第42話 BGM
「どうして……どうして! 貴方は人族の筈だ! だというのに、何故!? 俺達は戦う意味すらない! 共に歩めるはずなんだ!」
「くどい。人種で全てが決まるのか? 貴様等人族は、それらが暮している街では。全ての者が同じ方向を向いているのか? この世界は、そんな都合の良い場所では無いと何故気が付かない。何故綺麗事ばかりを並べる? 貴様等勇者でさえ、人族にとっては“駒”でしかないというのに。まさか、それさえも理解してないのか?」
叫ぶ雨宮君に対し、此方は拳を構える。
現在、撮影と編集が終わったシーンを確認中。
今回に関しては前半に、魔族の住民たちの光景と人族の街中の光景も乗せた。
だからこそ人間ドラマパートにそれなりに時間を割き、戦闘シーンは短めでもOK。
前回の美香ちゃんとの戦闘シーンも乗せられるのなら、更に過激になるのだが……本人がこれ以上の撮影を許可しないのであれば、アレを盛り込むのは難しいだろう。
と言う事で、新たな戦闘シーンの撮影に当たった訳だが。
「悪いけど、俺はそんな甘い言葉は残さないっすよ!」
早乙女君が隠密を解き、すぐ近くから弓矢を放ってみれば。
ソレを視線も向けずにパシッと掴み取り、矢を握り潰す俺。
という映像にはしているが、実際にこんな事は不可能。
なので一旦カットを掛け、俺が矢を掴み取った“っぽく”しているシーンから撮り直した訳だ。
なかなかどうして、それらしく映ってるじゃないか。
「笑止、やはり今の勇者などこんなものか? あまりにも無力、あまりにも幼稚。貴様等には、何も守れない。何かを守っている意志すらない。我々とは背負っているモノが、重さが違い過ぎる」
それだけ言って周囲に炎をまき散らし、再び雨宮君に視線を向けた瞬間。
ドッ! と。
まるで空気を巻き込むかのような、圧倒される様な音楽が流れ始めたではないか。
ここは、既に何度か確認したシーン。
当然ながら、昨日まではこんな事は起こらなかった。
だからこそ、何が起きたのかと誰しも視線を彷徨わせていれば。
「ひとまず、“お試し”ですんで。本格的に合わせる音楽は、また別になります。皆が激しい系の楽曲を演奏している所に、私のギターを乗っけただけですから」
魔王城から出て来る事の無かった美香ちゃんが、撮影現場に顔を出したではないか。
つまり、今日の映像確認の前に編集を済ませていたのだろう。
“こちら側”の音楽、それに即興で彼女がギター音源を乗せた結果。
更にはパルマ先輩が映像とミックスして、今の状況がある。
激しい音楽が鳴り響きながら、映像の中で俺達が戦っていた。
雨宮君と赤鎧が殴り合い、間を縫う様にして早乙女君が攻撃を放つ。
魔王エフェクトも合わさり、非常に派手な戦闘シーンになっているのだが……それ以上に。
これまでには無い、臨場感が生れていた。
やっぱり、BGMは良い。
スタッフの皆様まで身を乗り出す様に映像を見つめ、俺達の戦闘は激化していく。
そして、戦闘も音楽も良い所で大人しくなり……。
「俺は、まだこの世界が良く分かりません。何故戦っているのか、何故貴方がここまで牙を剥くのか」
「だからこそ、未熟だと言っているのだ。勇者、お前は……戦う意味を背負っていない」
両者が睨み合い、拳を改めて構えた瞬間。
「でも、俺にも……守りたいものがあります! 守りたい人達が居ます! だから、負けられない!」
彼の宣言と共に、BGMはサビに入った。
今まで以上の勢いと、聞いている者達をより映像に集中させる様な。
そして映像もソレに応えるかのように、雨宮君の鎧が形を変えていくではないか。
前回のフォームチェンジとは違う、青色の鎧姿。
本人曰く、次の撮影を待ちきれず「早く、早く」と願い続けた結果変身出来たんだとか。
これまでの鎧とは違い、今までよりも軽装に見える。
しかしながら。
「ぶつかり合う事しか出来ないのなら、俺はソレに応えてやる! アンタに勝って、魔王に勝って。でも“殺さず”に、勝利を掴んでやる!」
「綺麗事ばかりだな……自分勝手な勇者よ。それを一般的に、服従させると言うんだよ!」
青と赤の両者が再び殴り合い、周囲には魔力的な波動が広がっていく。
もちろん演出だが。
だがしかし、今回ばかりは今までとは違う変化が生れていた。
音楽は勿論だが、映像にも。
雨宮君の攻撃の方が、俺より速いのだ。
此方が一発殴るごとに、二~三発程度の攻撃が入る。
威力は、通常フォームの方がありそうだが。
それでも、普段より速い彼は。
「うおぉぉぉぉ!」
「クッ! 小癪な真似を!」
此方の攻撃を避け、連撃を続ける青い勇者。
やがてこちらは攻撃を繰り出す事が困難になり、防御に姿勢に入る。
だがしかし、彼は止まらない。
ひたすらに拳を叩き込み、ラッシュを続ける中。
「これで、終わりです!」
連撃を繰り出しながらも、身体を捻り。
一瞬だけポージングを挟んだ後、回し蹴りの様な体勢で輝く蹴りを放ってくる。
アレを食らえば、俺でも耐えられないだろう。
そんな予想が出来そうな程の勢いとBGMが乗った演出の中。
「ちょっと邪魔するぜ?」
「なっ!?」
雨宮君の蹴りを、亀の甲羅が受けとめた。
新たなる幹部の登場である。
それと同時にBGMも止まり、緊張が高まっていく中。
「お前は……」
「あぁ……すまねぇな、邪魔しちまって。俺はカッパラァってモンだ、今後ともよろしく」
クククッと悪い笑みを浮かべるカッパラァ先輩が、勇者の必殺技を弾き返した。
相手も悔しそうにしている中、早乙女君が周囲から矢を放ってみれば。
「無駄だ、弓の。俺には見えてんだよ」
防御魔法を使い、彼の矢を平然と防ぐカッパラァ先輩。
いやぁ……この人、演技も上手いな。
悪役でヒールな感じの微笑みとか、マジで恰好良いんだけど。
「今回はここまでにしようじゃねぇか、スガワラも限界みてぇだしな。お互いその方が身の為だろ?」
「逃がすと思ってるのか!?」
「あぁ? “逃がしてやる”って言ってんだよ。分からねぇのか? 未熟者」
やけに恰好良い台詞吐くカッパラァ先輩が、ニィィっと口元を吊り上げ。
掛け声と共に地面に拳を叩きつけた。
すると。
「ちょっ、マジかよ!?」
「くそっ! なんだコイツ!」
地面は盛大に砕け、勇者達は足を取られその場で膝を着いた。
それに対し。
「ハハッ、もうちっと戦場を理解してから挑んで来な。お子ちゃまのお遊びに付き合ってる暇はないんでね」
それだけ言って、俺を小脇に抱えたカッパラァ先輩が転移ゲートに入っていく。
おぉぉぉ!? 映像で見るとカッパラァ先輩マジで強キャラ感出てるぞぉ!?
すげぇすげぇ! BGMが止まった後に登場した事もあって、やべぇ事になってる!
などと興奮しながら、映像の見直しを終えてみた結果。
「BGMとOP、どっち先にする? 結構時間掛かるからね? そこは覚悟しておいて」
美香ちゃんの声に、スタッフが全員で振り返るのであった。
悔しい、悔しいけど……ここは。
「BGMで……すげぇ良かった」
「了解。私、しばらく魔王城でお世話になるから。よろしくね?」
と言う訳で、勇者ミカはもうしばらく魔王城の住民になるのであった。
いや、コレって良いの?
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