第17話 撮影準備


「コレがお前の“やりたい事”、で良いのか?」


 思い切って、企画書を作りました。

 俺は文字が書けないので、イザベラさんに作って貰ったけど。

 ソレを提出してみれば、魔王様は非常に眉を潜めながら読んでおられる。

 ダンジョン前に勇者二人と、木陰に隠れていたパーティメンバーを残して来て居るので、出来れば早めに許可を頂きたいのだが。


「駄目、ですかね……」


「あぁいや、駄目という事は無い。しかし、我々は人族の文化に少々疎い所があるからな。これが成功するという確信が持てない」


 ですよね。

 俺が彼に提出したのは、異世界特撮を上映しようぜっていう内容の企画書。

 コレが上手く行けば、この地域は基本的に撮影場所となり、担当勇者二人が確定する。

 更には上映に関しても、勇者二人が口添えしてくれると約束してくれたのだ。

 つまり、向こうの王様が許可を出せば。

 市民に向けて、特撮が放映できると言う訳だ!

 俺の記憶を覗き見たイフリートがアレだけハマったくらいだ、自信はある。

 そして今のご時世、というか異世界ご時世は非常に平和。

 そこに娯楽を求めて勇者と魔王がうんぬんかんぬんやっているくらいだ。

 それはもう夢中になってくれるだろう、多分。

 以前魔王様が言っていた、勇者は金になるという話。

 そちらに関しても、色々な意味でクリア出来そうな気がする。

 ソフビとか作ってくれる職人さんとか探せば、更に盛り上がる気がするんだけど。


「すまないスガワラ、一応確認するが。コレは物語として構成されており、勇者を主役としている。それは間違いないな?」


「はい! 放映するのが人族の国な訳ですし、その方が良いかと!」


「基本的に勇者が勝つ、というストーリーを組み立てている様だが……お前はソレで良いのか? わざと負ける演技をする事になるんだぞ? お前が主役で無くとも良いのか?」


 非常に心配そうな顔の魔王様に対し、チッチッチと指を振って答えた。

 悪役、一言に言ってしまえば確かに“負ける存在”なのかもしれない。

 しかしながら、そんな悪役が人気を誇る事は少なくない。

 何故ならそれは、ある意味“正義と正義のぶつかり合い”なのだから。

 互いに正しいと思う思考が異なり、それがぶつかり合う。

 だからこそ争いが起きる。

 ソレを子供達に教えるのと同時に、世界の広さを教える事に他ならない。

 自らの常識が通じない相手、争う事しか出来ない相手。

 だとしても相手にも守っている存在が居て、その為に戦っている。

 その設定が深ければ深い程、敵側だって格好良く見えるのだ。

 もっと言うならこの世界、その根本となる設定が既に整っているのだ。

 ただ勇者と悪役が語りながら戦うだけでも、かなりの絵になると思って良いのだろう。

 人々が悪とする魔族と戦う勇者、悪である筈の魔王軍幹部の俺。

 両者が語り、熱く戦いながらストーリーを進めていけば……勝算はある! 視聴率が取れる! そんな悪役に、俺はなりたい!

 と言う感じで魔王様に語ってみた結果。

 ふむ……なるほど、教育も含めているのか……と呟き、しばらく考え込んだ末。


「ちなみに、その……私は、参加出来たりするのか? 派手な魔法を使ったり、演技は得意だぞ? しかも相手を傷つけない様に行使すれば良いのだろう?」


 なにやらソワソワしている魔王様が、身を乗り出して来たではないか。

 ウェルカム、“こちら側”へ。

 イフリートにお願いして、魔王様にちょこっと特撮のいろはを教えたからね。

 映像その物も見せたから、他の面々に比べても理解は深いのだろう。

 つまり、特撮は魔王様まで堕としてみせた。


「やりましょう、魔王様。明日も分からぬ戦闘を繰り返すより、互いに協力し合って……“魅せる”戦争をしましょう! そうすれば、間違いなく血は流れない! だって皆演技をしているんです。殴り合っている様に見える画角で撮影するだけ、寸止めなんです! 当たっても怪我をしない程度なのです! 全ては、演技力と人気次第ですが! これは、言葉通り“平和な戦争”です!」


 クワッと目を見開きながら語ってみれば、対照的に静かに瞼を降ろした魔王様が。


「全ては演技、民衆に魅せる為だけの“平和な戦争”か……なるほど、確かに面白いかもな」


 フフフと笑い始めた彼が、席を立ちハンドベルを鳴らしてみれば。

 待機していたであろうメイドさん達が室内に踏み込んで来た。

 そして。


「全幹部に伝えろ……“戦争モドキ”の準備だとな。兵士を完全武装で揃え、“演出”に使うぞ! 戦闘準備!」


 彼がそう言い放てば、メイドさん達は慌てて走り出した。

 俺の提案に乗ってくれた、そう言う事で良いのだろうか?

 しっかり“良いよ!”って言ってくれた訳では無いので、不安そうな瞳魔王様に向けていれば。


「何をしている、スガワラ。お前がこの“トクサツ”の監督役であり、相手と対峙する“アンチヒ-ロー”なんだろう? 皆に、ちゃんと指示を出せよ?」


 クスッと柔らかく笑う魔王様が、そんな言葉を言ってくれた。

 マジか、マジなのか! 俺、特撮やれるのか!

 というか、俺が監督って事になるのか!

 やべぇ物凄くテンション上がって来た!


「絶対良い作品にしましょう! そんでもって、ウチの領地の平和を保ちましょう!」


「それはお前次第だな。期待しているぞ、スガワラ」


 この日この瞬間から、俺の我儘が本格的に動き出した。

 魔王も居るし勇者も居る、人族以外の種族も多数生息する異世界で。

 俺は、“特撮ごっこ”をやる。

 皆戦闘のプロだし、相手は特殊能力持ちの勇者だ。

 映像加工なんて必要無いくらいに、物凄い映像が撮れるかもしれない。


「うっしゃぁぁぁ! イフリート、やったぞ! マジで特撮が出来る!」


『我々初の変身は、二人で一人のヤツが好ましいのではないか? 我々にまさにピッタリではないか、紹介にもなるしな』


「よぉし! 初変身はそれでいくか!」


 テンションが上がり切った状態でそんな会話をしていれば、魔王様はフッと口元を緩めてから。


「ほら、行くぞ? まずは勇者たちに状況報告してからだ。段取りを決めて、撮影の段取りも決めなければ」


 ウチの魔王様、一度決めたら思考の回転が速すぎる。

 好き! お魔王様超好き!

 俺が女だったら秒で惚れていた自信がある!


「ありがとうございます! 魔王様!」


 それだけ言って勢いよく頭を下げてみれば。

 彼は緩い笑みを浮かべながら。


「お前の“戦い”は、本当の意味で誰も傷付けないんだな」


 ちょっと男でも惚れそうな笑みを、此方に向けて来るのであった。


 ※※※


「菅原さんが消えてから、どれくらい経ちましたかね……」


「まだ一日くらいだって、焦んなよ雨宮君」


 なんて会話をしながら、俺達はダンジョン前で野営していた。

 離れた所でパーティメンバー達が野営しているが、向こうも向こうで警戒しているらしく、ピリピリとした雰囲気が伝わって来る。


「早乙女さん、どう思います? 菅原さんの言っていた事……」


「まぁ、理想論っていうか。マジで妄想って感じはするけどね……実現すれば最高じゃね? 俺等は仕事として金が貰える上に、人気が出れば給料UP。しかも相手さんとも協力出来れば、少なくともこの地で殺し殺されは無くなるしさ」


 なんてお言葉を頂きながら、保存食を口に運んでいれば。

 ダンジョンの入口が急に歪み始め。


「待たせたな、勇者達よ」


 一人の魔族が、此方に歩み寄って来たではないか。

 思わず立ち上がり武器を構えてみたが、彼の後ろに続々と続く兵士達。

 もはや数えるのも馬鹿らしくなる程の戦力差。

 間違いなく、俺達を潰しに来たと分かる程の気迫と人数を揃えている。

 あぁ、くそ。

 菅原さんの交渉は上手く行かなかったのか。

 だからこそ、勇者が二人揃っている所を大勢力で攻め込んで来た。

 そういう事態なのだろう。

 もはや説明されるまでもなく状況を理解し、早乙女さんと頷き合って決死の覚悟で挑もうとしてみれば。


「少し木々が多過ぎて撮影がし辛いな……おい、少し広くするぞ。スガワラが到着し次第指示を仰ぐが、これでは多くても数名しか撮影出来ない。視界が悪すぎる」


「「はっ!」」


 登場した兵士達が、周囲の木々の伐採を始めた。

 もはや事態に置いて行かれてしまい、二人してポカンと先頭の男性を眺めていれば。


「君達が、私の領地に攻め込んで来た勇者たち……で、良いのだな? 違ったらすまない。今からココは撮影現場に変わるので、一般人であればしばらく退去をお願いしたい」


 そう言って、相手のトップであろう人物が此方に声を掛けて来るではないか。

 あの、これ……なに?


「えぇと……菅原さんの関係者って事で良いんですよね? 俺は、その……一応勇者の雨宮って言います」


「うっす……勇者の早乙女です」


 なんかもう状況に付いて行けず、二人揃ってポカンとしたまま自己紹介をしてみれば。

 相手は非常に緩い笑みを浮かべてから。


「あぁ、よろしく頼む。スガワラから聞いているよ。アマミヤ君は彼と同じ能力で、サオトメ君は高い身体能力があるのだろう? 期待しているぞ、勇者達」


 何か、凄くフレンドリーに受け入れられてしまった。

 相手はニコニコしたまま此方の肩を叩き、着々と準備を進めていく。

 そして。


「は、放せ魔族!」


「こんなにもあっさり捕まるとか……屈辱」


「いやぁぁ! コレどうするんですかぁぁ!」


 背後からは、そんな悲鳴が聞こえて来た。

 確認するまでもなく、俺のパーティメンバーな訳だが。


「あちらは、関係者か? 部外者なら、しばらく立ち退いてもらうが」


「い、いえ……一応俺の仲間です」


「ほう、そうか。なら撮影に協力してもらわなければな」


 意外にも乗り気らしい魔族の親玉は、部下に指示を出し仲間達をこちらまで運ばせた後。


「あぁすまない、名乗るのが遅れたな。この地域を治めている管理者であり、魔王だ。“アグニイェナ”という」


 随分と綺麗な顔をした男性……男性?

 何か男装した女の人にしか見えないんだけど。

 というか今魔王って言った? 言ったよね?

 幹部とか云々ではなく、本気で相手の大将が出て来ちゃったのか。

 未だこの状況が信じられずパクパクと口を開閉していると、魔王を名乗る人物が此方に向かって掌を差し出して来た。

 とりあえず握手を交わし、ペコペコと頭を下げてから。


「えぇと、それで……菅原さんは」


「あぁ、アイツなら多分もうすぐ――」


「魔王様! 指示されてた機材と食料全部持ち込みました! 準備完了です!」


 赤鎧の菅原さんが、大量の木箱を抱えながら歪んだ空間の中から姿を現した。

 それはもう、非常に活き活きとした様子で。

 ちょっと運んでいる量が、普通じゃないけど。

 もはやフォークリフトみたいになっている。


「スガワラ、まずは環境を整える。その後はすぐ“試し”の撮影を始めるので、役者に台本を渡せ。この場を今から“戦場”に変えるぞ」


「了解しましたぁ!」


 なんかこれは、予想以上に凄い事になって来たぞ?

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