第35話 現場の事故


「いやいや……マジでいい加減にしてくれないかな。さっきから何なの? コレ」


 少々お怒りの御様子で、再び拳を構える美香ちゃん。

 が、しかし既にカットが掛かっているのだ。

 今ではもう、戦う理由が無い。

 と言う事で鎧を解除し、彼女の歩み寄ってみると。


「ハッ、ハハ。本当に舐められてるんだ……いいよ、勝手にしなよ。私はそのままでも殺すけど」


 それだけ言って、彼女は両手に炎を出現させた。

 イフリートの能力をコピーしているのだ、当然そちらも再現可能なのだろう。

 更に言うなら彼女の得意分野は魔術の方みたいだしな、ここから本番という事みたいだ。

 被害が出る前に止めるか……なんて思って、もう一度変身ポーズをとってみたが。


「へ? な、なんでっ……熱っ!? 熱い!」


 予想外の事態が起きた。

 彼女は両手に灯った炎に苦しみながら、必死に火を消そうとし始めたではないか。

 これは、何が起こった?


『当然だ、小娘は我と契約していないからな。スガワラが我の炎を普段耐えられるのは、契約主だからに他ならない。鎧が特別な訳ではないのだよ』


「なっ!? つまりどういうことだイフリート!」


『いや、スガラワ。お前が一番驚いてどうする……つまり攻撃手段だけを真似ても、身を守る術が無かったというだけの話だ。我の炎は、そこらのチンケな魔法とは格が違うからな』


 などと、どこか自慢気に話す相棒ではあったが。

 そんな事をやっている間も彼女は苦しみながら転げまわり、周囲のスタッフが魔法で水をぶっ掛けたりしているが一向に火が消える様子はない。


「イフリート! 炎の制御ならお前の十八番だろう!? 今すぐあの炎を消してくれ! 火傷どころじゃ済まなくなるぞ!」


『あい分かった。全く、加減を知らずに素人が使うからこうなるのだ……』


 俺の背後に炎の竜が登場し、美香ちゃんの方へと顔を近付けてみれば。

 アレだけ周りが消火作業をしても消えなかった炎が、相棒の吐息一つでマッチの火みたいにあっさりと消え去ったではないか。


『今後コピーする機会があっても、身体から離れた位置で炎を出す様にしろ、小娘。制御出来ないのであれば、今後炎を使う事を禁じる』


「な、なん……何なんだよ、この化け物……」


『クハハッ、スガワラの魔力だけを計り甘く見ておったな? 我はイフリート、どうだ? まだお前の目には、自らの魔力量の方が優れている様に見えるか?』


「は、ははは……こんなのチートも良い所じゃんよ」


 何やら良く分からない会話をしている二人だったが、彼女が気を失った事により変身も解除され。

 すぐさま美香ちゃんの元へと駆け寄ってから、腕の状態を確認してみれば。


「酷いな……救護班! すぐ来てくれ! イザベラさん! 早く治療を!」


 大火傷も良い所だ。

 むしろあの威力の炎がずっと腕に灯っていたのだ、エグイ想像で言うなら炭化していないだけマシと言って良いのかもしれないが。

 これは、今すぐ処置しないと不味い。

 普通だったら回復が望めない程に身体を傷付けてしまっている気がする。


「スガワラ、落ち着け」


 魔装様も近づいて来て、俺にそんな声を掛けてくれる訳だが……こればかりは、ちょっと。


「肉弾戦の内に俺が意識を狩り取っていれば……すみません、俺のミスです。イフリートの事を完全に理解しない状態のまま、彼女にコピーさせてしまった。撮影どうこう言う前に、対処すべきでした……」


 撮影現場で起きる事故。

 それは多種多様だとは聞いた事はあるが……これは、最悪の事態だと言って良いのだろう。

 もしかしたら今後、彼女の両腕が使えない程の傷を負わせてしまった可能性があるのだから。

 もはや後悔してもしきれない程の気持ちが湧き上がって来て、奥歯を強く噛みしめながら応急処置に当たろうとしてみれば。


「下手に触るな、スガワラ。後は私に任せろ」


 動こうとした俺に対し、魔王様は制止の声上げて来る。

 でも、こんなのどうしたら……。


「言っただろう? 私に任せろ。今日の撮影は中止、勇者達を含めた人族の面々も一度城に招待する」


「魔王様!? 正気ですか!?」


 彼の一声に、イザベラさんが悲鳴の様な声を上げて来る訳だが。

 逆に勇者達に関しては。


「本来なら、こんな大怪我を負えば教会に連れて行き、高位の神官に治療してもらうのが普通です。でも、街に戻るのに時間が掛かり過ぎる……貴方の所へ行けば、彼女は助かりますか?」


 雨宮君は、多分この場で一番冷戦に物事を考えている気がする。

 周囲のスタッフはワタワタと慌てているし、俺も同様。

 幹部陣に関しては、魔王様の発言により混乱している様だし。

 しかしながら、もう一人。

 早乙女君は、幼馴染に対して必死に声を掛け続けていた。

 そして。


「魔王様! すぐに治療して下さいお願いします! 美香を治してやってください! コイツ口は悪いけど、すっげぇ多才だし滅茶苦茶有能なヤツなんです! 魔王城に俺達を招くのが心配だって言うなら、俺が人質になります! なんか不味い事が起きたら俺が責任とります! だからお願いします! コイツを助けてやってください!」


 涙を溢しながら、早乙女君は地面に額を擦りつけるのであった。

 やはり彼にとっても、この子はとても特別な存在だったのだろう。

 そんな彼に対して、魔王様は微笑みを浮かべながら。


「安心しろ、勇者サオトメ。ウチには有能な回復術師が居るからな、この程度の傷すぐ良くなるさ」


 なんか、とんでもない事を言ってから彼の事を立ちあがらせるのであった。

 そんなすげぇ回復術師が居るってのは、正直初耳だったのだが。

 でも魔王様が言っているのだから、間違い無いのだろう。

 だからこそ、俺も彼の指示に従うべく立ち上がってみれば。


「本日は撮影中止! 彼女を魔王軍幹部、“セイレーン”の下へ連れて行くぞ! イザベラ、お前も治療に付き合ってやれ。イフリートの炎となると、魔力的な影響もあるだろうからな」


「我らが歌姫!?」


 思わず、ツッコミを入れてしまった。

 え、だってあの人滅茶苦茶自己評価低い上に、引き籠りですみたいなこと言ってましたけど。

 困惑した視線を向けてみれば、相手はフフッと緩い笑みを浮かべてから。


「人魚の涙や人魚の肉は何とやら、色々言われているだろう? 彼女が幹部に上り詰めた理由、それは能力と歌魔法の影響力が他の個体に比べて突出しているからに他ならない。欠損すら治すぞ? あの自信の無い人魚姫は」


「す、すげぇ……オウカ先輩、かっけぇ……」


 と言う事で俺達は本日の撮影を中止し、そのまま魔王城へと戻って行くのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る