二章

第22話 新しい先輩


「こんちゃーっす。パルマ先輩、起きてますかー!?」


 扉を開いて、元気良く挨拶してみれば。

 やけに散らかった部屋の隅に置かれたベッドが、モソモソと動き始めた。


「スガワラ……煩い。私はさっき寝たばかりなんだ……もう少し寝かせてくれ」


「もう出勤時間ですよー! 夜更かし厳禁だって先日もイザベラさんに怒られたばかりじゃないですか。あぁもうホラ、こんなに散らかして……ハイ、換気ー!」


「うぎゃぁぁぁ!」


 ジャッ! と音がする程の勢いでカーテンに続き窓を開いてみれば。

 布団から少しだけ顔を出していた先輩が、勢いよく温もりの中へと帰っていく。

 その際、ドリルみたいな形の角が布団からちょびっとだけ飛び出しているが。

 この人、一応魔王軍幹部。

 身長が物凄く小さく、小人族かな? とか思ったりもしたのだが。

 本人曰く自らの特徴だそうで。

 主に魔術研究や開発、魔王様の管理するダンジョンの調整なども彼女が行っているらしい。

 つまり、頭は良い。

 だがしかし、小さい。

 そんでもって、人族の街中に転移するなど異例の行動に協力してくれたのもこの人。

 つまり、優しい。


「ホレホレホレ! 今日はパルマ先輩の部屋を掃除する様に言われてるんですから、さっさと起きて下さい! いつまでも出てこないなら布団引っぺがしますよ!?」


「スガワラ! お前は私に対して感謝と敬意が足りない! 絶対私の事下に見てるだろ! 普通女が寝ている部屋に無理矢理入って来て、布団剥がしたりするか!?」


「俺はパルマ先輩も立派な大人の女性として見ていますよ? 大丈夫です」


「脱ぎ散らかした下着を洗濯籠に放り込みながら言う台詞か!? 出て行けよ! 起きるから! 着替えるから!」


「その前にシャワー浴びて来て下さい。何日入って無いんですか? 臭いですよ」


「立派な大人の女性と見ている相手に言う事がそれか!?」


 布団をからちょびっとだけ顔を出した相手に対して、此方も応対しながら作業を進めている訳だが……もぉぉ、汚ったないなぁ。

 この人、頭は良い癖に私生活面が完全に死滅しているのだ。

 なんか酒瓶はいっぱい転がっているし、いるのかいらないのか分からない魔法陣が書かれている紙は散乱しているし。

 挙句の果てにそこら中に服を脱ぎ捨て、さらにはいつのご飯か分からない残飯は転がっているし。


「あぁぁもう、一回片付けて熱消毒しないと駄目ですねこりゃ……」


『ん? 我の出番か?』


「おう、片付けが終わったら部屋全体を一度消毒してくれ。燃やさない程度にな」


『承知した』


 なんて、お片付けしながらイフリートと会話し始めてみれば。

 丸まっていた布団が吹っ飛んで来た上に、ベッドの上に仁王立ちしたちびっ子が出現した。


「いやいやいや待て待て待て! お前の火力は馬鹿にならないんだから、私の研究成果を全部燃やそうとするな! せめて書類は他の場所に保管してだなぁ!?」


「パルマ先輩、おはようございます。あと下、下履きましょう? パンツ丸見えですよ?」


 赤毛のモサモサ長髪、そんでもってドリルみたいな角。

 少々目尻が吊り上がっており、一見生意気そうなお子様に見えるが。

 これでも、一応成人女性。

 というか、魔族は寿命が長いのだ。

 俺からしたら子供に見えても、普通に年上だったりする訳で。


「見るな馬鹿!」


「はい馬鹿です。だから下を履き……いや、ちょっと待ってください」


 言いかけた台詞を途中で止め、失礼ながらパンツ丸出しの彼女に近付き、鼻をクンクン。

 すると。


「ゲホッ! ゴホッ! クッ! グハァッ!」


「失礼なヤツだなぁお前は! 相変らず!」


「パルマ先輩ちょっとお身体に触れますよ! あぁぁ! 駄目です駄目ですお客様! これは人前に出られません! うわ汚ったねぇ」


「お前本当にふざけんなよ!? 言葉を選べ言葉を!」


 シーツに包んだ彼女を腕に抱き、そのまま浴槽へと突っ込んだ。

 浴室ではない、浴槽なのだ。

 この際、シーツも一緒に洗ってしまえ。


「はい、お背中流しますねぇー。じっとしていて下さーい?」


「ガボボボボォッ! おまっ! シーツに包んだまま頭からお湯を――」


「すぐお湯が溜まりますから、そのままジッとしていて下さいねぇ」


「死ぬ! 死ぬから! 知ってる!? 魔族も酸素必要なの! 溺死するの! せめてシーツ剥いで!」


 白いシーツに包まれた先輩が妙に悶えているので、顔の部分だけ露出してあげれば。

 プハッ! と元気よく顔を出して来るちびっ子の姿が。

 あ、コイツ。

 またベッドの上でなんか食べたな? シーツに汚れが付いているではないか。


「はい、水量上げますねぇ~」


「がぼぼぼぼっ! おまっ、お前! 本当に私を殺す気か!?」


「イフリート、お湯がぬるいそうだ」


『そうか、こびりついた垢を落とすには……もう少し熱湯ではないと不味いか』


「ごめんなさいごめんなさい! これからちゃんとお風呂入るから沸騰させないで下さい!」


 やけに騒がしいが、ある意味大人しくなった先輩にウンウンと頷きながら。

 こちらはこちらで仕事を始めていく。

 生憎とイザベラさんやメルの影響で、女性に対しての接し方を徐々に理解し始めているのだ。

 今更ちびっ子のパンツを一つ見た所で、仏の様な心を保てるというもの。

 しかしながら、浴室を出て彼女の部屋に戻れば。


「あぁぁぁ……燃やしてぇなぁ」


『わかる』


 心は再び般若へと返り咲き、カーテンと窓を開けたゴミ部屋を前にチリチリと火花を咲かせるのであった。

 おいパルマ、今月だけで俺が貴様の部屋を何度掃除したと思う?

 何故ここまで汚せるんだ。

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