第21話 魔王様の秘密
「魔王様、夜分遅くにすみません」
「イザベラか、入れ」
許可を得てから相手の寝室へとお邪魔すれば、昼間と同じく正装したままの魔王様の姿が。
正装……と言って良いのかは、ちょっと分からないが。
「あの、お言葉ですけど……“ソレ”、ずっと使っているの疲れませんか?」
「あ、あぁ~まぁ、そうかもな。しかし気を抜く訳にもいかん、誰かが急に部屋に来ては困るからな」
「皆さんなら、多分今日はもうグッスリだと思いますよ。撮影も終わり、たらふくお酒も飲んで、全員フラフラしながら部屋に戻って行きましたから」
「そうか。なら、まぁ良いか」
ふぅと息を吐き出したかと思えば、“彼女”は
先程までは男性の様に見えていた筈が、今ではどこからどう見ても女性。
長い黒髪に、ドラゴンの様な黒い角。
そして服はそのままなので、えらく窮屈そうな胸元が出現した。
「どうせ他の者が来ないのなら、お前もいつも通りにして良いんだぞ?」
「はいはい、仰せのままに。魔王様」
「イザベラ。立場の違いというモノは確かにあるが、幼馴染にそういう態度を取られると……私だって気を病むぞ」
「全く……こんな事で拗ねないでよ、アグニ。だったら貴女も普段通りの口調に戻してよね」
アグニイェナ、今では強大な魔力に目覚め魔王なんてモノをやっているが。
元は、私と同じ普通の魔族だったのだ。
様々な経験を経て、ここまでの態度を取れる様になって来たのはほんの数十年と言った所。
下手に気弱な態度を見せれば、寿命の長い魔族達は従える事が出来ないだろうという結論を出し。
彼女は、常に変化の魔術を行使して“強い自分”を演じて来たのだ。
それがよりによって、男装とは驚かされたものだが。
しかし魔力の強い幹部達などには、既に彼女の正体もバレている。
その上で従っているのだから、そろそろ素の姿を見せても良いとは思うのだけれども。
「それで? 周りには定時だの休めだの、口を酸っぱくして言っているアグニは……今、何をしているのかしら?」
それだけ言って勝手に酒瓶を取り出し、グラスに注いでから彼女の前に差し出してみれば。
相手は非常に渋い顔をしながら。
「だ、だって……撮影が忙しくなってくると、他の仕事が溜まっちゃって……」
「だから撮影監督も他の幹部に任せろって、あれ程言ったじゃない。確かに重要な仕事である事は間違いないけど、国を治める仕事の方だって後回しに出来ないのは分かってたでしょうに」
呆れたため息を溢しながら、此方も此方で勝手にお酒を飲み始めてみると。
急に彼女はモジモジし始めて、チビチビとお酒を口に含んでいく。
「だって……スガワラが関わっている事だし、謝罪と保護の為にも力を貸さないと……」
「スガワラさんの事なら、もはや本人が一番気にしてない様に見えるけどね。あの人、全力で“こっちの世界”を楽しんでるわよ?」
「それはまぁ、喜ばしい事なんだけど。でも」
でも、だって。
そんな事ばかり言っている魔王って何だ。
いくら今は二人しかいないからと言って、幼児化し過ぎの様な気がしないでもない。
そして何と言っても件のスガワラさん。
あの人もあの人で凄い。
アグニの変化の術、全く持って気が付いてないのだから。
なんかもう魔王様とは友達ですみたない雰囲気だし、アグニがそこまで彼に心を開いたというのも、彼の話を聞いて随分と驚かされたものだが。
「気を使い過ぎても逆に嫌われるんじゃない? 一応この地を治めるトップが、常日頃から付きまとっている様な状態だし」
「え、いや、えっ!? 私スガワラから嫌われてるの!?」
「随分と初心な反応です事……何? スガワラさんに惚れた?」
なんて冗談を言い放ってみれば、彼女は真っ赤な顔でブンブンと首を横に振って見せた。
正直、その線もあると思ったのだが……あまりにもスガワラさんと絡みたがるし。
むしろ自分自身で気が付いていない感じだったりするのだろうか?
はてと首を傾げながら、再びチビチビ飲酒し始めた黒いのを眺めていれば。
「何て言うか……魔王になってから、ずっと気を張ってたの。ちゃんとしなきゃ、しっかりしなきゃって。でもスガワラは、いつだって楽しそうで。話を聞いているだけでも、こっちまでワクワクしてくる。だから、なんて言うか……羨ましいなぁって」
「あぁつまり、常時娯楽に突き進む彼に憧れたと言うか。ちょっと仲間に入れて欲しくなっちゃった訳ですか、そうですか。しかも普段のお仕事ほっぽりだす程に」
「い、言わないで……そっちもちゃんとやるから」
とか何とか言いながら、恥ずかしそうにしているアグニ。
まぁ確かに彼女の場合、魔王となる程の力に目覚めてからと言うモノ、娯楽らしい娯楽など無かっただろう。
だからこそ、仕事をしながらも全力で楽しむ彼の姿が眩しく映ったと言う所か。
確かにね、あの人と居ると退屈しないというのは分かる。
些かやり過ぎて、此方が忙しくなってしまう事もあるが。
そして何より、スガワラさんの前では気を張っているのがバカバカしくなる事も多々。
その雰囲気もまた、アグニにとっては新鮮だった様だ。
とはいえ流石に、イフリートと契約してアレだけの魔力持ちになったのだ。
魔王が姿を偽っている事くらい気づきなさいよ、とは思ってしまうが。
言葉通りド直球な人なのだろう。
裏表がないと言うか、何と言うか。
此方の話す内容も、それどころか姿を偽っているなんて考えてすらいない雰囲気があるのだ。
あの人は……うん。
ある意味ウチに来て正解だったのだろう。
他の魔族がコッチと同じ様に異世界からの召喚を使ったり、人族の国に召喚されていたらと考えると、正直恐ろしい。
この場合イフリートと契約こそ出来なかっただろうが、それでも相手の話を鵜吞みにして全力で動いてしまいそうだし。
そんな“勇者”という存在となってしまえば、相当な脅威だ。
「まぁ、何はともあれ良いお友達が出来そうで良かったじゃない」
「友達、友達かぁ。私みたいな立場に居る者からそう思われて、スガワラは迷惑じゃないかな……それにホラ、彼の前では男装してる訳だし」
面倒くさいのが此処にも一人。
そこを心配するのなら、さっさと変化の術など解いてしまえ。
恐らく目の前で術を解けば、あの人なら信じてくれるから。
あと多分、その後もそんなに距離感変わらないから。
更に言うなら、今ですら既にお友達感覚で魔王様魔王様って頼りまくってるじゃないか。
心配するだけ無駄だとしか言いようがない。
「はぁぁぁ……面倒くさい、初々しい好き者同士じゃないんだから」
「酷い、イザベラがまともに聞いてくれない……」
聞いてるからため息が零れてるんですよ、全く。
「何はともあれ、そろそろ変化の術は卒業で良いんじゃない? 気付いている部下達の方が多いし、スガワラさんだって大して気にしないわよ」
「それはそれで傷付くというか、今更自分の姿を晒すのが恥ずかしいというか」
「こ、拗らせてる……メンドクサ」
そもそも変化の術だって完璧ではないのだ、特に魔力が強い相手には。
勇者達には多分一目でバレていた事だろうし。
良くて普通に男の格好をした女性、くらいには見えていた事だろう。
スガワラさんの様な鈍感で無ければ、その程度にしか見えない筈だ。
だからこそ、無駄な足掻きだとしか言えないのだが。
「ま、好きにして下さいな。でも仕事はしっかり、お休みもしっかり。部下にはアレだけ言ってるんだから、自分がお手本にならなくてどうするのよ」
「分かってるけど、忙しくて……あ、でも! 三話までの打ち合わせは大体終わったよ。今度はね、ダンジョンまで踏み込んで撮影してみようかなと思ってるんだ。流石に危ないかなって思ったんだけど、スガワラがあの二人なら問題無いだろうって。それに、最下層まで連れて行く訳じゃないし――」
「はいはい後で確認しますから。とにかく今日はもう、一杯飲んで寝ちゃって下さいねー。変化を解いたら、眼の下のクマがより一層目立ちますよー?」
「え、嘘っ!?」
「嘘です、でもそうならない様に早く寝て下さいねー」
なんて随分と気安い声で雑談しながら、彼女が差し出して来たプロットに軽く目を通していく。
スガワラさんは読み書きが出来ない為、全てアグニが書き込んだのだろう。
いい加減そっちの勉強も進めたい所だけど……今はその時間は無いし。
まぁそれはともかく、今はプロット。
えぇと、何々? ダンジョン戦、魔物との勝負。
今回のモブ戦は魔物がメイン、その後ダンジョンの秘密に辿り着き、いつも通り敵役として此方の戦力が現れる、と。
一見こちらの秘密を曝け出している様にしか見えないソレだが、結局の所周知の事実。
転移時の座標指定の役割り、それを守る魔物たち。
それが既に知られているからこそ、人族の街にあまり近いとダンジョンは簡単に潰されてしまう。
徐々に相手の国が拡大を続けている為、手持ちのダンジョンだっていつまで存在出来るかも怪しくなって来ているのだが。
そこら辺はスガワラさんの“平和な戦争”計画と、術開発を担当する幹部に任せよう。
なんたって、短い距離であればポインターが無くとも転移を可能にした天才が居るのだから。
この話を聞いた瞬間、スガワラさんは人族の街中に転移して勇者達に招集を掛けに行った訳だ。
即断即決、即実行。
詳しい話も聞いていないのに、その幹部にお願いして協力を得ていた。
街の近くまでは普通に遠征だったし、街中では人が多過ぎて周囲を巻き込まない様にするのが非常に難しかったらしく。
二度とこんな事やらせるなと、怒られてしまった様だが。
まぁ、次回は予定を組んで向こうから足を運んでもらう手筈になっている。
だから、一応問題はないのだろう。
「でも、次の撮影も楽しみだなぁ……凄いよね、普通の戦闘じゃないから誰も怪我をしない。なのに、映像を見返してみると凄く迫力がある。魔族の皆もそうだけど、人族も夢中になっているみたいだし。あんなにも見る側を引き付ける娯楽が出来るなんて、思ってもみなかった」
「ある意味、作り物だからこそ目を引くのでしょうけどね。あとは皆慣れて来たのか、変に拘る人達ばかりになっちゃって……“平和な戦争”とは、よく言ったモノです」
「これも、スガワラが私達の所に来てくれたお陰だね」
「それは本人に言ってあげた方が、多分喜ぶんじゃない?」
そんな会話をしつつもう一杯、あと一杯だけとお酒は進んでしまった。
次の撮影の予定表を眺めて、二人して意見を出し合いながら。
私もまた、皆で作り出す“トクサツ”というモノに夢中になっている証拠なのだろう。
スガワラさんに毒されて来た、とも言えるのかもしれないが。
でもまぁ、確かに。
ここの所皆が笑っているのは確かだ。
今まではいつ攻め込んで来るか分からない相手に対し、誰もが常に警戒していたというのに。
兵士達は命を惜しまず、常に厳しい訓練ばかり行っていた筈なのに。
もはや訓練の予定を組み直し、演技の練習に力を入れ始めている程。
変われば変わるモノだ、そんな風に思ってしまうが。
「でも本当に、随分影響力のある人を呼んでしまいましたね。魔王様は」
「うむ、今や彼は我が軍の最重要人物と言っても過言ではない。イザベラ、警護を怠るなよ! ……なんちゃって」
「はいはい、了解です」
と言う事で久し振りに行われたアグニとの飲み会は、予定よりだいぶ遅くまで続いてしまうのであった。
魔王を休ませに来た筈なのに、何をやっているんだか。
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