第37話 交渉


「来たか、勇者ミカよ」


「はぁ……どうも」


 俺達の元に無事を知らせに来てくれた美香ちゃん対し、早乙女君共々ビービー泣き叫びながら復活を祝した後、皆揃って魔王様の元へと訪れた。

 未だ美香ちゃんがお客様って事もあり、本日は玉座の間へご招待。

 勇者達に関しては皆初めてココを訪れる状況になる為、雨宮君も早乙女君もさっきからガチガチに緊張している御様子だ。

 雨宮パーティメンバーの三人に関しては、もはや気を失いそうな勢いでフラフラしているが……大丈夫だろうか?

 そして今回の目玉である美香ちゃんに関しては、他の人よりもまだ落ち着いているみたいだ。

 というか、警戒している?


「えぇと、それで? 私の事をどうするつもりですか? そっちに牙を剥いたのは事実ですし、何かしら処罰やら見せしめやらあってもおかしくないとは覚悟してますけど」


 随分と恐ろしい事を言うな、この子は。

 まぁ普通だったら、この場合捕虜みたいな扱いになるのか。

 しかし見せしめって凄い発想だな。

 裏社会の人か、世紀末みたいだよ。

 そんな彼女に対し、魔王様がフフフッと怪しく口元を吊り上げてから。


「確かに、そうだな。普通敵対している相手に捕まれば、何をされるか分かったものではない」


 まるで相手に合わせているかの様に、普段は見せない黒い笑みを浮かべたりしている訳だが。

 なんか、あんまり“らしくない”な。

 そんな不安を煽る様な言い方をするから、美香ちゃん滅茶苦茶警戒しちゃってるじゃないですか。

 などと思いつつ皆の様子を伺っていれば。


「治療してもらった事には感謝してますけど……殺されるくらいなら、抵抗しますからね」


「ほほぉ、勇ましいな。流石は勇者と言った所か」


「その勇者勇者って呼ぶの止めて貰えます? 私、そう呼ばれるの好きじゃないんで」


 少々ピリピリした雰囲気が広がり始めた所で、早乙女君が焦った様に一歩前に踏み出したかと思えば。

 彼は膝を折り、魔王様に向かって深く頭を下げ始めた。


「すみません魔王様。今回の責任は全部俺にあります、本当に……申し訳ありませんでした。だから何かしら罰を与えるなら、俺にして下さい」


「晃!?」


「お前に声を掛けて、こっちに連れて来たのも俺。事前の説明不足と、本人の意思の確認不足でトラブル。こんなの完全に俺のせいっしょ……」


「違う! 私が勝手にやった事でしょ!? 何でアンタがそんな事言う訳!?」


 ひたすらに頭を下げる早乙女君に、どうにか止めさせようとする美香ちゃん。

 うん、なんというか。

 君等本当に仲良いな。

 はてさて、これまた一段と空気が悪くなってしまった様だが。

 魔王様はどうするつもりなのか。

 少々ジトッとした瞳を彼に向けてみれば、相手はクスクスと笑いながら一枚の用紙を取り出した。

 ソレをイザベラさんに渡したかと思えば。


「ここに一つの“頼み事”が、書かれている。コレを実現してくれるのなら、今回の事は無かった事にしようと思っている。私としては、どちらが受けてくれても構わないんだぞ? 酷く大変で、長い時間を私に捧げる事になるからな」


「それって……まさか」


 多分、物凄く悪い予想をしているのだろう。

 美香ちゃんめっちゃ渋い顔してる。

 とはいえコレに関して俺は何も聞いていないので、此方としても何が書いてあるのかさっぱりな訳だが。

 イザベラさんは既にご存じなのか、非常に呆れた表情を浮かべている。


「さて、どうする? 勇者サオトメには随分と守る者が多いと聞く。こういう仕事は、やはり適材適所だと私は思うが」


 更に煽る様な言葉を放った瞬間、美香ちゃんは誰よりも先に前へと踏み出し。


「私がやるわ! だから、晃をこれ以上巻き込まないで」


「ほう? まだ内容も確認していないのに、良いのか?」


「やるって言ってんの。どうせろくな事が書かれていないんでしょうけど……人族側の暗殺でも魔族に服従でも、私なら自分の首一つで済むもの」


 やけに決意を決めた様子で言葉を放つ彼女に、イザベラさんが先程の用紙を手渡した。

 ゴクッと唾を呑み込み、そこに書かれている内容に目を通した彼女は。


「……はぁ?」


「やると言ったのだろう? 最後まで責任を取る事だな、そうすれば今回の一件を煩く言うつもりは無いさ」


 先程までの空気は何処に行ったのか。

 ポカンとしている美香ちゃんに、ケラケラと笑っている魔王様。

 いったい何が書いてあったのか、皆して覗き込む様に首を伸ばしてみれば。


「あの、作詞作曲の依頼書って……何かの冗談ですよね? ちゃんと魔王のサインまで書いてあるけど……」


「何を言っている? 正式な依頼書だぞ? それに私は確かにこの耳で聞いた、“やる”んだろう?」


 うわ、何か凄く回りくどい事し始めたこの人!

 とか何とか思って、再び魔王様にジト目を向けてしまったが。

 呆れ顔のイザベラさんが俺の隣に並んで来て。


「今回の責任を取らせる様な雰囲気であれば、相手が断り辛い。更に勇者ミカに関しては、まだ我々の事を信用していない。なので勇者サオトメを関わらせた上で、自ら食いついてくる状況を作る。だそうですよ、まぁ半分遊びみたいなものだったんでしょうけど」


「えぇ……」


「言葉で信じて貰えないのなら書面に起こし、正式な依頼としてしまえば……これは、ただのお仕事となる訳ですから。私達は敵でも仲間でもなく、仕事上のお付き合いになります」


 それで良いんだろうか? なんか言葉遊びにしか思えないのだが……。

 当人もやはり困惑しているらしく、何度も書類に目を通しては視線をあっちこっちに向けているし。


「晃にも確かにこんな様な事言われたけど……マジなんだ。しかも報酬は両者協議の下決定するって……報酬まであるんだ」


「当然だ。私は君に仕事を頼む事で、トラブルを無かった事にすると言ったのだ。であれば、了承した時点で今回の件は決着が付いている。なら後は、対等な関係として扱うべきだろう?」


「あ、はい……そう、ですか……」


 何か釈然としない空気にはなってしまったが、とりあえず彼女にOP等などを作って貰えるって事で良いのだろう。

 正直俺としては小難しい事はどうでも良い、というか頭の良い人達に丸投げしている状態。

 やったぜ、なんか上手くいったらしい。


「ともかく、これでひとまず話は付いた。さて、皆で食事にしようじゃないか」


 なんて台詞を言って、満面の笑みの魔王様が機嫌よさそうに立ち上がるのであった。

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