4月~ほんとの始まり~

「ゆうちゃんとおんなじクラスで良かった~!!」


 さわがしい始業式の教室の中、私の机に突っ伏しつつ周りの声に負けない声量でそう言った女の子。

  完全に机に顔をくっつけているから長い黒髪で机が全部埋もれてしまっている。

 その表情がどうなっているかは私からは見えないけど、心底嬉しそうなのは声から伝わってきていた。


「ほらほら、可愛い顔が全部髪で隠れちゃってるよー」

 顔の周りの髪を流してあげるとくすぐったそうに笑った。

「えー、そんなぁ~世界一可愛いだなんてゆうちゃん私のこと好きすぎじゃない?」

「はいはい、好き好きー」


 私の言葉に反応して嬉しそうにぱっと顔を上げる。

 そんな感じで割とぞんざいな扱いをうけても、ニコニコと笑顔を崩さないでいるこの子は柚木 花梨ゆずきかりん

 私とは幼馴染の女の子で幼稚園、小中、そしてこの白桜しろざくら女子高校までずっと一緒にいる。


「まあ、でもかりんとは同じクラスのほうが何かと都合がいいもんね」

「私、都合がいい女ってこと!?」

「そういう意味じゃないって」

「ゆうちゃんはそんな風に思っていたんだ……私はいまでも小学四年と中学二年の悲劇を忘れてはいないのに……」

「むしろそこの二回しかクラスが離れなかったのは、何かの陰謀じゃないかと疑っているんだけど……」

 私もかりんも結構な幸運の持ち主ではあるので、その結果だと思いたい。

 運命に選ばれしふたりなのかも。 なんちゃって。


 そんなこんなで普段と変わらずゆるいやりとりを交わしていると、ふと思い出した。

「あ、そういえば外のクラス開示表にさ――」

 言いかけると教室のドアが開いて見知った女の子が入ってくる。

 丁度その子の事を話そうと思っていたのでかなりタイムリー!


「やあ、おふたりさん。ひさしぶり」

「ひさしぶりー、今年はあみちゃんもクラスが一緒で嬉しいなって思ってたんだ!」

 髪を肩の上辺りで切り揃えたショートボブで、落ち着いた雰囲気のあるこの子は、私たちの共通の友達だ。その名もみどり 愛美あみちゃん。


「あみちゃんだ!――って、あれ?」

 かりんがあみちゃんの元に向かっていく途中で、隣の存在に気付いて立ち止まる。

 あみちゃんの左手には誰かの手がつながれていた。


「迷子?」

「――ま、迷子じゃありません!」

 私の言葉を否定してその子はあみちゃんの手を離して前に飛び出してきた。

 かりんも私と同じで迷子と思ったのか、目をぱちくりさせている。


「るるは――じゃなくて、えっと、わたしは赤守あかもりるるといいます!みなさんと同じ2年C組です!よろしくお願いいたします!」

 礼儀正しくお辞儀したその子は、胸上くらいの長さまでの髪が緩くウェーブしていて、どこかお姫様をイメージさせる。

 それと同時に身長も低めなこともあって、小動物感が漂っていた。


 つまるところ……


「「かわいいー!!」」

 私とかりんの声が重なる。

 突然の大声にるるちゃんはびくっと一瞬震えた。


「ちょっとあみちゃん、こんな子いつ拾ったの!」

「私たちにナイショにしてたんでしょ!はっ、つまり隠し子!?どうしようゆうちゃん、私たちのあみちゃんが不良に!」

「ですから、わたしはクラスメイトです!2年生です!子供扱いしないでください」

 るるちゃんは両手を大きく振って、同い年アピールをし始めた。

 かりんの突飛な発想は置いておくとして、わちゃわちゃし始めて収集が付かなくなりそうなので私はあみちゃんに説明を願うようアイコンタクトを送った。


 あみちゃんはパンパンと二回手を叩き、説明を始める。

「赤守は去年のあたしのクラスメイトで、色々お世話してたら懐かれたんだ。これからは二人もよろしく。で、赤守、こっちの二人が前に話した子だよ」

「はい。立花さんと柚木さんですよね。緑ちゃんからお話はきいています」

 それからるるちゃんは「懐かれたなんて子猫みたいに言わないで!」とあみちゃんの体をゆすった。かわいい。


 私とかりんがるるちゃんに軽く自己紹介していると、チャイムの音が鳴った。

 ホームルームが始まるので、席に戻る。

 なんだか騒がしい一年になりそうな予感がした。


 * * * 


 始業式から二週間ほどたったある日の放課後。

 るるちゃんとも少しずつ仲良くなってきて四人で行動することが多くなっていた。


 もうすぐゴールデンウイークを迎えるので、その予定を決めよう!

 という感じで今日は私のお家に集まることになったのだ。


 四人での帰り道、隣を歩くあみちゃんと二人で話し始める。

「それにしても、いい天気だしあったかい――というよりむしろ暑いよね!?」

「ほんとに。急に気温が上がっちゃったし、寒暖差激しいから体調に気をつけないとね」

 確かに、気をつけなきゃねと頷く。

 まだ外を歩けないほどの暑さじゃなく、日陰にいたら心地いい春らしさを感じられる。

「あ、もうすぐ私の家に着くよ」

「なんだかんだで優菜の家に行くの久々な気がする」

「あみちゃん、去年は色んな部活の助っ人で忙しそうだったもんね」

 バスケ部、バレー部、はたまた水泳部にまで。スポーツ万能なあみちゃんは色々な部活に引っ張りだこだった。

 私はそこまで運動は得意ではないので、ちょっと羨ましいな。

「まあ、それはそれで楽しかったけど今年はさすがに遠慮しようかなって思ってるよ」

「そうなんだー。よし、それじゃあ今年はみんなでめいっぱい遊ぼうね!」

 あみちゃんと二人で話していると後ろでるるちゃんがもじもじとしていた。

 かりんもそれに気づいたようで優しく声をかける。

「るるちゃん、どうしたの?」

「あ、そのー……実はわたし緑ちゃんのお宅以外にお邪魔した経験がなくて、緊張、しています……!」

 とてつもなく可愛い理由に、みんなの顔が緩む。

 ほっこりした空気の中、かりんが腕を上げて

「じゃあ今日はるるちゃんの二人目記念だね!お泊り会開催だ!」

「ちょっとかりん!勝手に人の家で開催を決めないで!」

「えー、ゆうちゃんだめ?」


 うっ、るるちゃんもちょっと期待した目をしてしまっている!

 まあ、明日もお休みだしね……。


「しょうがないなー。でも晩御飯の材料が足りないから、お買い物付き合ってね」

「やったー!ゆうちゃんありがとう!」

「お泊りしてもいいんですか!」

「優菜の料理また食べられるのか、楽しみになってきたなぁ」


 なりゆきでお泊り会まで開催することになった私たちはひとまずスーパーに向かうのだった。

 ちなみに、晩御飯のメニューは豚の生姜焼きになりました。

 るるちゃんが食べてみたいそうなので……るるちゃん、ちょっとズレてて可愛いな、もう!


 * * * 


 晩御飯も食べ終わり、休憩タイム。

 私の部屋でテーブルを四人で囲む。

 対面のるるちゃんがまだ少し緊張しているのがこっちまで伝わってくる。

 かりんみたいに気楽でいいのにと隣を見ると、まるで我が家のようにくつろいで気が緩み過ぎてる。

 ここまでにはならなくていいかも……。


「さて、それじゃあGW計画を立てていきますか」

「んー、そうだねー。あ、せっかくなら旅行に行きたいよね」

 私が会議をスタートすると、かりんがグーッと伸びをしながら提案する。


「確かに旅行したいね。でもあんまり遠出する資金もないし、この時期どこも人がいっぱいになっちゃうから、場所選びが重要だよね……!」

「じゃあ、こことかどうかな?」

 私とゆうちゃんが悩んでいると、スマホを操作していたあみちゃんがホームページを私たちに見せてきた。

 みんなで覗き込んでみると、どこかの旅館のようだった。

「ふむふむ、なるほどなるほど、これはもしや温泉地ですか!」

 かりんが目を輝かせる。よほど温泉だったのが嬉しかったのかな。

 たしかにあんまり二人だけだと行かないもんね。


「そういえば、あみちゃんって温泉に詳しいんだったっけ?」

「私が、というより家族が、だけどね。昔、この旅館に家族で泊まりに行ったことがあるんだ」

「へぇー、お、そんなに遠くないところなんだね」

 かりんは自分のスマホで旅館についてのページを見ていた。

 

 あみちゃんとゆうちゃんが向かい合って話を進めていく。

「そうそう、ただ最寄り駅からバスで少し先まで行かないといけないのもあって結構穴場なんだよね」

「そうなんだ。じゃあ、この旅館でならゆっくりできるかなぁ」

「一応予約するけど、ゴールデンウイークだからって温泉が激混みするってことはないと思うよ」

「なるほどーそれはありがたいねぇ。あ、ゆうちゃんみてみて!ここ浴衣のレンタルの種類いっぱいあるよ!」

「わ、本当だ。このピンクのやつ可愛いね!かりんに似合いそう~」

 隣に座っていたかりんが見せてくれたページには色々な柄の浴衣が載っていた。

 レンタルの種類が豊富だと見ているだけでワクワクしてくる!


「いいねいいね!ねぇゆうちゃん、るるちゃん、私はこの旅館がいい!」

「うん。私は賛成だよ、るるちゃんはどうかな?」

「わたしは……実は、温泉も初めてでして……」

 緊張した様子でるるちゃんは自分の手と手を合わせながらそう言った。

 そっか、行ったことなかったらちょっと緊張しちゃうよね。

 そんなるるちゃんにあみちゃんが優しく声をかける。

「赤守、無理しなくて大丈夫だからね。別にほかのところでもいいわけだしさ」

「ありがとう、緑ちゃん。でも」

 るるちゃんはそこで一呼吸おいて


「わたし、行ってみたいです。温泉!せっかくならみなさんと一緒に経験してみたいです!」

「うん。そうだね、じゃあみんなで楽しい思い出を作りに行こうか」

 よく頑張ったと言わんばかりにるるちゃんの頭をなでるあみちゃん。

 そんなあみちゃんも嬉しそうで、 GWがますます楽しみになってきた私たちなのでした。


「あ、そういえば今日はみんなうちに泊まるんだよね?着替えあったかなぁ」

「私の分はお構いなく!隣から取ってくるだけだから!」

 元気に宣言するかりんに対して、るるちゃんは首をかしげる。

「隣ですか?」

「ん?そっか、るるちゃんには言ってなかったっけ。私の家、ゆうちゃんのお隣なんだよね~いいでしょう?」

 自慢げに腰に手を当てるかりんにるるちゃんはまたもや目を輝かせる。


「お隣の幼馴染!うらやましいです!」

「まあ、かりんとは腐れ縁みたいなところはあるよね。それとかりんは隣に取りに行かなくても私の家にお泊りセット置いたまんまでしょ」

「そうでしたー!というか、あみちゃんの分もまだあるんじゃない?」

「あー、あみちゃん最後に来たのいつだっけ?まだ着れそうかな?」

「多分大丈夫だと思う。後で探して試してみようかな」

「だね。じゃああとはるるちゃんの分だけど……」

 私がるるちゃんの方に目線を向けると、大丈夫です!とスマホを操作した。


「事前にお家に連絡していましたので、お泊りセットを届けてもらえると思います!」

「なるほど、用意周到だねー」

 なんて私がのんびり言っていると、かりんが窓の外を見て

「あれ?なんか外にメイドさんいない?」

「えー?そんなまさかー。この近くにメイドカフェなんてないんだからさ」

 そして私も窓から外の様子を見て唖然とする。

 直後、インターホンが鳴り響きあみちゃんのあちゃーとした顔がずっと記憶に残るのでしたとさ。


 * * * 


 無事にメイドさんもとい、るるちゃんのお家の使用人さんからるるちゃんのお泊りセットを受け取り、全員お泊り準備が完了!

 るるちゃん、ちょっと箱入り娘感あるなーと思ってたけど、まさかの本物でしたね。

 いやー、びっくりびっくりだよ。


 さてさて。


「おふとん三つ敷いたので、これで寝る準備も完了っと」

「わざわざふとんしかなくても、私はゆうちゃんと同じベッドで良かったのにー」

「はいはい、仲がよろしいことで。ベッドの隣のふとんは花梨がどうぞ。私はその隣でいいから」

「では、わたしはその緑ちゃんの隣ということで!」


 という感じでベッドで眠る私から順にゆうちゃん、あみちゃん、るるちゃんと並ぶことになった。


「GW楽しみだねー。まあ、その前に数学の小テストを乗り越えなければならないのですが」

「もう、ゆうちゃん!せっかく忘れてたのに!なんてこと言うの!」

 かりんが嫌そうに手をばたばたと動かした。

「いや、忘れちゃダメでしょ。二人とも赤守を見習って――あれ、赤守?」

 あみちゃんの声を聞き、私はベッドから一番反対側のおふとんに目をやります。

 おやすみ前のガールズトーク。開始から数分のことでした。  

 そこには――


「すぅ……ふぅ……」


 ぐっすり眠りについたるるちゃんが在らせられました。

 天使の寝顔だぁ。

 あみちゃんが隣を覗き込んで微笑む 。

「ふふっ、いい寝顔。じゃあ私たちも寝ようか」

「そうしますか。おやすみ、かりん、あみちゃん」

 おやすみーと三人で言い合って、私も目を瞑る。


 と、しばらくしてベッドに近づく気配がした。

 直後にもぞもぞと誰かが潜り込んで――というか、こんな事しそうなのは一人しか思い当たらないので、すぐに反応する。


「こら、かりん。寝るって言ったでしょ」

「もうちょっとだけ。ね、ちょっとだけおしゃべりに付き合ってよー」

「しょうがないなー、もう」

「やったね!」


 かりんが完全に私のベッドに入ってきて、掛け布団に一緒に包まれる。

 他の二人は眠っているだろうし、小声で話す。


「それでどうしたの?」

「いやー、最近ゆうちゃんと二人っきりで話すことってそうそうないじゃん?」

「そういえば、そうかも。ここのところ四人でいる事が多いもんね」


 あみちゃんがるるちゃんを連れてきたあの日から、基本的に四人そろって行動しているし、かりんと二人で話すのは久しぶりになるのかも。


「四人でいられて賑やかで。それももちろん楽しいんだけど、ゆうちゃんとの時間も私は大切にしたいというか……」

「え、かりん。私の事好きすぎない?」

「もうー、からかわないでよー」


 ベッドの中でかりんにつんつんされる。


「ごめんって。でも急にそんなこと言うなんて、なんかあったんでしょ?遠慮せずにいってごらんよ」

「さっすがゆうちゃん!お見通しなんだね」

 ここでかりんは一呼吸おいて


「笑わない?」

「面白い話をするんじゃなきゃ、笑わないよ」

「うん……実はね」

 ずいっとかりんは私の耳元に近づいてさっきまでよりさらに小さい声になる。


「夢を、見たの」

「夢?」

「そう、ゆうちゃんがどこか遠くに行っちゃう夢……」

「私が?なんでだったの?」

「わかんない。でも、なんだか追い出されるように遠い場所に行くみたいな感じだったから、ゆうちゃんが悲しそうだったの」

「ほうほう、それでそんな夢を見ちゃったから寂しくなっちゃったんだ?」

 からかいっ気が少し混ざりつつもなるべく優しい声色で私は問いかける。


「それもなんだけど、私は夢の中でゆうちゃんを追いかけられなくて。悔しくて」

 かりんが動く気配がすると、気づいたら私の目の前にかりんの顔があった。

 びっくりする間もなく、かりんは続ける。

「ゆうちゃん。何があっても私は味方だからね。絶対に」

 そう言い切った後、慌ててかりんは私から顔を背けた。


「な、なんかごめんね!夢の話なのに、急にわーってなっちゃって。これだけは伝えとかないとって焦っちゃった!は、恥ずかしい」

「ううん。心配してくれてありがとう、すごく嬉しいよ」


 電気を消しているのでよく見えないけど、きっとかりんは耳まで真っ赤になっている。

 ――私は私で顔が赤くなっているかもしれないけど!さっきかりんが思いっきり顔を近づけていたのでね!


「じゃあ、私はこの辺で」

 そう言ってベッドからかりんは抜け出そうとする。

 さっきの目の前にあった真剣な表情のかりんを思い出すと、無意識にかりんの手を取って引き留めていた。

 だって、なんかこう……ここで追い出すのは違うじゃん?


「――ゆうちゃん?」

「ほら、今日はもう、いいよ。おいで寂しがりなかりんちゃん」

 さすがに恥ずかしいので、からかいっ気100%で私は言った。

「うん!ありがとう!ゆうちゃん」

 嬉しそうに飛び込んでくる私の幼馴染。ちょっと可愛いが過ぎませんかね?


 * * * 


「ん-……んぅー……?」

 右腕がやたら重く感じて目を覚ます。

 視線をそっちにやると、私の右腕に抱き着いたかりんが穏やかに眠っていた。

 空いた左手で何とかスマホを手に取り時間を確認する。

 7時かー、まあ、起こすのも可哀そうだししばらくこのままでもいいかな。

 ぽかぽかと温まる右腕と可愛い寝顔を眺めながらボーっとしていると


「いやー、ほんと仲いいね、おふたりさん」

 隣から声がした!なんかニヤついた顔が見える。


「え!あみちゃん起きてたの!?」

「おはよう。朝練のくせで早く起きちゃうんだよね」

 ひゃー、み、見られちゃった!私は左手をあちらこちらにバタバタさせる。


「あの、これは違うというかなんというか……」

「違うって?」

 あみちゃんの言葉にはてと


「ん……?確かに、なにも違わないかも?ベッドで一緒に寝てたらかりんが寝ぼけてぎゅーしてるだけだし」

 全部事実だ!大丈夫!それ以上でもそれ以下でもない!


「いや、それはそれで開き直り過ぎだけども……まあ、それも花梨の優しさなんだろうなって私は納得したし」

「かりんの優しさ?」

「優菜のところのご両親、またしばらく戻ってきてないんだろ?」

「あー、うん。お仕事にでてるから、一年くらい会えてないかな?連絡はちゃんとしてるんだけど、なかなか、ね」

 あみちゃんは一度かりんを撫でた。

 くすぐったかったのか、うーっと小さい声が聞こえた。


「花梨もやっぱり優菜が家で一人だと寂しいんじゃないかなとか、考えてたんだと思うんだ。だからこれは花梨なりの優菜への励まし、みたいな?」

 全部推測なんだけどねとあみちゃんは付け足して言った。


 そっか、そうなのかも。

 かりんはもちろん、かりんのお母さんにも色々助けてもらいながら過ごしてきた一年を振り返る。

 家に寂しく一人で過ごすって感じた日はそうそうなかったかもしれない。

 かりんの優しさに知らず知らずに支えられてたのかも。


「まあ、それはそうと友達とそこまでベッタベタなのもどうかなと同時に思うわけなんだがね」

「……デスヨネ」


 それは、まあ、確かに。

 流石に恥ずかしくなってきて(あと右腕も重くなってきて!)かりんを起こそうとゆさる。


「ほら、朝ごはん準備するから起きるよー」

「ぅー……んぁ……」


 まだ寝ぼけたとろとろの目のかりんを見ながら、もらった優しさはきっちり返さないとねと私は誓うのでした。


 * * * 


「ね、そういえばみんな、学校のあの噂知ってる?」

 朝ごはんを食べ終えて、依然私の家のリビングでまったりしていると、かりんが唐突に話題を振ってきた。


「噂ってなんのー?」

「ゆうちゃんも多分知ってる人の噂だと思うんだけどね。ほら、黒萩先輩の噂」

「ああ、例の『女神さま』の話?」

 あみちゃんの女神さまの例えで思い出す。

 黒萩先輩、私も一度だけ見かけたことがあったなー。 ほんの一言、挨拶くらいしかしなかったけど。


「黒萩先輩って、あのお綺麗な方ですよね。わたしも見かけたことがあります!包容力がある雰囲気で素敵ですよね」

 嬉しそうに話するるちゃんに、かりんは続けて

「そうそう、その先輩。私たちの代とか、一年生にもすごく人気があるんだよ~」

 すごい美人だし、確かに人気はありそうだ。

 私は噂に疎いので、そんなに実態は知らないんだけどね。

「私、黒萩先輩自身は知ってるけど、『女神さま』の噂?っていうのは知らないかも。あみちゃんは知ってたってことだよね」

「まあ、風の噂程度だけどね」


 では教えてしんぜよう!とかりんがはりきった。

「黒萩先輩って色んな人に分け隔てなく優しいから、特定の誰かと一緒にいるってことはなかったんだけどね!」

 ゴシップ好きなかりんはテンションを上げつつ話を続ける。

 意外とるるちゃんも食いついて聞いているのが面白い。


「最近一人の一年生の女の子とよく一緒にいることが多くて、実はなんとなんと」

 かりんは人差し指を天に向けたままずずっと前にもってきて

「お付き合いされていることが発覚したのです!」

 かりんの勢いに押されて私もるるちゃんも過剰に驚く。

「えーっ!!そ、そうなのですか!黒萩先輩が一年生の女の子と……!」

「へぇー!知らなかったな。黒萩先輩を射止めたのが一年生っていうのがまたすごいね」

「完璧美少女過ぎて、後輩からの告白は躊躇われているおかげか今まで誰も挑まなかったもんね~」

 白桜女子高校の高嶺の花。そんな人と付き合えるのなら、女の子同士だーとかそういうものは些細なものになるのだろうか。

 ちょっぴり気になりはしたが、本人たちが幸せなら、それでいいのかなと振り払う。

 と、隣のあみちゃんが苦い顔をしているのに気付いた。


「あれ、あみちゃんどうしたの?」

「いや、実はその噂というか、黒萩先輩にはもうちょっと色々あって……でも、あんまり信憑性ないし、ここでおしまい」

「えー、気になるじゃん!ねぇ、あみちゃん教えて~!」


 縋るかりんにおしまいだってばとたしなめるあみちゃん。

 あみちゃんの知るそんな噂もいつかは流れ着いてしまうのかなぁなんてぼんやりと考えた。

 人気者は人気者でいる限り色々大変なんだろうなぁ。

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