9月~行方不明のきもち~ 前編


 気が付けば夏休みが終わり、今日はいよいよ始業式。

 なんだけど……。


「あみちゃん、体調崩してるって先生言ってたね……」

 とかりんが呟く。

「心配ですよね……あみちゃん、最近連絡が取れなくて……」

「あれ、るるちゃんにも連絡行ってないんだ?」

 不思議そうにかりんが首を傾げた。


「そうなんですよね。夏休み終盤から既読もつかなくて……しつこいのも迷惑だろうと思ってあまり送ってはいないのですが……」

 私たちだけじゃなくて、るるちゃんにもあみちゃんからの連絡がないんだ。

 体調が本当に悪いのかどうか……。

 やっぱり八月のあの日にあみちゃんが逃げ出したのは、るるちゃんに何か関係しているのかもしれない。

 もうモヤモヤしっぱなしもよくないし、バシッと事実に近づこう!

 私はるるちゃんのそばに行って小声で話す。

「ねぇねぇ、るるちゃんにあとでちょっとお話したいことがあるんだけど、いいかな?」

「はい、わかりました。では放課後でお願いしますね!」

「うん、よろしく!」

 それに気づいたかりんが、若干にやにやしながらこっちに寄ってくる。

「おー、なになにゆうちゃん。るるちゃんと内緒話ー?」

「えへへちょっとね、恥ずかしいからるるちゃんだけで留めておきたいんだ」

「え、なに!?いやらしい話~?」

「へ?ち、ちがうってば!」

 不意のかりんの発言に思わず全力で手を振った!

「そんな焦ることある!?え、マジなの?」

「――そうだったらどうする……?」

 私の反応にかりんもまた面白いくらいにうろたえたので、それが可愛くて私もつい悪ノリしちゃった。

「明日はお手柔らかにお願いします……」

 ちょいちょい!何言ってんのさ!るるちゃんがいるのに、色々察せられたらどうするの!?


 様子を伺うと?マークを顔に浮かべたるるちゃんがいたのでセーフとしよう。

 聞かれているのがるるちゃんで良かった……。

 さて、放課後どうやって話を切り出そうかななんて考えながら、一日を過ごした。


 * * * 


「よし、このあたりなら人通りも少ないし、大丈夫かな。時間取ってくれてありがとうね」

「いえ、大丈夫ですよ。それにしてもこんな場所があったなんて知らなかったです!」

 周りを見渡してるるちゃんは興味深そうに言う。

 校舎の二階、実験室がある廊下の突き当りに私たちは来ていた。

 先生に用事がある人以外は来ないし、当の先生もあまりこっちに来ないので、滅多に誰も来ることはない場所だ。


 うーん。今日一日るるちゃんを見ていたけど、なにも変わった様子はなかった。

 まあ、私とあみちゃんに黒萩先輩との事を見られていたとは思ってもいないだろうし、それはそうかもしれないけど。

 よし、それじゃあ。


「るるちゃん、八月の二十一日ってなにしてたか覚えてる?」

 と包み隠さず、単刀直入に聞いた!

 あの日の事をはっきりさせることが、一番の近道だもんね。


「二十一日ですか?その日は確か――あみちゃんが一人でお出かけするみたいだったので、お家でゆっくりしていましたね」

 と淀みなく答えたるるちゃん。なんでそんなこと聞くんだろうと言いたげな雰囲気も出てる。


 あれ……?

 嘘をついてる感じは一切ない。

「じゃあその日に私が見かけたときに黒萩先輩と一緒にいたのは、るるちゃんじゃなかったってこと……?」

「黒萩先輩とですか?私は夏休みに入ってからお会いしていませんが……」

 つい漏らしてしまった私の言葉にも、るるちゃんは首を傾げた。

 これは一体……どういうこと?


「そっかー、じゃあ私の気のせいだったかも!ごめんね、変なこと聞いちゃって!」

「いえ、全然です!では柚木さんも待っていると思いますので、帰りましょうか」

 何一つ整理が付かず頭の中はぐちゃぐちゃだけど、一度スイッチを切り替えていつもの様子でふるまう。


 教室で私たちを待っていてくれたかりんと合流して私たちは3人で帰り始めた。

「うーん」

 帰り道。メッセージを読んで唸るかりんに私とるるちゃんの足が止まる。

「かりん、どうしたの?」

「いやー、あみちゃんにお見舞いに行こうかって連絡したんだけど、『家族もいてくれてるし夏風邪移しちゃ悪いから、大丈夫。心配かけてごめんね』って」

「あみちゃんから連絡があったんですか!?」

 るるちゃんが思わずかりんのスマホを覗き込んだ。

「うん。みんなにも伝えておいてってきてるよ」

「そうですか……なにか私たちでお力になれればよいのですが」

 るるちゃんがシュンとする。

「とはいえ無理に押しかけるのは良くないもんね~、ゆうちゃんの時みたいに一人で家にいるってわけでもないし」

 とかりん。

「そうだね。はやく回復するよう願っておこう!」

 私が言うと、るるちゃんはぴょんと軽くはねて

「あ、それなら近くの神社にでも行きませんか?」

 るるちゃんの提案で私たちはその日神社であみちゃんの回復祈願をしてからお家に帰るのでした。


 * * * 


 あみちゃんが学校をお休みし始めてから一週間が経過していた。

 そんな放課後の教室に私たち三人は残っていた。

 今日も『まだ体調が万全じゃないから休む』とあみちゃんからのメッセージが届いている。


「あみちゃん……」

 るるちゃんも日に日に気分が沈んでいっている……。

 お見舞いに行こうにも、毎回やんわり断られているのでこちらからアクションができなくて、歯がゆい気持ちも募ってきていた。


「でも、こうして連絡をくれてるってことはあみちゃんも私たちの事を気にしてくれてるってことだよ!完全体のあみちゃんを気長に待とう?」

 そうして明るく振る舞うかりんも、やはりどこか元気がない感じがする。


「――私、無理を承知で一回あみちゃんに会ってくるよ」

 驚いた顔で二人は私の方を見る。

「あ、あの、でしたらわたしが――」

「ううん。るるちゃんが行きたい気持ちもよくわかるんだけど、実は私、あみちゃんと約束があってね――返してもらいたいものがあるから、それでどうしてもって言って会ってくれると思うんだ」

 とっさに出た言葉だった。もちろん返してもらうものなんてないんだけど、納得してもらうにはこう言う方がいいかな。

 騙して申し訳ない……!


「でも、ご迷惑にならないかな?」

 かりんの言うことはもっともだ。

 ただ、事情を少し察してしまっている私は、あみちゃんがただ体調を崩して休んでいるわけではないと思っている。

 なら――

「もちろん、ダメだって言われたら引き返すよ。だけど一度顔を合わせて、お話したら少しは気分も和らげられるかもしれないからさ」

 私は、あみちゃんのために、みんなのためにも踏み込まないといけないんだと思う。


「ゆうちゃん……じゃあお願いしようかな。ね、るるちゃん」

「はい!わたしたちの分まで、あみちゃんに元気をお届けしてきてほしいです」

 かりんとるるちゃんに託されて、私も一層気が引き締まる。

「二人とも、ありがとう!じゃあ、行ってくるね」


 * * * 


 マンションのエントランスに到着した私は五〇二号室のインターホンを呼び出す。

 ――誰も出ない。

 私はあみちゃんにメッセージを送ることにした。


『今、あみちゃんのお家まで来たんだけど、少しだけお話させてもらえないかな?』

 返事はこない。少し迷ってから続けてメッセージを送る。

『あの日のるるちゃんについて、情報を共有したいことがあるの』

 しばらくした後、電話がかかってきた。相手はもちろんあみちゃんだった。

『優菜、その……』

 何を言おうか迷っているのか、あみちゃんはじっと黙ってしまった。


『お久しぶり、あみちゃん。体調良くないのに、押し掛けてきてごめんね』

 優しくそう言うとあみちゃんの緊張も少し解けた気がする。

『うん、久しぶり。いや、なんていったらいいか――とりあえず、色々話したくて、家に上がってきてほしい……かも』

『もちろん、そのつもりで来たんだもん!』


 5階にエレベーターで上がり、あみちゃんのお家にお邪魔する。

 久しぶりにあったあみちゃんは少しやつれていて、具合が悪そうだった。

「私、今ひどい顔だよな。ごめん、あの日からちゃんと眠れてなくて」

「そんな、謝ることじゃないよ。私こそ、もっと早く来て上げられたら」

「――来なくていいって言ったのは私だからさ。優菜は気にしないでいい」

 きっぱりとあみちゃんがそう言うので、私もすこしほっとした。


「早速、本題に――というか、優菜に色々聞いてほしいことがあるんだ」

「うん。私もそれを聞きに来たんだよ。だから、教えてほしいな」

「そっか、じゃあまず私が眠れなくなった理由から」

 そう言いつつ、つらい表情になるあみちゃん。


 どうしよう、あんまり思い出させない方がいいかも、なんて考えが一瞬頭をよぎったけど、あみちゃんから話したいと言ってきたんだから、きっと大丈夫と思いなおす。


「あの日、るると女神さまが一緒にいて、仲良さそうに歩いていてそれで――とにかくあの光景が頭から離れなくて……」

 少しずつ声に感情がこもっていくあみちゃん。

 私は静かにあみちゃんが話すのを待っていた。


「あの日優菜にも途中まで話してたよね。私、女の子が恋愛対象なんだって、それで」

 そうだ。あの日は例の出来事で話題がぶった切られてけれど、その直前にそんな話をしていた!

 そして、私が予想していた通りあみちゃんは――


「実は、私、るると恋人として付き合っててさ」

 ――え?

「え、えええぇ?そうだったの!?もう付き合ってたの!?」

「あの、一応、優菜と花梨には話してもいいかもってるるとは言ってたから、優菜には流石に言っておこうと思って」

「それってもちろん、あの日にはもう付き合ってたってことだよね……?」

「うん。夏休みに入る前あたりかな」

 え、じゃあ、あの日のキスって付き合ってる相手がいる二人で行われてたってこと!?


「うわぁっと、どっちから告白したの?とか聞きたいこと無限にあるんだけど、ちょっと一旦しまい込むね!!」

「そうしてもらえると助かるかな。ごめんね、急に聞かされたのに」

「いやいや、話してくれてありがとうだよ!」


 そっか、あみちゃんとるるちゃんが……って、お祝いムードな状況じゃないんだけどね!

 でも――私とかりんが恋人だってことも、いつかちゃんと話しておきたいな、とふと思ったりした。


「そうだ。それで、優菜がメッセージくれたるるへの情報って?」

 少し気分が落ち着いてきた様子のあみちゃんは、思い出したかのようにそう訊いてきた。

「この前、例の日の二十一日について直接るるちゃんに訊いてみたんだよね」

「え!?直接?――優菜、結構度胸あるよね」

 かなり驚いたようにこっちを見てくるあみちゃん。まあ、確かにあの時は何もわからなくて手探りだったし……強硬手段ではあったかもだけど。


「とにかく真相が知りたくて――そうしたら、るるちゃんあの日は出かけてないんだって。全く嘘をついていたりしてる感じじゃなかったんだよ」

「じゃあ――女神さまと一緒にいたのは、るるじゃなかったってこと……?でも」

「うん。あみちゃんの言いたいことはよくわかるよ。どうみても、るるちゃんにしか見えなかったし」

 でも、と私は付け加えて。ずっと心の底にあった言葉をあみちゃんに伝えようと思った。

「るるちゃんは、誰かを――あみちゃんを傷つけるようなことはしないよ。絶対に」

 あみちゃんは目を見開いた後、少し顔を伏せた。

「そうだよ。それ、私が真っ先に思わなきゃいけなかったこと……」

 ふぅと息をついた後、あみちゃんは少し笑って

「こんなところでクヨクヨしてないで、さっさとぶつかりに行けばよかったんだ――恋人なのに、何してんだか」

「きっと恋人だから、るるちゃんが大切な分だけあみちゃんはここで悩んでたんだよ」

「優菜は天使か何かなの?めちゃくちゃ肯定してくれるじゃん」

 ちょっと軽口が出るくらいには、あみちゃんの調子が戻ってきたみたい。


「私もみんなも、ものすごく心配してたんだからね?それはもう手厚く優しく扱ってあげますよ~」

「なんかその感じ、花梨っぽいな。優菜らしくないかも」

「え、意識してないのに花梨を呼びだしてしまった!?」

「らしくないけど、すごく暖かくて嬉しいよ」

 表情も緩んできたあみちゃんに、私もほっとする。

 これからは励ます時には花梨をインストールすることにしよう。

「あみちゃん、あのね無理しなくてもいいんだけど」

「大丈夫、学校にはちゃんと行くよ」

 私が言おうとする前に察したあみちゃんはそう言ってから、少し気まずい顔をして

「ただ、最近眠れてなかったこともあってさ。完全に体調が戻るまで――いや、ちゃんと期限は決めておこうかな。来週から、復帰するよ」

 迷っていたようだけど、最後には力強く言い切った。

「うん、わかった。でも無理はしないでね?ゆっくり休んで、帰ってくるのをみんなで待ってるよ!」

「ありがとう、優菜。――あ、それと」

 あみちゃんは思い出したかのように付け加えて

「授業、受けられなかった分自習するから、範囲教えてもらっていい?」

 ちょっと恥ずかしそうにしながらそう言った。

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