6月~雨の日とやさしさ~


 GWの旅行を終えて普段通りの学校生活に戻る。

 ひとときの非日常は気が付けば過去のものになり、春を越えて6月になっていた。

 気温が急激に上がる中、今年もバッチリと梅雨の時期に入り、一昨日から雨が降り続けている。

「うーん、なんかちょっとだるいかもしれない……」

 放課後の教室で私は机に突っ伏しながらそう呟いた。

 時期のせいもあってか、昨日からうすうす感じていた体調の悪さが深刻化している気がする。

「ゆうちゃん、大丈夫?」

 真っ先にかりんが気付いて近寄ってくる。

「んー……だんだんしんどくなってきちゃって」

「そっかー……保健室寄っていく?」

 かりんが私のおでこに手を当てて、「熱はない、っぽいかな?」と自分の体温と比較する。

「家にお薬もあるし、このまま帰ってゆっくりするよ」

 かりんと話していると、後ろからあみちゃんとるるちゃんもやって来ていた。

「じゃあ、今日の予定はパスしよう。優菜の体調が第一だし」

 あみちゃんが優しくそう言うと、るるちゃんも頷いた。

「そうですね。また立花さんが元気な日にみんなで遊びましょう」

「みんな、ごめんね……」

「気にしないでいいってば!ほら、ゆうちゃんは私が家まで送ってあげるから、帰ろ?」

「ありがとう~……」

 差し出されたかりんの手を握って椅子から立ち上がる。

 柔らかいその感触に少し気分が和らいだ。

 かりんと一緒の帰り道、もともと降っていた雨の勢いは増すばかりだった。

 傘を差した二人で広い道を並んで歩く。

 教室で繋いでいた手はさすがに離していて、少し残念かも……。

 そんなことを考えていると、雨に加えて風も強くなってきた。

「うわー!」

 かりんの悲鳴を横で聞きながら、風で傘が飛ばされないように、とっさに傘を風が向かってくる方に向ける。

「ちょっと風強すぎない!?」

「ゆうちゃん、飛ばされないように気を付けてね!」

 激しい勢いで雨が叩きつけてくる中、少しずつ歩みを進める。

 風が弱まるころには傘なんかでは到底防げない雨によって、体中濡れてしまっていた。

「ううっ、びしょびしょで気持ち悪い……」

 かりんがそう呟くのに同意する。

 濡れて肌に張り付いたシャツの感触も最悪だし、避けようのない地面の水たまりで靴下まで濡れてしまっている。

「もうちょっとで家に着くから、もう少しの辛抱だよ」

 私自身にも言い聞かせるように言って、私たちは家まで急いだ。

 今日は家に着いたらさっさとお風呂に入って寝よう……。


 * * *


 かりんに家まで送り届けてもらった次の日。

 体の重たさは増していて、体温計の値は37.9度を示していた。

 私は完全に風邪をひいてしまっていたのだった……。

 なんとか学校におやすみの電話を入れて、両親にも一応メッセージで伝えた。

 そうだ、かりんにも休むって送っておこう。

『かりん、私今日風邪ひいちゃったみたいで、学校休むね』

 送ってすぐに通知音が鳴った。

 もう返信がきた!

『え!?大丈夫?私も学校休んで看病するよ!』

 かりんらしい気遣いだけど、お薬飲んで眠れば治るだろうし……。

『ありがとう。でも大丈夫だから、かりんは学校ちゃんと行ってきてね』

『うん……わかった。でも、なんかあったらすぐ連絡してね!』

『了解』

 ベッドに入り目を閉じる。

 風邪を治すためにも早く寝ないと……。

 そう思えば思うほどなんだか眠れなくなってくる。

 一度立ち上がり、フラフラになりながらも水を飲みに台所へ歩く。

 コップに入れた水をゆっくり飲んで、息を吐く。

 その息がとても熱いことに気付いて驚く。

 また戻ってベッドに入っても眠れそうにはなかった。

 体もひどく熱い気がする。

 もしこのまま……なんて最悪な考えがよぎる。

 誰もいない家の中、悪い感情がぐるぐる回って気持ち悪い。

 とりあえずベッドに入ったけど眠ることができない。

 少し開いたカーテンの隙間から光が差しこんでいて少し煩わしいけど、それを閉める気力もなくなってきていた。

 何も考えたくないのにそうやって長い長い時間が過ぎて、12時に。

「なにか、たべなきゃ……」

 食べられそうなら栄養を取った方がいいって聞いた気がする。

 その方がもしかしたら気分も落ち着くかもと立ち上がろうとしたとき、スマホが鳴りだした。

 かりんからの着信だ。

『もしもし?』

『あ、ゆうちゃん、ごめんね起こしちゃったかな?』

 心配そうなかりんの声が、頭にゆっくり浸透するように聞こえる。

『ううん。だいじょうぶだよ』

『今ね、ゆうちゃんのお家の前まで来てて、合い鍵使って入ってもいいかな?』

 そういえば、かりんには家の鍵渡してたなとあんまり働かない脳で考える。

 あれ、でも今ってお昼だよね。

『え?かりん、学校は?』

『あー、あとで説明するね。とりあえず入るよー?』

『う、うん、わかった』

 玄関からガチャッと鍵が開く音がして、本当にかりんが家に入ってきたみたい。

 部屋の扉からコンコンとノックの音がする。

「ゆうちゃん、入っても大丈夫?」

 そう訊かれて、そういえばパジャマ姿だなとか、髪もボサボサだとかの考えが一瞬頭によぎったけど、かりんにならまあ……。

「うん、だいじょうぶだよ」

 部屋に入ってきたかりんは、ゆっくりと私のそばに来た。

「ごはん、食べた?」

「ううん、まだだけど……かりんはどうしてここに?」

「やっぱりゆうちゃんが気になって、授業どころじゃなかったから来ちゃった」

 わ、私のせいでかりんを学校休ませちゃった……。

 かりんは私の顔を見てそれを察したのか

「あ、ちゃんと先生には言ってあるからね?本当はあみちゃんたちも来たかったみたいなんだけど、あんまり大人数で押しかけるのも迷惑だから」

「――そっか、かりんありがとう」

 優しく笑いかけてくれるかりんに、温かいその声色に、体が少し軽くなった気がした。

「まだ何もやってあげてないよ~。看病はこれからなんだから!じゃあ、まずはご飯だね。色々買ってきたから一緒に食べよ!」

 かりんが持ってきてくれたお粥やゼリーを食べてお薬を飲む。

 その後かりんに流されるままに身体を拭いてもらってお着換えも済ませると、体調がだいぶマシになってきていた。

 頭は相変わらず働きそうにないけれど……。

「本当にありがとうね、かりん。でもこれ以上いたら風邪がうつっちゃうかもだし、お家に戻っても大丈夫だよ」

「大丈夫だって、なんとかは風邪をひかないって言うでしょ?」

「かりんはバカじゃないから風邪ひくもん……」

「もう、風邪の時くらいおとなしく甘えてもいいのに~」

 ベッドに横になっていた私をかりんはギュッと抱きしめた。

 体と心がぽわぽわしてくる。

 あー、嬉しいなぁ、きてもらえてよかったなぁ。そんな感情が高まってきて、気が付けば声に出ていた。

「一人でいて寂しかった……このままどうなるんだろうって考えて、苦しかったよ……」

「そうだよね。大丈夫だよ、ゆうちゃんは一人じゃないよ」

「――かりんが幼馴染で良かった。私のそばに居てくれる人がかりんで良かったぁ」

 一度解き放った感情は、とどまらずに流れ続ける。

 こぼれ落ちてしまっている涙を見られないように、私からも強くしがみつくようにかりんを抱きしめる。

「ありがとう、かりん、私を大切に思ってくれて。大好きだよぉ」

「う、うん。私も――」

 なんだかさらに強い熱を感じながら、私は安心からか意識を手放していった……。


 * * *


 熱が下がって体調が万全になった土曜日、かりん達は三人揃ってお家に来てくれた。

「それにしても優菜が元気になってよかったよ」

 あみちゃんがポンと私の肩に手を置いた。

「はい。昨日は心配で心配で……ですので柚木さんに託していました!」

「みんなの分、元気をお届けいたしました!」

 るるちゃんから託された使命を果たしたよ、とえっへんと胸を張るかりん。

「本当にかりんには助けられたよ~みんなも心配かけてごめんね、元気もらったよありがとう!」

 今日こうして元気に動けているのは、間違いなくみんなのおかげだと思う。

 昨日かりんが来てくれて……あ、昨日といえば。

「そういえば、昨日は途中で寝ちゃってごめんね、かりん」

「う、ううん。大丈夫だよ。ぐっすり寝られたなら良かった良かった!」

 あはははと笑うかりん。

 ビミョーにかりんと目が合わない気がするのは気のせいかな?

「あー、昨日から結構外も暑くなってきたよね」

 と、わざとらしくかりんが話題を変えた気がする。

「確かに。ここから気温は上昇し続けていくって天気予報でも言ってたよね」

 窓から外を見てあみちゃんが言う。

 そろそろ夏服に制服も変えたくなってくる季節だもんね。

「暑くなってくる――そうだ!みなさんにお話ししたいことがあるんでした!」

 るるちゃんが立ち上がって声を上げる。

 いつもよりもテンションが高い気がする!

「よければ夏休みの期間に、わたしの別荘で遊びませんか!」

「べ、別荘!?るるちゃんの別荘!?」

「あ、ごめんなさい。正確にはわたしの、ではなく赤守家の、でしたね」

「多分かりんが引っかかってるのってそこじゃないと思うけどね!?」

 私とかりんがあわあわしてる中、あみちゃんは落ち着いていた。

「私は賛成だよ。その別荘はどこにあるの?」

「えっと、ここから北の方なんですけど」

「――ちょっとあみちゃん!スルッと受け入れて話を先に進めないの!」

 かりんの言葉に私もうんうんと頷いた。

「でもみんな、赤守なら別荘の一つや二つくらい持っててもおかしくないなって思ってたでしょ?」

 あみちゃんがそう言うのでふと考える。

「いや、そこまでは思ってないよ!?」

「ごめんかりん、私はちょっと思ってた」

「ゆうちゃん!?」

 かりんに肩をぺちぺちと軽く叩かれ、しばしみんなで笑う。

「お嬢様キャラはお話を進めるのに便利と相場が決まってますからね!」

 るるちゃんは自信ありげにそう言った。

 ――いったい、なんの相場だろうか……。

「それで、みなさんご予定は大丈夫でしょうか……?」

 おずおずと聞いてきたるるちゃんに三人とも首肯する。

「さっき言った通り私は賛成」

「私も私も!ね、ゆうちゃん」

「もちろん!ご招待ありがとうね、るるちゃん」

「いえいえ、みなさんに来ていただけて嬉しいです!」

 こうして私たちはるるちゃんの別荘にお呼ばれすることになったのでした。

 スケジュールを調整して、夏休み始めでGOすることになったので、

 話の流れでそのままやりたいことを出し合っていた。

「私、バーベキューしたいんだけど大丈夫かな?」

「はい!もちろん準備できますよ!」

 かりんの提案がるるちゃんに受けいれられたことで、よし!とかりんがガッツポーズ。

 出発の日程を眺めていると、私はあることに気付いた。

「今回はみんなの予定的に二泊三日いけそうだよね」

「そうですね、みなさんと二回もお泊り!幸せです」

 るるちゃんも嬉しそうに微笑んでくれてこっちまで嬉しくなってくる。

「そういえば、別荘にはプールがあるって前に赤守から聞いた気がする」

 あみちゃんが言うと食い気味にるるちゃんが反応する。

「あります!水着もレンタル可能ですので、当日急に入りたくなっても安心です!」

 すごい、全肯定るるちゃんだ!

「でも、そんなに色々頼りきりになっちゃって、ご迷惑じゃないかな?」

「お気になさらないでください!管理しているのに、使わないともったいないですし、家族もとても喜んでいますので!」

 心底嬉しそうにるるちゃんを見て、じゃあ、お言葉に甘えちゃおうかなと

 夏休みの楽しみを積み重ねていった。

 ――ん?”喜んでいる”なんて、まるで元から別荘に行く予定を立てていたみたいな言い方かも?

 家族の人には、あらかじめ許可を取っていたってことなのかな。

 提案合戦が落ち着いてきたころ、かりんがちょっとお手洗いにと席を外した。

 あ、そうだ。かりんといえば

「ねえねえ、二人とも。夏休みのイベントに一つ追加したいものがあるんだけど、いいかな」

「はい、大丈夫ですよ。なんでしょうか?」

 るるちゃんはそう訊いてきたが、あみちゃんはなにかに気付いたようだった。

「実は、7月にはかりんの誕生日があってね。ちょうど別荘で遊ぶ日とも近いから、なにかサプライズできたらいいなと思ってさ」

「やっぱりそうか。いいね、私は賛成だよ」

「私もです!誕生日パーティ……!素敵ですね!」

 あみちゃん、続いてるるちゃんと二人とも肯定してくれる。

「じゃあどんなことやるかーとかは、これからちょっとずつ詰めていこうね」

 こうして私たち三人はメッセージグループを作成し、秘密裏にかりん誕生日パーティの準備も始めるのでした。

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