第46話 フォームチェンジ


「フンッ……所詮は寄せ集めか」


 足元に転がる兵士達に対して失笑を浮かべながら、ポツリと呟いた。

 主も、随分と面倒な縛りを入れるものだ。

 この程度の羽虫は、全て潰してしまえば良い。

 相手国との関係? 人族から警戒が強くなる?

 下らない、あれ程の力を持ちながら何を怯えているのか。

 全て、力でねじ伏せてしまえば良いではないか。

 だと言うのに、何故ここまで戦場を下らないモノに変えるのか。

 近頃は他の幹部達を使って、遊戯を始めたと聞いている。

 あぁ、そろそろ魔王に再戦を申し込む頃合いなのかもしれない。

 私に勝った王だというのに、ここ最近はあまりにも腑抜けている様に感じられる。

 思わずため息を溢してから、足元に居た兵士の脚を飛ばした。


「私は“殺す”許可を貰っていないのでな、そのまま勝手に野垂れ死ね」


 それだけ言って、もう片方の脚も斬り飛ばしてやろうと刀を振り上げた瞬間。


「ぜぇいやぁぁ!」


『maximum drive』


 此方に向かって、おかしなのが降って来た。

 思わず回避行動を取り、刀を構えてみれば。

 まるで、火の玉だ。

 轟轟と燃え上がる炎をその身に纏い、真っ赤な鎧が戦場に降り立った。

 私は、コイツを知っている。

 我が主に仕えている、幹部の一人。

 新参者の……スガワラ、と言っただろうか?


「なんのつもりだ? 貴様もまた、主に仕える身の上だったと記憶していたが?」


「それはコッチの台詞だ、“ゲンム”。殺すなと命令を貰っていた筈だが」


 ハッ、コレはまたおかしな事を言う。

 こんな場所まで訪れて、死が隣に居る戦場で。

 まさか最近やっているという“戦争ごっこ”を、本物の戦争に持ち込む気なのだろうか?

 思わず笑ってやろうかと思ったが……失笑も浮かばなかった。


「下らないな、お前は。殺し合いの場に赴いておいて、いったい何を――」


「お前が下らないと吐いた理想を掲げている人が居る。俺はその人に全てを捧げた、それだけだ。だからこそ、お前の行動は見過ごせない」


「カカッ! お綺麗な思想だな、若いの。ではどうする? コイツ等は敵だ、話し合いでもするのか? そして私は戦う為にココに居る、お前が相手するか?」


 青二才、そう言う他無い。

 下らない、理想ばかりを掲げる現実を知らない子供。

 事実この男は、人族だという話ではないか。

 本当に、寿命の短いモノは夢を見るのが好きだな。

 ククッと口元を歪めながら姿勢を落としてみれば。


「敵軍の大将は誰だ! 名乗り出ろ!」


 彼は大声を上げ、周囲を見渡してみれば。


「お前か……では、今から負傷者を回収し、帰って王に伝えろ。この地域は攻略不可、今後は干渉したいなら使者を寄越せ。話し合いの席なら、ウチの魔王様は応じてくれる」


 おいおいおい、おかしな事を言うんじゃない。

 これは戦場だぞ? 殺し合いの現場なんだぞ?

 だというのに、この男は勝手に。


「敵の撤退を、みすみす見逃すと思っているのか?」


「相手にもう戦意はない。なら、戦う必要は無い」


「下らん奴が幹部になったものだ……」


 それだけ言ってから、一気に踏み込み刀を振るった。

 遅い、弱い、未熟。

 そう評価する他無い。

 戦場に綺麗事を持ち込む事が、いかに間抜けな事か。

 あの世で後悔するが良いさ。

 此方の刀は相手の首に吸い込まれる様に進んでいき……。


「ほぉ?」


『青二才が。そんなにも戦いたいのなら、我々が相手になろう』


 彼の背後から現れたのは炎の竜。

 なるほど、これがイフリートか。

 魔獣、魔物、そんな風に呼ばれるが。

 コイツはそんな括りに収まらない化け物。

 幻獣とでも言うべき存在が、目の前の男を守って此方の刀を受けとめたではないか。

 しかし。


「我々、我々と来たか。貴様だけなら楽しめそうなものだが、そちらのガキを守りながら戦うつもりか? 自ら不利な条件を付けるとは、甘く見られたモノだ」


 一度距離を置き、刀を鞘に戻してから構えてみれば。

 竜は楽しそうに笑い声を上げ、翼を広げた。


『全く分かっていないな、お前は。自らよりも弱い存在は、無価値か? 戦闘において足枷にしかならないか? 否、否だ馬鹿者。それが理解出来ないからこそ、貴様は“その程度”で立ち止まっているのだろうが』


「では、何だと言うのだ? 竜ともあろうものが、それほどチンケな男に付いて。何の得があった? 貴様は、その者に付いて強くなったのか? あり得ないだろう? であれば、時間の無駄だ」


 こちらの質問に対し、イフリートは更に笑い声を上げる。

 何がおかしい、何を笑っている。

 貴様ほどの存在が、その弱すぎる宿主を守って何になる?

 思わず視線を細め、相手の事を睨んでみれば。


「舐められたもんだな」


『では、どうする? スガワラ』


「決まってんだろ相棒……全力で喧嘩してやらぁ!」


 宿主が叫べば竜も咆哮を上げ、周囲は炎に包まれていく。

 ほぉ、何かしら手があると言う事か?

 しかし、何度も見ても相手が私に勝てるとは思えない程度の実力。

 それこそ、今この場で人が変わったりしない限りは、勝機の欠片も無いだろうに。

 なんて、思っていたのだが。


「こっちだって毎日鍛えて耐えて、魔力ってヤツだって増えて来てるんだ。初期ステータスのままだと思うなよ、外道!」


『そうだ、怒れ。人とは感情によって高ぶり、身体はソレに応える! 今なら、今のお前なら出来る筈だ! 叫べ! スガワラ!』


 竜が翼を広げ、宿主が拳を振り上げてから。

 周囲の炎が彼に向かって集まっていくではないか。

 これは、何だ?


「行くぞ相棒……ステージ4! 変身!」


『行け、突き進めスガワラ! 貴様なら出来る! 我の半分を持っていけ!』


『「バーニングフォーム!」』


 深紅の鎧が、変化した。

 輝く様な赤色をしていた彼の鎧が、まるで溶岩を連想するかの様な赤に変わる。

 ゴツゴツと歪な見た目に、これまでの磨かれた紅蓮石の様な輝きは無い。

 赤黒く染まり、鎧の至る所に血管かとも思えるような模様が描かれていた。

 あぁ、そうか。

 そういえば、こいつの能力は。


「それが、“変身”というものか。確かに、“人が変わった”かのような脅威を感じるな」


『「勝負だ! ゲンム!」』


「来い、スガワラとやら」


 まるで獣の様な動きで迫って来た相手の拳を鞘に刺した刀で防いでみれば……あぁ、なるほど。

 コイツは、強敵だ。

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