5月~みんなで旅行~

 無事に小テストを乗り越え、旅行の予定を立てた私たち。

 そう、GWに突入して今日はいよいよ温泉旅行の日!


「いやーいい天気!晴れてよかったねー」

 最寄り駅についてかりんは空を見上げる。


 いつも制服ではスカートだけど、今日の私服はショートパンツで元気一杯!な雰囲気が出ていて可愛い!

 隣で伸びをしているあみちゃんもキッチリとしたパンツスタイルで、オトナカッコよさがあふれている。


「明日も晴れの予報だし、バッチリ観光できそうでよかったよ。――赤守、大丈夫?ここまでの移動で疲れてない?」

「はい!みなさんとおしゃべりしていたらあっという間でしたね!」

 るるちゃんの私服は――そう、私がいちいち言わなくても誰もが想像つくであろう。


 小動物系お嬢様である(私しか言ってない)るるちゃんの魅力を最大限に引き立たせるお召し物。最終兵器――純白のワンピース!


「あー!ほんとにるるちゃんが期待を裏切らずにワンピースを着てここに存在している!ありがとう!」

「優菜、その話出発するときにも聞いたってば」

 あみちゃんに若干引かれながらそう言われても私は正直を貫くよ!

「感謝は何度でもするべきなの!」

「そういうゆうちゃんも、ワンピース似合ってて可愛いよ――私だって何度も言ってあげるからね!」

 グッ、かりんの笑顔がいつもの3倍くらい眩しい。これが旅行パワーか!


「えへへ、わたしも立花さんと同じワンピースで嬉しいです」

「偶然同じようなの持っててよかったよね!」

 るるちゃんとお揃いだなんて、恐れ多いかもとか一瞬考えたけど、着てきてよかったな!


「えーっと、バス停はあっちだったはず」

 一度来たことのあるあみちゃんが先導して私たちを連れていく。

「あ、あのバスがそうじゃない?」

「そうだね。ナイスタイミング!」

 かりんの指さす方向に丁度出発前のバスが止まっていたので、みんなで乗り込んでいよいよ旅館まで向かう。


 車内の2席ずつが空いていたので、私とかりん、あみちゃんとるるちゃんのペアで座る。

 私たちはバスの後方に、あみちゃんたちは前の方に座った。


「いやー楽しみだね、温泉」

「うん!温泉も楽しみだけど、やっぱり私はみんなで浴衣を着るのが待ちきれないんだよね~」

 そう話しながらかりんが私にもたれ掛かってくる。

「そうだね!私、浴衣着て温泉街を歩くなんて、生まれて初めての体験なんだ~。かりんは?」

「私は昔家族でしたことあったかなぁ。あんまり記憶に残ってないけど。そういえば、みんなで行くのももちろんだけどさ、私たちも一緒に温泉なんて行ったことなかったよね」

 私の肩に頭を乗せてくつろぎつつ、かりんは言った。

「うんうん。なかなか二人で行こうって感じにはならなかったもんね。あみちゃんの提案のおかげだなぁ」

「ほんとだねぇ」

 そうやってゆるやかに会話して十数分、バスは無事に旅館に到着!

 チェックインを済ませて少しだけお部屋で休憩してから、私たちはレンタルの浴衣を選ぶことにした。


「あ、そうだ緑ちゃん。わたし、前から考えていたことがあったんですけど――」

 珍しくるるちゃんがひそひそとあみちゃんとナイショ話を始めた。

 あみちゃんは少し屈み、るるちゃんはその耳元に口を寄せた。


「じゃあ、私たちは二人で浴衣選ぼっか。ゆうちゃん、こっちこっち~」

 かりんに手を引かれて、浴衣が並んでいる奥に向かう。

「うーん。あ、これとかいいんじゃない?」

 パッと見て直感で一つの浴衣を手にする。

「ゆうちゃん、着たいの見つかったの?」

「あー、いや私じゃなくてかりんに似合いそうだなって」

 私が手にしたのは淡い黄色の浴衣。落ち着いた柄で帯はアイボリーにしてメリハリのある雰囲気が感じられそう。


「私に似合うかなぁ。ちょっとおとなしめじゃない?」

「ほらほら、じゃあ身体にあててみてよ――うん、いいじゃん!かりん可愛いよ!」

 あわせてみると、案外エネルギッシュさも感じられて、かりんの魅力を存分に引き出せていた。

 我ながらグッドチョイス!


「もー、褒めすぎだってば!」

 あれ?かりんがかなり照れている……!これは貴重な照れ顔かも。

「ほんとだってば!いつもの元気っぽい感じに加えてちょっと上品さがあって、そこで新しい可愛さが――」

「ストップストップ!恥ずかしいから!」

 語りつくす前に、かりんに口を手で塞がれてしまった。むぅ。


「ね、ゆうちゃんのも探すよ。絶対に可愛いの見つけてやるんだから……!」

 本気の目をしたかりんが浴衣の吟味を始める。

 探していると、浴衣姿の美少女ふたりがこちらに歩いてきた。


「わ、るるちゃんとあみちゃん!もう浴衣に着替えてる!」

「えへへ、待ちきれなくて着ちゃいました!」

「赤守の提案があったから、案外迷わずに選べたんだよね」

「はい!ばっちりでした!」


 濃い緑の浴衣で白色の柄がアクセントになっていて、大人っぽい雰囲気を醸し出しているあみちゃん。そしてるるちゃんは赤色ベースの浴衣に大きな花びらの柄があしらわれていて、少しあどけなさが残っている。

 二人とも良く似合っていて綺麗だなぁ。

 そしてそんな二人の浴衣姿を見て、すぐに提案がなんだったのか分かった。


「なるほど、色指定!」

「色指定?どういうこと?」

 かりんはピンと来ていないようだった。というか、まだ私の浴衣を探してこっちにあまり意識が向いていない。真剣すぎる……!


「これって二人の名前の色ってことだよね?」

「そうそう、流石」

「正解です!」

 やっぱりそっか!私の回答に二人とも肯定してくれた。

 二人の名字に含まれる色。その浴衣を選んだみたいだった。

 それでもバッチリ似合っていて、やっぱり元がいいって素晴らしいね!


「それで、そっちはどんな感じ?」

「柚木さん、まだ選んでますね」

「あー、えっとかりんのは私が見つけてて、かりんが私のを探してくれてるんだ」

 そんなこんなでかりんを除く三人で会話していると


「見つけた!この浴衣はどうかな!」

 かりんが持ってきた浴衣は薄い桃色、桜色っていうのかな?

 そんな浴衣だった。


「ちょーっと私には可愛すぎるんじゃないかなぁ」

「そんなことないって!絶対似合うから、ほらあててあてて!」

 かりんは強引に私を鏡の前に連れていき、浴衣を私の前にあててきた。

「ゆうちゃん、最高にかわいい!」

「お、結構いいじゃん。それにしなよ」

「はい!すごく似合っています!」

「は、恥ずかしいってば……!」

 三者絶賛。みんなにべた褒めされて、顔がかーっと赤くなるのが感じられた。

「もう!かりん、早く着替えて温泉いくよ!」


 これ以上されると褒めころされちゃう!

 さっき調子に乗ってかりんを褒めまくったのを少し後悔するのでした。



 * * * 



 私たちは浴衣姿で温泉街を歩いていた。

 落ち着いた色合いの建物に古い木造の宿や趣のある店が軒を連ね、風が吹くと川のそばに植えられた柳の葉がざわざわと揺れる。

「わー、なんかこの雰囲気いいねー!和って感じ!」

「それに、浴衣姿でみなさんと歩くのがすごく新鮮で楽しいです!」

 からんころんと下駄の音を鳴らしながら、石畳の路地で前を歩くかりんとるるちゃんから楽しげな会話が聞こえる。


「花梨も赤守も慣れない下駄で転ばないように気を付けなよ」

 前の二人からはーいと返事が返ってきた。

「ふふっ、あみちゃんお姉ちゃんみたい」

「まあ、下に弟がいるしね。扱いには慣れてるっていうか」

「あの二人を妹扱いかー。まあ確かに、そんな感じするかも」

「でしょ?」

 あみちゃんと笑い合っていると、温泉の入り口に辿り着いた。


 かりんは大げさに手を伸ばして

「温泉とうちゃーく!」

 そんな様子を見ていると私までワクワクしてきた。

「おー、いよいよだね!」

「わたし、緊張してきました……!」

「それじゃあ、みんないくよ」

 あみちゃんを先頭に、みんなで館内に入っていく。 るるちゃんは1番後ろから様子を伺いながら追いかけてきていた。


「いらっしゃいませ!」

「大人4人でお願いします」

 フロントにあみちゃんが向かい、さっと対応してくれる。

 受付も無事済ませてタオルを受け取り、女湯ののれんをくぐる。

 いよいよだ!なんか私もるるちゃんみたいに緊張してきた。


「おー、案外すいてるねー。もしかしてナイスタイミング?」

 脱衣所につくなり、そういいながらかりんはロッカーを開ける。

 私たちもそれに続いて横並びになってロッカーを開ける。

 ――うわー、このお風呂前に服を脱いでいくの、すごく緊張するよね……。

 こう、みんなそんなにまじまじ見てるわけじゃないと思うんだけど、肌をさらすのは恥ずかしいというか!

 いやいや、大丈夫。この前の身体測定もそんな悪くない結果だったし、なにも恥ずかしいことなんてない!――ほんとに?

 なんてぐだぐだしつつちらりと横目で隣を見ると


「はやっ!」

 思わず声が出た!もうかりんもあみちゃんも脱ぎ終わってタオルを持っていた。

「ゆうちゃん、るるちゃん、先に行ってるね~!」

「私もお先。赤守、ゆっくりでいいからね」

「は、はい……」

 ガチガチに緊張したるるちゃんと私を残して、あみちゃんとかりんは温泉へと向かった。

 というか、私以上に緊張した様子のるるちゃんを見ていると、私も妙に冷静になってきた気がする。

 ゆっくり服を脱ぎつつ、るるちゃんに声をかける。


「あの、るるちゃん。なるべくこっちを見ないで話を聞いてほしいんだけど……」

「は、はい」

「私も実はみんなでお風呂ーって慣れてなくて、いますっごい緊張というか、恥ずかしいんだけどね」

「た、立花さんも……?一緒、ですか?」

 かなり声震えてる!さすがに私はそこまでではないかも!

 と思いながらも、話を続ける。


「さっきの二人はともかく、やっぱり緊張するものだと思うので……無理に私たちと一緒に入らなくても、ゆっくり自分のペースでお風呂入っていいからね」

 と、ここで私は衣服を全て取っ払えた。

 それじゃあねと言いながら、ドアを開けて温泉へ向かう。

 後ろからありがとうございます!と声を受けながら。


 身体を洗い、いくつかある湯船を見渡してかりんたちを探す。

 あ、いたいた。


「お待たせしましたー」

「お、ゆうちゃんいらっしゃい」

 湯船に浸かっちゃえば恥ずかしいとかあんまり感じなくなる!

 かりんとあみちゃんの近くに行くと、かりんが出迎えてくれた。

 ただ、あみちゃんは目をつぶったまま一言も話さない。


「え、あみちゃんめっちゃリラックスしてるじゃん……」

「ふぃー……」

「さっきはちょこちょこお話してたんだけどね。今は気持ちよくなっちゃってるみたい」

「いや、言い方!」

 周りの迷惑にならないように、声量を抑えてかりんにツッコミをいれる。


 まだうっすら恥ずかしさが残るので、二人の目を見られないので、自然と目線が下に。

 するとまあ、なんというか、あみちゃん……大きいな。

 あれ?今までの記憶をたどる。制服姿、今日の大人っぽい私服姿。

 頭の中のあみちゃんと、目の前のあみちゃんに齟齬が出てしまい混乱する。


「あー、ゆうちゃんダメだよ、そんなにじっとあみちゃんのお胸見ちゃ」

 と、かりんが私の耳元で

「私もさっき聞いたばかりなんだけど、結構気にしてるっぽいから、あんまり触れないであげようね?」

「う、うん。ありがとう、かりん」

 なるほど。正直うらやましいところだけど、普段のあみちゃんから想像できなかったということは、着痩せ――というよりも、色々と努力しているんだろうなと容易に想像がついた。


「んぅー……あ、そういえば赤守は?」

「おお、突然目覚めるねぇ」

「るるちゃんには私からゆっくりで一人で楽しんで大丈夫って伝えたよ。余計なお世話だったかな……?」

「いや、それでいいと思うよ」

 答えながら、あみちゃんは立ち上がって、

「サウナとか、私もゆっくり楽しんでおくから、二人は二人で楽しんでね」

 入口付近までゆっくり移動していった。

 かりんが私にひそひそと話す。

「あれは、るるちゃんの様子を見に行ったね?」

「絶対そうだよね?さすがみんなのお姉ちゃんだ」

「るるちゃん、大人数は苦手そうだし、あみちゃんに任せようか」

「だねー。じゃあ、私たちは露天風呂いかない?」

「いいですねー」

 こうして私たちは私たち二人でゆっくり温泉で気持ちよくなるのでした!




 * * * 




 お風呂から上がり、再度浴衣に袖を通した私たちは旅館への帰り道をゆっくり歩いていた。

 日が沈み始め、涼しくなった風が吹く。

 それが火照った身体にあたって心地いい。


「気持ちよかったねー!」

「ね、ついかりんと二人で長風呂になっちゃった。私、ちょっとだけのぼせてるかも」

「気温も下がって丁度いいし、風にあたりながら軽くお土産でも探そうか」

 あみちゃんはその後るるちゃんの方を向いて優しい声で

「赤守は、温泉どうだった?」

「すごく良かったです!緑ちゃん、みなさん、色々と気を使ってくださりありがとうございました!」

 満足そうなるるちゃんの顔を見て、一同ほっこりする。


 そんな中、かりんが一つのお店を指さす。

「みんな見て!イチゴソフトクリーム売ってる!美味しそう!」

 きらきらした目をしながらかりんはお店に近づく。

 続いてるるちゃんもかりんの後を追いかけた。


「もう、二人とも待ってよ。この後旅館に戻ったら晩御飯だよ?」

 あきれた顔をしてあみちゃんが腕を組みながらそう言った。

「えー、お風呂上がりのソフトを逃がす選択肢なんてある?いや、ないね!」

「わ、わたしも食べたいです!緑ちゃん、お願いします!」

 眩しいほどの輝いた純粋無垢な眼でかりんとるるちゃんがあみちゃんを見つめる。


 しょうがない、私も一押ししてあげますか!

「まあまあ、あみちゃん!私も、涼むために食べたいしさ。みんなで食べようよ」

「「お願いします!」」

 かりんとるるちゃんの勢いに押され、あみちゃんはため息を一つ。

「一個くらいなら大丈夫か。うん、じゃあみんなでお店に入ろう」


 そんなこんなでソフトクリームを堪能し、旅館で晩御飯のごちそうもしっかりいただきましたとさ。

 めちゃくちゃ美味しかった!


 その後もう一度今度は旅館内の温泉でゆっくりしてからお部屋に戻るとお布団がきっちり四人分敷かれていた。


「ふかふかお布団だ!」

 かりんがダイブすると、ぽふっと音がしてそのままかりんは動かなくなってしまった……。


「あー……気持ちいい。リラックスしすぎてすぐに寝ちゃいそう……」

「ふふっ、柚木さん。すごくぽわぽわしたお顔ですよ」

「ほれほれ、るるちゃんもこの魔力に呑まれたまえ」

「あーれー!捕まっちゃいましたぁ」

 布団でゴロゴロしたかりん妖怪に我らがプリンセスるるちゃんが捕縛されてしまった!

 でもまあ、当人は楽しそうなのでよしとしましょう。


「じゃあ、赤守と花梨はそこで一緒に寝るんだね。私と優菜はどこで寝るか決めようか」

「ちょ、ちょーっと待った!私、そんなに寝相良くないからるるちゃん蹴っ飛ばしちゃう!」

 慌てて布団から飛び出るかりん。

 それを見てるるちゃんは楽しそうに笑っている。


「では、わたしはこのお布団取っちゃいますね。柚木さん、残念でした♪」

「な、なんだってー!とーらーれーたー!」

 こ、小悪魔るるちゃんだ!レアキャラだ!


 かりんのオーバーリアクションに笑うるるちゃん。なんだか、私たちと過ごすことに慣れてきた感じで、心があったかくなる。


「そっちの端がるるちゃんなら、かりんは逆端だね。私はその隣にしようかな」

「わーい、ゆうちゃんの隣だぁ」

「それじゃあ、私は赤守と優菜の間ってことだね。了解、異議なし」

 あっさりと寝る場所が決まったので、かりんが持ってきたカードゲームで軽く遊ぶ。


 3周くらいしたところで、かりんがばたんきゅーした。

 ――ゲームに負け続けたわけではなく、眠さがピークになったみたい。


「もぅだめだぁ。目が開かなーい……」

「明日もあるし、そろそろ寝ようか」

 あみちゃんのその言葉で、解散が決定して各自のお布団に向かう。

「そうだね。ほらかりん、こっちだよー」


 私はおねむなかりんを引きずって、お布団まで連れて行った。

 そのまま、掛け布団をかけてあげると、うっすら寝息が聞こえてきた。

 寝つきが良すぎませんか、かりんちゃん?


「それじゃあ、電気消すね」

 私とるるちゃんがお布団に入ると、あみちゃんがスイッチを押して明かりを消す。

 真っ暗の中、私も目を閉じた。



 * * * 


 浴衣で眠るのが慣れなくて、私は一度目を覚ます。

 お手洗いに行って部屋に戻ってくると、誰かが広縁(旅館とかにある窓際にある椅子とテーブルのスペース!名前今日調べた!)の椅子に座っていることに気づいた。


「あ、立花さん」

「るるちゃんか、ごめんね、起こしちゃった?」

「いえ、慣れない場所でちょっと眠れなくて」

「私もそうなんだー、なにしてたの?」

「星を見ていました。結構きれいに見えていたので」

「わ、ほんとだー」

 るるちゃんの視線の先、窓越しの夜空には星が燦々と輝いていた。


「そうだ、立花さん。ひとつ、相談といいますか、お話聞いていただけませんか?」

「全然いいよー、聞かせて聞かせて」

 私は机を挟んでるるちゃんの前の椅子に座った。

 るるちゃんはありがとうございますとお辞儀して、話始める。

「先日、図書委員会のお仕事があった日のことなのですが、その日は年に数回ある書物の整理整頓の日でした」

「ああ、るるちゃんが帰りが遅くなるから先に帰ってねって言った日だね」

「そうです!その日は図書委員とは別に黒萩先輩がお手伝いに来てくださったのです」

「例の女神さまだ!黒萩先輩、色んな部活や委員会の助っ人に現れるって噂、本当だったんだね」

 黒萩先輩は教員からの信頼も厚いだろうし、色々頼まれごともありそうだ。


「それで、黒萩先輩とお仕事をしながらお話できる機会がありまして」

 言いながら、るるちゃんの頬が染まっていく。

 あれ、これはこれはもしや?

 私はうんうんと頷きながら、るるちゃんにお話の続きを促す。

「実際にお話をしたのは初めてでしたが、想像通りすごく優しくて包容力があって、大人って感じで」

 るるちゃんは両手を胸にあてて呟くように

「やっぱり理想の人。憧れの人だと思ったんです」

「憧れ?」

「はい。わたし、ちょっと子供っぽいといいますか、世間知らずなところがありますので……もっと余裕のある大人になりたいのです」

 るるちゃんは少し寂しそうな顔でそう話した。


「うーん、るるちゃんの無邪気さは利点だと思うし、今でも充分落ち着いてて立派だなぁと思うんだけどなぁ」

「わわっ、急に褒められるなんて思ってもいませんでした!ありがとうございます。でも――」

 るるちゃんはここで一呼吸おいて、真剣な目になる。


「わたしは黒萩先輩のような素敵な方になりたいです」

「――そっか、じゃあるるちゃんの夢、ってことだよね。私は応援するよ!」

 あの女神さまを好きな人は多い。お近づきになりたい、会話したい、触れ合いたい。そんな人はいっぱいいるってかりんが言ってた。

 そんな中、女神さまになることに憧れる。目標にしたるるちゃんはかっこいいなと思った。


「そういえば、黒萩先輩とはどんなこと話したの?」

「えーっとですね、好きな本の話ですとか、家族の話とお友達の話とかですかね」

「いっぱい話したんだね~」

「はい!どのお話も楽しかったです」

 人見知りしがちなるるちゃんが、初対面の人と会話が弾む。

 さすが黒萩先輩ということなんだろうなぁ。


「あ、それと――」

 るるちゃんは言いかけて


「やっぱり、なんでもないです!」

「え、なに、気になるじゃん!」

「えへへ、秘密です!」

「ちょっと、それはズルいって~」

「秘密なものは秘密ですので」


 笑うるるちゃんを見ながら、黒萩先輩との出会いがよっぽど嬉しかったのが伝わってきて、なんだか私まで幸せな気分になるのだった。


 こんな風にみんなと幸せに過ごしていく日々は変わらない、変わることがないと思っていた。でも。

 このときから少しずつ、でも確実に。私たちの歯車は狂い始めていたのだった。


 * * * 


 次の日、つまりお家に帰る日……!

 一泊二日、案外あっけなくて寂しいね。


 朝食を済ませた私たちは、お土産を見て回っていた。

 そんな中、私は案外早く選び終わったので、集合場所のベンチへ向かう。

 そこには先にあみちゃんが座っていた。


「あみちゃん、早いね!私も結構決断早いタイプだと思ってたんだけどなー」

「私は何回か来てるからね。前回買ってなかったものとか、リピートものとかある程度買うものは決まってたから」

「そっかー、じゃあ一緒に休憩だ」

「だね」


 お互いスマホをタプタプと操作していると、突然

『ガールズクエスト!』

 とあみちゃんのスマホからゲーム音が鳴った。


「――っ!」

 声にならない声を上げてあみちゃんは秒速でスマホの音量を下げた。慌てて周囲を見渡した後、プシューと音がしそうなほど真っ赤になって俯いた。

 え、気の毒だけどめっちゃ可愛いあみちゃんがそこにいた。

 幸い、周囲には人はいなくて多分、聞こえたのは私くらい。

 それよりも。


「た、立花、今のは聞かなかったことに――」

「ガルクエ!あみちゃんもガルクエやってたの!?」

 ガールズクエスト。古くから続く王道RPGのスピンオフのスマホゲーム。

 通称ガルクエ。ド直球世代は私たちよりも上の世代であり、私の周りではそこまでこの手のジャンルに触れている子がいなかったので、私くらいしかやっていないと思っていた。

 まさか、まさか同士がこんなところに!


「え、立花もガルクエ、やってるの?」

「そうなの!あみちゃんもやってたんだ~嬉しい!」

「私も。まさか、他にこの世代でやってる女の子なんていないと思ってた」

「あみちゃんのランクはどれくらい?私はね、初期からやってて――」

 共通のゲームの話で過去一に盛り上がる私たち。

 今までのストーリーの話や、ボスについて熱く語り合う……!

 嬉しい、ガルクエの話ができて嬉しい!


「そうだ、8月にあるガルクエのリアルイベント!あみちゃんも一緒に行かない?」

「行く。絶対に行く!一人では中々行けないよなって思ってたんだ!」

「だよねだよね!やったー!友達ができた!」

「いや、私たちは元から友達だってば」

 冷静なツッコミを受けていると、るるちゃんがこちらに近づいてきた。


「あれ、お二人ともなんだか楽しそうですね。お土産、よっぽどいいのが買えたのですか?――って、距離、なんか縮まってません?この短い間になにがあったのですか!?」

 るるちゃんがちょっとうろたえてるので

「秘密です!」

 と昨日のお返しに言ってやった。

 ちょっと意地悪しちゃった!


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