第18話 決戦


「改めて確認するけど。雨宮君はあんまり人気が無くて、早乙女君はそれなりのファンが居ると」


「そう……ですね、お恥ずかしい限りですが」


「うっす。その辺も給料に影響してきますね」


 二人のお言葉を受けながら、台本の最終チェックを行っていく。

 この撮影には、二人の生活も掛かっているのだ。

 だからこそ、どちらか一方を過剰に目立たせるだけでは成り立たない。

 両者共格好良く魅せて、人気を出さないといけない訳だ。

 つまりこれは。


「今から二人は、良きライバルになって頂きます。是非切磋琢磨してくれ」


「「……はい?」」


 ※※※


「あらら……もしかして獲物が被っちゃった? よぉ雨宮君」


「早乙女さん……」


 ダンジョン手前、かち合ってしまった勇者二人。

 片方は弓を手に、もう片方はパーティメンバーを連れている状態。

 同じ存在とは言え、両者は渋い感情を表に出しながら視線を合わせていれば。


「悪いが、ココは我々に譲ってもらおうか。隠密の勇者」


「ここはー私達が……えぇと、先に目を付けたカラー」


 仲間の剣士が前に踏み出し、術師が言葉を続ける。

 少々術師が固い気がするけど、まぁ良し。

 剣士の子は結構凄いな。

 いつも通りというか、ちゃんと自然な行動に見える。


「あ、貴方の噂は聞いていますけど! でもココは危険なダンジョンです! だから、えっと……私達の様なパーティで、挑むべきかと!」


 神官の少女がガチガチに緊張しながら台詞を言い終われば、弓を手にした勇者はニッと口元を吊り上げ。


「悪いんだけど、これも仕事なんでね。稼がないといけない理由が、こっちにもある訳よ」


 それだけ言って、彼は相手パーティに向けて弓を構えた。

 ちなみに安全面を考慮して、現在矢は宛がっていない。

 戦闘になったら先を潰してある鏃が付いた物を使用するつもりだ。


「やる気ですか? 早乙女さん」


「すまんね、雨宮君。俺も引く訳にはいかないんだよね」


 両者の間にピリピリとした空気が漂い始め、今にも戦闘が始まってしまいそうな気配が立ち込めて来た頃。

 ダンジョンの入口が、グニャリと歪んでいく。

 そして。


「私の庭で、随分と騒がしくしてくれるな。羽虫共」


 マントを揺らしながら、魔王様が登場した。

 何か黒いオーラみたいなのが周囲を包み込んでいき、演出の雰囲気としてはバッチシ。

 彼の登場により、その場に居る全員に緊張が走り始め。


「おいおいおい、これは流石にヤバいだろ……」


「ですね……魔王軍幹部どころじゃない。もしかしたら、魔王そのものって可能性も……」


 二人が冷や汗を流しながら魔王様に武器を向ければ、彼はクスクスと不気味に笑いながら片手を上げた。


「近頃の勇者は弱すぎてつまらないからな……少しくらい遊ばせてやろう」


 余裕の笑みを溢す魔王様が手を振り下ろした瞬間、歪んだ空間からは魔族の軍勢が進軍してきた。

 素晴らしい。

 皆様同じ鎧を着ている上に、ザッザッザッ! と足音まで完璧に揃っている。

 編集の必要、全くなし。

 ほとんど編集技術が無いので、後からだと大した事出来ないけど!

 つまり撮り直しは出来ても加工はし辛い。

 と言う訳で、皆様一発勝負のつもりで撮影に挑んでいるのだ。


「スガワラ、後は任せる」


 魔王様の言葉と共に、俺の出番がやって来た。

 遠くから転移して来ましたよーって雰囲気を出しているが、実際には映像に映らない所に待機しているだけなのだが。

 待ってましたとばかりにイザベラさんが作り出した転移ゲートに飛び込み、すぐ近くのダンジョン入口から姿を見せる。


「仰せのままに」


 いつもよりゴツイコートみたいなのをお借りした俺は、彼の後ろで膝を着いた。

 その後魔王様が転移ゲートに戻って行き……ここからが、本番だ。


「我は菅原。勇者達よ、貴様等の力を見せてみろ……行け! 魔族の兵士達!」


 俺の一声と同時に兵士の皆様が走り出し、勇者達を取り囲んでいく。

 チラッと視線を動かしてみれば、メルとカッパラァ先輩が撮影用水晶を構えながら凄く動き回っている。

 そして何より、ローアングル。

 素晴らしい。

 そうだ、それで良い。

 映像編集技術があるのなら、上空からの視点の方が全体把握ができるだろう。

 しかしながら、こっちの世界にパソコンはないのだ。

 録画を切ったり貼ったりは出来るみたいだが、特殊加工やCGなんてものは存在しない。

 だからこそ、角度で誤魔化せ。

 きっと二人の映している映像には、通り過ぎる兵士達の股下くらいの映像が流れる様に映っている筈。

 更には主人公たる二人は遠目に見える程度。

 しかしながら大袈裟過ぎるアクションの為、映像では死闘を繰り広げている様にしか見えないだろう。

 所謂、モブとの戦闘シーンだ。

 実際の所、雨宮君のパーティの周りには結構なスペースを確保しながら皆様武器を振り回しているし。

 早乙女君の方に関しては、誰も居ない所に矢を放ったりしている訳だが。

 でもカメラ自体が動き回っているのだ。

 正確に事態を把握するのは難しい筈。

 もっと言うなら兵士の皆様。

 戦っている演技が、とても上手い。

 まさにプロと言いたくなるような動きを見せ、やられる姿に関しても「散々訓練でも実戦でも見た」という事らしく。

 演技指導など必要無いくらいに戦闘を演出しているではないか。

 なんて、現場の空気を満喫していれば。

 遠くにいるイザベラさんが上空に向かってブンブンと手を振り回した。

 どうやら、本格的に出番の様だ。


「なかなかやる様だな、勇者」


 一言呟いてみれば、メルとカッパラァ先輩が此方に向かって水晶を向ける。

 このタイミングで画角から外れた、“やられた”事になっている兵士達は匍匐前進で現場を後にする。

 バタバタ倒れていては、足場が無くなってしまうので。


「何故……何でこんな事を繰り返すんだ!? 魔族だって知性ある種族だろうが!」


「無駄だって雨宮君。アイツ等は俺等を殺す事しか考えてない……」


 台本通りの台詞を口にしながら、二人は俺に向かって武器を構える。

 撮影開始時から思っていたけど、勇者二人は演技も上手いじゃないの。

 流石は異世界主人公。


「知性ある種族だからこそ、こうして戦っているのだろう? 我々は、仲間を守る為に剣を振るう。貴様等という“認められた”種族からの侵略を防ぐ為にな」


「……なに? それはどういう――」


「雨宮君! 避けろ!」


 早乙女君が雨宮君を突き飛ばし、両者が回避行動を取ったのを確認してから。


『人とは……実に哀れな存在だ……特に貴様等、勇者は』


 先程まで彼等が居た場所からは炎が立ち上り、俺の隣にはノリノリのイフリートが出現した。

 但し今回は、無理を言ってスモールサイズになって貰ったが。


「俺達は、俺達の正義の為に戦う……行くぞ、イフリート」


『あぁ、スガワラ。貴様の半分を、我に寄越せ』


 ここぞとばかりに格好付けながら、俺は大袈裟なポージングを決め。


『「変身」』


 イフリートと声を合わせ、周囲を炎で包み込んだ。

 結果、現れるのはいつもの赤い鎧。

 しかしながら、今回ばかりは演出に特に拘る。

 周囲にはいつまでも炎が広がり、空間全てに火の粉が舞い続ける様な演出。

 完璧だ、完璧だぜイフリート。

 やっぱりお前は最高の相棒だ。


『「さぁ、貴様等の罪を数える時間だ」』


 決め台詞と共に、ゴォッと音がする程一気に火力をあげるのであった。

 うぉぉぉぉ! 超楽しぃぃ!


 ※※※


「雨宮君! 一旦引くべきだ!」


 早乙女さんが声を張り上げる中、俺もマントで身を守りながら必死で正面を睨んだ。

 いや、熱っつい。

 テンションが上がってしまったのか、菅原さんの火力が尋常じゃないのだ。

 ジリジリと肌を焼かれる様な感覚を覚えながら、台本通りの台詞を紡ぎ、そのまま動き出したが。


「はぁぁぁ!」


「クッ!」


 相手の攻撃、エフェクトを含めてとんでもない威力になっている。

 真正面から打ち合っている訳ではないというのに、彼が拳を振るえば衝撃波を感じる程だ。

 菅原さん、マジでヤバイ。

 前回以上に、本気だ。

 何度でも言うけど、直接戦闘には至っていないのに。


「ちょぉぉぉ! 燃えてます! ローブ燃えてますって!」


「こ、こんなの近づける訳が……」


「ヤバイ……暑くてクラクラして来た」


 本来なら俺と一緒に菅原さんに向かう筈だった仲間達が、何やら悲鳴を上げているではないか。

 これは、ちょっと良くない雰囲気だ。

 このまま演技を続けても、絶対ボロが出る。

 というか、既に出ている。

 なので……彼には申し訳ないが。

 すみません! アドリブで行かせてもらいます!


「皆下がって! 俺が相手する!」


 仲間を置き去りにしたまま、単騎で菅原さんの前に飛び出してみれば。


「ハッ! 全く……スキルも上手く使えない勇者の癖に、随分と頑張るじゃない」


 俺の隣に、早乙女さんが並んで来た。

 どうやら空気を読んで俺のアドリブに合わせてくれたらしい。

 視線を送り一つ頷いてみれば、彼もまた親指を立てて返してくれた。

 非常に頼もしい。

 こんな状況で思う事ではないかもしれないが、初めて頼れる仲間と言うモノを感じる事が出来た気分だ。

 そしてそのまま、菅原さんに二人揃って武器を構えてみれば。


「フハハハッ! 腐っても勇者、と言う事か? なら、此方も少し本気を出そう」


 そんな事を言いながら、彼もまた……此方のアドリブにノッてしまった。

 待って下さい、菅原さん。

 貴方の背中から、炎の翼みたいな物が生えて来ましたけど。

 それなんですか、台本にはありませんでしたけど。

 俺のパーティが突っ込んで苦戦、その後早乙女さんが加勢して、ちょっと押し始めた所で炎エフェクトをまき散らして、俺等が一旦吹っ飛ぶ的な予定でしたよね?

 その後俺が変身して……みたいな。

 あ、あれ? 工程をすっ飛ばし過ぎた?

 もしかして、もう変身しないと防げない攻撃が来る感じ?

 最終技ばかりは、どうしても演出の都合上直接ぶつかり合おうって事で話が付いたけど。

 今このタイミングで防がないと、もしかして死にます?


「さ、早乙女さん! 俺の後ろに!」


「え、あ、ちょっ!? マジか! ……じゃなかった、雨宮君どうするつもりだよ! お前まだ、ちゃんとスキルが使えないんだろ!?」


「どうにかします! 貴方は反撃の準備を!」


 本来ならもう少し戦闘を引き延ばす筈だった。

 けど、間違いなく最終ステージに入ろうとしているのだ。

 だからこそ、此方も急いでそのシーンへと状況を整えていく。

 手に持った剣を投げ捨て、ポージングをした後。


「頼む……今だけでも良い。俺に、仲間を守らせてくれ! “変・身”!」


 現代で言うなら、少々臭いというか。

 大袈裟過ぎる台詞回しではあるものの、“こういう娯楽”が無いのならその方が良いんじゃない? 的なノリで、俺はこの言葉を紡ぐ事になった。

 正直、結構恥ずかしいが。

 それでもスキルは発動し、俺の身体を光が包んでいく。

 そして、真っ白い鎧が姿を現してみれば。


「こ、これが雨宮君のスキル……“変身”ってヤツか?」


 早乙女さんが台本通りの台詞を紡ぎ、更には。


「悪足掻きか……大人しくこの地で眠れ、勇者達よ。イフリート!」


『final attack vent』


 炎の翼が生えた菅原さんが空中に浮かび上がり、思いっきりライ〇ーキックをかまして来るではないか。

 分かってる、一応台本通りだ。

 多分予定通りなんだ。

 でもね、あの人の必殺技怖いんだよ!

 威圧感が半端じゃないんだよ!


「うおぉぉぉ!」


 それでも声を上げ、此方も彼同様に魔力を使った蹴りを放つ。

 必殺技同士がぶつかり合って、様々なエフェクトが飛び交った。

 向こうの炎と此方の光、更には他の人達まで協力して色々と魔法演出でとにかく派手。

 映像を遮る程の演出をして、一旦カットが掛かる……筈だったのだが。


「ちょっとぉぉぉ!?」


「このまま行くぞぉぉぉ!」


 菅原さんが、止まらなかった。

 両者飛び蹴りをぶつけ合っている状態のまま、更にエフェクトが膨れ上がっていく。

 あ、やばい。

 俺、今日死ぬかも。

 そんな訳で、両者の魔力が炸裂し眩い光を放つのであった。

 安全な戦争をしようって言っていたのに、菅原さんの嘘つき!

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