9月~行方不明のきもち~ 中編
「そっかー、もうすぐ学校来られるようになるんだね」
「あみちゃんの体調も回復に向かっていると聞けて、本当に良かったです!」
そういって安堵しているかりんとるるちゃんを見て、私も顔が緩む。
あみちゃんとお話しした翌日の昼休み。
二人に昨日のことをざっくりと話して、あみちゃんが来週には戻ってくることを伝えた。
――もちろん、話せる部分しか話してない。昨日の秘密のもろもろはあみちゃんが来るまで秘密にしておかないといけない。
久々の明るい話題で和やかな雰囲気を取り戻した私たちのお昼時間は――そう長くは続かなかった。
教室のドアが開き、学年主任の先生がこっちを見つけると私たちに近づいてきた。
「赤守さん。お昼休み中ごめんなさいね。ちょっと大切な話が合って――職員室に来てもらえるかしら」
なにも呼び出されるような覚えがないように?マークを顔に浮かべたるるちゃんは、それでも素直に先生に従って付いていった。
「立花ちゃん、柚木ちゃん、先にご飯済ませていただいて大丈夫ですので!では行ってきます」
いってらっしゃいとかりんと二人で見送った後、ふむとかりんが考え込んだ。
「るるちゃんが職員室に呼び出しとは珍しい」
「まあ、確かに。あれじゃない?拾ったお財布の持ち主が感謝しに来たとか」
「ありうる……あ、道行くおばあちゃんを助けたで賞とかは?」
「賞かどうかはともかく、悪いことではないと思うんだけど」
それからお昼を食べながらああだこうだと言って十数分経った頃。
るるちゃんがゆっくりと戻ってきた。
「あ、るるちゃ――」
おかえりと迎えようとしたかりんはるるちゃんの顔を見て、口が塞がった。
私も慌ててるるちゃんに駆け寄る。
真っ青になってしまっている顔をみて、私もどうやらただ事ではない何かがあったらしいことを察する。
「るるちゃん!?なにがあったの……?」
「その、りりが……りりが、い、今病院にいて、それで、えっと」
「るるちゃん、大丈夫、落ち着いて。ゆっくりで大丈夫だよ。」
かりんがるるちゃんに優しく語り掛けると、一度深呼吸を促した。
すってー、はいてー。すってー、はいてー。
かりんの指示通りにるるちゃんは深くゆっくり呼吸する。
少し落ち着きを取り戻したるるちゃんは、それでもまだ顔を強張らせている。
「りりが、姉が事故にあったらしくて。病院に搬送されていて……」
かりんが「え、お姉ちゃんいるの!?」と言いたげな顔をしているけど、おとなしくるるちゃんの話を聞くことを優先しているみたいだった。
「わたし、どうしたらいいかわからなくなって……あみちゃんが帰ってくるのを待っていたいんですが、姉の様子が気になって……きっと、両親もお手伝いさんも姉の所に向かっているので、私が行く必要はないはずなんですが……」
必要がないなんて悲しい表情で言うるるちゃん。確か、お姉さんは自立するために一人で関西にいるって言ってたっけ……。
どう声をかけようか悩んでいると、隣から声がした。
「るるちゃんは、どうしたいの?」
柔らかな表情で、かりんはるるちゃんに問いかける。
「……え?」
「どうしたらいいかじゃなくて、るるちゃんがどうしたいのか考えたらどうかなって!」
「わたしは……」
るるちゃんは俯いてしばらく考えた後、顔を上げた。
「わたしは、姉に会いに行きたいです」
まっすぐな瞳で、そういったるるちゃん。
本心を引き出せたようで、私も少しほっとしてかりんと顔を見合わせる。
「戻ってくるあみちゃんをこの教室で迎えたい気持ちも溢れるほどあるのですが……姉がどんな状況なのかちゃんと確かめたい。支えになってあげたいです」
それは、今まで見たるるちゃんの中で、一番の力強さがこもった言葉だった。
「大切な家族だもん。きっとるるちゃんがそばにいてくれた方がお姉さんも安心できると思うよ」
「そうそう、ゆうちゃんの言う通り。あみちゃんは私たちでがっちり歓迎パーティするからさ!」
ちょっとオーバーに言うかりんに、私もるるちゃんも少し顔を緩ませた。
「いってらっしゃい、るるちゃん」
「かりんとあみちゃんと教室で待ってるからね」
「お二人とも――ありがとうございます。行ってきます!」
荷物を持って、教室から出ていくるるちゃんを見て、どうか、お姉さんが無事であるように祈る。
そういえば関西までどうやって行くんだろう。新幹線?
なんて思いつつ窓を見ると、もうすでに校門に車が止まっていた。
さすが赤守るるちゃんだ。
「それにしても、るるちゃんにお姉ちゃんがいるなんて!びっくりしたぁ」
るるちゃんが去って少し緊張が解けた空気の中、かりんが息を吐きだすようにずっと思っていた言葉を口にした。
「双子の姉だって言ってたよ」
「へぇー、双子ちゃんなんだぁ。って、やっぱりゆうちゃんは知ってたんだね」
「あ、隠してたわけじゃないんだけどね、前に話の流れで聞いてて……」
「うんうん。ゆうちゃんは優しいからね~みんな色々話せちゃうんだろうなって簡単に想像できるよ」
優しいから。かりんがそう言ったことで、さっきのるるちゃんとのやり取りを思い出した。
「かりんだって、さっきるるちゃんに一番最初に優しく言葉をかけたじゃん。私、何を言ったらいいんだろうって迷ってたから助かったよ」
「んー、あれはねー……」
かりんはちょっともったいぶってから
「ゆうちゃんのために言ったんだよ」
いたずらっぽく笑ってそう言った。
「私の、ため……?」
「うん。もちろん、るるちゃんを思っての言葉には違いないんだけどね。ゆうちゃんはるるちゃんが安心できる方が嬉しいでしょ?だから、どっちかっていうとゆうちゃんのためかなって」
「なるほど、そういう考え方もあるのか。私のためにるるちゃんを助けてくれてありがとう!」
「まあ、ゆうちゃんには敵わないけどねー。あみちゃんの件も、ゆうちゃんが頑張ってくれたから戻ってくるんだろうなぁって感じたし」
おっと、鋭い。やっぱりかりんには感づかれてしまってたのかな。
「ねぇゆうちゃん――」
そこまで言って、かりんは言葉を止めた。
「どうしたの?」
私が訊ねるとかりんが少し迷った様子の後
「なんでもないよ」
そう言って後ろを向いて歩くかりんは昼休み終了の鐘の音とともに席に戻っていった。
* * *
放課後、久々に二人っきりの帰り道、今日はいつもより早く帰れることもあって、かりんと放課後デートを楽しんでいた。
「うーん、美味しい!サイコー!!」
かりんのほくほく顔を見て、私も幸せな気持ちになる。
クレープ屋さんの近くに置かれたベンチに座って、クレープを堪能する。
「ティラミスをクレープに包もうって最初に考えた人、天才でしょ!贅沢な美味しさがたまらない~!ゆうちゃんのブリュレクレープも美味しそうだね!」
「クレープのモチモチとキャラメリゼのパリパリの食感両方楽しめるし、とっても美味しいよ」
「そっちもいいなぁ、ねぇねぇ一口ちょうだい?」
甘えるような声で少し上目遣いにおねだりするかりん。
ちょっとあざといけどその可愛さがたまらない!
「いいよ――って、口開けて待つのはまだしも、目を瞑る必要あるー?」
クレープを渡そうとすると、かりんは目を瞑ってあーんを待っていた。
「えー、そうかなぁ目を瞑ってた方がドキドキしない?」
「そうしてたら食べにくいでしょーほら、あーん」
「あーん。――ん、美味しい!クリームも濃厚だねぇ」
「ね、かりんのほうも頂戴?」
「いいよー、じゃあほら、ゆうちゃんあーんして目を瞑って?」
「だから、なんで目を瞑る必要が」
「いいからいいいから~」
結局強引なかりんに押されて、渋々目を瞑って口を開ける。
なんか、ドキドキするな、これ……。
「じゃあいくよー」
そう言ったかりんだったが、焦らすつもりか中々クレープが近づく気配がない。
いつ来るのかな、そう思って待っていると――
「んむっ……!?」
唇に柔らかいものが触れて、ティラミスの味と一緒にぬるりと何かが口の中に滑りこんできた。
驚いて目を開けると、長いまつげが映し出される。かりんが目を閉じたまま私にキスをしたのだと気づいた。
少し舌で私の口内を弄んでから、かりんは唇を離した。
「えへへ、口移ししちゃった」
「しちゃった、じゃないよ!?こんな、外でなんて――」
「だって、周り誰もいなかったし、お店は背中の方だから見えないもん」
耳まで熱くなるのを感じながら、私は周りを見渡す。
たしかに、人ひとりいなかった。
「美味しかった?」
楽しそうに笑うかりんに、ちょっとムッとする。
「驚きすぎて、味なんか楽しんでる場合じゃなかったってば!」
「えー、じゃあきもちよかった?」
「……」
正直に言うのは負けた気がするし、恥ずかしいので押し黙る。
いや、味は楽しめなかったのにキスは楽しめてたっていうのは、その。
「味がわかんなかったなんてもったいないし、もう一回するしかないよね?」
「かりんの、いじわる……」
普段はあまり見せない攻めっ気強めのかりんに流されるまま、クレープを唇から受け取る。
ほんのり苦い大人の味と微かな甘さを堪能した後、私たちはクレープを食べ進めていった。
「――っ!」
クレープを食べ終わり、さて家に帰ろうとした時だった。
ふいに空気の質が変わるのを肌で感じた。
前に体験したことのあるこの感じ……振り向いて、遠くの方に目線を向けると、想像通りの人物がいた。
かりんも同じ方を向いて、それが誰かすぐに分かったようだった。
「わ、『女神さま』だ」
『女神さま』は隣の女の子と手をつないで笑い合っていた。
指をからめて、いわゆる恋人つなぎをされている女の子は、るるちゃんよりも少し身長が低いくらいかな。見たことがない子だ。
「あー、あの子だ。黒萩先輩の恋人の一年生!」
「あの子がそうなんだ……」
かりんの言葉になるほどとその女の子を見る。
黒萩先輩を射止めたと言われるその女の子は、女神さまみたいに特別なオーラをまとったりはしていなくて。
ごく普通の女の子って感じだった。
そんな女の子に優しく微笑む女神さまの表情はどこかで見たことがあった。
そう、あの日るるちゃん――に似た誰かに向けた表情、で……。
るるちゃんに似た、誰か……?
今日の出来事、今までの会話、点と点が全て一本の線につながる感覚。
ありえたかもしれない一つの可能性。 突拍子もないことだけど。
あの日女神さまとキスをしたのは――るるちゃんじゃなくて、双子のお姉さんだったのでは、と。
* * *
次の日のお昼休み。
るるちゃんから届いたメッセージを読んで、私とかりんはほっと一息ついた。
『ご心配をおかけして申し訳ありません。姉はケガを負っているものの、命に別状はありませんでした。ですが、精神的にも姉を支えていたいのでわたしはしばらくこちらに残ります。あみちゃんのこと、どうかよろしくお願いいたします』
「お姉さん、無事でよかったね」
かりんの言葉に私は大きく頷く。
「うん。るるちゃんも落ち着いてるみたいで良かったよ」
安心すると、昨日の疑問がまた頭をもたげてくる。
でも、この状況のるるちゃんやお姉さんには絶対に訊けない。
それなら、事実を知っているもう一人の人物――黒萩先輩に直接訊くしかないかな。
「ねぇかりん。かりんって、黒萩先輩がどこのクラスかって知ってたりする?」
お弁当を食べ終わって、私は目の前のかりんに話を振る。
「んーとね、確か3年B組だったかな。黒萩先輩に会いにでも行くの?」
「えっと昨日先輩に会ったときにちょっと聞きたいことができたんだよね」
「ふーん、そうなんだ」
なんだかちょっと疑うような目をしているかりん。
まずい。色々勘付かれる前に、出た方がよさそうかも。
「ごめんね、そんな重大なことじゃないからサクッと聞きに行ってくるよ!」
ちょっとオーバーになってしまったけど、とりあえず教室から出て3年B組のクラスに向かう。
女神さまのオーラは感じない。ということは、この教室にはいないのかもしれない。
とりあえず、どこにいるか情報収集してみよう。
上級生の教室に入るの、緊張する……!
「すみませーん……」
おそるおそるドアを開けて入ると、近くにいた先輩がこちらを見つけて
「お、後輩ちゃん?誰かに用事かな?」
優しく声をかけてくれた先輩のおかげで心底安心する。
「あの、黒萩先輩にお聞きしたいことがありまして――今どちらにいらっしゃるかご存じですか?」
「うーんとね。いつもならこの時間だと図書室にいってることが多いかな」
時計を見てそう話す優しい先輩にお礼を言い、今度は図書室に向かう。
静まりかえったその場所で、あの特有の空気感を感じた。辺りを見渡すと、すぐに女神さまの姿を見つける。
背筋を伸ばして椅子に座り、本を読んでいるその姿もまるで絵画から切り抜いたワンシーンの様だった。
その隣で女の子がじっと本を読んでいた。この間見かけた女神さまの恋人らしい後輩ちゃんとは別の子みたいだ。他には誰もいない空席の中、女神さまの隣で身を寄せ合うように引っ付いている。二人とも一言も話すことはなく黙々と読書にふけっている。
これは、声をかけづらい……!
というかどういう関係なんだろう、この二人。明らかに距離感が近すぎる気がするんだけど……。
見かけるたびにどんどん女神さまのことが理解できなくなっていく。
その場を静かに去った私は、お昼休みの時間も残り少ないので、自分の教室に戻っていくことにした。
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