第43話 プロのお仕事


 結局、美香ちゃんは長期間魔王所に寝泊まりする事になった。

 当然だよね、裏方のお仕事とはいえ現場を何度も離れる訳にいかないし。

 何やら向こうの国からも許可を貰ったらしく、普通に生活しているし。


「サビの所から、もう一回! 皆慣れていない音楽だから苦戦するかもしれないけど、集中して。こっちの世界だって堅苦しい音楽ばかりじゃないでしょ? 盛り上がり大事にって意識して、存分にかき鳴らして良いよ!」


「「「はいっ!」」」


 最新魔道具であるらしいエレキギターを持ち込んだ彼女が、音楽隊を指揮していた。

 すげぇ、普通なら自分の出来る楽器一本って言うか。

 他の楽器とか分からないもんじゃないの? とか色々思ってしまう光景だった訳だが。

 早乙女君から聞いた限りだと、彼女は音楽ソフトを使って全体の調整や作曲まで携わっていたそうで。

 なので、実際に演奏出来なくも楽譜と音は理解出来る。

 バンド活動で分かりやすい所の、ギターベースそしてドラム。

 それだけではなく、クラシックな楽器にまで手を伸ばしていた様で。

 “自分で演奏は出来ないが指示は出せる”という状況にある様だ。

 すげぇ、現代が生んだ音楽の化け物だ。


「カッパラァさんはオウカさんの所に行って発声練習。彼女にOKを貰うまでそっちで練習、収録すると素人の歌声ってハッキリわかりますよ」


「……はい、すみません」


「でも他の人に比べたら凄く旨いのは確かです、自信持ってください。他の人は練習を続けて、十分後に合わせます! 私も入りますから、自らの音を外さない様にギターの音に慣れて下さい!」


 もはや幹部のカッパラァ先輩ですら彼女の指示にスゴスゴと従う始末。

 やばい、この子、強い。

 しかし彼女が音楽に向かう姿勢はとても真剣で、周囲で練習している魔族達は皆本気だ。

 俺は音楽と言うモノにそこまで真剣に向き合った事が無かったからこそ、この現場は新鮮というか……戦慄したと言っても良いだろう。

 確かに、何となく聞いていたBGMやアニメや映画の主題歌。

 お、いいじゃん~なんて思って聞き流していた程度だったソレには、間違いなく“プロ”が関わっているのだ。

 適当に済ませて良い内容じゃない。

 だからこそ、こういう空気は当たり前。

 その当たり前を、俺はしっかりと認識していなかったのだとありありと感じられた。

 だって皆、滅茶苦茶集中しているのだ。

 それこそ戦場に立っているみたいな雰囲気で、誰しも楽器と向かい合っている。


「すみません、ここの章は……」


「こっちはあえて音を崩した方が良いのでしょうか? ギターの音に合わせて盛り上げる所ですし……」


 次々に質問が飛び交い、ソレに対して美香ちゃんも真剣な顔で答えている。

 なるほど、コレが音楽を作っている現場なのか。

 そして彼女は、ソレを仕上げる監督に他ならない。

 だから全ての質問に対して即座に答え、相手の求める回答を用意する。

 彼女が“分からない”と口にしてしまえば、そこで終わってしまうのだから。

 正直、すげぇって思った。

 多分、“向こう側”のバンドでも彼女はこういう事をして来たのだろう。

 仲間達の分まで下準備をして、知識を蓄えて。

 本番で失敗しない様にと試行錯誤を繰り返して来たのだろう。

 誰よりも多い作業量を平然とこなし、誰よりも頼られ。

 更には皆の前では疲れた姿なんて見せない。

 こんなの、社会人でも難しいだろ。

 まさに“リーダー”。

 そんな言葉相応しい存在が、目の前には居た。


「菅原さん、ずっとそこに立ってても邪魔。暇なら皆の分の飲み物とか用意して。これ見て分かると思うけど、演奏ってスポーツと変わらないくらい体力使うから」


「わ、分かった! 皆の分のスポーツドリンク持って来る! プロテインとかアイスはいるか!?」


「プロテインはいらない。アイスは欲しいかも、喉冷やすのには良いし」


「すぐ取って来る!」


 と言う訳で、皆様の仕事部屋を後にして魔王城の廊下を走り抜ける。

 すげぇ、すげぇぜ音楽家。

 美香ちゃんの知識の幅もヤバいが、皆の勢いも凄い。

 だってこれまで経験した事の無い音楽を奏でようとしているのだ。

 しかも特撮に使う様な、特殊系。

 だというのに、練習中の音を聞いているだけでワクワクするんだ。

 段々とそれっぽくなっていると思ってしまうのだ。

 クラシックの様な演奏をしていた人たちが、ノリノリで違うタイプの音楽を奏でる。

 コレ、やばいって。

 皆すげぇ、プロの現場はやっぱりすげぇ。

 これは撮影班も負けていられない、今まで以上に気合いを入れなければ。

 何てことを思いながら食堂へと走っていると、いつもフラフラしているメルを発見。

 ついでとばかりに暇そうなギャルにも声を掛け、水分の配給を手伝って貰おうとしてみれば。


「ん、了解~いいよぉ。でも悪いんだけど……スガワラは魔王様の所に行ってもらって良い? 撮影で忙しくなった分、違う方向でも忙しくなっちゃったみたいだから」


「うん? どういうこと?」


「あはは、魔王様は私達には多分出撃命令は出さないからさ。行って、話を聞いて、自分で決めて? この世界は、スガワラが思っている程平和じゃないって事だよ」


 やけに意味深な言葉を残すメルナリアが、後ろ手に手を振って俺の仕事を引き継いでくれた。

 え、何? 何かあった?

 そんな訳で、俺は魔王様の元へと向かうのであった。

 ちょっと怖いんですけど。

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