第45話 戦場の空気
「スガワラさん、何度でも言いますけど……絶対に戦闘には参加しないで下さい。魔王様の言っていた通り、見学です。これは貴方に世界の事を教える授業です、必ず言い付けは守って下さい」
イザベラさんから何度も注意を受けながら、俺達はダンジョン経緯で現地へと転移した。
普段とは違う場所、見た事も無いゴツゴツとした岩山が広がっており……更には。
「なんか……変な臭いが」
「覚えておいて下さい、コレが戦場の臭いという物ですよ」
何かが焦げる様な臭い、独特な錆びた鉄の様な香り。
そして何より、様々臭いが入り混じった様な表現し酷い香りが充満していた。
更に、遠くからは人の叫び声。
雄叫びや、悲鳴の様な声が聞えて来る。
「行きますよ、スガワラさん。但し、前には出ないで下さい。基本的に姿を隠して、仲間にも敵にも発見されない様に」
普段よりずっと鋭い雰囲気のイザベラさんの後に続き、姿勢を下げながら岩陰から視線を覗かせてみると。
そこには……地獄が広がっていた。
「見えますか? 敵に囲まれている、刀を持った魔族。彼がウチの幹部の一人、“ゲンム”です」
普通なら“助けにいかないと”とか思った筈だ。
だって此方の幹部が一人、対して相手は軽く百は超えているのだから。
でも、状況が普通ではなかった。
たった一人、その人物が戦場に立ち敵の軍勢を相手にしているというのに。
明らかに、数で勝る筈の敵が怯えているのだ。
そして彼の足元には、数えきれない程の魔族が倒れ伏している。
「な、何ですかアレ……それに、魔王様は“殺すな”って」
「生きていますよ、ほとんどは。あのまま放置すれば分かりませんけど……でも彼自身はトドメを刺していない、だから殺していない。という言い分だそうです……彼は、ゲンムはそう言う人物なんですよ」
カッパラァ先輩が言っていた戦闘狂というのが、彼の事なのか。
そうとしか思えない程に、彼は戦う事を楽しんでいる様だった。
彼が一太刀振るえば、相手の腕や足が飛ぶ。
彼が一か所に留まって戦闘を繰り広げている為、相手も倒れた仲間の救助に向かえない。
ジリジリと大人数で取り囲んでいるものの、ゲンムと呼ばれた幹部は楽しそうに両手を広げている。
まるで、さっさと掛かって来いと言っているかのように。
「俺は……本物の戦闘って奴を知りません」
「スガワラさん?」
視線の先で広がっているソレが、本物の戦闘。
これがこの世界の戦争なのだと、そう言ってくれるなら呑み込む他無いのかもしれない。
俺の考え方や認識が甘ったれで、現実から目を背けた意見だって笑われてもおかしくないだろう。
でも、こんなのって。
「教えてください、コレは……皆さんが知っている戦闘なんですか? 普通の戦場では、あんな事が当たり前なんですか?」
だってゲンムは、明らかに相手をいたぶっているのだ。
まるで遊び感覚で相手を斬り飛ばし、倒れた相手の顔面を踏みつけて。
その人を餌にするみたいに、他の人が襲って来るのを待っている。
命が掛かっているのだ、綺麗事ばかりでは無いと言う事は分かる。
けど俺の目には、どうしてもコレが“普通”には見えなかったのだ。
どう見てもコレは……ただ自らの手で“殺していない”だけの、虐殺にしか見えなかった。
「殺すなという命令、流石に無理があるだろって俺でも分かります。でもアレは、殺していないと言えるんですか? 仲間が手足を失っても、助けにも入れなくて。失血死してる人だって絶対居るんじゃないですか……? なのに、アレは命令違反にはならないんですか?」
「確かに……惨いとは私も思います。アレならいっそ、一思いに楽にしてあげた方がとも思います。しかし、彼が我々の仲間であり、私達の領地に攻め込もうとした相手と戦っているのは事実です。それこそ、“綺麗事”では済まないんですよ」
分かっている、ソレは分かっているつもりだ。
人が戦えば、傷付く人も居れば死んでしまう人も居る。
それは仕方ない事だと理解出来る。
でもあんなの……違うだろ。
相手の戦意を奪うとか、相手の大将を打ちのめすとか。
あれ程の実力があるなら、平気で出来そうなのに。
彼はあえて、相手を苦しめる形を選んで戦っている様に見える。
そんな事を思っている間にも、また一人ゲンムの下へと敵が攻め込み。
静かに、斬られた。
片腕を失い、悲鳴を上げながら地面に転がったかと思えば。
残った腕を、ゲンムでは無く別の誰かに伸ばしていた。
その先に居るのは、先程までゲンムが踏みつけていた兵士。
遠くて何を喋っているのかまでは分からないが、それでも。
その人物は涙を溢しながら、彼が踏みつけている誰かに向かって必死で手を伸ばしている。
友人だったのか、それとも大切な人だったのか。
きっと彼の事を救いたくて、無謀だと分かっていても飛び出したのだろう。
しかし、そんな人物に対して。
「……え?」
ゲンムは、刀を振り下ろした。
まるで作業の様な、何の感情も乗っていない様な行動で。
伸ばされた腕を切断してみせた。
此方にも聞こえる程の悲鳴が上がったその時、俺の中で……何かがキレた。
「スガワラさん、駄目です」
「すみません、イザベラさん。無理です」
「貴方まで、魔王様の命令を無視するつもりですか?」
「すみません、ホント。でも……“殺すな”って命令の意味を、全く理解していないアイツに対して、俺は無茶苦茶ブチギレてます。アレじゃもっと敵を増やすだけだ」
言葉にしてから、俺の周囲には炎が立ち上った。
慌てて距離を置いたイザベラさんには申し訳ないが、ちょっと我慢できそうにない。
「スガワラさん! 落ち着いて下さい! 相手は……というか仲間は、幹部陣の中では最も危険な人物と言って良いんですよ!? 貴方にだって剣を向ける可能性も――」
「相棒、行けるか?」
『問題にすらならん、とっとと終わらせて仕事の続きをしようじゃないか』
なら、行こうか。
新しい先輩に“御挨拶”の時間だ。
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