10月~着地点へのこたえ~ 前編

 朝は少し涼しくなってきたかな、なんて登校中の道を一人歩きながら考える。

 隣に誰もいないこの寂しさも、いつかは慣れてしまうんだろうか。

 教室に着いて、ドアを開ける。私より先に学校に着いていたかりんがすでに席に座っていた。

 いつもはかりんと二人で時間を合わせて登校していたけれど、それも10月に入ってからはしないように決めていたのだ。


「おはよう」

「うん、おはようゆうちゃん」


 距離を置くことを二人で約束したとはいえ、ケンカをしたわけではないので、かりんとはごく普通に接する。うん、普通にできてるはず。

 自分の席に座ると、あみちゃんがこっちに向かってきた。


「ねぇ、優菜。最近二人ともちょっとよそよそしいけど……花梨となにかあったの?」

 私に耳打ちするかのように話すあみちゃん。声と一緒に息が耳をくすぐってきて私は少し身じろぐ。

 いつも通りに接していたつもりだったけど、あみちゃんにはバレちゃったか……。


「えっと、ちょっと色々あって……仲が悪くなったとかではないんだけど、お互いのために少し距離を置こうってことになって」

 当たり障りのないようにあみちゃんに伝える。

 これ以上心配をかけないように、私の気持ちは抑えめで淡々と。

「え?じゃあ、優菜と花梨は別れちゃったってこと?」

 驚いた様子で、それでも控えめな声であみちゃんは言った。

「うん……ってあれ?付き合ってるって言ったっけ?」

「なんとなくそうかなって思ってたんだけど、合ってたんだ」

 そういって、あみちゃんは目じりを下げた。

 あ、もしかしてやっちゃった?


「あみちゃん、かまをかけたの!?」

 つい大きな声が出てしまった!

 ちらりとかりんがこっちを見た気がしたので、私は慌てて口を押さえて声のトーンを落とす。

「あはは、ごめんね。でも結構バレバレだったかも」

「そっか、まあいつか話さなきゃなとは思ってたけど、まさか気づかれてたなんて……」

 あみちゃんに出会う前からかりんとはずっと近くにいたし、かりんと付き合ってから接し方を変えてたわけじゃないんだけどなー。 あみちゃんにはバレちゃってたのか。


「そういえば、るるちゃんからは連絡来てる?」

 あんまりかりんとの話を続けたくなかったので、気になっていたるるちゃんの事をきいて話題を逸らす。

「うん。毎日メッセージ送り合ってるよ。お姉さんも大分落ち着いてきたみたいで、しばらくしたらるるもこっちに戻ってくるって」

 言いながら、あみちゃんはスマホの画面を私に向けた。

 そこにはあみちゃんとそのお姉さんらしき人が映ったツーショット写真だった。

 それにしても流石双子。あみちゃんとお姉さん、本当にそっくりだ。

「そっか、よかったぁ」

 あみちゃんに見せてもらった写真を見て、私は心底安心した。るるちゃんのお姉さんの事ももちろんだけど、あみちゃんがるるちゃんと普通に連絡を取り合っている事が知れてホッとする。

 あの日女神さまと一緒にいたのが本当にるるちゃんだったと女神さまから聞いたことは、まだあみちゃんには伝えていない。


「――この間、優菜が来てちゃんと言ってくれたおかげだよ」

 目を細め、柔らかい表情であみちゃんは言った。

「るるは私を裏切るようなことはしないって信じられたからさ。あの時、もし女神さまと一緒にいたのがるるだったとしても、きっと何か事情があったんだって思えたんだ」

「そっか……あみちゃんは強いね」

「それ、引き込もり状況だった私の所に突撃した優菜が言う?」

 茶化すようにあみちゃんは言ったけど、るるちゃんを信じる真っ直ぐなあみちゃんを羨ましいなと思った。


 もし、私だったら?


 もし今かりんが女神さまとキスをして、それを私が目撃したら?


 ――わからない。


 わからないけど、それはなんか、イヤだな。

 なんでそう思うんだろう。

 かりんはもう、恋人ではない。

 私はかりんと同等の感情で接してあげられなかった。

 これじゃあ、ただのワガママなんだよね。


「まあそのことについては、るるが戻ってきたら折を見て訊こうかな」

「うん。私もそれがいいと思うよ」

 私の言葉にあみちゃんは頷くと、話は戻るんだけどと言って、

「優菜と花梨、今日も別々に帰るんだよね?」

「しばらくはそうなる、かな。普通の幼馴染の関係に戻るためにも、接する時間を減らしておきたいってかりんも言ってたし」

「んー、じゃあさ今日の放課後、買い物に付き合ってもらっていいかな?」

「大丈夫だよ。どこ行くの?」

「もうすぐるるが戻ってくるから、プレゼントを用意したくてさ。そうして準備してたら私も色々話す勇気が出るかなって」

 ちょっと照れた様子で話すあみちゃん。

 私は頷いて、

「なるほど。それじゃあ、またショッピングモールにいこっか」

「そうだね、じゃあ優菜、放課後よろしくね」

 始業のチャイムが鳴ったので、あみちゃんが席に戻る。


 ちらりとかりんの方を見ると、目が合った。

 慌てて二人とも目を逸らす。

 なんだかタイミングバッチリでクスリと笑ってしまった。




 * * * 




 放課後、約束通りあみちゃんとショッピングモールにきていた。

「うわぁ、こんなファンシーなお店入ったのかなり久しぶりかも」

 ちょっと懐かしい感じに浸りながら辺りを見渡す。


「私は初めてかも。でもるるはこういうの好きかなって」

「確かに、可愛い系のアクセサリーとか似合いそうだもんね」

「でも可愛すぎると子供っぽいって逆に嫌がられるかも」

「あー、それはありそうかも」

 頬を膨らましたるるちゃんの様子がありありと目に浮かぶ。可愛い。

 色々二人で見て回ると、あみちゃんがキーホルダー売り場付近で立ち止まった。


「これ、どうかな。シンプルで可愛くない?」

 あみちゃんが手に取ったのはネコのキーホルダーでクロネコとシロネコのペアとして売ってあった。


「おー、いいじゃん!るるちゃん、ネコっぽいところあるもんね~」

「え?」

 あみちゃんがこっちを見て一瞬固まる。

「え?」

 私もなんでかわからずに同じように固まる。

「――いや、ごめん。なんでもない。そうだね、シロネコの方をるるにプレゼントしてお揃いにしようかな」

「ちょっと待って!今の間はなに!?」

「喜んでくれるといいなー。プレゼント選び、付き合ってくれてありがとうね、優菜」

「え、スルーな感じ?」


 一体なんだったの……?

 とりあえず触れない方がいい、のかな。

「よし、じゃあ帰ろうか」

「そ、そうだね。駅まで戻ろっか」

 何でもないような態度を貫くあみちゃんにはそれ以上突っ込まずに、

 二人で駅まで戻って、改札前であみちゃんと別れた。

 あみちゃんは電車に乗って帰るみたいだけど、ここからだと私はバスの方が早いので、バス停に向かう。

 時刻表を見ると、あと五分でバスが来るみたいだ。

 それにしても、あみちゃんがキーホルダーを選んでる時の表情が忘れられないな。

 るるちゃんのために真剣に選んで、見つけたときのあの笑顔。

 あれが恋する顔なのかなって思っちゃったもんね。

 私にたりないのはきっと、ああいう感情、なのかな。


 なんてしんみりしていると、突然、空気が、その場の雰囲気が変わった。

 もう何度も経験しているからわかる、女神さまが近くにいるんだ……。


 あの日、女神さまと対面した時の事が思い出される。

 かりんとの今の状況の元凶のような出来事でもあるし、出来れば会いたくはない。

 でも、あの日は会話が中断されてしまったし、女神さまのホンシツは全く分かっていない気がする。

 女神さまと二人の女の子との関係。

 今日もまたどちらかの子とデートをしているのかな。それとも……。

 周りを見渡しても、女神さまはいない。

 バスが来たけど私はそれに乗らず、辺りを探すことにした。


「あ、いた」

 駅から少し離れたところ。人通りがあまりないところに女神さまが立っていた。

 誰かと待ち合わせしてるのかな?

 話しかける?いや、どうしようかな。

 一応気づかれないように、遠くから女神さまを視界にとらえつつ、考える。

 すると、誰かが女神さまに近づいてきていた。


 あれは……。

 その姿を正確に捉え、一瞬呼吸が止まる。


「かりん……」


 なんでここに?どうしてかりんが女神さまと?

 次々と疑問がわいている私には気付かず、かりんは女神さまと親し気に話してから一緒に歩いて行った。

 ――追いかける?いや、 ダメだよね。よくないとは思う、けど……

 もう何も分からずにもやもやしたくない。

 二人の後をゆっくりと追う。女神さまの特有の雰囲気のおかげで、かなり後ろからでも見失うことはなかった。


 二人の会話の内容までは流石に聞こえないけど、話が弾んでかなり仲が良さそうだった。

 かりんと女神さまの接点なんて、今までなかったはずなのに……。

 そんなことを考えていると、見覚えのある場所についていた。


 確か、この辺りは夏休みにかりんとデートで来たことあった。

 その日は途中で雨が降ってきて――

 記憶を辿ってたどり着いたその場所で、かりんと女神さまも立ち止まった。

 雨が降ってきたあの日、かりんと避難したホテル。

 そこに、二人が入っていくのを見た私は、目の前が真っ黒になる感覚だけが残った。




 * * * 




 次の日、教室に入ると、いつも通りかりんが先に来ていて席に座っていた。

「おはよう、ゆうちゃん」

「うん……おはよう」

 普段通りのかりん。昨日の出来事は何一つ感じさせない。

 女神さまと一緒にホテルに入ってそれからどうしたんだろう。

 私たちみたいなこと、した、のかな。

 でももうかりんと私との関係はただの幼馴染に戻っている。

 いや……戻ったとも言い難いかも。

 そんな私がとやかく言う資格なんてないよね。


 もしかして、女神さまと付き合いたくて私と別れたとか……。

 そんなことはないって思いたいのに、悪い考えがぐるぐると頭を巡る。


 ふとかりんと目が合う。

 楽しそうに女神さまと歩いていた昨日の光景がフラッシュバックする。

 血の気が引いて、気分が悪くなる。


「優菜?大丈夫?」

 近くにいたあみちゃんが声をかけてくれたが、返事をする余裕もない。

 喉からなにかせり上がってくる感覚を覚えて、急いでトイレにかけこんだ。

 吐き出しそうになるものをグッとこらえる。


 深呼吸をして、感情を抑え込む。昨日の記憶も、この嫌な気持ちも全部吐き出してしまいたい。

 そうしたら、楽になるのかな。――楽になって、いいのかな?

 気付いたらそんな衝動もぜんぶ一緒に抑え込んで、内側にしまい込んだ。

 時が過ぎれば落ち着くと思っていたけど、どんどん気分が悪くなる。

 どうしよう、流石に授業を受けていられるような状態ではないし……。

 保健室。ここからだと教室に戻るよりも、直接保健室に行く方が早いよね。

 割れそうな頭と重たい体を引きずって保健室に向かう。

 保健室に着くと、保健の先生が優しく声をかけてくれて、私は促されるままにベッドで横になる。

 楽な姿勢のおかげか、大分気分が落ち着いてきた。

 次の授業の欠席の連絡は先生がしてくれるみたいだけど……私からも連絡しておこうかな。

 いつものようにかりんへのトーク画面を開くと手が震えた。

 すぐに送信先をあみちゃんへと画面を切り替える。

『体調が悪いから保健室にいるね。次の授業はお休みする』

 まだ休み時間だったから、すぐに返信が返ってきた。

『わかった。私、付き添いにいこうか?』

『保健の先生がいてくれてるから大丈夫。ありがとう』

『そっか、じゃあ次の休憩時間にお見舞いに行くね』

 お見舞い……。

『ありがとう。あの、申し訳ないんだけど、その時はあみちゃん一人で来てもらっていいかな?ちょっと、かりんとは顔合わせづらくて……』

『了解。私の方からうまく伝えておくよ』

 ありがとうのスタンプを送ってから、目を瞑る。


 横になって視界を塞ぐと、記憶の中のかりんが思い浮かんだ。

 かりんの事を考えるのをやめたいのに、離れてくれない。

 気持ちを落ち着かせたいのに、どうにも出来ないの?

 かりんの事、忘れたい……。

 そこまで考えてしまう私のことも嫌になってしまう。

 何も考えたくないのに、色んな事が頭の中をぐるぐると回る。

 ――今回の事は一体誰が悪いんだろう。

 私が女神さまと接触したから、女神さまとかりんが……。

 どうして私が女神さまに会いに行ったんだっけ。


 そうだ。


 そうだよ。


 女神さまが全ての発端なんだ。


 全部全部全部全部、女神さまのせいじゃんか。




 * * * 




『るるちゃん、突然ごめんね。黒萩先輩にすぐに訊きたいことがあるから、連絡先教えてもらってもいいかな?』


『わかりました。先輩に伺ってみますね』


『うん。ありがとう、よろしくね』


『あ、お返事来ました。大丈夫だそうですので、早速、連絡先送りますね』


『ありがとう!じゃあ、明後日るるちゃんが学校に帰ってくるの、待ってるからね!』


『はい!遅くなってしまいましたが、またよろしくお願いします!』




『黒萩先輩、連絡先教えていただいて、ありがとうございます。お話したいことがありますので、明日の放課後、校舎裏 でお会いしたいのですが、ご都合いかがでしょうか。』

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