊ハル団結成かな?じゃあ馬も奪っちゃえば!」

「ガッハッハ!大したもんだ!」

 

「はいはい!皆脱線してるよ!ガレーがあるならとにかく鉱山だ。まずはあの山まで行ってから考えよう。血の鷲団に待ち伏せされてる事も考えなきゃいけないよ?正直僕はエルフ狩りなんて避けたいけど。」


 そう。ヤンの言う通りだ。

 

 故郷のあるヴェゼット公国では、前王亡き後に女王レメナード・バッカスが即位し、すぐさまそれは始まった。

 “エルフ狩り”だ。彼女は各地の盗賊団をかき集め、国中の非人間族を惨殺・追放する為に報酬を用意した。レメナードが何故そんなにエルフを嫌うのかは分からない。アスラ真教の後ろ盾を持ち、北方最強のレスデン帝国との同盟も囁かれている。レスデンこそアスラ真教の総体であるからだ。だが実際にそれはエルフの居住地を奪い、たくさんのエルフが犠牲となっていった。今も。そしてヴェゼット、レスデンの思想はシルヴィア王国でも踏襲された。

 エルフ狩りの中でも、“血の鷲団”はリーダー格の一団で、首領ゴース・シレッセンは特に残虐と言われる。逃がしたエルフはいない。どこまでも狩り尽くす事から“エルフ狩り”という総称となった所以。

 要は彼らに追われている。なぜなら、僕らは逃げたからだ。彼らからすれば僕らをこのまま逃がせば名誉に傷が付く。殺しの名誉がそうまでして大事なのか。出来れば戦わずに避けたい。だが、彼らに復讐を果たしたい。

 脳裏にこびり付いたあの日の燃えたアラカム村が、復讐への炎となって仕方ない。だから待ち伏せなんて別に問題にならない。だが、それはエゴだ。ヤンにとっては血の鷲団との抗争は避けなければならない事で、無事にアン・イグへたどり着くのが使命である。そもそもダンクは彼の新たな護衛だ。全員が危険を犯す必要もない。

 

 ハルは立ち上がり3人に告げる。

 

「ヤン、ダンク。僕とフィンはどうせ血の鷲団からは逃げられない。いずれ戦わなきゃいけないと思う。もし2人がその時に危険になるなら逃げていい。ヤンはアン・イグへ行かなきゃならないからね。フィンもだよ。いざとなれば君も逃げていい。これは僕の戦いだ。それでいいか?」

「ハル。1人にさせないよ。私も戦うからね。」フィオンはティルフィングをチラッと見た後、立ち上がりハルを見据えた。ダンクも勢い良く立ち上がる。

「ガッハッハ!おめぇらよ、ここまで来たからにゃやるしかないぜ。もちろん俺はやる。エルフ狩りを狩るのは俺達ゴルディ家の十八番だぁ。それによ、ヒェンもマフェットも、そして親父も、“ヘイヤの宮殿”で待ってんだ。⋯⋯死ぬのは怖くねぇ。」


 “ヘイヤの宮殿”。⋯それはドワーフ族にとっての天国のような場所だと言われている。

 アルヴ信仰には様々な神々が登場するが、ドワーフの信仰には主神2神が存在する。ドワーフに創造と鋳造技術を与えた山と石と鍛治の神ケルヌンノス。そして公正、秩序と商業、海の神アヌだ。ケルヌンノスとアヌの子供が“ヘイヤ”という。

 神話において、名も無き巨人はドワーフの為に聖地グラズヘイムに巨大な宮殿を創造した。それはドワーフの勇敢なる戦士を集め、また勇敢なるヘイヤと共に翼の生えた大蛇“レンオアム”を打ち倒しに行く為だ。この世界でヘイヤは勇敢に戦ったドワーフを選別し、その魂をヘイヤの宮殿へ連れていく。そして魂は宮殿で再開を果たされる。生まれ変わる事はない。その者の魂はレンオアムとの戦いの為に備える。

 勇敢であればヘイヤが迎えに来る。死後ヘイヤの宮殿に行く事はドワーフ族の名誉であり悲願だ。ドワーフが名誉や誇りを重んじ、戦士や商業で功を成し続けている理由はそこにある。

 ダンクもしかり、その精神性は勇敢なドワーフそのものだった。


「ダンク。やっぱり君たち一家はすごいね。ありがとう。ゴードンさんにも。」ハルは目を閉じながら感謝を伝えた。エルフ狩りと戦う覚悟が出来たのは、ダンクの父、ゴルディ・ゴードンの後押しがあったからだ。計り知れない恩がある。出来れば生きていてほしい。


「ガッハッハ!あとはヤン、おめぇだな。」尚も倒木に腰掛け頬杖を付きながら聞いているヤンに3人は目を向けた。

「はぁ。まったくなんでこう、君たちはいつもいつもそうなんだ?死にたがりの脳筋共。」ヤンも立ち上がる。「はっきり言うが!!僕は命が1番大事だからな!!でもまー。そう。戦えないなりに知恵は貸せるはずだ。使命を果たす。ミーナ王女がヘスムスで待ってるからさ。だから約束してくれ、ハル。何があっても僕を守るんだ。全員生きてアン・イグへ行くぞ!!」


 “おう!”


 ――――未だ何者でもない4人の若者達は森の中を力強く歩き出した。




 ――――――――――――――――




 その鉱山の麓の村は、以外にも規模が大きく、家々が立ち並び、野菜や果物を売るドワーフの商人や鉱山で取れたであろう鉱石を運ぶ労働者とその家族などで賑わっていた。位置的には丁度アンブリデンとシルヴィア王国の境か。鉱山を北側の背にし、色んな人が街を行き交っていた。

 平和な雰囲気に安堵する。森を抜けた先の、尚も森の中の開かれた村ではあったが少し腰を落ち着けそうだ。

 そして、村人も労働者も皆エルフ族。珍しくもここはエルフの鉱山だった。··········エルフ狩りなんて噂も出回ればすぐに放棄されるかもしれないが。

 ちょっと不思議なのが、村のあちこちでドワーフの装飾が施された金色の鎧に身を包んだアンブリデンの兵士の姿を見かける。鉱山労働者であろうエルフもいるにはいるが、鉱山の規模にしては数が圧倒的に少ないようだ。兵士の方が多い。何か理由があるかもしれない。治安ではなく政治的な。だが今は疲れた身体を休ませたい。旅に休息と安堵は必需品。

 

「ねーねー、⋯ハル。」フィオンはハルの袖口をつまみ何か言いたげだ。多分、分かってる。フィンは女の子だから。

「ずっと森の中だったからね。いいよ。まずは宿だ。お風呂入りたいんでしょ?」ペプトンに着いたときと同じ会話で少し微笑ましい気持ちになった。懐かしいな。

「やったぁ!!おっふろ!おっふろ!」

「そんなに嬉しいの?じゃダンクも先に宿に行っててくれ。フィンを頼む。」

「はいよ。じゃあ悪いが先に飲んでてもいいんだな?俺に禁酒は無理だぞ?!ガッハッハ!」

「構わないさ。但し、くれぐれも素性は明かすなよ?ダンクが1番心配だなぁ。」

「あたりめぇよ!ガッハッハ!心配すんな!じゃ、嬢ちゃん。風呂と酒と飯だ!奢るぜ?!」

 すぐに2人は村で1番大きな建物、宿屋に向けて歩いていった。

「あーあ、僕も脚がパンパンなんだけどねぇ。クソ生意気なエルフと何するのさ。まさか僕らで馬屋の偵察?着いたばかりで罪を犯せって?」ヤンが残念がる。

「ヤン、仕方ない。フィンもダンクも脳筋戦士だ。知性のある僕らがやる事は?……そう!聞き込みだよ。」

「うえー⋯⋯。地道な事を貴族の僕がか?そして残念ながら君が1番脳筋だからね!?自分が知的とか頭大丈夫か?」ヤンがハルの両肩を抑えてツッコミを入れた。

「うっさいな〜!バカ貴族。ほら!村の詰所だ!行くぞ?夜には酒も飯もたらふくでいいから!」

「赤髭みたいに扱うな!さっさと終わらせるぞ!」


 2人は村の詰所に入っていった。

 入るや否や、中の人達の視線が一斉に集まる。よそ者の風貌に皆怪しんでいるようだ。町の詰所には様々な依頼が書かれた掲示板を眺める兵士や、配達人が役人へ宛先を確認している様相が見て取れた。

 

 情報が欲しいだけだが僕らはボロボロの旅人だ。よそ者はどこに行っても歓迎されない。ましてヤンはエルフではなく人間だし、ここでは無理そうだ。町に出て村人を訪ねよう。

 

 “お?なんだ?兵士以外の珍しい客人じゃ。待て”

 

 すぐに出ようとすると、アンブリデンの鎧の兵士と、貴族の成り立ちをした老人に引き止められた。2人ともエルフだ。ハルはすぐに質問する。

「聞きたい事がある。アン・イグへ行きたいんだが馬車は雇えるか?街道は盗賊に遭遇するかもしれないから森を来たんだ。」単刀直入に質問するが2人はハルの装備をまじまじ見るや目を合わせ頷きあっている。

 

「おーい?。いやいや、ハルの質問に答えなさいよ。馬車は僕の3人の仲間がきちんと護衛しますが何か?貧相な我々一行には馬車を雇える金なんてないと!?はっはっは!残念でした!なんと僕らは――――」ヤンの得意げな交渉を遮って、老エルフは聞き返す。

「のぉ!護衛するというと、はて君たちは戦士か!?」細目の、多分エルフの年齢では200歳を超えているだろう老エルフはにこやかに微笑んだ。

「僕が戦士に見えるのか?僕はヘスムス王国の――――。」

「違うわい。そっちの小さい方じゃよ。お前はだめじゃ。」ヤンには目もくれず、老エルフはハルをじっと見つめた。ハルも“小さい”と言われてしまい、気にしているのか眉間にしわを寄せていた。

「ハルくん?この方々は少々我々を馬鹿にしすぎて失礼だ。もう帰ろう。嫌だ。この人は嫌だね。宿に戻って休もうじゃないか。」

「いや、ヤン。僕らは情報がほしい。少しイラッとするけど聞くしかない。」

「へいへい。」ハルとヤンは小テーブルに腰掛けた。併せて兵士と老エルフも腰を掛ける。


「村長が失礼をした。私はこのヒャーレン村の兵士長をしているコルグ・アン・メラーホルンだ。こちらの村長は……。」

「儂はかつてアンブリデンで騎兵隊を率いレッドソーとの戦争を生き抜いた“ティアマトの鷹”ことダラク・シャマフじゃ。覚えておけ、若造共。戦士を引退しこのガレント鉱山で働いておる。」ダラク村長はまたも話を遮り丁寧ではない自己紹介を流暢に語った。

 

「あぁ、はいはい。ティア……なんとか村長だね。で?そんな若造共に何か?…………え、いや、まじ?今なんて?ここがガレント鉱山!?あの天下のガレント鉱山!?もっと凄い所だと想像してた!」

「メラーホルン、儂はこの気色悪い色男が嫌いじゃ。お主から説明せい!」ヤンとダラク村長は初対面で嫌味を言い合い険悪な雰囲気を作っていたが。案外彼らは似たもの同士なのかもしれない。兵士長がまぁまぁ、と2人をなだめた。

 ゴホン!と気を取り直しメラーホルンは町と、町の不穏な雰囲気について語り始める。

「まぁ、悪気はないんだ。私から説明させてもらう。」

「あぁ、そんなに時間もないから手短に頼む。こちらもヤンが失礼をした。」丁寧なメラーホルンにハルも少しお辞儀をし詫びた。


「ガレント鉱山は丁度、シルヴィア王国とアンブリデン地方の境目に存在してるんだ。実は、この鉱山ではガル硬貨の原材料となるガレントーンという鉱石が算出される。アンブリデンではここと、あと3箇所くらいしかない貴重な鉱脈があるからね。」

「そうそう。ガレント鉱山って言ったら中央諸国が皆欲しがって歴史的にも何度も争いが起きた所と聞いてるしね。しかも、だ。ここでは貴重なゲノアサイトも発掘されている。⋯⋯おっと失礼。ティア村長様がお怒りだ。」ヤンが得意げに補足する。ヤンが話し出すとあからさまにダラク村長は不機嫌な顔を見せた。これが同族嫌悪というものか。

「まぁまぁ。2人とも。その通りですからね。実はこの鉱山のさらに北、反対側のシルヴィア王国にもリヴモーアという鉱山都市があり、ガレントで鉱脈を掘り当てたのです。要は彼ら人間族と我々でガレントーンとゲノアサイトを分け合っていたのですよ。しかし、シルヴィア王国はもはやランコルン王の命令でアスラ真教過激派として人間族の勢力を強めていきエルフは悪、との考えがあっという間に浸透していきました。それゆえ、鉱山の中ではお互いを敵と認識し貴重なゲノアサイトを採掘する度に、奪い、奪われ、を繰り返してきたのです。」


 あぁまた、戦争の話だ。こんな山奥の鉱山でもまたアスラ真教だ。平和なエルフの村でも安心して過ごせる場所は存在しないのか。中央諸国はアスラ真教と一部の信仰心の強い信者によってエルフ族は崩壊の危機を迎えている。要するにゲノアサイトとかいう鉱石欲しさに国同士の火種が鉱山の煙と共に燻っている訳だ。

 

 ハルは頭を抱える。まさか鉱山の反対側の街を潰せって言うんじゃないだろうな。

「だから鎧を纏った兵士が多いのか。それで?ゲノアサイトっていうのは何だ?」

 

「ゲノアサイトは鉱山で奇跡的に採掘される稀少な鉱石で、“一定量のカオスを吸収する”力を秘めています。国は是が非でも欲しいもの。魔術師に対抗しうる力ですからね。ドヴァーキン宮殿は優先譲渡権をヒャーレン村へ課し、見返りにリヴモーアとの争いで優位性をもたらそうと兵士を多数、村の防護と自治の為に送り込んでいます。私もそう。」

「それが僕たちに話をした理由か?さっき村長が護衛、って言葉に反応したがこれだけの兵士がいれば採掘の護衛なんて簡単なはずだ。」

「それが……。また、別な問題があるのですよ。順を追って説明します。実はシルヴィアとの争いは、リヴモーアとの話し合いにて解決しているのです。お互い、殺し殺され、の連鎖は断ち切りたく半年前に会合を開きました。鉱山内での採掘場所を丁度半分に区切る事としたのです。それにより、鉱山労働者は奪われる心配が無くなり働きやすくなりました。それでも一部の者は奪い合いをしてしまいますがね。仕方ありません。ゲノアサイトの発掘者は報酬が倍違いますから。」

「なら別の問題とは?」

 ハルとメラーホルンは真剣に話をしていたが、ダラク村長とヤンは互いにテーブルを指でトントン叩きながら話そっちのけで睨み合っていた。

「最近、ヒャーレンでもリヴモーアでも、ガレント鉱山内で労働者や兵士が行方不明になる事件が頻発しているのです。原因が分からず、我々は兵士を10名送り込みましたが誰も帰っては来なかった。労働者の中には、ソレを見たという者がいるのですが、“ドラゴン”に襲われた。と言っていました。」

 

「ドラゴンだと!?」ハルとヤンが勢い良く立ち上がった。

 

 ハルもヤンもドラゴンを見た事はないが、実在しさらに近い未来に奴らは復活する事を知っている。フィンはまさにドラゴンと戦う戦士として神々と古代聖遺物に選ばれているのだから。

 

 まさか、既に厄災は始まっているのか?だがしかし、鉱山の中にドラゴンが単体で巣食う訳がない。厄災とは“無数のドラゴンが世界を襲う”とされている。


「ハル、きな臭くなってきたじゃないの。まさかドラゴン、とはね。ガッハッハって笑いたくなっちゃうよ。」

「ヤン、続きを聞こう。メラーホルンさん頼む。」


「えぇ、笑っちゃいますよね。でもそれはリヴモーアでも同じでした。そして彼らは戦士を募り、2日前有能な2人組の戦士を送ったのです。しかし··········。」

「まだ帰ってこないのじゃよ。」ダラク村長が続ける。「もう分かっておろう。メラーホルンの元に来るドヴァーキンの兵士は左遷させられたか新米かのどちらかなんじゃよ。残念ながら使い物にならん。鉱山に近寄る者も減ってしまった。鉱石が取れなければ村は死んだも同じじゃ。有能なメラーホルンまで失う訳にはいかぬ故、強い戦士を探していた。」


 ――――なるほど。確かにおあつらえ向きだ。名も無き戦士。功績も実利もなく未知数。町の者では不可能。増援はなし。それで死んでも仕方ないで済むんだ。もしかして、リヴモーアが戦士を派遣した事実に対しての対抗からかも。戦死してもただの名誉の死とするだけかもしれない。正直、僕たちは馬車を雇えればそれで構わないし、断ってもいい。だが。


「同じだ。」ハルは唐突に答える。

「貴方達はエルフ族だ。僕も。何かを間違えれば、間違わなくても誰かの気まぐれで命を落とす事もある。それを見てきた。鉱山を巡っての争いに加担する訳にはいかない。僕たちには意志がある。だからダラク村長、応えてくれ。何のためにこの仕事を僕たちは引き受ける?」ハルは青い目でまっすぐ、老エルフを見つめた。


「そうか、貴様は本物じゃのぉ。簡単だよ。労働者の為だ。鉱山の魔物のせいで大事な家族を亡くした者、働けなくなって町を出た者、労働者の為に作る作物、色々ある。皆、この町が好きなんじゃ。儂も。鉱山は儂の為でもドヴァーキン宮殿の為でもない。労働者の為のガレントなんじゃよ。小さいの、明日、鉱山で待っておるぞ?」


 2人は静かに詰所を後にした。

 老エルフは微笑みながら2人を見送った。

 

「のぉ、メラーホルン。」

「何でしょう?」

「久しぶりに本物の戦士を見たのう。」

「えぇ。強そうでした。ただ体つきはちと……。」

「違うわい!バカタレ。戦いに戦う意味を求めておった。貴様ら雇われ兵士とはまるで違う。」

「はいはい、すみません。」

「若くして死線をくぐった証じゃよ。奴らはこの仕事を受けるはずじゃ。報酬を用意しておけよ?800ガルに馬4頭じゃよ。」

「!?。破格ですね。わかりました。えーと、そう。何でしたっけ?ダラク・シャマフ村長殿。」

「それとな、メラーホルン。」

「何でしょう?」

「エルフ狩りが来るかもしれない。街道沿いの監視を強化した方がいいのお。」

「何故そう思うのです?」

「森を抜けてくるなど逃げている理由にしかならんじゃろう。十中八九エルフ狩りじゃ。貴様らが“最強の兵隊”だとしてもエルフ狩りの奴らはリヴモーアのガキ共とは訳が違うようだからのう。」

「はい。そうですね。」


 メラーホルンは老エルフの前に膝まづき右手で左胸に掘られたその金色の証を押さえた。

 

「わかりました。陛下。ここからは私の仕事です。胸に宿した金色の獅子に恥じぬよう尽くします。“獅子王”ダグラス・レオン閣下。彼らが無事魔物討伐に成功した時は、早くドヴァーキン宮殿へお戻り下さい。油を売っていてはオラルソン将軍よりお叱りを受けてしまう故。」

「はっはっは!オラルソンもアイリークも今頃カンカンじゃろうて!」

「も〜!何ですかティアマトの鷹って。知りませんからね。」

「皆を騙してすまんの。お前には感謝している。」

「陛下……。いいですよ。いつもの事ですから。」



 

 ――――――――――――

 



 「――――という、話があったんだ。」

 ハルとヤンは、先に宿の部屋で足を伸ばしていたダンクとフィオンに詰所で話された内容を説明した。

「“ドラゴン”とは大きく出たな!ガッハッハ!俺は構わないぜ?鉱山を守る為だろ!人助けならぬエルフ助けだ!」

「あたしもおっけーだよ!こんなに兵士が多いならエルフ狩りも近づけないって。」

 予想した通りの反応だった。ヤンは怪訝な表情になる。

「いやいや、2人共考えてよ。旅の目的からは外れちゃうんだから。あのクソジジイの思惑に乗せられる必要ないからね?危険すぎる!僕は反対だ。あぁ、反対だね。絶対的に反対だ。先を急ぐべきだ。」

 

 フィンもダンクも賛成のようだがヤンは相変わらず旅の足止めには反対していた。だが、立ち寄った町がその度に危険に晒されるのは無視出来ない。ペプトンの例もある。あの町は血の鷲団によって住人皆、皆殺しにされたんだ。

 

「ヤン。反対するのは理解できる。けど1日だ。1日だけ待ってくれ。君は鉱山へ入らなくていい。明日はここで待っててくれ。頼む。」

「当たり前だ。自ら死にに行くみたいなもんじゃないか。提案だハル。……申し訳ないけど。悪いがガレーは預かる。君たちが戻らないならば僕は兵士と馬車を雇ってアン・イグへ向かう。それでどうだ?」

 ハルは数秒考え込むが、答えは決まっている。

「··········わかった。ヤン。これは渡しておくから。」

 ハルはガレー硬貨と数百ガルの入った巾着袋を手渡した。

「ハル!それはハルのお金だよ!!渡しちゃダメだよ!」フィンが憤慨して巾着袋を取り上げた。ハルもカッとなる。

「おい!いい加減にしろ!!ヤンはアン・イグへ行かなきゃならないんだ!わかってるだろ!ヤンは金を持って逃げる奴じゃない!必ず1日待つ。それをヤンに渡すんだ!」

「……わかった。ごめん。それを持っていかれるかもって思っちゃったんだ。」フィオンが渋々とヤンに返した。


 あーあ。あー··········。

 ほんとーに。まったくもって最高だね。

 

 ――――もう、このまま逃げようかな。


 まぁでも、こいつらといるのが楽しいと思ってしまっている自分もいる訳さ。何日も一緒に居たんだから。

 なぁニム、ネイト、お前達ならどう思う?きっと“男爵さまが決めてくださいよ”って言うよね。ハルは底なしに人を信用してる奴だ。種族の違いなんてお構い無しにさ。みーんなそれで奪い奪われ喧嘩してるってのに。

 エルフはいいよ。種族皆仲良しで。長生きな分おっとりしてる奴が多い。僕ら人間は平気で裏切る。明日は我が身だ。殺されるのなら躊躇なく人を殺す。

 そんな奴らと一緒にいて分かった事があるんだ。非人間族はストレートにまっすぐに想いを伝える。だからハルは迷いなく僕を信じていると分かるんだ。

 彼らを置いて先に進むなんて出来ないよ。ああ、そうだ認める。悔しいが。

 したくないって思っている自分がここにいるじゃないか。


「フィオンちゃん。」

「何よ。」

「ありがとう。」

「……バカ貴族。」

「皆、こないだ言った言葉覚えてる?忘れてない?」ヤンは巾着袋を握りしめ右手の拳を突き出した。

「ガッハッハ!忘れる訳ねぇ!おめぇにしちゃかっこよかったからなあ!」ダンクも拳を作りヤンと合わせた。

「ヤン、ありがとう。信じて良かった!」ハルも倣う。

「バカ貴族!当たり前でしょ!?」フィオンも拳を作り3人に合わせた。

 ハルは一瞬目を閉じすぐさま大きく見開く。

 

「全員、生きてアン・イグへ辿り着くぞ!!」


 ――おう!!!


 


 ――――――――――――


 


 翌朝は生憎の大雨だった。アルヴ信仰においてはこんなどしゃ降りの日を、名も無き巨人がミネルヴァに恋をしたから、”妻のイスが悲しみにくれている”。等とよく言うものだ。神々がいてもいなくとも、雨は雨。 

 4人は町を抜け、ガレント鉱山の入口に着く。色んな匂いが入り交じりハルは鼻の辺りが気持ち悪くなる。

 鉱山の入口に立ち雨をしのでいるダラク村長の後ろにはメノーホルン、その他数名の兵士が姿勢良く気立していた。

「ほっほっほ。小さき戦士。待っておったぞ?……メノーホルン。」

「はい。これはドヴァーキン宮殿からの正式な依頼となります。戦士様。我々がなし得なかった仕事をお願いするのですから、破格の報酬を用意しました。魔物討伐にて800ガル。そして馬4頭です。」

 

「おーいクソジジイ。なんだいなんだい。改まってお見送りですかー?綺麗な貴族衣装も雨で台無し。しかも報酬が馬4頭とか。流石にドヴァーキン宮殿様は違いますなぁ。どうせ死にに行く名も無き戦士だとタカをくくってんのかな?まぁ僕はここで待たせてもらうけど。」ヤンは鉱山の入口に胡座をかいて地面に座り込む。

 ダンクが村長をじっと眺め「おいおい……。」と何かに気がつき目と口を大きく空けるがダラク村長が少し微笑む。「はて、どこかで会ったかな?ドワーフ殿。儂はヒャーレンの村長じゃよ。」というと言葉を察したようで押し黙った。

 続いてハルが挨拶する。

「彼はダンク、こっちはフィオンだ。ダラク村長、メノーホルンさん。怪物退治だ、引き受けた。行ってきます。」

「気をつけて!!無事を祈ります!」メノーホルンは右手で左胸の紋章に手をやり深く頭を下げた。


 3人は程なくして鉱山の薄暗い闇の中に溶けていった。


「お主。」ダラク村長は不機嫌なヤンに話しかける。

「へいへい。じじい。なんだよ?」

「襟にあるのはヘスムスの紋章じゃの。」

「だから何だ!!」

 ダラク村長はやせ細りながらも沢山の古傷を付けた左腕をまくりあげると、肩に入れたタトゥーを見せた。獅子にクロス、ドヴァーキン宮殿のものだ。そして、、。

 

「儂の名はダグラス・レオン。“獅子王”と呼ばれている。」

 

「な!なんだと!?獅子王!?馬鹿な!!そんな嘘を!!?あんたはティア……なんとか鷹じゃ!?」

 メノーホルン、以下その場の兵士達は膝まづいて胸の紋章を押さえた。

「すまんのぉ、ここの民にも内緒にしていたんでな。騒ぎにしたくない。お前の言う通り儂はただのクソジジイよ。ほっほっほ。魔物とリヴモーアが気がかりでな。どれほどの問題があるのか視察で来ていた。それがどうだ。それどころでは無くなったのう。残念ながら今さっき確信したんじゃよ。あの娘っ子の腰にあった剣はまさしく古代聖遺物かのう。するとアレか?メノーホルン。」

「2つ目の古代聖遺物が確認されましたね。半年前に魔術師ステラ・ココットがテラの頂ダーマにて持ち出したブリージンガメンと、フィオンという少女のティルフィング。これはまさしく……。」

「渦の厄災を予期するものかの。のうヘスムスの貴族。時間はまだあるんじゃろ?このクソジジイと長話でもしようか。何の目的があって旅をしておる?何を知っている。」

「···············。」ヤンは黙る。

 ダグラス・レオンはヤンの隣に同じく胡座をかいて座り込んだ。2人は尚、“イスの悲しみに暮れた”どしゃ降りを眺めた。


 ダグラス・シャマフ・アン・レオン。通称“獅子王”。

 彼はアンブリデン地方において中央集権的に統治する現ドヴァーキン宮殿の王だ。間違いなく、アン・イグのアズムン王に並び大陸中から尊敬と畏怖を集めるアンブリデンの最高権力者である。

 さっきダンクが驚いたのは会った事があるからだろうか。エルフ亡命の運び屋をしていたらしいから、ドヴァーキンには何度も足を運んだ筈だ。こんな所でこんな大それた大物と出会うなどそんな事があるのか。

 

 さーて、まじでどうしようか。

 この老エルフもまた、アレだ。忌まわしきヴィンガースフィアと同じで全てを見通す目を持ち合わせている。取り繕うか。いや繕っても仕方ない。世界の危機だし、国の王達は知るべき事案だ。


 あーあ、全く。最高だね。

  

 拝啓すみませんエンリル王、またもあなた様から受けた使命を侮辱致します。隣に腰掛けているのはダグラス・レオン様”獅子王”なんです、エンリル王。貴方よりも高位のお方なのですよ。仕方ない。仕方ないのです。

 ヘスムスのラーズ宮殿では中庭のユーフォルニアがふわふわと白く咲き誇る季節か。恋しいミーナの笑顔が脳裏に浮かぶ。

 

「おいクソジジイ。」

「なんじゃ?」

「びっくりしてぎっくり腰。にならないでね?」

「馬鹿もの、さあ話せ。」

「へいへい。」


 ヤンと獅子王は、降りしきる雨の中、互いに嫌味を言い合いながら今までの冒険の話を語り合い始めた。



 ――――――――――――

 


 ガレント鉱山は迷宮のように入り組んでいた。入り組んでいる、というのはいささか早計か。一本道だが右に左に通路が繋がり曲がり角が随分忙しい。奥になるにつれ、煙が吹き出している場所が増えてゆく。時折足元から小さな物、チューとネズミが横切ったり、頭の上を黒いコウモリがパタパタと羽ばたかせていたり、鉱山というよりもまさしく洞窟。

 松明を灯し、3人は奥へ奥へと進んでいく。ガレントは大昔から存在する鉱山だ。先人達が少しづつ掘り進めてきた道である。所々の土壁には採掘され尽くしたであろう鉱脈が点在していた。

 薄暗い中では松明の明かりだけが頼りとなる。鉱山の中にはいたる所に壁掛けの松明が置かれており、そこに手に持った炎を移しながら進む。1時間か。歩き続けた所で少し開けた場所に出た。そこには既に松明の火が灯され、出てきた通路の反対側にもまた通路が続いており、もう一方はさらに奥へ続く通路だろう。机や椅子、つるはしが沢山乱雑に置かれ鉱山労働の資材置き場に使われていた場所のようだ。3人は座り込み、少し休む時間を作る事とした。

 フィオンは辺りを見回す。

「あっち側に行けばリヴモーアに繋がるのかな。」

「だろうね。リヴモーアの雇った戦士が松明を付けてきたんでしょ。それにしても酷い匂いだよ。さっきから。」鉱山に入ってからハルはずっと鼻を抑えたり擦ったりしていた。

「大丈夫?水、ほら。」フィオンが顔を覗き込んで水を渡した。。

「うん。ありがとう。」

「で?どんな匂いだ?」

「いや、分からない。獣でもない、血の匂いでもない。ジメッとした、あぁ、なんだろ。生臭さで言うとにしんが発酵した感じと、硫黄、焦げ付いた腐敗臭。」

「まぁ確かに言われてみりゃそうだな。お前は鼻が良いからまさしくだろう。」

「ダンク。間違いない。何かいる。」

「奥の通路だな。ま、行くしかないよな。」ダンクは立ち上がりハルとフィオンに手を差し伸べた。

 

 さらに3人は奥へ奥へと進む。先ほどのような開けた小部屋をいくつか通過すると、今度現れたのは地下深くに続く巨大な穴のあるドーム型の空間だった。

 穴の内側には岩の壁に沿った下へと続く螺旋状の階段――のような足場――が続いている。いったいどこまで続いているのだろう。下からは蒸気のような煙がモクモクと立ち昇る。階段のあちこちにつるはしやスコップが置かれている。穴の内側の壁が鉱脈なのか、所々に立てられているのはアンブリデンとシルヴィアの紋章が描かれた旗。おそらくこの場所がゲノアサイトの採掘場所だ。例のごとく松明の明かりがそこかしこに灯されていた。そして、なんとも絶景である。

「ガッハッハ!こりゃすげえな。ここがまさしくガレントの心臓か!」

「ダンク、フィオン。少し匂いに慣れてきたよ。ここだ。どこかに魔物がいる。」

「おっけー。下に落ちないようにしなきゃね。落ちたら死ぬよこれ……。」フィオンは穴の下を覗いてみるがかなり深そうだ。

「行くか。」ダンクが足場に降りようと足を掛けた時だった。一瞬にしてハルの鼻の機能を無にする程の強烈な匂い。「ダンク!まて!」

 

 ギュギュギィィィィィィィィィィィィィッ!!!


 耳をつんざく金切り声。穴の下から勢い良くそいつがダンク目掛けて襲いかかった。

 その巨大な”蛇の頭”はダンクに容易く噛み付き咥えた。「くっそ!!」ダンクは斧で抵抗する。幸い胴に噛み付かれた為腕は自由に動かせる。手斧を巨大な蛇の頭に突き刺した。

「ダンク!助ける!!」ハルもすぐに矢をつがえ放つものの蛇はダンクをくわえたまま激しく首を揺らし動き回っている。「当たらない!!」

 フィオンもティルフィングを抜きふわりと飛び上がって巨大な蛇の体に1太刀入れるもヌメっとした表皮に阻まれかすり傷を負わせる程度。「ダメ!刃が通らない!」

「ちくしょー!!ふざけんな!」ダンクは尚も抵抗する。噛み付かれたとは言え痛みは無かった。しかし、ダンクの服が煙を放ち溶け始めた。「こいつ牙が無い!いや、毒か!?まずい!」


 ――――馬鹿が。ヒドラの巣に足を踏み入れやがって。気配も消せねえ奴が“そっちの戦士か”――――


 誰かいる。

 その男はその“ヒドラ”目掛けて目に追えない速さで回転しながら跳びあがり、ダンクをくわえた首目掛けてその両手に持った長い剣を振り抜く。

 グサァ!!鈍い音がしたと同時にヒドラは再び強烈な金切り声。ダンクを放り投げる。「チッ!切り落とせねぇ!」その男は空中で4、5回回転し着地。

「シャオ!」叫ぶ。もう1人の小さな影がどこからかまた目に追えない速さで男の切りつけたヒドラの傷口に剣を突き刺した。

「ダンクー!!!」ハルは放り出されたダンクの身体目掛けて走り込む。バキィ!!という嫌な鈍い音と共にハルとダンクは岩壁に激突した。

 ヒドラの首はその白い影が刃を突き刺し制したものと思われたが、首がズサァと崩れ落ちると同時にその後ろから別な、新たな蛇の頭が顔を出してこちらを睨んでいた。まさか……。

「こいつ!一匹じゃないの!?2匹!?攻撃が効かないのに……そんな!!」フィオンの足が震え始めた。先の渾身の1太刀も入らない強度に勝てる訳がない。ヒドラの新たな頭はフィオン目掛けて突進。

 「くっ!早い!んで何こいつ!めっちゃ臭いんだけど!」フィオンは間一髪で避ける。

「ボケっとしてんじゃねぇよガキ共。シャオ!一旦引け。」その男は気を失ったハルを抱え、急いでダンクを背に担ぎその魔物の巣から通路の先の採掘場まで後退した。シャオと呼ばれた白い影は跳躍しながらフィオンの手を取り後に続いた。


 ――――冷たい感触と頭痛に目が覚める。「··········いっつ〜。」ハルが覚醒すると眼前にフィオンの顔。目は泣いていたのか周りが真っ赤に腫れている。

「ハル!大丈夫!?」

「大丈夫だよ。気を失ってたのか。それよりダンクは?」

「ガッハッハ!俺も大丈夫だ!こっちの2人に解毒して貰ったんだ!ありがとう。まだ死なずに済んだぜい。」


 その者達は人間か。先程の人並み外れた空中での乱舞。只者ではない。リヴモーア側で魔物討伐に入った2人組の戦士とは間違いなく彼らだ。

 男は人間で言うところの中年で背は高く、長い髪を後ろで結い、両手には包帯を巻いている。腰の両側には細長い鞘と刃を伴って壁に寄りかかっては煙草をふかしていた。顎髭がよりワイルドな風貌を引き立たせている。人間の成り立ちだが嗅いだ事のない匂いがする。これは何だ?人間でもエルフでもない。

  

「てめぇらよ。ヒャーレンに雇われた戦士なんだろ?馬鹿か。こんな死の淵にひよっこ共送り込みやがって!」

「ダンクの毒は解毒出来たのか?あんた達は?あの怪物はいったい何だ?」

「おいガキんちょ。質問は1つにまとめろ。そのドワーフの受けた毒はわかってる。昨日俺もやられたからな。トリカブトとマラツカサとマンドラゴラの薬草でようやく解毒出来た。貴重な薬なんだがな全く。クソが。」男は煙草を吐き捨て靴ですり潰した。

「戦っていたのか?ずっと!?」

「ったく!いちいちお前に説明しないといけねぇのかよ!馬鹿が。仕方ねぇ。てめぇらの助けも必要だからな。あいつはヒドラ。首が9つある魔物だ。魔物ってのは渦の厄災からドラゴンに付き従ってきた子分みてえなもんだ。いるんだよ。あちこちにな。俺達は魔物討伐の専門家で依頼を受けてる。人殺しもするしな。」

「ヒドラ。首が9つだと?」

「あぁ、生憎首の付け根は四足歩行のどん亀だ。だが見た所気配の探知がかなり鋭い。それに強烈な匂いで錯乱させてくるわ口内の毒でじわじわなぶり殺すわだ。無闇に動けねぇんだよ。んでてめえらの登場だ。だがまぁ首をまた1つ落とせた訳だ。隙を付けた。」彼はまたもや松明の炎で煙草に火を付けた。

「ヒドラの首はいくつ倒した?」

「4つだ。あと5体残ってるが、そう簡単じゃねぇぞ。」男はシャオと呼ばれる少女をチラっと見ると彼女は小さく頷いた。

「協力する。僕はハル、ハル・メイ・スランズだ。」ハルはその男に手を差し伸べた。

「チッ。いきりやがって。コウドウだ。そっちはシャオちゃん。」コウドウはハルの握手に応え手を出した。「ん?おい、メイ。だと?」

「どうした?」

「……いや、気のせいか。何でもない。んじゃてめぇらの力を借りるのはしゃくだが人数は欲しい。作戦がある。」

「分かった。ダンク、動けるか?」

「あいよ!俺は大丈夫だ。嬢ちゃんは?」

「大丈夫だよ!私も戦える!ティルフィングで!」フィオンは剣の鞘を持ち上げた。


「…………あぁ!?」ティルフィングの名を聞いた途端、コウドウが口を、言い方は悪いが間抜け面で、ポカンと開けた。咥えた煙草が地面に落ちる。そしてシャオは目を見開く。

「な……ティルフィングだと!?」

「知ってるのか?」

「馬鹿な!どういう事だ!そいつは古代聖遺物の名だ。複製か!?」

「私が!ケルヌンノスからもらったの!!なんか文句ある!?」フィオンは不機嫌に言い返す。

「………………ハリの剣。それ、ハリの剣。」白装束に身を包み、深々とフードで顔を覆っていたシャオはボソッと呟く。初めて声を発した。「エルフ……名前は?」

「私はフィオン・メイ・マクリーン。ハルと同じヴェゼットのアラカム村だけど!だから何なの!?私は貴方の口から貴方の名前も聞いてないよ!?」


「……わたし、……リー・シャオ。……イチイの民。」シャオはフードを外し、まだ幼い、あどけない顔をフィオンに見せ片膝を付いた。

 

 ゴクッ。コウドウは大きく唾を飲み込む。 

 まさか、“あの”リー・シャオが主君と認めるのか?このエルフのガキを!?現ウルにも示さなかった忠誠を?何なんだこのガキ共はよ。“メイ・スランズ”に“メイ・マクリーン”だと!?俺達がずっと探してきた“メイ”の血筋なのか!?ティルフィングの持ち手はユーダリルの“導き手”。俺達イチイの戦士のまさしく主君だ!?こんな死の淵の洞窟で。

 だったらコイツらにはあるはずだ。“天然産”の“イチイの加護”が。そしてやはりウルの言う事は正しい。近いんだ。間もなく始まるぞ。クソッ。渦の厄災がよ。


 シャオに続いて、コウドウもまたフィオンに片膝を付き頭を垂れる。

「な、なに!」フィオンは彼らの突然の行動に戸惑うしか無かった。ハルもダンクも状況が飲み込めない。どういう事なんだ!?

「フィオンがどうしたって言うんだ!?おい!コウドウ!」ハルはコウドウの胸ぐらを掴み立たせた。

「チッ。生意気なエルフが。シャオがこの子を主君と認めたんだよ。つまり、あぁめんどくせえな。離せクソガキ。ヒドラ討伐が成功したら教えてやる。俺達がいてもあの怪物はかなり強敵だ。……ただ1つだけ教えてやる。」

 ハルは掴んだ胸ぐらを一旦離した。コウドウは一呼吸置く。「ふぅ。クソが。」

 

――――てめぇらの持ってる“イチイの加護”は“源流”だ。


「……ハル。ちょっと意味が……。」シャオは未だにフィオンの前に膝まづいていた。ただただ困惑する。

「フィン。まずはヒドラだ。終わったら全部説明してもらう。作戦なんてどうせ僕らを囮に使うんだろ?」

「はは!わかってんじゃねーか。だがちょっと違う。シャオちゃん、奴のカオスの場所は特定したか?」

 シャオはまた小さく頷いた。「…………胴。背中。かなり強度。……多分……水晶体。」

「ドワーフ。ダンクっつったか。お前と小娘、さらに、俺様とシャオの4人が囮だ。5体の首全ての注意を惹き付ける。そしてエルフのガキ。てめぇがコアを撃ちぬけ。弓だ。長距離射程があるお前がやるんだよ。」

「胴なんて地下深くなはず。どうやって近づけばいい。それに、弓でやれる強度なのか。」

「くくくっ!アッハッハッハッハッ!!馬鹿野郎が。簡単だろう。中に飛び降りろ。そんで死ね。大丈夫だよ、てめぇに“イチイの加護”があるならな!!」

「なんだと!?」ダンクが立ち上がり斧を掴む。

「ハル!ダメだよ!そんな危険な事!」フィオンも反対だ。

「いや、フィン。僕はやる。アラカムが焼かれた時にスグルドおじさんに言われた事を思い出せ。お前らには“イチイの加護”がある。生き延びろってさ。僕はスグルドおじさんを信じる。」この戦いで、それが何なのか分かるかもしれない。

「…………分かった。うん。ハルがそうしたいなら。……分かった。でも死んじゃ嫌だよ?」

「わかってる。それに完全にこの匂いに慣れた。さっきは不意を突かれたし匂いで集中出来なかったからさ。次は出来るはずだ。」ハルは弓を力強く握った。

「よし、決まりだな。チャンスは1度だ。消耗戦なら勝ち目はない。勝率を上げる為に奇襲で一体だけ4人全員で落とす。クソガキは気付かれずヒドラの感知外からタイミングを見極めろ。さぁ、行くぜ!」


 ギュギュギィィィィィィィィィィィィィッ!!!

 

 金切り声は相変わらず。先程の戦いで警戒を強めていたのか、穴から2本の蛇の頭が顔を出していた。まだ感知されていない。一体だけなら奇襲にもなっただろうが2体では難しい。


「2体だな。」”ガレントの心臓”への入口から顔を出しダンクが状況を確認した。

 いや、2体ならまだなんとかなるかもしれない。自分が囮になれば……。「おい、コウドウ。シャオ。俺が囮になる。2体同時に来た瞬間にどっちかが片方の攻撃を受け流したりすりゃやれるんじゃねぇか?」

「お前に死ぬ覚悟がありゃ可能だが?嬢ちゃんのティルフィングも頼りなんだが〜、さっきの攻撃力じゃなまくらも良いとこだぜ。エルドレッドも泣いちまう。」

「あたしはやれる!!」フィオンは黄金に輝く短剣を強く握るが、決意を妨げているのは先程から止まらない手の震え。

「ガッハッハ!!大丈夫か?震えてるぞ。散々と訓練したじゃねえか。思い出せ。それによ、こんな奴らの中じゃどう考えても俺だけが足でまといだ。俺には囮になるしか脳はない。だが殺られるつもりもねぇ。帰ってヤンの馬鹿野郎にどうだ!!見たか!!って言ってやろうぜ!?」ダンクはフィオンの手を乱雑にも優しく握ってあげた。「ダンク、、。ごめん、ありがとう。」

「よし、準備はいいな。」コウドウは合図を見計らう。奴らの一体が丁度穴の中に戻ろうとした瞬間。

「今だ!!」


「くらいな!親父直伝!」ダンクが飛び出し、腰に下げた袋から黒い玉を取り出し蛇の頭に投げつけた。爆発音と煙が辺りを包む。爆弾。蛇がまた金切り声で奇声を発する。効いてる!

 もう一体もダンクを睨みつける。よし、喰いついた。来る!蛇は2体同時にダンク目掛けて襲いかかった。「シャオ!」コウドウが叫ぶとシャオは目に追えない速さで蛇一体の首に身体ごと突撃し動きを止めた。

 もう一体にフィオンとコウドウが飛び込む。フィオンは今にもダンクに喰いかかる蛇の頭に飛び乗る。すぐさま両手にかざしたティルフィングを蛇の目に突き刺した。

 ギュイィィィィィィィィィィッ!!

 動きを止めた奇声を発する蛇の首に、コウドウが回転しながら斬り掛かる。5、6回は回転し斬撃を浴びせた。深い。そして圧倒的な演舞。コウドウがまた一体沈めた。

「シャオ!!そいつを惹き付けろ!残り4体だ!まとめて来るぞ!!!お前ら!一体づつだ!死んでも助けねぇからな!!」コウドウが叫ぶ。

 シャオは穴の周りを走りながら一体を惹き付ける。そして、穴の下からそいつらはまた勢い良く異臭を放ちながら姿を現す。残りの巨大な3つの蛇。

 

 ギュギュギィィィィィィィィィッ!!

 

 金切り声に耳がおかしくなりそうだ。ダンクはまたも爆弾を一気に投げつけた。斧を振り続けてきた賜物か、投擲の力は群を抜いている。ドゴォォン!と爆発音と煙の中で攻撃を受けた一体がダンクに突っ込む。「ガッハッハ!後はこいつ1本だ!」ダンクは向かってくる蛇に力強く斧を構えた。

 フィオンもまたティルフィングを手にふわりと飛び上がり、ダンクの投げた爆薬の風に乗る。そして剣を振る。「私もあれやりたい!!」コウドウの技でイメージ出来た。左右逆手に持ち替え、下から切りつければ何度でも回転出来る!1度の攻撃で複数の斬撃。だがパワー不足か。ヌメヌメした皮膚を破るまでの力は出せていなかった。一旦離れて間合いを取る。「くっそ!バカバカ!臭い!でも、、。何度でもやる!」

 そしてコウドウは最後の一体と睨み合う。

 なかなか突っ込んでこない。こいつは。「親玉かよ。いや、司令塔か。人間の脳みそなら前頭葉って言ったところか。来ねぇならこっちから行くぞ。」コウドウは右手に先の屈曲した大剣、左手に刃がギザギザした細長の剣を構えた。その時、対峙した蛇は巨大な口を開いて何かを吐き出す。避ける。その液体は紫色をしており、地面に当たるとブシューと辺りの岩や石を溶かした。「まじかよ。触れたら死ぬやんな。これ。」コウドウの頬に汗が伝う。「ちくしょう!こいつの脳天にぶっ刺してやる!!」コウドウは飛び上がり、斬り掛かった。


 ――――――みんな、頼む。耐えてくれ。

 

 ハルは巨大な穴の下を覗いてみる。下は煙でやはり見えなかった。ただ、ハルは姿を見せているのにも関わらず、ヒドラに感知されない。“そこに居ながら気配を消す”自分が小さい頃から持っていた力だ。いつからか分からない。集中すれば出来たんだ。

 ヒドラの胴の背中にあるカオストーンの水晶体。それを矢で射る。飛び込むしかない。空中で矢を放つ。それしかない。弓を持つ手が震えている。僕は強くない。フィンは勇気がある、と言ったけれど勇気も無くなりそうだ。怖い。

 4人を見る。それぞれが必死に戦っていた。シャオは動き回って撹乱してる。フィンも何度も避けては飛びかかる。ダンクは斧で攻撃を受け流しながら戦う。コウドウは流石だ。毒を避けながらも動きに無駄がなく、洗練された演舞で切りつけている。

 

 ···············もう、やるしかない。

 

 消耗すれば全員死ぬ。タイミングだ。

 

 集中。全体を見極めろ。怖さは捨てるんだ。

 集中。匂いを嗅ぎ分ける。

 集中。思考が透き通る。

 集中。まだだ。

 集中。弓を構えろ。

 集中。後ろへ下がる。


 コウドウがその親玉の頭に剣を突き刺す。深くはない。だが、隙を付くには十分だった。

 ハルは走り込む。そして巨大な穴の中へ飛び出した。空中で弓を構える。矢をつがえ、引く。どこだ、まだ見えない。集中しろ。身体が落ちていく。煙の中、キラリと光る。背中の水晶体。それだ!

 

「ああああああああぁぁぁ!!!」ハルが叫ぶ。気がついた蛇の頭がハルを見据えた。だがもう遅い。

 

「行けぇぇぇ!!!!!」ハルが矢を射る。その瞬間、波動のような衝撃波で周りが揺れる。矢は真っ直ぐにカオストーンの結晶体に向かっていく。

 

 パリィィィィィィィ!!

 

 矢はカオスの水晶体に命中し、それは粉々に砕け散った。そして、ヒドラの身体と4体の蛇の頭は黒い煙となって消えた。

 

「ちょ!!誰か!助けて!?」ハルの体は地面に急降下している。「…………。」シャオがハルの身体に飛び込み最下層へ着地した。


「はは。ありがとう!」ハルはシャオに手を差し伸べ、白装束の、無口な少女と握手を交わした。


「やりやがった!全く。ヒドラなんて高位の魔物は初めてだよ。クソが。」コウドウはその場でへたり込む。

 

「ムリムリムリムリ!!だめ!もう動けない!」フィオンは大の字に寝そべった。「ガッハッハ!大金星だな!ヘイヤの宮殿にはまだ行けそうもない!」ダンクはフィオンに駆け寄り水を手渡した。「神々に見放されてるねぇ!?ありがとう!」

 


 ――――――――――――――



「ところで、だ。」

 ヒャーレンへの帰路の途中、誰もが気になっていたであろう事をダンクが不意に口にする。

「報酬はヒャーレンとリヴモーアそれぞれ受け取るのか?ヒャーレンは人数分の馬なんだがなぁ。」

「まじかよ。太っ腹だな。俺達は500ガルだ。装備や薬で消えちまうが。ちくしょう。ヒドラレベルならその3倍はふっかけるべきだったぜ。」コウドウが残念がる。


 コウドウ、リー・シャオ。彼等が何者なのか分からないが確実に何かを知っている。聞き出すまでは離れるべきじゃない。それは彼等だって同じだろう。

 最初に出会った時の口の悪さや険悪さや敵意は、今はもう薄れている。そして彼は全て話すと約束したからリヴモーアに帰す訳にはいかない。次の通路で分かれ道になる。「コウドウ。」ハルが静かに問いかけた。


「一緒にヒャーレンに来てくれないか?報酬は馬と800ガルだ。800ガル渡す。」お金は問題にならない。

「はっはっは!おいガキんちょ。気前がいいな。だが俺達は仕事をしている。依頼は必ずやり遂げる。ダメだ。リヴモーアに戻るのが筋ってもんだ。なぁシャオちゃん?……ん?」シャオはフィオンの腕にくっついてクイッと腕を引っ張った。ヒャーレンの側へ。

「おいおい。まじかよ。んー··········。」コウドウは暫し考える。

「まあ、な。仕方ねぇか。んじゃお前らシャオちゃんを人質にしてろ。俺がリヴモーアで報告してからヒャーレンに向かう。着いたらそいつを解放して貰うって事だ。それでいいか?報酬も悪いが合計1300ガルだ。」

「わかった。」ハルはホッとした様子で返事をした。



 

 ――――――――――――


 


 彼等がボロボロの姿で身体を寄せ合い、鉱山から出てきたのは夕暮れ時だった。“獅子王”との長話も底を付きウトウト眠りこけそうになる。その獅子王はもはやグーグーと眠っていた。メノーホルン始め周りの兵士は相も変わらず王の護衛の為に起立している。

 いや、流石に交代で良くない?見張り番にしてよ、頼むから。これじゃ恥ずかしくて屁もこけないじゃない?

 そんな事を考えていた矢先、「おーい!!」というフィオンちゃんの声が聞こえてきた。「なんじゃ?」と目を擦る獅子王。

「はっは〜!さっすが!!良かった僕の子分達。ちゃんと生きてるね。んじゃ、やったのかドラゴン退治!?てか、誰?その子。」ヤンはフィオンの陰に隠れる少女をまじまじと見た。

「ヤン。人質だ。あんまり見るな。そして誰が子分だバカ貴族。」

「人質!?ハルくん!?あんた悪い大人に成り下がってしまったのか?身の代金か?そうなのか?」

「まず詳しくは後だ。ダラク村長。シルヴィアの戦士達と協力し無事ヒドラは討伐しました。」ハルは獅子王へ向き直り結果を報告した。

 

 “おお!!”“良くやった!!”と兵士達は歓声を挙げる。

 

「ヒドラ?なんじゃと。伝説の生き物とばかり。まさかやはり魔物だったとは。」

「魔物の正体はカオスの結晶体でした。」

「そうか。……カオス。渦の仕業か。もしかすると先人達は渦の厄災で生まれた魔物のカオスをゲノアサイトで封じ込めていたのやも。ほう。ならばゲノアサイトの採掘はそのバランスを崩してしまう愚かな行為だった、とな。」獅子王はようやく“イスの悲しみ”から陽が差したオレンジに輝く空を見上げた。

「……して、良くやったの。ほっほっほ。」獅子王はパチパチと手を叩くと兵士たちも拍手で応じた。

 

「ダグラス・レオン陛下!!」ダンクは獅子王の御前に膝を付いた。「貴方の国の為に戦えた事、父、ゴルディ・ゴードンに変わり誇りと忠誠を持って感謝する。俺の名はゴルディ・ダンク。」

「は?村長……あなた誰!?フィン知ってるか?」名前を言われてもハルは誰なのか分からなかった。

「ダグラス・レオン?知らなーい。」フィオンも知らないようだ。ヤンはやれやれ、といった表情で紹介した。

「彼はドヴァーキン宮殿の獅子王ことダグラス・レオン閣下だよ。アンブリデン地方の実質最高権力者。村の視察に来ていたんだ。知らないとか有り得ないから。」

「ほっほっほ。いやいいんじゃよ。ゴードンのせがれ。あんな小さかったチビ助がこんな立派な戦士になっていたとはのう。ほっほっほ!気分が良い。」ダグラス・レオンはダンクの背負った斧をまじまじと眺めた。「なるほど。斧か……。メノーホルン。」

「はい。なんでしょう?」

「バルムンクを彼に……。」

「え?でもこれは……。」

「良い。儂はもう使えん。よぼよぼの老いぼれじゃよ。ただの飾りなら未来ある若者へ託す。」獅子王はメノーホルンより背中に抱えていた金色に輝く戦斧を受け取る。獅子王たらしめてきた自身の武具だ。アンブリデンの御旗である。それをダンクへ差し出した。

「ダンクよ。バルムンクを受け取れ。儂が100年以上共にしてきた斧だ。かつてドワーフより授かった物をドワーフへ返す。それだけじゃよ。」

「うっ。……………………陛下!!…………うっ!」ダンクは泣いていた。


 そんな、まさか。あのドヴァーキン宮殿“獅子王”のバルムンクを、自分が!?「俺は!まだ何者でもない俺が!貴方の武器を託されるなどあっていいはずがない!!」

 

「……のぉ、ダンク。お前の父ゴードンには儂もオラルソンも借りがあってのぉ、ヴェゼット内戦での“鉄斧”はまさしく鬼神の如き活躍だった。お前の母も知ってる。ゴードンの事はヘスムスの若造から聞いたんでな、昔を思い出した。お前達は大陸の運命と戦う覚悟である事もな。ならば託そう。“鉄斧”の意志と“獅子王”の武具を継げ。全てか終わったらアンブリデンへ戻ってくるんじゃ。アンブリデンは元はドワーフ族の地。ドワーフの御旗となるんじゃよ。“金斧”のゴルディ・ダンク。」

「くっ…………。陛下…………。」ダンクは泣いていた。獅子王のその言葉にどれだけの重圧があるのかはダンクが1番分かっている。

「ほっほっほ。儂はドヴァーキン宮殿へ戻る。お前達、良くぞやってくれた。報酬はメノーホルンが準備しとる。それから、のぉ、エルフの娘っ子。」去り際、獅子王はフィオンに問いかけた。尚もフィオンの腕を掴み隠れているシャオをチラっと見ては微笑んだ。


「――――運命は常に見えない所にある。お主は何故背負っている。」


 フィオンは呆気にとられているが言われている意味は何となく理解した。

「わたしは運命とか知らない。ただハルと皆と平和でいたいだけだよ!それが何?」


「ほっほっほ。聞いただけじゃ。今日はゆっくり宿で休みなさい。疲れを癒して使命を果たせ。ほっほっほ。また会おう。」

 獅子王は従者の兵士を5人引き連れ去っていった。


「フィン、ダンク、ヤン、シャオ。」ハルは4人と向き合った。「疲れたね。さあ、宿で休もうか。明日までにはコウドウも来るはずだ。」

「コウドウって?シャオちゃんの関係者?」ヤンが訊ねたが「…………。」シャオはそっぽを向いて無視した。

「ちょっと!!何このクソガキ!」

 “はっはっは”皆おかしくなって笑っていた。

「おいヤン。」ダンクの背中に担いだバルムンクが夕焼けに一層輝く。

「ゆっくり聞かせてやるよ。俺達の冒険譚。ガッハッハ!」


 今回の冒険の果て、僕らの結束はより強固なものとなった。次に待ち受けるのは間違いなく血の鷲団だ。“イチイの加護”“源流”、シャオにコウドウ。僕たちとどう関係しているのか。分からない事は沢山ある。だけど進むしかない。フィオンが言った。平和の為。

 

 ハルは空を見上げた。また決意を新たに。





 ――――――――――to be continue

 

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