11月~文化祭にかさねて~ 後編

「それじゃあ、行きましょうか!」

接客がうまくいってご機嫌なるるちゃんに私とあみちゃん、そしてかりんがついていく。

無事に私たちのシフト時間を終えて、四人で文化祭を回りはじめた。

全学年で5クラスそれぞれあるので、今回の白桜祭では五グループの出し物がある。

あ、いや、正確には、四グループになってるんだったっけ。


なんとA組がナゾトキ、B組がお化け屋敷を体育館でやりたいと意見が衝突したときに、両クラスの三年生がうまくまとめてナゾトキお化け屋敷として一つになったらしい。どうやらすごいクオリティに仕上がっているとの噂もあるみたい。

私たちC組が天使と悪魔のメイドカフェ、D組がわくわく実験室。

そしてE組が黒萩先輩も所属しているクラスで、私たちが今向かっているところだ。


「わたし、ずっと黒萩先輩のお芝居が見たかったんです!」

「るる、嬉しい気持ちはわかったから、ちゃんと前見てないと人にぶつかるよ。はい、手を繋ぐ」

「わっ、そうですね。気をつけます。ありがとう、あみちゃん!」

すごい、さすがあみちゃん。さらりと違和感なくるるちゃんと手を繋いだ。

あみちゃんとるるちゃんが恋人だというのは、かりんにはまだ話さないでいるつもりらしい。

どうやら私がかりんに気持ちを伝えるのを待ってくれているみたいなんだよね。


「なんだか、四人で一緒にこうやっていられるの久しぶりで嬉しいね」

あみちゃんとるるちゃんが横並びになったことで、必然的に私の隣になったかりんが、頬を緩めて言った。

接客から解放された安心感もあるんだろうけど、かりんの優しい表情に私もつられて頬が緩む。

「だね。それに私はかりんの隣にいられて嬉しい」

と、頬だけでなく口も緩んで本音が出てしまった。

しまったと思ってかりんの顔を見る。

「そっか。まあ、私もそうかもしれないけど」

あれ、ほんのりかりんの顔が赤い気がする。まんざらでもない……のかな?

そうしている内に多目的ホールに着いた私たち。

ほぼ満席の中、なんとか空いている席を見つけて四人で座る。

しばらくすると、スクリーンに映像が映し出される。


E組の面々で撮った映画、その主人公が映し出されると、いろんな場所から「きゃーー!!!」と歓声が上がった。

言うまでもなく、この映画の主人公は女神さま――黒萩先輩だ。

というか、ここまで来ると黒萩先輩はもはや芸能人かアイドルみたいなもんだね……。

主人公の黒萩先輩が魔女の呪いによって夢の世界から出られなくなったというお話らしい。

そんな夢の世界の中、色々な衣装を身にまとう黒萩先輩。

――これ、ここのグループの予算はほとんど黒萩先輩への衣装代に突っ込んでいるのでは?

そんなことに気を取られていると

「あ、あの子」

と右隣のかりんから静かに声が漏れた。

黒萩先輩の冒険のお供になった子かなと、かりんの視線の先をよく見てみると、九月に黒萩先輩とデートをしているのを見かけた子だった。確か、ひめのさんだったっけ。

二人の冒険はさらに途中でもう一人のお供を加えることになった。

やっぱりというか、こちらは図書館で黒萩先輩と一緒にいたふみかさんだ。

ここの三人全員E組だったんだ。黒萩先輩が縦割りチームを猛プッシュした理由もここにあるのかな。

でもこれも黒萩先輩の立場の有効活用だよね。

いつも学校のために動いていた黒萩先輩は報われるべきってことで。


そんなお話も終盤。

夢から黒萩先輩が自力で目を覚ます――

またもや、歓声が上がる。

映像が終わると、黒萩先輩本人が舞台に出てきたのだった!

鳴りやまない歓声と拍手の中、魔女役の人も黒萩先輩の反対側から現れると、またわっと歓声。

「魔女役の人、演劇部の部長なんだって」

小さな声であみちゃんが言った。なるほど、黒萩先輩にも劣らない人気だ。

「魔女よ!私たちの呪いを解いてもらう!」

黒萩先輩が魔女に強く叫ぶと、また映像が映し出される。

ベッドに入って眠りについているひめのさんとふみかさんだ。

どうやら、三人とも魔女に呪いをかけられていたらしい。


「ヒッヒッ、いいだろう。この呪いを解くためには、ワシを倒さなければならんものな。だが残念、呪いが解けるのはお前とお前が最も愛する者だけだ」

気味が悪い笑い声、背筋に冷たいものが走る。

魔女から見下され、魔女の杖を向けられた黒萩先輩――だけれども、そんな事を気にする風でもなく、黒萩先輩は夢の世界から持ち帰った剣を魔女へと向ける。


「そうか、それならば問題ない。お前を倒すまでだ!」

叫んで、黒萩先輩は魔女に切りかかる。

素早い動き。すんでのところで魔女は避ける。


「ヒヒッ、私を倒して本当にいいのか?呪いが解けるのは、どちらか愛する片方だけ。もう片方、は、永遠に夢の中だぞ!」

魔女の話している間にも、黒萩先輩の連撃は止まらない。

魔女はなんとかギリギリで避けられているだけで、かなり焦っている様子だ。


「今回の夢で共に旅してくれた二人。私が最も愛しているのはこの二人だ!同じ大きさの愛を、平等な重さの情を、私は二人に捧げるのだ!」

「そんなことできるわけがな――」

言いかけて、黒萩先輩の足払いによって魔女は床に倒れる。

「私は二人のためにこの剣を振るう!」

迷うことのない黒萩先輩の一撃。魔女の断末魔と同時に照明が消えて暗転する。

再び照明が点くとひめのさんとふみかさんと黒萩先輩が舞台の真ん中に立っていた。

再会を喜び合う三人。夢の旅の思い出を語りながら、幕がゆっくりと下りていく。


拍手喝采な劇の余韻に包まれながら、私は黒萩先輩がこの白桜祭を、この舞台を用意した意図がなんとなくわかったような気がした。


 * * * 


「とっても素敵な映画と劇でしたね!」

上機嫌のるるちゃんが歩きながら話す。

「うん。黒萩先輩もすごくいい演技だったね!」

かりんから黒萩先輩の名前が出たことで、一瞬ドキリとする。

みんなに気付かれないように静かに深呼吸。大丈夫、先輩はかりんとお話をしただけなんだから。

「じゃあ、次は体育館の方に向かおうか」

あみちゃんの言葉に全員が頷く。

「体育館ってことは、ナゾトキお化け屋敷だよね」

と私が言うと、隣のかりんの目が少し輝く。

「実は、結構楽しみにしてたんだよね。開催前から色んな噂を聞いていたし、実行委員会もすごく頑張っていたからさ」

テンションが上がったかりんを見て、私もみんなもニコニコしながら体育館へ向かう。


「おおぅ、すごい迫力……」

体育館前に到着して、その入り口の外装に私は思わず声が漏れてしまった。

「ちょっと、予想以上に不気味と言いますか……」

「かなり、本格的だね」

るるちゃんとあみちゃんが若干引きながら言った。

真っ黒ボードに血のように赤い手形の看板。まあ、これはよくある定番って感じだね。

問題は、扉付近の壁全体に描かれた背景。

完全に森の奥に残された廃墟にしか見えない。

ここだけ異質な世界が広がっていて、きっと美術部の手が入っている。

「あ、あの……ごめんなさい。わたし、やっぱりここに入るの、無理かもです……」

るるちゃんが震えながらそう言った。顔からも血の気が引いている。

あみちゃんがるるちゃんの肩を抱いて

「そうだね。無理しない方がいいよ。ごめん、るるを一人には出来ないから、私とるるはここはパスさせてもらうね」

私とかりんも大丈夫?とるるちゃんに声を掛ける。

弱弱しくるるちゃんは頷いた。

――ここまでは、事前に三人で打ち合わせた計画通りだ。

だけど、るるちゃんは本当に気分が悪そうに見える……。

私は横目でかりんを見る。少し残念そうな顔でしょんぼりとしていて、珍しい表情にちょっとだけキュンとする。

そんなかりんがみんなを見渡して話し出す。

「そっか、それじゃあ仕方ないね。じゃあ――」

「ねぇかりん、だったら私と二人で入らない?」

私の提案にかりんは目を丸くした。

「え?いいの?ゆうちゃん、こういうの苦手じゃなかった?」

――うっ、さすがかりん。覚えていたか。

「うん……まあ、そうなんだけど、謎解きはやってみたいんだよね」

「本当?ほんとに無理してない?」

言いながらも、かりんの目がキラキラと輝いている。

そんなに楽しみにしていたのは想定外だった!

「うん、大丈夫だよ。一緒に入ろ。るるちゃんとあみちゃんも、その間別行動になっちゃうけど、いいかな?」

「はい。わかりました」

「オッケー、私とるるは二人で他の所を回るから、気にせず行ってきていいよ」

ばいばいと手を振りながらあみちゃんとるるちゃんは校舎の方に向かう。

「じゃあいこっか、かりん」

「うん!あの列に並ぶのかな?」

かりんが指差したのは入り口から続く人の列。

予想通り盛況しているみたい。私たちはその列に並んでしばらく待つ。

列が進んで受付まで来た私たちは、受付の人に注意事項や説明を受けた。

脅かし要素もあるお化け屋敷の中、途中で謎を解かないと進めないようになっているらしい。制限時間も設けられているみたいだった。

それではいってらっしゃいませと受付の人に静かに言われて、私とかりんはドアを開けて体育館――もとい、廃墟の中に入る。

暗い中、弱弱しい懐中電灯の明かりで照らしながら進む。

先頭はかりんで、懐中電灯もかりんに持ってもらっている。

私はその後ろで隠れながらついていく。

「きゃあぁぁ!」

「ひっ!」

どこからか悲鳴が聞こえて、ぎゅっとかりんにしがみつく。

「ゆうちゃん、本当に大丈夫?」

「ご、ごめんね、だいじょうぶだいじょうぶ……」

言って私はかりんから離れた。

暗いからかりんの顔も見えなくて不安だ。

いきなり接触しすぎちゃったかな……?

なんて、考えている暇もなく。

「ひゃあああああーー!!」

前から突然現れたお化けに私は悲鳴を上げて、またもかりんに抱き着く。前髪で顔が見えなくて、白装束という情報がちらっと目に入ったけど、とっさに目を瞑ったのでそれ以上はわからない。

「ゆうちゃん、やっぱりやめておく?ここならまだすぐ引き返せるよ」

かりんが心配そうに私に言ってくれる。

けど、私はかりんに抱き着きながら首を振った。

「ううん。かりんがこのままで迷惑じゃなければ、進みたい。せめてナゾトキまでは辿り着きたいし……」

「ゆうちゃんがいいなら、私も最後まで行きたいかも。無理そうになったらすぐに言ってね?」

「う、うん。わかった……私、目を瞑ってぎゅってしてるから、このまま連れて行って……!」

「オッケー」

そうして私は何も見ないままかりんにしがみついて先に進む。

いや、進んでいるのはかりんであって、私はただの引っ付き虫ですが……。

「あ、ゆうちゃん、扉があるよ。あとなんか書いてある。これが謎解きっぽいね」

「なんて書いてあるの?」

「うーんとね、 IプラスIイコールB、VプラスIイコールF、XマイナスIイコールI、XプラスVイコールはてなだって」

「はてなが答えになるって事?」

「うん、三択問題みたい。三つのかごの中に小さなボールが入ってて、そのうちの一つを扉の前の小窓に渡すみたい。あ、かごに文字が書いてある。一つ目がH、二つ目がV、三つ目がOだって」

「ちょっと待ってね……」

頭の中で整理する。

「最初、 IプラスIイコールB って言ったよね?」

「うん。そうだよ」

「それで、えーっと答えないといけないのは」

「 XプラスV だよ」

「あ、じゃあわかったかも」

「え!?文字見てないのにわかっちゃったの?」

「書き方に何か特殊なものがなければたぶん、合ってると思うんだけど……かりん、ここって怖いものない?」

最後、ちょっと声が上ずってしまった。

「うん。大丈夫だよ」

「じゃあ、確認……」

私は目を開いて扉の文字を見る。もちろん、かりんにしがみついたまま……情けないけど、怖いものは怖いのでしかたないじゃん……。

扉の文字は


I + I = B、V + I = F、X - I = I、X + V = ?


答えのかごには


H、V、O


私は、答えのかごからボールを取って小窓に持っていく。

ぬるっと小窓から手が出て――

「きゃあああああ!」

悲鳴を上げながら、すぐさまかりんに抱き着いた!


 * * * 


無事に謎解きお化け屋敷を出た私たち――いや、私はほとんど目を瞑っていたし、かなり叫んでしまったので、無事ではないかもしれない。

「ごめんね、かりん……いっぱい迷惑かけちゃった……」

「大丈夫だってば、ゆうちゃんのおかげで謎解き部分がサクサク進めたんだし、むしろありがとう、だよ」

「うぅ、ありがとう……」

お化け屋敷を出てからは、かりんとは少し距離をとっている。

それでも、昨日までよりはちょっとだけ縮まったかな?

ちょっと作戦とは違う形だけど、これはこれで良かったってことで!

「ゆうちゃん、ちょっとこっちついてきて」

「あ、うん」

かりんは校舎に戻って、3Fへ。確か、3Fにはなにも出し物がなかったと思うけど……。

「何か用があるの?」

「うん」

かりんはそれだけ言って、空き教室の中に入った。

「えっと……?」

周りを見渡しても、もちろん何もない。

私が疑問に思っていると、かりんが私の正面に立った。

しばらくじっと私を見て、苦しそうな表情を浮かべる。

「あのね、ゆうちゃん私たちの今の関係、についてなんだけど」

今にも涙がこぼれ落ちそうなかりん――どうして、そんなにつらそうなの……?

私は、私はどうしたら……。

かりんは次の言葉を言うかどうか迷った様子で、それでもゆっくりと口を開いた。

「距離をおいた、この状態、についてなんだけど」

言葉と一緒に、かりんの瞳から涙がこぼれ落ちるのが見えた。

考えるよりも先に、私は動いていた。

かりんの顔に手を添えて、私の唇でかりんの唇に触れることで、かりんの言葉を止める。

久しぶりのキスの感覚。唇からじんわりとかりんの体温が伝わってくる。

それと同時に、抑えきれないほどの愛しさが頭を揺さぶり、心臓を強く叩く。

あれ、キスってこんなに気持ちよかったっけ……?

どれくらい経ったかわからないけど、息が苦しくなって私たちは顔を離した。

じんじんとかりんを感じた唇が名残惜しいって叫んでいる。

「私、かりんのことが大好き!やっと、やっと気づけたの。ずっとそばにかりんがいて、それは幼馴染として当然って受け入れてた。私がかりんを好きなのは当たり前なことだって。でも、違った。私はかりんの事を一人の女の子として愛してる!」

「ゆうちゃん……?」

かりんは突然の事でまだ事態を飲み込めていないみたいだった。

潤んだ瞳でじっと私を見つめている。

あとはもう、突き進むだけ。

私の素直な気持ちをぜんぶ、ひとつ残らず、さらけ出すんだ。

「かりん、私と付き合ってくれませんか?私と恋人になってほしい」

ここから、かりんと再スタートしたい。

私の全てをちゃんと伝えたい。 かりんの全てを受け止めてあげたい。

かりんの目からまた涙が落ちたのが一瞬見えた後――私はかりんと抱き合っていた。

私とかりんどっちから体を寄せたのかはわからない。

「ゆうちゃん……愛してる……私もずっと大好きだよ……」

かりんは耳元で涙声になりながらも私に伝えてくれる。

私は自分の頬と肩を濡らしながら、かりんを離さないように強く抱きしめた。

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