第44話 本物の戦場


「スガワラ? どうした、今日は音楽隊の方を見に行くのではなかったのか?」


 なんか、凄く忙しそうにしている魔王様とイザベラさんが書類を処理しながら魔道具を弄っていた。

 正直何をしているのかは分からないが、いつもとは違ってピリピリしている感じは伝わって来る。


「メルに……魔王様を助けてやれって言われて、代わって貰いました」


「あいつめ……余計な事を」


 少々眉を潜めた魔王様は、空いている席を指さした。

 まぁ座れって事なのだろう。

 とりあえず腰を下ろし、普段以上に忙しそうにしている二人を眺めていれば。


「“ゲンム”、聞こえるか? 戦闘に入っても可能な限り殺すな、分かったか?」


『承諾しかねる、相手は此方を殺しに来ている』


「だとしてもお前の実力なら死者を出さず制圧は可能なはずだ。いいか? 殺すな。軽はずみに死者を出せば、ソレは後に問題になる」


『であれば、この相手に対しても“平和な戦争”を持ちかけてみては如何でしょうか? あんなモノで世界が変わると、本当に思っているのなら。夢見事は、自らの手の届く範囲で語らうべきかと』


「その手の届く範囲というものに、貴様は含まれている。……無茶ばかり言ってすまない、だが頼む。お前の実力なら、殺さずに叩きのめす事が可能だろう?」


『御意。不本意ながら、主の言葉とあれば“出来る限り”は従いましょう。しかし、戦争とはふとした瞬間、人が死ぬものです』


「そればかりは……致し方ない」


 誰かと交信しているのか、妙に荒っぽい言葉を上げる魔王様。

 こんな姿、初めて見たな。

 なんか凄い必死で、しかも普段の様な余裕が無い態度。

 そう、まるで。

 本物の戦場が迫っているかの様な……。


「スガワラ、すまない。今は“トクサツ”に関して話し合っている暇が無いんだ、後にしてもらって良いか?」


「いや、あの……そっちじゃなくて、今の会話って」


「……お前には、関係ない事だ」


 それだけ言って、視線を逸らされてしまった。

 何かを隠している、それだけは分かる。

 しかも俺を関わらせない様に、自分達だけで事を収め様としているみたいな。

 なんか、凄く嫌だ。

 俺には綺麗な所だけを見せようとしているかの様で、俺の知らない所で皆が苦労しているのが垣間見えて。

 だからこそ。


「俺も手伝います」


 立ち上がって、そう宣言した。

 が、しかし。

 両者は非常に渋い視線を此方に向け。


「駄目だ、許可出来ない」


「その……スガワラさんには、ちょっと無理だと思います。だって……」


 魔王様も、イザベラさんも。

 とても困った様な感情を浮かべながら、言葉を紡いでいる。

 確かに俺は、こんな摩訶不思議な世界に来てヒーローごっこが出来る環境に満足していた。

 欲は増えるばかりで、今度はBGMだのOPだのと騒いでいる。

 でも実際、特撮が始まる前のこの世界はどうだったのか。

 それを、今一度考えてみれば答えは簡単だ。

 死と隣り合わせの戦いが蔓延る、そう言う世界だった筈なのだ。


「俺が、行きます。“そっち”でも、役に立ちます」


 決意を胸に、そう宣言してみれば。

 魔王様は大きなため息を溢しながら。


「今回の件は、他の魔族の国との小競り合いだ。害獣扱いされている同士だからな、国土や民、そして技術の奪い合いは起きる。人族と争っている以上、多くの兵は導入出来ないが……此方のやっている事が相手国にも知れたのだろう。人族と慣れ合っている国を亡ぼせと、意気込んでいる様だ」


 それだけ言って、彼は俺に資料を投げて来た。

 受け取ってみれば……読めん。


「そこに書いてある通り、相手は結構な武力国家。上は強い者ばかりを集め、民は農作物を奴隷の様に作り続ける。コレが魔族の現状だ、どこもこんな感じなのだよ。幻滅したか? 世界から追いやられた種族と言うのは、こういう悪い一面が大きく出て来る。私の国だって、そういう意味では――」


「前回の休日で、そういうイメージは受けませんでした」


 彼から渡された資料を胸の前で握り締め、声を上げてみれば。


「そうか、それは良かった。出来ればそういう国を作ろうと尽力しているのだが……なかなかどうして、難しくてな。豊かになれば、他からの侵略。広くなれば、勇者の増員と世界的な圧力。こればかりは仕方ない事だと理解しているのだが……ハハッ、私も有能な部下に任せてばかり、他と変わらない王様だと言う訳だ」


 疲れた様な顔を浮かべている魔王様が、自虐的な言葉を吐いている。

 なるほど、彼がここまで追いつめられる程の状況が迫っているのか。

 そしてそれは、戦場だと言う事に間違いは無いらしい。

 俺がこれまで経験して来たものとは違い、“本物”の戦場。


「イフリート、お前の力なら……戦場を支配出来るか?」


『貴様が応えられるのであれば、な? 撮影の時ほど甘くないぞ』


「なら普段の倍以上気合い入れる。いけるか?」


『その期待に応えるのが、“相棒”というものだろう? 言った筈だ、スガワラ。“好きにやれ”』


 相棒の言葉を聞いて、心が決まった。

 なら、俺は。

 今一度“異世界”というものに向き合おうではないか。


「魔王様、俺を現地に送ってください」


「……本気で言っているのか? 貴様は“トクサツ”をやるという仕事があるだろう? そっちに集中しろ」


 魔王様からは、マジで腰が引けそうな威圧感が襲って来た。

 それでも、ここで引いたら男が廃る。

 この人は、今困っているんだ。

 俺は俺を復活させてくれた人に恩返しをすると決めたんだろうが、好き勝手やっている俺を認めてくれるこの人の力になると決めたんだろうが。

 だったら、甘ったれた認識は捨てて覚悟を決めろ。

 いい加減、“この世界”を見ろ。

 目の前の支配者は、皆を守る為に全てに目を向けているのだから。

 俺だって彼の駒として役に立つと、証明してみせろ。


「今魔王様が直面している血生臭い事態を……俺は、“平和な戦場”に変える努力をします。だから、俺を使ってください」


「そう簡単にはいかないのが現実だ、相手はお前を殺す気で来るぞ? 今送り出している幹部でさえ、お前を殺すかもしれない。アイツは気性が荒いからな」


「ぜってぇ殺されません、気合いで生き残ります。そんでもって、“殺さず”負けを認めさせて……勝ってきます。難しい事は良く分かんないですけど、戦闘があるなら勝てば良いんですよね? そんで、魔王様はソレを望んでいるんですよね?」


 真っすぐ相手の目を見ながらそう宣言してみれば、魔王様は大きなため息を溢し。


「まずは、見学からだ。イザベラを付ける、現実を知るには良い機会かもしれないからな……無理だと思ったら、すぐに帰って来い。何を見ても、絶対にお前は手を出すな。ソレが約束出来るなら……現場に行く事を許可しよう」


 そう言って、俺の現地入りを許可してくれるのであった。

 あぁ、ほんと。

 コレが撮影の話なら盛り上がるのに。

 本物の戦場ってなると、何処までも気持ちが冷めていく様だ。

 こういうのも、エゴなんだろうけどさ。

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