10月~着地点へのこたえ~ 後編

 連絡を送った次の日の放課後。

 私は校舎裏で静かに女神さまを待っていた。

 メッセージを送ってから、妙に私のこころが冷え切っている気がする。

 そんなことを考えていると、誰かが近づいてくる気配がした。

「立花さん?ごめんなさい、お持たせしてしまいましたね」

 そう言いながらも待ち合わせ時間きっちりに来た女神さま。

「いえ、大丈夫です。こちらこそ急にお呼び出ししてすみません。それと前にも言いましたが、私には敬語を外してもらえると助かります――こちらへ」

 そうだったわねと頷いた女神さまを促し、校舎裏の中でもさらに人目につかない奥の方へ向かう。

 木々のざわめきだけが耳に入り、人の声やその他の音は聞こえない。

「それで、お話についてなのですが」

 そこまで言って、どう切り出そうかと悩んでいると

「もしかして、かりんちゃんのこと?」

 女神さまは私の目を見て察したのかそう切り出した。

 全て知っている。やっぱりこの人は、全部把握しているんだ。

「そうです。私にかりんの恋路についてとやかく言うつもりはありません――それが、あなたでなければ」

 今にも溢れだしそうな怒りの感情を抑え込んで、私は淡々と伝える。

「かりんちゃんの恋路?」

「改めて、先輩とひめのさん、ふみかさんとの関係について伺いたいのですが、どちらとお付き合いされているのですか?」

「どちらもよ。二人とも大切な恋人だもの」

 さも当然の様に話す女神さま。 

 二人とも恋人?私にはこの人の事がまったくわからない。

 私の感情自体もどこか他人事のように感じてしまっていた。

 とにかく今は、情報を集めることに専念しよう。理解はその後だ。

「そうですか――そこに、かりんを巻き込まないでほしいんです」

 女神さまは少し考えてから

「巻き込む、とはどういうことかしら」

 首をかしげる仕草をする。しらを切るつもりなんだろうか。

「先日、かりんと一緒にいる先輩を見かけまして、その、ホテルに入っていくところを見てしまったんです。あれは一体どういうことですか」

「なるほど……」

 ストレートに追及したのに、女神さまの表情からは一切の焦りが感じられなかった。

「それで、立花さんはどう思ったの?」

 何か含みのある言い方だった。

 全部お見通しで、手のひらの上の私たちを眺めている。

 私の隠している憎しみや怒りも気づいている、そう感じた。

 さて、どう回答しようか。

「どうしてかりんが先輩といるのかな、とか色々考えました。元々二人には接点がなかったはずですので……」

「それを聞きに私を呼び出した、と」

「そう、ですね」

「あの日は、かりんちゃんからのお誘いでデートをしたの。ホテルに入ったのは私からの提案なのだけど」

 鼓動が早まる。

 鋭い視線を女神さまに向けているはずなのに、彼女は意に介していない。

「どうして……ですか」

 手にグッと力が入る。 声も少し震えてしまっていた。

 黒い感情が湧いてグツグツと煮えたぎってくるのを感じる。

「もちろん、かりんちゃんを抱くためよ」

 もう、抑えることはできなかった。

 バシンッと鋭い音が校舎裏に響く。

 紅葉で色づいた木々のざわめきの中でもやけに鮮明な音だった。

 その音に遅れて意識がやってくる。

 手のひらがヒリヒリと痛んでくるのを感じた。

 これが、人を叩いた痛みなんだな、なんてひどく冷静に分析する自分がいる事に驚く。


「――ご、ごめんなさ」

「ごめんなさい」

 咄嗟に出た私の謝罪を女神さまは遮ってそう言葉にした。

 透き通るような、凛とした声。


 女神さまは頬にあてていた手をどかす。

 その部分が赤く腫れていて、私が人に暴力をふるったという事実を突きつけられる。

 手のひらの痛みまでお前のせいだと叫んでいるような気がした。

 沸いて頭の先まで上っていった黒い感情が、たちまち冷えて薄れていくのを感じる。

 こんなつもりじゃなかった。

 人に手を出すなんて、これが生まれて初めてのことだった。

 そして願わくばこれが人生最後であってほしい。

 そんな私は、暴力を振るわれた人がどのような行動をするのかなんてちっとも想像できなかったのだ。


 女神さまは手を降ろしつつゆっくり、私へ近づいてくる。

「――ヒッ」

 思わず悲鳴を上げる。

 私は身体をその場から少し引き、ポニーテールがそれに合わせて揺らぐ。

 女神さまはその両手で私の手を握り――

「この手、痛かったでしょう。大丈夫?」

 温かな声音で、柔らかな表情を崩さない。

 怖かった。

 暴力を振るった相手にそう語れる女神さまが。

 覗き込まれた瞳から目が離せない。

 腫れた頬すらも綺麗だと思ってしまった。


「ゆうちゃん、私は大丈夫だからね」

「だからゆうちゃん、そんな顔しないで」

「ねぇゆうちゃん」


 そう何度も優しく語り掛ける女神さまは少しずつ私との距離を詰め、ついには両腕を私の背中に回し、軽く抱きしめた。

 ふわりと爽やかなミントの香りを感じる。


 戸惑って私はいったん思考が止まった。

 さっきまでかりんとの事について問い詰めていたはずで。

  私は暴力を振るってしまったのに。

 そんな相手に抱きしめられて、それを受け入れてしまっている。

 この感情は恐怖?苦痛、安堵それとも羞恥?

 もう訳が分からなくなって、気が付けば涙が止まらなくなっていた。

「ゆうちゃんって、よ、呼ばないで、ください」

 とにかく何か話そうと、女神さまに流されてはいけないと、そう口にするのが精一杯だった。

 かりん以外から、そう呼ばれたことはない。

 簡単に呼んでほしくない。

 じゃあ、と女神さまは私の耳元に口を寄せ

「立花 優菜さん、あなたはどう呼んでほしい?」

 強く風が吹き、木々が揺れてキンモクセイの香りを運んでくる。

 涙で濡れた頬がやけに冷たく感じて、私はぜんぶ凍ってしまっていたかもしれない。


 それからどれくらい経ったのか、抱いたまま私の背中をさすっていた女神さまが口を開く。

「立花さん、落ち着いた?」

 結局、いつも通り私の事はそう呼ぶらしい。

「本当に、すみません。なにがあっても人を叩くのは……」

「いえ、試すようなことをした私の方が悪いの。ごめんなさい」

 試す……?どういうことだろうと一瞬疑問が浮かび上がったが、ぐちゃぐちゃの頭は理解しようともしない。

「先輩、ごめんなさい……」

 謝る事しかできない私を見て、女神さまが黙って考え込んだ。

 沈黙が怖くてたまらない。

「――立花さん、今から時間あるかしら?」

 しばらくして女神さまがいつも通りの声でそう言った。

「はい……今日は、この後予定はありませんので」

「ならよかった。ちょっと付き合ってほしいのだけれど、いい?」

「わかり、ました」


 このまま流されるのは良くないとは思いつつも、もうどうでもよくなっている私がいる。

 6月の風邪をひいた日みたいに、頭が働いていない気がする。

 女神さまに連れられて学校から出て駅の方へ向かう。

 そのまま駅には入らず、先に進んでいくと人通りがあまりないところまで来ていた。

 私は、この道を知っていて、この先にある場所も知っている。

 私とかりんのふたりきりで来たことがあって、かりんと女神さまが入っていった所を目撃した場所だ。

「立花さん。ここでゆっくりお話しましょう」

「ちょっと待ってください。さすがに、ホテルに入るのは……私たち制服のままですし、その……」

「あら、ここは受付の人もいないし、女の子同士で入っても特になにも言われないわよ。立花さんも知っているんじゃない?」

「――かりんから、聞いたんですか?」

 自然と声が低くなってくる。嫌な感情が静かにまた押し寄せてきていた。


「かりんちゃんが立花さんと来たことがあるっていうのを聞いたから、あの日私たちはここに来たんだもの」

「それは、いったい――」

「そのお話の続きはお部屋の中でしましょう?」

 なぜなのか、そう訊こうとする前に、女神さまに手を引かれた。

 手際よく部屋を選ばれて、二人でエレベーターに乗る。

 かりんと来た時とは違う緊張が走る。

 部屋に入ると、女神さまは荷物をソファに置いた。

 そのまま座ると思いきや、さらに奥まで進んでベッドに腰掛けた。


「ほら、立花さんもこっちにいらっしゃい」

 手招きされて、考える。

 このまま女神さまの言う通りになっちゃダメ、だよね。

「――どうして、ソファに座らないんですか?」

「こっちの方がふかふかで気持ちいいと思うの。それに、そのまま二人で横になれるからゆっくりお話しできるわ」

「横になったらお話どころではないと思うのですが……」

 女神さまは全く譲る気はないみたいなので、仕方なく私はベッドに腰掛ける。

 念のため、女神さまとは人ひとり分くらいの距離を置く。

 それでも女神さまは嬉しそうな顔をして私の方を向く。

「ここなら何も気にせずお話しできるでしょう?立花さんが聞きたかったこと、全部聞いてもいいのよ」

 何も気にせずと言われて、はっと気がついた。

 女神さまはただでさえ目立つ存在だし、カフェなんかでも注目の的になってしまう。

 でも、この場所だとあの特有の空気感も少し薄れて感じる。

 他人に邪魔されずに時間をかけて話すのには都合が良かったのは確かみたいだ。

 それなら聞きたい事、残さず明らかにさせてもらおう。

 まず知りたいのは、やっぱり――

「かりんとは、どうしてここに来たんですか」

「さっきも言った通り、かりんちゃんが立花さんと来たことがあるって聞いたからよ。勝手がわかっている場所の方が安心できるでしょう?それに、日常から切り離された場所の方が、話しやすい事っていうのも多々あるものなのよ」

「その言い分にかりんは同意したってことですか?」

「他に場所がなさそうだから、仕方なくね。あの日、かりんちゃんはどうしても訊きたいことがあるって言ってたの」

 かりんが、女神さまに訊きたい事……?

「あの、それは一体?」

「詳しくは話せないけれど、立花さん、あなたについての相談だったわ」

「え……?」

 私についての、相談?

 どういう事か、頭を整理しようとしていると、女神さまは私の肩をトンと軽く押した。

 完全に不意をつかれた私は、そのまま簡単にベッドに倒れこんでしまう。

 女神さまが隣に寝転がる。


 やばい。身体が強張るのを感じる。

 そういえば、ここに来る前にかりんを抱くためとか言っていた!

「や、やめてください!」

 逃げようと女神さまに背を向けると、そのまま優しく抱き着かれた。

 後ろから女神さまの体温を感じる。

 かすかにミントの香りが漂う。

「立花さん、大好きよ」

 耳元で女神さまにそう囁かれて、ただでさえ整理がついていない頭の中をさらにぐちゃぐちゃにされる。

「わ、私は騙されませんから……!」

「立花さんは、みんなの事をよく見て、周りを大切にできる優しい子。自分の事よりも友達の事を優先しちゃうくらい、頑張り屋さん」

 振りほどこうとする私に対して、女神さまは少し力を強めてギュッと抱いた。

 優しい声に、彼女から伝わる体温に、私は力が抜けていく。

「黒萩先輩は、お付き合いしている人がいるんですよね。こんなことしていていいんですか?」

「そう、ね。それらの疑問を解くためには、少し私についてお話を聞いてもらいたいのだけれど……もちろん、このままの体勢でね」

「離しては、くれないのですか?」

「離したら話も終わりになっちゃうわね」

「……わかり、ました」

 引き続き抱きしめられたままのおかげで、私も体温が上がっていく。

 それと同時に、少し落ち着いてきた気がする。そんな私の様子を確かめてから、黒萩先輩はゆっくりと話し始める。

「さっき少し話したと思うのだけれど、私は今ひめのちゃんとふみかちゃんと恋人関係なの」

「……」

 色々言いたいことがあったけれど、一度言葉を飲み込む。今は話を聞くのに集中しよう。

「二人とも、私の事を理解して、三人で付き合う事を承諾してくれている」

 話しながら優しい手つきで、黒萩先輩は私の髪を撫でた。

「私はね、みんなの事を心から愛しているの。ひめのちゃんとふみかちゃんはもちろんのこと、例えばるるちゃんも、かりんちゃんも、そして立花さんのことも」

「それって……」

「誰かを選ぶ。私にはそれができないの。そんな私でも、ひめのちゃんとふみかちゃんは愛してくれると誓ってくれた。私はみんなを愛しているし、愛された分は愛してあげたい」

「そっか、だから……」

 私は思わずそうつぶやく。黒萩先輩に手を握られたとき、泣いてしまった私を抱きしめてもらったとき、そして今この瞬間。

 黒萩先輩から伝わってくる想いが優しく私を包んでくれるようなあの感じは、黒萩先輩の愛情だったのかも。

「ねぇ、立花さん。こうやってギュッとされて嫌だって感じる?」

 そう言われて、今身体に触れている黒萩先輩を意識してしまう。

「――いえ、嫌ではない、です」

 不思議と心地よく感じるのは、きっと隠せない。

 素直にそう言うと、嬉しそうに黒萩先輩が小さく笑った。

「よかった。じゃあ、立花さんを好きな私の事はどう思う?嫌い?」

「嫌いではないです。むしろ――」

 言いかけてやめる。

 なんだかずっと黒萩先輩のペースに持っていかれている気がする。

 ――もしかしたらこの人、意識せずこういう感じにしちゃうのかも。

「そう、やっぱり自分の事を好きでいてくれる人には好感を持つものよね」

 私の髪を撫でていた黒萩先輩の手が、そのまま私の肩を通り、腕、手と段々と降りてきて指を絡めてきた。

「先輩?」

「じゃあ、かりんちゃんとこういうことをするのと、どっちの方が好き?」

「どうしてそこで、かりんの名前が出てくるんですか」

「だって、本当は悩んでるんでしょ?」

 後ろから抱き着いている黒萩先輩の表情はわからないけど、凛としたその声は全て見透かしているようだった。

「かりんちゃんの事が幼馴染としてでなく、恋人として好きになれるのかって」

「えっ……」

「違った?」

「そう、ですね……」

 心の中を覗かれたみたいでドキッとする。

 どうしよう、黒萩先輩に打ち明けてもいいのかな。

 ついさっきまで何も信じられなかったのに、私の事を好きと言ってくれて、身体に触れられているだけで少し心を許してしまっている。

「じゃあ、そんなうじうじしている立花さんに教えてあげる」

「なにを――って、ちょっと先輩!」

 私の手に絡められていた黒萩先輩の指が、ゆっくりと私の身体をなぞりながら服の上から脇腹の方へ移動する。

 さわさわと優しく撫でられて、くすぐったくて少し身をよじる。

「せ、せんぱ……っい!やめてくださいってば!」

 脇腹からさらに奥に手が伸びてきて、おなかを全体的に撫でまわされる。

「はっ……ふっ、ふぅ……」

 脇腹よりもくすぐったさは抑えられたけれど、抱きしめられながらおなかを触られている異常事態に、息が乱れていくのを感じる。

「ねぇ、立花さん。これ、気持ちいい?」

「んっ、いえ、くすぐったいとは感じますけど……」

「そう?ちょっとぽかぽかして、安心しない?」

 話しながら萩先輩は左手で私のおなか撫でながら、右手で髪を梳かすように触れてくる。

「そ、れはそうかもしれませんが……」

「それじゃあ、もう一押し」

 黒萩先輩は、私の耳元に口を寄せて

「好き。好きよ立花さん。誰にも優しく接してくれて、酷いことをした私にも心を開いてくれる。そんな立花さんが大好き。これは私の本心よ」

「あっ、ありがとう、ございます……」

 好きと言われて、素直に感謝の言葉が出てしまった。

「立花さん。私と付き合ってほしいって言ったら、恋人になってくれる?」

「え……?」

「私は立花さんのことが大好きだし、立花さんが良ければ恋人になってほしいなって」

 相変わらず髪の毛を撫でながら言う黒萩先輩のその言葉は、冗談には聞こえなかった。

 みんなを愛している。そう言っていた先輩の言葉に偽りはなかったってことなんだ。

 そんな黒萩先輩に告白されて、嫌な気持ちにはならなかった。

 嫌ではない……けど。

「――ごめんなさい。私、先輩のこと嫌いではないです。今、ギュッとされて落ち着けていますし……むしろ告白されて嬉しいって感じました」

 でも、だからってそれで付き合うのは、ダメだと思う。だって――

「私の好きって気持ちは、恋人になるには足りない気持ちなんです。だから……ごめんなさい」

「――そう。真剣に考えてくれてありがとう、立花さん。その気持ちだけで嬉しいわ」

 変わらず優しい声音で話す黒萩先輩に、私は安堵した。

「もう、以前の失敗を繰り返したくないんです。私は、かりんの告白に安易に答えてしまった事をずっと後悔していました。私の足りない気持ちじゃ、かりんの恋人になんてなれはしないのに……」

 気が付けばかりんとのことを先輩に話してしまっていた。会話して、抱きしめられて、信用できる人だと無意識に刻まれたからかもしれない。

「ねぇ、立花さん。ずっと気になっていたのだけれど、それはかりんちゃんに友達以上の感情は全くないってことなの?」

「それ、は……わからないんです……私、かりんのことは確かに好きなのに、でもみんなの事も大事だって思っていて」

「それは、悪いことなの?」

「えっと……?」

 首を動かして、抱きしめられながらも後ろにいる黒萩先輩の顔を見る。

 慈愛に満ちた表情で、なおかつ真剣な瞳をしていた。

「みんなを大切にすることはいいことだと思うわ。私もそうだってさっき話したでしょう?そんな大切な人に囲まれた中で、かりんちゃんに愛されて、立花さんはどう思ったの?」

「かりんが、私に特別な感情を向けてくれるから、私も同じだけの気持ちを返してあげたくて……」

「それで充分じゃないかしら」

「でも、私はかりんを……その、愛せている自信がなくて……」

 無意識に私は黒萩先輩から離れようとすると、先輩はまた頭を撫でてくれた。

「大切に思っている。愛そうとしている。その気持ちがなによりも特別な証よ。だって、そもそも今日私に会いに来たのは、かりんちゃんを私に取られたくない嫉妬心からでしょ?」

「あ……」

 そう。そうだった。

 黒萩先輩の隣を歩くかりんを見て、私以外に向ける笑顔を見て、黒い感情に支配されてしまった。

 その黒に染まったものの一つに嫉妬心は間違いなくあったと思う。

「私、かりんのことが好きです」

「ええ」

 いつの間にか先輩は私の身体を離していた。

「先輩がかりんに向ける好意よりもずっとずっと、かりんが好きです」

「そうね」

 黒萩先輩は私の言葉をただ受け止める。

「かりんをもっと愛したい。私の一番は、かりん以外はありえません。でも、かりんは――」

 ここに来る前にさんざん泣いたはずなのに、枯れない涙がまた頬を伝う。

「まだ、間に合うはずよ」

 普段通り優しい声で言う黒萩先輩。

 その言葉に、少し

 今日は今日だけは少し、先輩に甘えてもいい……よね。

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