第36話 人魚の治療
「う、うぅ……ん」
「目が覚めましたか?」
ゆらゆらと揺れる様な感覚を全身で味わっていれば、すぐ近くから声が聞えて来た。
気だるい身体を動かし、ゆっくりと瞼を開いてみると。
「……人魚?」
「フフッ、ありがとうございます。でも、半分だけなんですよ?」
優しい微笑みを浮かべる相手は、ゆっくりと此方に近付いて来て手を差し伸べて来る。
まるで夢でも見ているかの気分で、思わず相手の手を取ってしまえば。
「鱗……?」
「そう、私の半分は魚人なんです。ガッカリさせてしまいましたか?」
触れた掌は、普通の肌とは違う手触りだった。
しかしながら、光に反射してキラキラと輝く鱗。
その光景をぼうっと眺めつつ、思わずポツリと言葉が零れた。
「凄く、綺麗……」
「ありがとう。私を初めて見て、良い意味で言葉を紡いでくれたのは貴女が二人目です。もう一人は、“恰好良い”って言ってましたけど」
相手はそんな事を言って、可笑しそうにクスクス笑っている。
格好良いって……それはちょっと感想としてはどうなんだろうと思ってしまうが。
なんて事を思っている内に、彼女は私の身体を支えるかのように腕を回して来て。
「さぁ、目が覚めたのでしたら“上”へ戻りましょうか」
「上?」
未だボヤける頭を振ってから、周囲へと視線を向けてみれば。
いや、ちょっと待った。
どう見てもココ、水中なんですけど。
「ちょっ!? はぁ!? さ、酸素! 死ぬ!」
「大丈夫ですよ。私の魔法で、息は出来るようになっていますから」
それだけ言って、今一度彼女は微笑み。
その姿からは全く想像出来ない程の速さで、水面へと向かって泳ぎ出した。
もはや訳が分からず、暴れる事も忘れてジッとしていると。
不思議な輝きを保つ水中の光景が通り過ぎ、光の指す水面に向かって飛び出していく。
綺麗だった、全てが。
今まで見て来た世界の中でも、一番という程に。
そして何より、初めて人魚という存在を見た感動に打ち震えていると。
「終わりましたか、セイレーン。お疲れ様でした」
水面から顔を出した私達を出迎えた相手の顔を見た瞬間、寝ぼけていた思考回路が完全に吹っ飛んだ。
「あの時のヴァンパイア!」
「イザベラと言います、どうぞよろしく」
前回の戦場の記憶が蘇り、ゾッと身体が冷たくなっていく。
あの場に居た魔族が居ると言う事は、もしかしてこの人魚も……。
恐る恐る私抱いている彼女に視線を向けてみると、彼女は再び微笑みを溢してから。
「私はオウカ、でも仕事中はセイレーンと名乗ってるの。ホラ、陸に上がって? ゆっくりで良いから、気を付けてね?」
「え、あ……はい」
あまりにも幻想的な光景でボケッとしていたけど、多分この人も魔族。
そして、魔力量から見て幹部クラスだと思って良いみたいだが……何故だろうか、全然警戒心が湧いてこない。
「さて、勇者ミカさん。先日の事、何処まで覚えていますか?」
人魚の手を借りながら陸地に上がった私に対し、ヴァンパイアが声を掛けて来た。
思わずキッと鋭い眼差しを向けるが、相手は大きなため息を溢してから。
「私だって治療に参加した一員なんですよ? 此方だけそんな眼差しで睨まれるのは、少々不本意なんですが」
「……治療?」
一瞬何の事か分からなかった。
が、しかしすぐに最後の記憶が戻って来て思わず自らの両腕を確かめる。
気が遠くなる程の熱さと激痛が両腕を襲っていたのだ、無事な訳が無い。
火傷程度で済めば良いが、もしかしたら今後動かなくなるかもって思う程の記憶が残っているのだ。
それこそ、本当に地獄の業火で焼かれたって感じるくらいに。
鎧の下からブスブスと嫌な音と臭いがして来たし、腕の感覚なんてもはや痛みしか無かった。
繋がっているのかも分からなくなるくらいに、酷い状況に陥ったというのに。
「うそ……傷跡も何も無い」
「感覚におかしな所は有りませんか? イフリートの炎ですから、治すのに随分と時間が掛かってしまいましたが」
オウカさん、と言っただろうか?
彼女の魔力が、私の中混じっているのが分かる。
治癒魔法などを受けると、しばらくの間はこういう状態になるのは知っていた。
多分この影響で、私は彼女に対して悪感情を抱けないのだろう。
そして二人が治療を施してくれたというのは、この魔力の混じりが証明してくれた訳だ。
「ありがとう、ございました……でも、何で? 私は貴方達にとって敵じゃないんですか?」
そう問いかけてみれば人魚は笑い、ヴァンパイアは呆れた様なため息を溢したではないか。
些か想像していた反応と違ったので、此方も首を傾げてしまう。
結局あの後、どうなったのだろうか?
「“平和な戦争”を提案した幹部と、それを承諾した一人の魔王が居ただけですよ。我々は現状、可能な限り敵を作らない魔王軍という訳です」
本気で言っているのだろうか?
街中でも流れたあの映像、ふざけているのかと馬鹿にしたのは記憶に新しい。
どうせ何かしら思惑があり、晃の馬鹿は乗せられているだけ。
下手すれば人質にされてもおかしくない立ち位置にいるのだと教えてやる為、魔族の本質を見せる為に私は牙を剥いたというのに。
アレだけの事をやった私を、あろう事か治療してみせた魔族達。
貸し一つだと言われて、これから無理難題を吹っ掛けられるのではないかと警戒してしまいそうにもなったが。
「私は、あまりそういうのは分かりませんから。ずっと引き籠って、ココへ運ばれて来た人達を治すだけ。それにスガワラさんと、勇者……サオトメさんでしたっけ? あの二人が必死にお願いして来たんですもの。お断りする理由もありませんよ」
クスクスと微笑むオウカさんは、再び優しい微笑みを向けて来た。
晃が、私の為に頭を下げたのか……何か、全然想像出来ないけど。
でも、後でお礼だけは言っておこう。
「それで勇者ミカさん、今後についてお話しても?」
緩い雰囲気を打ち破り、ヴァンパイアの方が鋭い瞳を向けて来たかと思えば。
「まずはスガワラさんと勇者サオトメに無事を伝えに行きます、二人共随分と心配していましたからね。その後は魔王様の下へ向かって頂きます。城に滞在している上に此方が治療を施した以上、敵だと言う感覚だったとしても通すべき筋と言うモノがあるでしょう? その後一度検査を行い、健康状態に問題が無ければ食事。休息が必要であれば、明日からで構いませんので一度会談を――」
「ちょ、ちょぉっと待ってもらって良い?」
何か、急に秘書みたいな態度になかったかと思えばペラペラと予定を発表し始めたんだけど。
怖い怖い怖い。
それから、ここってやっぱり相手の本拠地だったのか。
そんな所に踏み込んでしまった私は……今後どうなるのだろう?
少しだけ不安になり、相手の事をジッと見つめていれば。
彼女はもう一度大きなため息を溢してから。
「そんなに心配しなくても、帰りたいなら多分すぐ帰してくれますよ。でもその前に、ちょっと此方の依頼したい内容を聞いては頂けませんか? という所です」
「はい?」
ホント、他の地域の魔族と違い過ぎて全然意味分からないんですけど。
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