第20話 撮影日和


「カット! カットカット! 勇者アマミヤ、動きが固いぞ! そして後ろの三人は何をしている! 戦場に案山子はいらんぞ!」


 撮影中、大声を上げる魔王様の指示で一旦全員が停止した。

 本来なら映像監督も俺が務めたい所だったのだが、生憎敵役として役者を演じている為そういう訳にもいかず。

 全体的な取れ高の確認と、役者に関しての指示出し、そして控えている皆様に次の撮影準備の指示等など。

 そちらのお仕事を、全て魔王様に引き受けてもらったのだ。

 勇者の二人がウチの地域の担当になってくれた為、この撮影に協力すれば争いは起こらない可能性が高い。

 なので、最優先事項として力を貸してもらっているのだが……些か、魔王様は結構な凝り性だった御様子。


「カッパラァ、勇者アマミヤに格闘技の基本だけでもすぐに教えてやれ。どう見ても素手で戦う事に慣れていない。足運びだけでも教えてやれば、“それらしく”見えるだろう」


「はっ!」


「イザベラ、メルナリア! カッパァの指導が終わるまでの間、後ろの三人に後衛の動きを教えてやれ! 杖と剣を構えながら、リーダーの後ろでウロチョロしているなどありえん。基礎の基礎から教えてやれ! 他の面々はしばらく休憩、水分補給を忘れるな」


 と言う訳で、ゾロゾロと休憩スペースに戻って行く役者とカメラマン達。

 皆一仕事終えたぜみたいな、清々しい顔で用意されていたドリンクを口に運んでいく訳だが。


「あー、元々はアマミヤ君じゃなくて君が前衛だったんだ。なら動き辛いのも分かるけどねぇ~」


「でしょう!? 分かって頂けるでしょう!? とは言え今回は勇者を目立たせる事が第一、共に戦うのも他の勇者。だから、剣を使いながら後衛を務めろと言われましても……」


「にしたって、映像に映る所でアワアワしてたら格好悪いけどねぇ~。いっその事、戦闘始まったら映らない所に下がっちゃう?」


「そ、それだけは御勘弁を……あまりにも存在感が無いと、我々の報酬が無くなってしまうので……」


 メルと、雨宮君の所前衛さん。

 名前は……レイテルって言ったっけ?

 最近は随分と仲良くなった御様子で、そんな会話が聞こえて来た。

 正直意外な組み合わせだったのは確かだ。

 彼のパーティメンバーで言えば、彼女が一番お堅そうな雰囲気があったので。

 まさか最初に仲良くなったのがメデューサのメルナリアだったとは。

 彼女の軽い雰囲気と、ギャルっぽい見た目が逆に珍しかったのかもしれないが。


「援護と言われても……実際当てたら不味いし、そんな大魔法ポンポン撃てないし。後ろからそんなの撃ったら仲間まで巻き込む……」


「相変わらず術師の割に前衛思考ですね……そもそも援護というのは、戦っている者を支援したり、周りの敵を近づけないのが役目です。なので連射出来る小型の魔法を周辺に放ったり、主役の周りに攻撃魔法が飛び交っている様な演出は出来るのではないかと。攻撃さえ続けていれば、映像に映った時にも見栄えは良いですから」


 こっちはイザベラさんと、術師のミリィ? さん。

 メルの方とは違って、普通に指導している様な雰囲気だ。

 少々術師さんの方がぶー垂れている感じはあるものの、お互いに真剣に話し合っていた。


「あ、あのぉ……私は、どうすれば」


 残る一人、確か回復術師の人。

 本日出勤している幹部の皆様は全員演技指導中だし、そして回復術師って立ち位置から……うん、あまり教えられる人がいないのかも。

 であれば、完全補助後衛型の彼女のポジションをもう一度考え直すかと思い立ち、席を立ちあがってみれば。


「スガワラ、貴様はまだ休んでいろ。主役級は、午後もまだまだ撮影が続くのだからな」


「い、いやぁでも。彼女の位置取り、もう少し練らないと……多分、浮きますよ?」


 俺を止めて来たのは、撮影監督魔王様。

 言っている事はごもっともなのだが、やはりこの休憩の内に何かしら考えないと……なんて、思っていたのだが。


「軍で言えば、確かに回復役は前線に立たない。がしかし、偵察役などに付ける事はある。私に任せろ」


 と言う事で、魔王様はそのまま回復術師に向かって歩き出した。

 あれ程威厳のある人が向こうから迫って来るのだ、当然相手としては委縮してしまったらしく。


「ヒッ! ま、魔王……様? な、何か御用……でしょうか?」


「貴様の立ち位置と役割りを、休憩中に私が教え込む。しっかりと覚えろ、他の者の脚を引っ張る事になるぞ? それから、台詞は全て暗記しろ。撮影中に台本を慌てて隠す所が映っていたぞ」


「ヒィィ!」


 色々と大変そうだが、あちらは魔王様に任せてしまって問題ない様だ。

 では、此方は時間が許す限り身体を休めますかぁ……とはいかないのが、魔王軍の皆様でして。


「なぁスガワラさん、あの嬢ちゃん達をもっと目立たせる……っていうか、ボケッとさせなければ良いんだろ? だったら、後ろでずっと戦ってれば良いんじゃないか? ほら、俺達も居るし」


 そんな事を言い出す兵士の皆様。

 とはいえ、本心は自分達ももっと映像に映りたいという所なのだろうが。

 しかし、それは良い案かもしれない。


「そっか、こう言ったらアレですけど……モブ戦は最初だけしか駄目って訳じゃないですもんね。それに普通の戦闘なら、そこら中で人が戦っていてもおかしくない」


「そうそう、モブは腐る程いるからな! ダッハッハ! それにホラ、映像の端っこでいつも誰かが戦ってる方が緊張感も出るんじゃないか? それこそ、主役達は特別な戦闘中。ソレを邪魔しない様に仲間がぁ~みたいな」


 いいねいいね。

 全員にやる気があると、そこら中から意見が飛び出してくる。

 もはや全員が意見を出し合う勢いで、ワイワイと盛り上がっていく。


「しかしそうなって来ると、周囲に人が多くなっちまうからな。撮影係が大変じゃないか? 結構距離を置きながら撮影すると、それこそ余分な所が映っちまうぞ?」


「確かに……撮影班に浮遊魔法使える奴って居たか? 空から撮影したり、人の合間を縫って飛びながら撮ってもらうとか良いんじゃないか?」


「でも空から撮影ってなると、やっぱり余計な所映しちまいそうだなぁ……近接戦だって、しっかりぶつかり合ってる訳でもねぇし。あぁそれこそ! これは撮影だって割りきりゃ良いんじゃないか!? 普通だったら絶対邪魔になる距離まで近づいて、主役をデカデカと撮る。んで、チラッと見えるモブ戦が、背後にボンヤリと映る!」


「おいちょっと休憩中に試してみようぜ! 上手く行ったら魔王様に報告してみよう!」


 誰も彼も楽しそうに、自らの役割りをこなしていく。

 凄い、凄く良い。

 撮影現場ってもっとピリピリしてたり、トラブルとか起こったりするのかと思っていたが。

 この現場は、誰も彼もが活き活きしている。

 これぞ、俺の望んだ全力特撮ごっこ。

 魔王様に提案した、平和な戦争という訳だ。

 なんて、一人満足気にウンウンと頷いていると。


「いやぁ、魔族の人達マジで協力的っすね。と言うか、皆仕事に超全力」


 そんな事を言いながら、早乙女君が隣に腰を下ろして来た。


「今まで戦って来た早乙女君としては、未だに信じられない?」


「そ……っすね。こっちの地域の相手とは戦った事ないっすけど、他の所だと人を見つけると殺せ殺せって感じで襲い掛かって来ましたし」


 まぁ、そこら辺は管理する魔王によって違うのだろう。

 人の娯楽の為に狩られるという意味では、魔族側の反応は当然のモノ。

 そして勇者として呼ばれた彼等にとっては、拒否権なんて与えられぬままその仕事を任されてしまったに等しいのだろう。

 そうなってしまえば、両者が争い合うのは必然とも言って良いと思う。

 しかも魔王様の話では、昔からかなり好戦的な者達だって居るって話だし。


「とはいえ、今ほど異世界楽しいって思えたのは初めてですかね。皆活気あるし、俺も魔族と殺し合わなくて良いし。ほとんど見た目一緒な相手を攻撃するのって、やっぱ結構心に来るんで……」


「頑張ったな、早乙女君。これからも、よろしく頼むよ」


「うっす。コレが盛り上がって、そんでもってストーリー次第じゃ平和になるって事もありますしね」


「確かになぁ……今後のストーリー展開も、魔王様と結構相談してるんだよね。出来ればそっちに話を進めたいよねぇ」


 などと話している内に、撮影スタッフが此方に走って来て。


「休憩中すみません。勇者サオトメさん、ちょっと試してみたい事があるんですけど良いですか? 貴方のスキルって、自分以外の者も隠せますか? 可能なら、どうしても映ってしまう場所の撮影スタッフを隠して欲しいんですけど……」


「いけるっすよ、元々はパーティ全員を隠したりしてましたし。試しに今やってみせましょうか?」


「本当ですか!? ありがとうございます、それじゃあの地点の撮影班を――」


 そんじゃ、とだけ声を上げてから。

 早乙女君もまた、撮影現場へと戻って行った。

 いやぁ、楽しいなぁ……皆やる気だし、第二話の完成が今から楽しみだ。

 なんて事を思いつつ、残ったドリンクを飲み干してみれば。


『スガワラ、我からも一つ提案がある』


「ん? どしたのイフリート」


 頼もしい相棒がスモールサイズで現れ、俺の隣に並んで来た。


『もちろん主役を目立たせるのは当然だが、周囲の戦闘にも力を入れるとなると……やはり派手な方が良いだろう。主役級ばかりが派手な魔法を使うのに、周りはチマチマ戦闘していると言うのも、些か違和感がある。魔族と選ばれた人族の戦闘だぞ?』


「あぁ~なるほど、確かに。それこそ魔物とか、やけに目立つ魔法を使ってる術師も居た方が良いのかな?」


『そうさな、それくらいはやってのける面々が集まっている方が自然だろう。そこで、だ。役者を設置する場所とは別に、魔法でエフェクトを発生させ戦場を盛り上げるのはどうだろうか? 攻撃ではなくとも、人々の間を様々な魔法が飛び回っているだけでも絵になる事だろう』


 それはそれは、非常に面白いかも知れない。

 普通の撮影ならCGを使ったりする所を、魔法で演出してしまおうと言う訳だ。

 映画版とかで出て来る大乱闘戦、アレをお手軽に出来るのなら……確かに、毎度派手な戦闘シーンが撮れてしまうではないか。


「炎ならイフリートで良いとして、他の魔法は?」


『それこそ、腐る程居るではないか。演じていない者達だって魔法が使える者は少なくない。特殊演出の役割りを集中して当ててやれば、事故が起こる事も少ないだろう。更に言うなら、魔王だってそうだ。撮影中やけにソワソワしているからな、空いている場所で片手間に派手な魔法を使えと頼めば、二つ返事で了承してくれるのではないか?』


「おぉ~なんか面白そう。全体的に位置取りが大きく変わるかもしれないから、まず魔王様に相談してみるか」


 そんな訳で、俺もまた。

 休憩を終え現場へと駆け出していくのであった。


「菅原さーん! カッパラァさんに格闘技を軽く習ったんですけど、アクションシーンの練習をお願いできますかー?」


「雨宮君了解ー! すぐ行くー!」


「スガワラ、後衛三人も練習に付けろ。今一度動きを確認しよう」


「わかりました魔王様! あ、それからちょっとイフリートから提案が――」


 あっちでわちゃわちゃ、こっちでわちゃわちゃ。

 どこもかしこも手探り状態で、皆忙しそうにはしているものの。

 それでも、ゆっくりだが撮影は進んでいく。

 何度もカットを入れたり、他の方法が見つかりシーンを撮り直してみたり。

 日を跨いで、前日の撮影分を見直して意見を出し合ったりと色々だ。

 ほんと、一週間ごとに新しい話を提供するのがいかに大変か思い知らされた。

 というか現状だと一週間に一本放映するとか無理、全然無理。

 でも、楽しいのだ。

 皆素人だし、俺だって特撮好きなだけで撮影の専門家という訳じゃない。

 だからこそ、全てが手探り。

 でも、仕事が終わった時には。


「これにて、本日の撮影を終了します! 皆様、お疲れ様でしたー!」


「「「うぉぉぉぉ!」」」


 撮影終了を宣言してみれば、全員が笑顔で声を返してくれる。

 何日もこんな事を続け、誰しも疲れているだろうに。

 次はどうする、今度はこうしてみようとすぐに意見が飛び出すのだ。

 そして、一段落してみれば勇者パーティは一旦街へと戻り。


「帰るぞ、スガワラ。数日挟んでまた撮影開始だ、その間にもう少し練るぞ」


「はい! 魔王様!」


 俺達もまた、我が家へと戻って行くのであった。

 異世界生活、超楽しい。

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